彼と彼女のメリークリスマス

作:湖畔のスナフキン




《Ver.雪之丞×弓》

「今日は、ずいぶんと奮発したのね」

「ま、まあな」

 タキシードに蝶ネクタイ姿の雪之丞が、弓の前で精一杯胸を張っていた。
 クリスマスイブの夜、雪之丞は予約していたホテルのディナーショーに、弓を誘っていたのである。

「それで、どうなんだ、俺の格好? どこかヘンなとこはないか」

「まあまあね。六十点ってとこかな」

 弓は手にしていたワイングラスを()さぶると、グラスの中のワインを一口飲んだ。

「ちぇっ! ずいぶん点が辛いな」

「勘違いしないで。あなた一人なら、十分合格点よ。
 ただ、ちょっとだけ、私と釣り合いが取れないかなと思っただけ」

 弓は緑色のイブニングドレスを着ていた。
 大きく開いた胸元には、真珠のネックレスを着けている。

「その服、貸衣装でしょう?
 悪くはないけど、私がいたら、もう少しきちんとしたのを選んであげたわよ」

「あのなー。一生に何回も着ない服に、そうそうカネをかけてられるかってんだ。
 俺の懐具合(ふところぐあい)は、弓だって知ってるだろう?」

「ウソおっしゃい」

 弓は雪之丞に、厳しい視線を向けた。

「香港の仕事で、一山当てたばかりなんでしょう? ちゃんと情報は入ってるわよ」

(チッ! またタイガーのヤツか)

 雪之丞は、心の中で毒づいた。

「明日の午後、時間空いてるわよね? 買い物につきあってあげるから」

「今日の夜は、つきあってくれんのか?」

 その言葉を聞いた弓は、テーブルの下で雪之丞のすねを蹴飛ばした。

「イッ!?」

「バカ! うちの家の事情、わかってるくせに!
 ここに来るのだって、女友達だけで行くことにして、ようやくお父様から許可を(もら)ったんだから」

「はいはい、わかりましたよ。お嬢様」

 そのとき、ステージで歌が始まった。
 弓や雪之丞が子供の頃、ヒットした女性歌手がステージで歌っている。

「この曲、なんか懐かしいわ」

「ん? 俺はこの人の曲、香港で聞いたんだけどな。その時は妙に日本を(なつ)かしく思ったよ」

 雪之丞は、妙にしんみりとした表情で、ステージから流れる曲に耳を傾けていた。

「そういえば、香港にいた頃の話って、全部聞いていなかったわね」

「……すまん。もう少し時間をくれ。まだ整理できてないことが、いろいろあるんだ」

 豪放磊落(ごうほうらいらく)に見える雪之丞にも、少なからぬ心の傷があることを弓は知っていた。
 自分のうかつな発言で、男の傷跡に触れたことを弓は悔やんだ。

「ごめんなさい。悪かったわ」

「いいんだ、気にするなよ。それより次の曲が始まったぜ」

 二人は流れる曲を聞きながら、ワイングラスを(かたむ)けた。

「そういえば、タイガーさんや横島さんたち、どうしてるのかしら?」

「アイツらにも、予定がなかったら彼女連れてこいって誘ったんだけど、二人とも断ってきたよ。
 横島は来ないだろうと思ってたけど、タイガーは意外だったな」

「どうしてるのかしらね。あの二人は」

 窓の外では、小雪がちらついていた。
 弓は窓の外の景色を眺めながら、タイガーと魔理のことに思いを馳せていた。




《Ver.タイガー×魔理》

「できたぜ、タイガー」

 タイガーの部屋に来ていた魔理は、台所からおでんの入った(なべ)を運ぶと、居間の炬燵(こたつ)のホットプレートの上に置いた。

「タイガーの部屋に来るのも、なんか久しぶりだね」

「すまんですノー、魔理しゃん。香港の仕事が、予定より長引いてしまったもんじゃから」

「いいんだって、気にするなよ。仕事なんだし、それにずいぶんと(かせ)げたんだろ」

 魔理はかっての知った台所を手早く片付けると、二人分の(うつわ)(はし)をもって、居間の炬燵(こたつ)に入った。
 かつてタイガーの部屋には(どんぶり)とインスタントラーメン用の(なべ)しかなかったが、魔理とつきあい始めてからは調理器具が増えたり、食器がなぜか二人分揃っていたりする。

「それじゃ、乾杯!」

 タイガーと魔理は、グラスに入れたシャンペンを飲み干す。
 しかし二杯目からは、日本酒の入った猪口(ちょこ)に切り替わっていた。

「シャンペンも悪くないけど、冬はやっぱりコレだよな」

「そーですノー」

 タイガーは、ローストチキンとおでんをむしゃむしゃと食べながら、日本酒をちびちびとあけていた。
 一方の魔理は、既に二杯目の猪口(ちょこ)を空にしていた。
 タイガーの酒量は体格の割に少なめだったが、細身の魔理がけっこう飲める方だったので、釣り合いはとれているらしい。

「なあ、タイガー。今日は何の日か覚えてるか?」

「? 今日はクリスマスイブのはずじゃったが」

「そうじゃなくて! 今日はあたしとタイガーが始めて会った日だろ!?」

 その言葉を聞いて、タイガーはようやく四年前のことを思い出した。

「魔鈴さんのレストランで合コンしてから、もう四年も()ったんですノー」

「そ、そうだよね。もう四年も過ぎたんだよね。
 それでさ、その、あたし達もそろそろ、落ち着いてもいいんじゃないかなって……」

 そこまで話したところで、魔理の顔が急に赤くなった。

「ハ、ハハハ……ご、ごめん。今の話なしだから」

「? 魔理しゃん、もう酔ったんか? 顔が真っ赤っかじゃ」

 誰に似たのか、今ひとつ鈍いタイガーは、話の流れがよくわかっていなかった。
 恥ずかしさでタイガーの顔を見れなくなった魔理は、窓の外に視線を向ける。

「あ……雪が降ってるね」

「四年前も、窓の外は雪景色でしたノー」

「本物の雪じゃなかったけどね。そういえば、おキヌちゃんはどうしてるかな?
 ま、弓のやつは、雪之丞さんとよろしくしてるみたいだけどね」

 魔理は、少しの間だけ親友に思いを()せたあと、タイガーと二人で当たり障りのない世間話を続けた。




《Ver.横島×???》

 同じ頃、横島とおキヌは、予約していたレストランの個室で食事をしていた。

「おキヌちゃん、その服……」

「ええ。あの時、横島さんがプレゼントしてくれた服ですよ」

 おキヌは自分がまだ幽霊だった頃、極寒の山の上に住んでいる織姫のところまで取りに行った服を、横島からクリスマスプレゼントとして(もら)ったことがある。
 おキヌはそれからずっと、クリスマスにはこの服を着ていた。
 もちろん、横島との(きずな)を再確認するためである。
 横島も毎年その服のことでおキヌに声をかけていたが、二年前にうっかり忘れてしまったときは、不機嫌になったおキヌに、年末までずっと無視されてしまうこともあった。

「おキヌちゃん、お酒大丈夫?」

 横島は、シャンペンをコクコクと飲むおキヌに声をかけた。

「これ、ノンアルコールですから」

「あ、それならいいんだけどさ」

 横島もおキヌも、美神たちの宴会に巻き込まれたために、未成年のうちから何度もアルコールを口にしていたが、おキヌはめっぽう酒に弱く、酒を飲む度に意識を失い、横島に背負われて家に帰ったことが何度もあった。

「本当に大丈夫です。
 今日は二人きりですし、それに遅くなってもいいって、美神さんの許可も(もら)ってますから……」

 そこまで話したところで、おキヌの顔がカーッと赤くなった。
 その様子を見ていた横島が、つばをゴクリと飲んだ時──

「お待たせしました! 料理の追加とシャンペンのお代わりはいかがですか!」

 料理を載せた皿と洋酒のボトルをもった魔鈴が、二人のいる部屋に入ってきた。

「横島さん、グラスが空になってますよ。今、お()ぎしますね」

「あ、どうも」

 魔鈴は、横島が差し出したグラスに、シャンペンをなみなみと注いだ。

「おキヌさんもグラスが空になってますね。アルコール度数96度のウォッカなんてどうですか?
 すぐに酔い潰れると思いますが」

「魔鈴さん、お店忙しくないんですか?」

 おキヌはギロリとした視線で、魔鈴をにらんだ。

「ええ。クリスマスは予約したお客様以外はお断りしてますし、それに今日に備えて、
 バイトの子を何人か雇ってますから」

 魔鈴は、別の部屋から椅子をもってくると、二人と同じテーブルに座った。

「横島さん、この(かも)のローストはうちの自慢の料理なんですよ。さあ、食べてみてください」

 魔鈴は自分の前の皿からナイフで鴨肉(かもにく)を切り取ると、フォークに刺して横島の口の前に差し出した。

「あ、あの、これって……」

「ええ、そうですわ。口をアーンしてください」

「横島さん、こっちもおいしいですよ」

 おキヌは負けじと、クリームソースのかかった鮭を、フォークに刺して横島に差し出す。
 横島は、もうどうにでもなれといった表情で、差し出された鴨肉(かもにく)と鮭を食べた。

「魔鈴さん、他のお客さんの応対はいいんですか?」

「ええ。うちの店は、常連さんの接待が最優先なんです」

「大変ですね。三十路(みそじ)も近くなると、いろいろと(あせ)るみたいで。
 私、まだ若くてピチピチですから」

「横島さん。魔女の秘法の中には、老化抑制というのもあるんですよ。
 いつまでも、若くて色気のある女性を妻にしたいなんて思いませんか」

 魔鈴が横島に、パチリとウィンクする。
 二人の美女に(はさ)まれた横島は、アワワと(あわ)てるばかりであった。


(お・わ・り)



【あとがき】
 クリスマスの三連休で、クリスマスSSを一本書こうとしたのですが、横×ルシのネタが
 どうしても浮かばず、ただいたずらに時間ばかりを費やしていました。
 24日が過ぎようとしても構想すら進展せず、こりゃ今年はダメかなと半分諦めかけて
 いた時に出合ったのが、GTYで読んだおやぢさんの『グラスの中の告白』でした。

 おやぢさんのSSを読んでピンピンと(ひらめ)き、24日の夜から25日の明け方まで、実質
 五時間半くらいかけて書いたのがこのSSです。
 おやぢさん、本当にありがとうございました。(^^)

 前半1/3は『グラスの中の告白』と同じ雪×弓ですが、それだけでは物足りなかったので、
 タイガー×魔理と横島×???を追加しました。
 本編と同様、SSでも影が薄いタイガーですが、一年にいっぺんくらいは、こんな良い目
 にあっても、いいんじゃないかと思います。
 横島が修羅場だったり、魔鈴さんがかなり壊れてたりしますが、まあギャグということで
 勘弁してください。

 それでは。



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