『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第一話 −横島の願い−



「ちわ〜す」

 アシュタロスとの戦いから約半年が過ぎた頃、横島がいつものように美神の事務所に出勤するとそこには小竜姫とヒャクメの姿があった。

「横島さん、お久しぶりです」
「ひさしぶりなのね〜〜」
「小竜姫さま、今日こそは禁断の恋を〜♪」

 ひらりと横島が飛び掛った瞬間、横島は美神と小竜姫のダブルパンチをくらい、床に沈みこんだ。

「えーと、悪ふざけは置いといてですね、今日は横島さんと美神さんにお話があってきたんです」
「悪い話じゃないのね〜〜。アシュタロスとの戦いでの横島さんたちの功績が神界と魔界の最高指導者に認められたのね〜〜」
「その功績に報いるために、何か特別な願い事がないか聞きに来たんです」
「ちなみに神様だからって、あまり無茶なことや倫理的に問題のある願い事は聞けないのね〜〜。世界中のカネが欲しいとか、美女を集めてハーレムを作りたいなんてのはボツなのね〜〜」

 機先を制されてしまった横島は、何も言い返すことができなかった。

「まぁ世界中のカネが欲しいというのは極端にしても、やっぱり私はお金がいいわ。適正な金額ならかまわないわけでしょ?」
「いいでしょう、美神さん。報奨金の金額については、別の機会に話し合うことにしましょう。横島さんはどうしますか?」
「すみませんが、一日待ってもらえませんか。急に言われても、今まで特に考えたことがなかったので……」
「いいですよ、横島さん。他にも用事があるので、明日もう一度来ます。明日まで、ゆっくり考えてくださいね」

 小竜姫はにっこり微笑(ほほえ)むと、ヒャクメとともに事務所を出ていった。




 バイトが終わって自分の部屋に帰った横島は、布団の上でゴロゴロと転がりながら、あれこれと考え込んでいた。

(そりゃお金も欲しいし、何でも言うことを聞いてくれるオネエチャンもいてくれたらうれしい。でも何かが違う……)

 いっこうに考えがまとまらなかった横島は、散歩にでも行こうかと起きあがった。
 その時、テレビの隣に置いてある小箱がふと目に入った。
 横島は小箱を手に取り、ふたを開けた。中には回収した蛍の霊破片が入っている。横島はこれをルシオラの形見としていた。

「…………」

 いくつもの記憶が、横島の脳裏をよぎった。
 病院での出会い、初めて一緒に見た夕陽、南極での戦い、一時だけ味わえた甘い生活、そして東京タワーでの悲しい別れ……
 甘酸っぱい思い出と心を切り裂くような痛みが、交互に横島の心を揺さぶる。
 最後に湧き上がった悔恨(かいこん)の思いを()み締めたとき、横島の思いは定まった。

「ルシオラ……俺は決めたよ」

 横島は手にした小箱を、ギュッと握り締めた。




 次の日の夕刻に、小竜姫とヒャクメが再度美神の事務所にやってきた。

「横島さん、願いごとは決まりました?」
「ええ」

 横島は深呼吸すると、力のこもった口調で一気に喋った。

「ルシオラを、復活させてください!」
「ちょ、ちょっと横島クン、いくらなんでもそれは無理なんじゃ──」

 美神が口をはさんできた。

「いえ、これしか思いつかなかったんです。これがダメなら、俺の願いごとはキャンセルしてもらってもかまいません」
「……」

 小竜姫はじっと考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「わかりました。ただこの件に関しては、私の一存だけでは決められません。妙神山に戻って相談させてください。後でこちらから連絡を入れます」

 話し終えると小竜姫とヒャクメは、美神の事務所を出て妙神山へと戻っていった。




 小竜姫から連絡があったのは、それから一週間後のことであった。
 小竜姫の伝言にしたがい、ルシオラの霊破片をもって妙神山へと向かった。

「おお、横島ではないか。やっと来たな」
「久しぶりだな、鬼門」
「みなが中で待っておる。早く入れ」

 門の中に入ると、パピリオの姿があった。
 横島をみかけると、ダッシュして腰に抱きついてくる。

「ヨコシマ、ルシオラちゃんの復活を願い出たって本当でちゅか? パピはヨコチマのことを信じてたでちゅ!」
「うん……結果はまだわからないけどな」
「そうだな、まだ結果はわからんぞ」

 横島の背後から、魔族のワルキューレが声をかけてきた。

「ワルキューレ、来ていたのか」
「魔族の最高評議会からの使いだ。最高評議会の使者になるには私では少し格が低いのだが、お前と親しいということで役目が下りてきた。あと、ベスパも来ているぞ」
「ずいぶん、ものものしいな」
「それだけお前が、神界と魔界の上層部からも重要視されているということさ。もっともカネや女が欲しいくらいの願いだったら、こんな大騒ぎになることはなかったのだがな」
「全然俺には実感ないんだけどなー」
「まあいい。そろそろ行くぞ」


 ワルキューレが、妙神山の建物の一つに入った。横島も続いて建物の中に入る。
 中は大広間となっており、広間の中央には大きな円卓が置かれていた。
 その円卓の席に小竜姫・ヒャクメ・ベスパが座っている。横島とワルキューレも、席についた。

「神族を代表して、わたくし小竜姫から説明をします。横島さん、あなたの願いは神界・魔界の最高指導者に受理されました」

 横島は、安堵(あんど)のため息を漏らした。

「ただ何点か説明しておかなければいけないことがあります。先ず今回の措置(そち)は、あくまで特例中の特例だということです」
「もちろん、わかっています。小竜姫さま」
「次にですが、残念ながらルシオラさんは完全な形での復活はできません」
「小竜姫さま、それはいったいどういうことで──」
「ポチ、それは私が説明するよ」

 ベスパが口をはさんできた。

「姉さんの霊破片は、残念ながら十分な量を回収できなかった。その状態で無理に復活させれば、別の人格になってしまう」
「ああ、そうだったな」
「私たちはそこであきらめてしまったのだが、神界と魔界の双方の協力で、新たな方法が発見されたんだ」
「……その方法とは?」
「まず姉さんの過去の記憶を封印する。次に霊力を限界まで引き下げる。その状態で復活させることで、以前の人格を維持できることがわかったんだ」
「でも記憶がないんじゃ、別人と変わらないんじゃ……?」
「おそらく姉さんは、人間とほとんど変わらないレベルまで霊力が下がるだろう。だが誰かが保護してやれば霊力は少しずつ回復する。そして霊力があるレベルまで回復すれば、封印が解除されて記憶も元に戻る」
「そうなのか!」
「ああ。時間はかかるが、大丈夫だ」

 横島の目の輝きが、一気に増した。

「これで最後ですが、復活したルシオラさんに会えるのは、半年から一年ほど先になります」
「一年か……。けっこう時間がかかりますね」
「ルシオラさんを復活させることで、時空に生じる影響を調整するためです。放っておくと時空の復元力で、何が起きるかわかりませんしね。あの戦いで大きな役割を果たしたルシオラさんは、今の時空の因果と深く関わっているので、調整にそれだけ時間がかかってしまうのです」
「わかりました。半年か一年くらいでしたら待ちますよ、小竜姫さま」

 その返事を聞いたワルキューレが立ちあがって、俺に手をのばした。

「よし。それではルシオラの霊破片を渡してくれ」

 横島はワルキューレに、霊破片を渡した。




 横島は、妙神山に設置されている魔界へのゲートの入り口に向かった。
 魔界に戻るワルキューレとベスパを見送るためである。

「ベスパ、ルシオラをよろしくな」
「姉さんに会いたいのは、ポチだけじゃないんだよ。大丈夫さ」
「そうだ。言い忘れたが、復活後の身の振り方については、ルシオラに決めてもらうからな」
「えっ!? ワルキューレ、意味がよくわからんが??」
「復活させる前に、一時的にルシオラの思念体だけ呼び起こすのさ。短い時間なら会話もできる」
「ああ、そういうことか」

 横島は、ルシオラから霊基を受け継いだ直後のことを思い出した。

「まあ嫌われてなければ、そんなに心配する必要はないだろう」
「そうだな」

 ワルキューレとベスパは、ゲートを開くと魔界へと戻っていった。
 二人を見送った横島は妙神山を下山し、東京へと戻った。



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