『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

思いつき番外編 (01)




「ただいまー。あれ、今日はご飯できてないの?」

 横島がバイトから帰ってきた。  普段であれば、蛍が帰ってくる時間に合わせて夕食の準備をするのだが、今日に限っては準備ができていなかった。

「ごめんなさい。今週は試験期間だから」

「そっか。それじゃあ、仕方ないな」

「インスタントでいい?」

「大丈夫だよ」

 蛍は(たな)からカップラーメンを二つ取り出すと、封を切ってポットのお湯を注いだ。

「蛍もカップラーメンか?」

「さっきまで勉強してたから」

「俺も料理ができたらなー。でも、ご飯を炊く以外のことはできないから」

「試験が終わったら、教えてあげようか?」

「悪いから、また今度でいいよ。とりあえずは、試験勉強頑張れよ」

 横島は普段からバイト漬けのため、試験は毎回一夜漬けで切り抜けていた。
 しかし蛍は、横島と違って学業も優秀である。
 横島は、妹のために何かできないものかと考え込んだ。




「ただいまー」

 次の日、横島はまだ陽が暮れないうちに帰宅した。
 自室で勉強していた蛍は、横島を出迎えようと玄関に向かう。
 しかし、リビングの引き戸を開けて玄関を見たとき、一瞬その場で固まってしまった。

「お邪魔します、横島さん」

「小鳩ちゃん、迷惑かけてわるいね」

「いいんです。横島さんの頼みですから」

 横島の後ろから、スーパーの買い物袋を抱えた小鳩がアパートに入ってきた。

「お兄ちゃん!」

「帰ってくる途中に、小鳩ちゃんとばったり出会ったんだ。
 それで蛍が試験中で、夕食が作れないって話をしたら、小鳩ちゃんが手伝ってくれるって」

「でも、それじゃあ小鳩さんに悪いわ」

「とりあえずご飯は俺でも炊けるし、スーパーでお惣菜(そうざい)も買ってきたから、みそ汁の作り方だけ
 教わるよ」

「大丈夫ですよ、蛍さん。心配しないで勉強に集中してください」

 蛍に向けられた小鳩の(ひとみ)が、一瞬キラリと光った。

「ああ、そうですか。それでは小鳩さん、よろしくお願いします」

 蛍は自室から教科書とノートを持ち出すと、リビングのテーブルに座って勉強をはじめた。
 引き戸を開けたままにしておくと、ここからキッチンの様子を監視することができる。

「小鳩ちゃん、水はこれくらいでいい?」

「ええ。これで三日は大丈夫だと思います」

「小鳩ちゃん、豆腐はどうやって切るの?」

「豆腐を手のひらの上にのせて、包丁の刃を入れるんですよ」

 蛍は目線を上げ、キッチンを見た。
 流し台の前で横島と小鳩の二人が、新婚夫婦のように仲良く、肩を並べて立っている。
 それを見ていた蛍の不機嫌度が、急速にアップした。




「あーあ。昨日はキッチンの様子が気になって、全然集中できなかったわ。
 でも今日はご飯も炊けているし、みそ汁も昨日のが残っているから、大丈夫よね」

 蛍は安心して、試験勉強に取り組んでいた。
 しかし夕方になって、蛍の希望的観測は、またもや裏切られてしまう。

「ただいまー。おキヌちゃん、あがっていいよ」

「お邪魔します」

 横島のあとから、スーパーの買い物袋を抱えたおキヌがアパートの中に入ってきた。

「お、お兄ちゃん!」

「今日はおキヌちゃんとばったり会ってさ、それで夕食のおかずを作ってくれるって」

「食事はきちんと準備しますから、蛍ちゃんは試験勉強がんばってくださいね」

 おキヌが、フフッと余裕の笑みを浮かべる。
 それを見ていた蛍の(ひたい)に、青筋が一本浮かび上がった。




「お兄ちゃん!」

「な、なんだい、蛍?」

 食事の支度を終えたおキヌが帰ったあと、蛍が横島に詰め寄った。

「明日から私が夕食作るから、ぜーーったいに誰も呼ばないでね!」

「えっ!? でも勉強の邪魔にならないのか?」

「その方が、集中できるんです!」

 試験期間が終わるまでずっと、蛍の不機嫌が治ることはなかった。


(お・わ・り)




【あとがき】
 SS掲示板にUPしていた『思いつき番外編』を、こちらにも掲載することにしました。

 掲示板のコメントにも書いたのですが、台所は女性の聖域だそうです。
 横島と同じ失敗をしないよう、男性諸氏は十分ご注意ください。(;^^)


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