友達とお喋りしていると、必ずと言っていいほど出てくる話題がある。

「好きな芸能人はだれ?」

 と聞かれると、私は迷わず

「近畿剛一」

 と答えることにしている。理由は「知り合いだから」である。

 近畿さんの代表作は『踊るゴーストスイーパー』シリーズだけど、お姉ちゃんやお母さんが撮影に協力していた関係で、子供の頃から何度も会っていた。
 近畿さんはアイドル俳優出身だけど、浮ついたところは全然なくて、すごくまじめでいい人である。
 もっとも、近畿さんも30才を過ぎているから、「渋いわねー」と言われることもあるが、たいていここで

「芸能人と知り合いなんだー」

「すごいわねー」

 という感じで話が進んでいく。
 でも、

「好きな人はいる?」 とか

「初恋の人は誰なの?」

 という質問には、

「特にいない」

 と答える。
 友達からは、たいてい「中学の時の部活の先輩」とか「かっこいい同級生の男子」という答えが返ってくるのだが、良くも悪くも大人に囲まれて育った私は、同級生はおろか学校の先輩にも、異性としての興味はほとんど持っていなかった。

「男の子に興味なかったんだ」 とか

「ひのめちゃん、まじめでしっかりものだもんね」

 などいろいろ言われるけど、実際、美神の名を背負うのは、大変な重圧なのだ。
 特に「優秀でキレ者のオカルトGメン幹部」の母親とか、「日本一のGS」の姉を持っていると、それだけで次女の私に対する世間の視線も違ってくる。
 だから、学校の勉強もGSの修業も、いい加減にはできなかった。

 でも、「好きな人はいない」というのは、本当はウソである。
 本当に好きなのか、それとも憧れているだけなのかはわからないけど、心の中で慕っている男性はいた。
 私は窓の外に目を向けると、周りに聞こえないように小さな声でつぶやいた。

「お兄ちゃん……」





 ひのめの初恋!?

作:湖畔のスナフキン

(01)






 その日、帰宅すると、お兄ちゃんが家に来ていた。

「ひのめちゃん、久しぶり」

「お兄ちゃん!」

 お兄ちゃんは、リビングのソファーに座って、ママと一緒に紅茶を飲んでいた。

「しばらく見ない間に、ずいぶん大きくなったね」

「見てくれだけよ。体は大きくなっても、中身はまだ子供なんだから」

 ママの小言をさっと聞き流すと、私はお兄ちゃんの横に座った。

「ひのめちゃん、幾つになったっけ?」

「16才よ。ピッチピチ(死語)の高校二年生なんだから」

「もう16か。俺がオッサンになるわけだ」

 ハッハッハと、お兄ちゃんが大きな声で笑った。
 たしかに、お兄ちゃんは私より17才年上である。
 しかし、見た目は20代の後半といった感じだ。
 うちのママも、50代後半にはとても見えないが、お兄ちゃんが若いのには理由があった。

「なに言っているのよ。横島クンは魔族なんだから、これ以上老けるわけないじゃないの」

「いや、まーそーなんッスけど、気持ちはあくまで人間なんで」

 そう。お兄ちゃんは魔族なのだ。それも下っ端の下級魔族なんかではないらしい。
 もともと人間だったけど、ある事件がきっかけで魔族になったと言っていた。
 もっとも人間界で修行中ということもあって、普段の生活は完全に一般社会に溶け込んでいるのだけれど。

「そうそう、ルシオラさんは元気?」

「ええ。お陰さまで最近はすっかり、専業主婦が似合うようになりました」

 そう。お兄ちゃんは結婚しているのだ。
 お兄ちゃんの奥さんのルシオラさんは、私の目から見ても美人だと思う。
 スタイルも何人も子供を生んだとは思えないほど、ほっそりとしている。
 そのうえ優しいし、知的だし、気配りもきちんとできて、とても私のかなう相手ではない。
 だから、お兄ちゃんに好意はもっていても、お嫁さんになる夢は早々にあきらめざるを得なかった。

「そう言えば横島クン、引越ししたって聞いているけど」

「ええ、そうなんですよ。郊外で庭付きの一戸建てを買ったんです。
 案内のハガキを送りますから、いつでも遊びに来てください」

「ねえねえ、お兄ちゃん。私も遊びに行ってもいいかな」

 私はすかさず、お兄ちゃんにねだってみた。

「そう言えば、ひのめちゃんは家に来たことがなかったね。いつでも来ていいよ」

「約束だよ」




 次の週の日曜日、私はお兄ちゃんの家に出かけた。
 お気に入りのワンピースを着て、髪を念入りに整えてから出発する。

 自宅から電車で一時間、最寄の駅からバスで15分の所に、お兄ちゃんの家があった。
 辺りは木や畑が多く、けっこう田舎だったが、庭付きのその家の敷地はかなり広い。どうやら、旧家をそのまま買い取ったようである。
 私は表札に『横島』と書かれているのを確認すると、入り口のインターホンを押した。

 ピンポーン

 しかし、インターホンを鳴らしても、誰も出てこなかった。
 何度か押してみたが、まったく反応がない。

「おじゃまします……」

 入り口の柵を開けて開けて中に入り、玄関のドアをノックした。
 しかし、やはり誰も出てこない。

「今日は留守なのかな?」

 出かける前に電話をしておけばよかったと後悔しながらも、庭にまわって様子を見ることにした。
 庭はバスケットコートくらいの広さがあったが、車のガレージと、蔵らしき建物がある以外は何もなかった。
 ガレージをのぞいてみたが、車がなかったのでやはり外出中らしい。

「はーあ、やっぱり留守なんだー」

 がっかりした私はそのまま帰ろうとしたが、庭の一角にある蔵がふと気になった。

「ちょっとぐらいなら、いいわよね」

 蔵の扉には鍵はかかってなかった。
 どーせ誰も見ていないからと思いつつ、蔵の中を覗いてみる。
 蔵の中は土間になっていたが、中は空っぽであった。

「なんだ、何もないじゃない」

 蔵の中から、ひんやりとした空気が流れ出てくる。
 調子にのった私は、そのまま蔵の中に入った。

「へーえ。蔵の中ってこうなってるんだー」

 子供の頃からマンション暮らしだったので、こういう和風の家にはあこがれを持っていた。
 そして蔵の中できょろきょろと周囲を見回すと、入り口からは見えなかったが、壁際に魔方陣のような模様が床に書かれているのに気がついた。

「何だろう、これ?」

 興味半分で足を踏み入れたのが、間違いだった。
 魔方陣の真ん中に立つと、足元が急に光り始めた。

「な、なによ、これ!?」

 慌てて魔方陣から出ようとしたが、魔方陣の中に見えない壁があって、外に出られない。

「ちょ、ちょっと……」

 足元の光が強く光った瞬間、私は気を失ってしまった。



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