ひのめの初恋!?

作:湖畔のスナフキン

(04)




 目を覚ますと、私は草むらの上で横たわっていた。
 どうやら、しばらく気を失っていたらしい。
 上半身を起こしてしばらくボーッとしていると、だんだん意識がはっきりとしてきた。

 周囲を見渡すと、そこは三方が(がけ)に囲まれたくぼ地であった。
 上を見てみたが、(がけ)はかなりの高さがあった。
 どうやら、けっこうな高さを(すべ)り落ちたようだ。
 手足に何箇所か()り傷を作ったが、これだけですんだのは運が良かったのかもしれない。

「おーい、忠クーン!」

 大声で忠クンを呼んだが、返事はなかった。
 ここで忠クンを待つべきかどうか迷ったが、好奇心には勝てず、周囲の様子を調べることにした。
 ここから出るのは一本道だから、忠クンがここに向かっているのであれば、途中で出会うことができるだろう。




 ……だがその見通しは、やっぱり甘かった。
 なぜなら、私が出くわしたのは、忠クンではなく群生した吸血ヅタだったからである。

「出たわねっ!」

 私は、こちらに迫ってきた吸血ヅタに火をつけた。
 吸血ヅタはたちまち火に包まれたが、次の瞬間、ドカンと破裂した。

「きゃあっ!」

 突然の轟音(ごうおん)と爆風に驚いた私は、思わず尻もちをついてしまう。

「な、なんで爆発するのよ!」

 念のため、遠くにいた吸血ヅタに火をつけたところ、やはり爆発してしまった。
 どうするべきか一瞬迷ったが、すぐにいいアイデアが(ひらめ)いた。

「ニーベルンゲンの指輪!」

 指輪を大きな盾に変えた。
 そして、その盾の後ろに隠れてから、発火能力を使う。

 ズーン!

 爆発が起きたが、盾が爆風から身を護ってくれた。

「よっし! いくわよ!」

 気合いを入れ直したところで、吸血ヅタの背後から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ひのめさん!」

「忠クン!?」

 群れていた吸血ヅタの一角が(くず)れ、そこから剣をもった忠クンが飛び出してきた。

「ようやく見つけたよ」

「遅いじゃない! けっこう危なかったんだから」

「崖の下におりる道が、なかなか見つからなくてさ。うおっと!」

 忠クンが(おそ)いかかってきた吸血ヅタを、竜の牙を変化させた剣で斬り払った。

「それにしても、よく無事だったね。吸血ヅタばかりか、爆裂草まで生えているのに」

「爆裂草……って、なによそれ!?」

「これだよ、これ」

 忠クンが剣の先で、茎の先に大きな()(がね)状の実をつけている草をつついた。

「これって熱にすごく弱くてさ、火が近づくとすぐに爆発するんだ」

「じゃあ、さっきから爆発していたのは、これのせいなんだ?」

「そうだよ。まあ、爆発音が聞こえたお陰で、この場所にこれたんだけどね」

 忠クンの説明で納得はしたが、困ったことに気がついた。
 自分一人なら、ニーベルンゲンの盾に隠れながら発火能力を使うことができるが、忠クンがいる今はそうはできない。

「悪いけど、発火能力はもう使えないから、攻撃は頼むわね」

 攻撃は忠クンに任せ、私は盾で身を護ることに専念したが、いかんせん敵の数が多過ぎた。
 私たちはジリジリと後退し、やがて最初にいたくぼ地へと追い込まれてしまう。

「どうする、忠クン? もう逃げ場はないわよ」

「うーん、ちょっとやばいかも」

 こめかみから冷や汗を流している私と違って、忠クンにはまだ余裕があった。

「ひのめさん。あいつらを一度に全部燃やせる?」

 忠クンが、前方にいる吸血ヅタの群れを指差した。

「ちょっと無理ね。能力全開しても、半分燃やせるかどうか……」

「仕方ない。こっちでやるか」

 忠クンが、ポケットから文珠を取り出した。

「文珠であいつらを燃やすからさ、火がついたら盾で隠れて」

「忠クンは?」

「もう一個、文珠を使って何とかするよ。たぶん、耐え切れると思うけど……」

「思うって……。もし耐えられなかったら、どうするの!?」

「これでも、魔族の端くれなんだ。人間よりずっと頑丈だから、死ぬことはないと思う」

「で、でも……」

 よほど心配そうな表情をしていたのか、私の顔を見て忠クンが笑みを浮かべた。

「大丈夫。きっと何とかなるよ」

 そう言うと忠クンは、文珠を握りながら、吸血ヅタの群れに接近していった。
 そして、相手の目の前まで近づくと、文珠を敵の群れの真ん中へと投げ入れる。
 ゴオッと音がすると、吸血ヅタの群れ全体が、一気に燃え上がった。

 火がついたことを確認した私は、すぐにしゃがむと盾の後ろに隠れた。
 次の瞬間、凄まじい爆発音が聞こえ、そして強烈な爆風が襲いかかってきた。
 私は盾を必死になって掴み、その爆風を耐えた。
 やがて爆風が治まると、辺り一面は濃い砂ぼこりに包まれていた。




 爆風が治まったところで、私は爆発した場所に向かって駆け出した。
 爆発の起きた場所に近づくにつれ、土砂に紛れてバラバラになった吸血ヅタが散乱していた。

「忠クン!」

 大声で忠クンを呼ぶと、砂ぼこりの間から忠クンが姿を現した。
 全身砂ぼこりにまみれていたが、無事だった忠クンの姿を見て、私は思わず胸がドキンと高鳴ってしまった。

「忠クン、しっかりして!」

 忠クンに近づくと、衣服はボロボロであったが、大きなケガをしているようには見えなかった。

「大丈夫!?」

「たぶん、大丈夫だと思う」

 私の顔をみた忠クンが、にっこりと微笑んだ。

「爆裂草がはじける前に、文珠でバリアを張ったんだけど、爆発の力に耐え切れなかったんだ。
 ヤバイと思った瞬間、体が吹っ飛ばされたけど、とりあえず何とかなったよ」

「でも、よかった。無事で安心したわ」

 安心して気が緩んだのか、目から数滴の(なみだ)(こぼ)れ落ちた。

「ひのめさん、泣いてる……」

「ち、違うのよ! これは、ちょっと気が(ゆる)んだだけなんだから!」

 (あわ)てて強がってはみたものの、内面の感情がもろに表面に出たような気がした。

「歩ける?」

「無理すれば歩けるけど、もう少しだけ休ませて」

「ここじゃあ、安心して休めないわ。くぼ地の草のあるところまで、移動しましょう」

 私は忠クンに肩を貸すと、私が最初に転げ落ちた草むらのある場所まで移動した。
 ふと私は、子供の頃に起こした発火能力の暴走事故のとき、お兄ちゃんに背負われたことを思い出した。
 さすがに、私と同じくらいの背丈の忠クンを背負うことはできなかったが、こうやって肩を貸していると、あの頃のお兄ちゃんの気持ちがわかるような気がした。




 一休みして、忠クンの体力が回復してから、私たちは(がけ)の上の道へと戻った。
 そして、私が転落した場所から少し先に進んだ場所で、蛍華ちゃんを発見した。

「まったく、こんなに危ない目にあって(さが)しにきたのに、蛍華のやつは……」

 蛍華ちゃんは、日当たりのよい草むらの上で、小さな寝息をたてていた。
 近くに、いろんな草が詰まったバッグがあるところを見ると、どうやら薬の材料の採取は終わったらしい。
 森の中で昼寝をしていた蛍華ちゃんを、忠クンがあきれた様子で(なが)めていた。

「でも、こんな危ない森の中で、よく眠れるわね?」

「文珠だよ」

 忠クンは蛍華ちゃんに近づくと、蛍華ちゃんの左手の手のひらをゆっくりと開いた。
 そこには、『自』『動』『防』『御』と書かれた、四つの文珠があった。

「近くで敵の気配を感じると、自動でバリヤを張るんだ。
 一度に四つも文珠を使っているから、防御力がやたらと高い。
 たぶんこの森で一番強い魔物が襲いかかっても、全然問題ないんじゃないかな。
 それに効果も、半日は持続しそうだ」

「でも、一度に四つも文珠を使って、もったいなくない?」

「たぶんオヤジが、こっそり蛍華にだけ文珠を渡したんだろうな。
 うちのオヤジときたら、蛍華にはやたらと甘いんだから」

 まったく困ったもんだとぼやきながら、忠クンが大きなため息をついていた。




「そうか。ひのめちゃんも災難だったなあ」

 あれから私と忠クンは、眠っていた蛍華ちゃんを起こし、三人で宮殿に戻った。
 宮殿に戻ってまもなく、お兄ちゃんとルシオラさんが帰ってきた。
 (がけ)から転げ落ちたり吸血ヅタと戦っているうちに、私の着ていた服が汚れ、またあちこち破れてしまったため、今はルシオラさんが用意してくれたワンピースを着ている。
 それから、お兄ちゃんたち家族が居間として使用している部屋に移動してから、兄ちゃんとルシオラさんに今までの出来事を話した。

「というか、忠。おまえ、もう少し頭を使って戦えよ。
 文珠で空中に浮いてから、相手の斜め上に移動して『爆』の文珠を投げ込めば、ノーダメージで
 相手を倒せたじゃないか」

「あっ、そうか!」

「相手が吸血ヅタと爆裂草はいえ、考えが甘すぎだぞ。
 いくら魔族の体が頑丈だからって、相手がハメ技を使ってくれば、そんな優位は一瞬でひっくり
 返されるんだ。
 どんな状況でも頭を使い、余裕をもって勝つ。それが横島家の男の戦い方だ」

 でも、お兄ちゃんの言う頭を使った戦い方とは、ハメ技を駆使するとか、反則技でも何でもありということなんだろうなと思った。
 たぶん、うちのお姉ちゃんあたりが、その戦い方の源流なんだろう。

「ダメじゃない。勝手に一人で、森にでかけたら」

「ごめんなさい、お母さん」

 部屋の隅で、蛍華ちゃんがルシオラさんに怒られていた。
 いつもは優しいルシオラさんだが、今はきつめの表情をしている。

 最初に忠クンを見たときは、お兄ちゃん似の顔だと思ったが、こうして見ると、目元のあたりはルシオラさんによく似ていた。
 ちなみに蛍華ちゃんは、完全に母親似の顔つきであった。

「そういえば、ひのめちゃんは、よくここがわかったね?」

「向こうの家に行ったら誰もいなくて、裏庭にまわって蔵の中を(のぞ)いたら、ちょうど忠クンと
 ばったり会ったんです」

 とりあえず、忠クンと口裏を合わせた内容を伝えた。

「ばったり会ったんじゃあ仕方ないけど、それがひのめちゃんで助かったよ。
 ここのことは、正直いって人には知られたくないから」

「セキュリティシステムの見直しが必要ね。向こうの家とこの宮殿の両方で。
 まったく頭が痛いわ」

 ルシオラさんが、こめかみを指で押さえている。
 ルシオラさんの仕事を増やしてしまったみたいで、ちょっと胸が痛んだ。

「まあ、結果として皆無事だったから、これくらいでよしとしよう。
 今日はひのめちゃんも来ているから、歓迎のディナーを開こうか」




 宮殿でのディナーというから、格式ばったものになるのかと予想していたが、どちらかというと、レストランの個室でフルコースを食べるような雰囲気だった。
 参加者がお兄ちゃんの家族と私だけだったため、ざっくばらんでいいだろうということらしい。

 どこからともなく現れたハニワ兵が、前菜から始まったディナーの料理を、次々と運び込んでいた。
 それらの料理をがっつくように食べるお兄ちゃんと忠クン、二人をたしなめているルシオラさん、マイペースで黙々と食べている蛍華ちゃん。
 みんな個性的だなと思ったが、和気あいあいとしていい雰囲気だった。

 普段のお兄ちゃんは、若々しくてとても結婚しているようには見えなかったが、こうして見ていると、やはり一家の主人なんだなと思った。
 お兄ちゃんを(した)う気持ちに変わりはなかったが、幸せそうなお兄ちゃんの家族の姿を見ているうちに、初恋は実り難きものなんだないうことを感じていた。

 ちなみに、ルシオラさんは最初からディナーに参加していたので、いったい誰が料理を作っているのか、ちょっとだけ気になった。




 魔界から帰った私は、次の日からまた普段の生活に戻った。
 平穏だけど刺激の少ない学校生活を続けているうちに、危険な目にもあったが、また魔界に行きたくなってきた。
 そんなことを考えていたある日、放課後に街中をぶらついていると、不意に声をかけられた。

「ひのめさーーん!」

 声のした方を振り向くと、学生服を着た忠クンの姿があった。

「お久しぶり。元気してた?」

「忠クン、こっちの学校に通っているんだ?」

「郊外の家からだと、通うのが大変だけどね。
 あ、そうそう。オヤジとお袋が、また遊びに来ないかって言ってたよ」

「本当? それじゃ、また行こうかな」

「今度はもっと安全で、面白い場所に案内するよ。それじゃ!」

 両手を振りながら去っていく忠クンに片手を振っているうちに、背後から私を見つめる視線に気がついた。

「ひっのめー。今の男の子は、いったい誰なのかな?」

 二人のクラスメートが、ニヤニヤと笑いながら、私の顔を見ていた。

「弟とか、親戚の子供っていう感じじゃなかったよね。ほら、きりきり()きなさい!」

「知り合いの人の、息子さんよ」

「本当にそれだけ〜〜? ずいぶんと親しそうだったけど」

「でも、たしかに可愛い子だったよね。ジャニ系じゃないけど、それなりにハンサムだったしー」

「将来有望かもね。今のうちから、つば付けたくなる気持ちはわかるわ」

「それってさー。もしかして、逆光源氏計画ってやつ!?」

 ギャハハハハと、クラスメート二人が大声で笑いはじめた。

「もぉ、何てこと言い出すのよ! いい加減にしないと、本気で(おこ)るわよ!」

「あ、ひのめが(おこ)った。逃げろ〜〜!」

 笑いながら走って逃げる二人を追いかけながら、心の中でそれも悪くないかもと思っている自分がいた。


(お・わ・り)



(あとがき)
 かみやんさんのリクエストを、そろそろ書かないといけないなーと考えていたときに、
 同じくそろそろ書きたかった『君ともう一度出会えたら』のアフターストーリーと組み合わせる
 というアイデアが浮かんで、このSSの執筆を始めました。

 ところが書き始めたら、つまづくことつまづくこと。
 筆がなかなか進まなくて、全四話というそれほど長くない話にも関わらず、一ヶ月半近くの時間
 を費やしてしまいました。

 話の内容は、ほぼ構想どおりにまとめることができたのですが、今ひとつ話にメリハリが欠けて
 いるような気がします。今回の作品の大きな反省点です。

 話の舞台もキャラクターも、オリジナル要素をふんだんに取り入れたのですが、こういう話の
 書き方を、ずいぶんと忘れていたのかもしれません。

 とりあえず連載作品が一つ終わりましたので、他の作品の執筆に力を注ぎたいと思います。


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