君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(20)




》》Lucciola


  『げ、元気だしなよ。ルシオラのことは、あとでまた考えましょ。
   きっと他にも、生き返らせる方法が──』

  『どうやるんですか!? 彼女、戻ってくると思いますか? 本当に──!?』

  (美神さんを困らせないで。私は……十分満足しているわ。これでよかったのよ)

  『ルシオラ……』

  (……もう、行くね。意識を残しているのも限界なの)

  『ルシオラ、待ってくれ! 俺は──』

  (ヨコシマ…………………………………………ありがとう)

  『横島クン……。なんといっていいのか、わからないけど……でも……』

  『ルシオラは……俺のことが好きだって……命も惜しくないって……
   なのに俺、あいつに何もしてやれなかった!
   ヤリたいのヤリたくないの、てめえのことばっかりで、
   口先だけホレたのなんのいって、最後には見殺しに──』

  『横島クン、それは違う! 彼女はあんたに会って幸せだった。
   アシュタロスの手先で終わる一生を、正しいことに使ったのよ!
   それに死んだのは、あんたのせいじゃない。仕方なかったのよ』

  『俺には女のコを好きになる資格なんてなかった。なのにあいつ、そんな俺のために……』

  『横島クン……』

  『うわあああああっ……』


「横島クン、あなたそれほどまにルシオラのことを……」
「……」

 私は実感していた。ヨコシマがどれほどの思いで、私を愛していたのかを。
 そして私がいなくなることで、彼の心に癒しようのない深い傷跡が残されたことも。
 さらに、それをどうすることもできない、今の自分が歯がゆかった。


 スクリーンには、それからの出来事が映し出されていた。
 アシュ様は元の肉体を捨て、究極の魔体にすべてを賭けた。
 美神さんと横島、それに他のGSたちは、究極の魔体との最後の決戦に臨む。

 一度は撃退されるものの、復活したベスパが弱点を教え、とうとう究極の魔体を倒すことができた。
 そしてアシュ様は、私たちにも隠していた本当の願い──自らの死──を成し遂げ、一連の事件は幕引きとなった。

 その後、パピリオは妙神山に引き取られ、ベスパは魔族の軍隊に入った。
 土偶羅(どぐら)様も、廃棄処分だけは免れたようだ。


  『それじゃ、結局ルシオラだけが──』

  『結局、十分な量の霊破片はとうとう集まりませんでしたね。もう、あとほんのわずかなのに……』

  『よそから霊体を持ってきちゃダメかしら?』

  『バカ言え。基本量が確保できとらんと、別人になるだけだ』

  『俺の中にルシオラの霊体は山ほどあるのに、なんで使えねーんだよ!』

  『魔物ならともかく、おまえは人間だからな。
   そう何度も粘土みたいにちぎったりくっつけたりでは、魂が原型を維持できんのだ』

  『何かあるはずだ。何か手が……』

  『ルシオラの魂は、このままでは再生できないわ。
   でも転生して、別の人物に生まれ変わったとしたら……』

  『同じことだ。一個の魂にあんる霊的質量が不足しているんだ』

  『そのままでは魂が弱くて死産になるし、別の魂で補えば、それは転生ではなくまったくの別人よ』

  『ええ。でも、もし転生先が横島クンの子供ならどう?
   横島クンの中には、大量にルシオラの魂が入り込んでいるのよ』

  『ひとつの可能性ではあるな。どう思う、横島?』

  『ど……どうって……』


 結局ヨコシマには、結果を受け入れる選択しか、残されていなかった。
 やがて平和が訪れ、ヨコシマや美神さんも日常の生活を取り戻していった。
 そんなある日のこと、ヨコシマは私たちの思いでの場所──東京タワー──へと、足を運んでいた。


  『ルシオラ。おまえのお陰で、俺たちもこの街も生き残ることができた。
   ただ俺には、やっぱりおまえがいないとダメなんだ……』

  『おまえは、いつか俺の娘として再開できるかもしれない。
   でもそれは、俺の本当の願いじゃない』

  『可能性は低い。だが、俺にはそれに賭けるしか道はない。
   そう。あの時に戻って、すべてを取り戻すことを……』


 場面が変わり、ヨコシマは妙神山へと出向いていた。
 妙神山の一室で、ヨコシマと年老いた猿神(ハヌマン)が座っている。


  『横島、なぜそんなに強くなりたい。今のままでも十分強いだろう』

  『……俺はあの戦いの時、俺を愛してくれた女を助けられませんでした』

  『もし俺がもっと強ければ、大事な人を助けられたかもしれない。
   そう思って、ずっと悔やんできたんです』

  『しかし人間のおまえが、神族・魔族クラスまで強くなろうとしたら、
   生半可な修行では追いつかないぞ』

  『だからあなたのところにきたんですよ、老師』

  『普通のGSは霊力のみを鍛える。まあ通常はそれで問題ないんだが、それでは
   人間としての限界はとても超えられん。限界を超えるには、別の手段が必要となるわけじゃが』

  『霊力と肉体の同期ですね。プラナを活性化させて全身のチャクラを開放し、
   自分の霊波と肉体の波長を共鳴させて、そこからパワーを引き出す──』

  『肉体の波長は霊波に比べればまだ調整が効くからな。ただそれとて簡単ではないぞ。
   仙道の修行も取り入れるから、一からやり直す覚悟が必要だぞ』

  『もとより承知です』


「これが横島クンの強さの秘密だったのね……」

 美神さんが、小さな声でつぶやいた。

 それから、妙神山での過酷な修行の日々がはじまった。
 人間の限界に挑むような修行の内容、そして寝食を忘れて、それに打ち込むヨコシマ。
 一年の半分を修行に費やす日々は、それから数年間も続いた。
 やがて修行を終えたヨコシマは、美神さんの事務所に顔を出した。


  『あら横島クン、今日は早いじゃない』

  『突然ですが、俺、事務所を辞めます』

  『そう……なんとなくわかっていたわ。あんた、仕事中も
   ずっと上の空でいることが多かったからね。理由くらいは聞かせてくれるかしら?』

  『旅にでます。おそらく二度と戻ってきません』

  『ルシオラの元に行くのね』

  『それで横島クン、どこに行くの? ルシオラを救う手立てはあるの?』

  『過去に戻って、ルシオラを救います』

  『横島クンも知っているはずだけれど、過去を操作しても復元力が働くから、
   何でもできるというわけにはいかないのよ。時間移動は魔法の杖ではないわ』

  『そのことはよく考えました。しかし、可能性はそこにしか見出せなかったんです!』

  『たいしたことはできないけれど、餞別(せんべつ)よ』

  『すみません、美神さん』


 ヨコシマはグラスの中身を、一気に飲み込んだ。


  『もう一つ餞別(せんべつ)があるんだけど。ちょっと目をつぶってくれない?』

  『えっ……』

  『本当に勝手な話よね。私の気持ちには少しも気づかないで──』


 未来の美神さんが、ヨコシマに口づけしていた。
 そっと横を見ると、美神さんが顔を真っ赤にしながら、その場面に見入っている。


  『いつ出発するの?』

  『いつでも出発できます』

  『そう。じゃ、最後まで見送らせてね』

  『じゃ、行ってきます』

  『私……あんたのこと、絶対に忘れないからね!』

  『えっ!?』

  『絶対……絶対忘れないからね! そして来世まで追いかけて、今度こそ捕まえるんだから!』

  『美神さん、今なんて?』

  『絶対に忘れないからね……』


 突然、目の前のスクリーンが白く輝きはじめた。
 その光はどんどん強くなり、私たちの体を包み込んだ。
 私の体が完全に光に飲み込まれたとき、私は自分の意識が薄れていくのを感じていた。




「……さん、ルシオラさん、しっかりしてください」

 私が意識を取り戻した時、目の前におキヌちゃんの顔があった。

「……どのくらい、意識を失っていたの?」

「1分くらいです。美神さんも一緒に意識を失っていました」

「そう……」

 しばらくして、私の隣で横たわっていた美神さんが、小さなうめき声をあげた。

「美神さん、美神さん!」

 おキヌちゃんが、急いで美神さんの元に駆け寄る。
 美神さんは頭を数回振ると、自力で体を起こした。

「横島クンは?」

「大丈夫です! 美神さんとルシオラさんが気を失っている間に、息を吹き返しました」

「よかった……。それからルシオラは?」

 そう言うと美神さんは、きょろきょろと首を振って私の姿を探した。
 そして私の姿を確認すると、じっと私に視線を向ける。

「ルシオラ、あれは夢じゃないわよね」

 私は黙って、首を縦に振った。

「おキヌちゃん、救急車を呼んで。念のため、横島と西条さんを病院に運ぶわ。
 それから、結界用のお札を何枚かもってきてちょうだい」

「わかりました」

 おキヌちゃんが、建物の中に入っていく。

「美神さん、あとで少し話し合いませんか?」

「そうね。ただパピリオの件を急いで解決しないと。それから……」

 美神さんが、地面の上で横になっているヨコシマを指差した。

「こいつを回復させないとね。たぶんパピリオのことも、どうしたらいいか全部わかっているでしょうから……」

「そうですね」

 私は美神さんの意見に同意した。



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