君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(31)




》》Reiko


 最後の戦いが終わって、一ヶ月たったある日の午後、私は久しぶりに横島クンとドライブに出かけた。
 湾岸道路を横浜方面に向かって、車を走らせていく。

「美神さん、最近思うんですけどね……」

 助手席に座っていた横島クンが、一人つぶやいた。

「最初から最後まで、宇宙意思の手のひらの上で、踊らされていたような気がするんですよ」

「どうして、そう思うの?」

 私はチラリと助手席に視線を向ける。
 横島クンは、ドアの上にひじを乗せながら、外の風景を眺めていた。

「ルシオラが死んだ時、頭の中が真っ白になったんですよ。
 もう本当に、何も考えられなくなって……」

「あのとき横島クン、本気で取り乱していたもんね」

 腕の中で消えていくルシオラに向かって、必死になって呼びかけていた横島クンの姿が脳裏に浮かぶ。
 私の心が一瞬、チクリと痛んだ。

「それからの俺って、ずっと状況に流されっぱなしだったんですよ。
 ルシオラは美神さんの機転で生き返るし、最後には、俺も魔神になっちゃいましたし」

 確かに、状況に流されていたかもしれない。
 でも、計画にない出来事が次から次へと起こっていたから、場当たり的な対処となるのはやむをえないと思う。

「いいじゃない。終わりよければ、全て良しってことで」

「そうなんですけど、やはり、何かに導かれたような気がするんです」

「なぜ、そう思うの?」

 私の車の前に、トラックが割り込んできた。私はアクセルを緩めて、車間距離を確保する。

「ルシオラが一度命を落として、それから復活しましたよね。
 アシュタロスも一度死にましたが、俺が魔神になったから、転生することが確実になりました。
 これって、偶然の一致だと思いますか?」

 なるほど。でもそうだとすると、仕組んだのは誰になるんだろうか。
 神族と魔族の最高指導者? しかし彼らは、アシュタロスの妨害霊波で、行動を妨げられていた。
 確かに最後の段階で、横島クンに魔神になることを勧めたのは彼らだったけど、事前にそうなることをわかっていたとは考えにくい。
 やはり、宇宙意思の導きなんだろうか?

「そうね。でも、宇宙意思の力が働くことについては、ある程度は予測していたんじゃないの?」

「ええ。でも、こんなに細かいレベルにまで働いてくるなんて、予想していなかったんですよ。
 前回はルシオラとアシュタロスが助からなかったから、今回ルシオラを確実に助けるには、
 アシュタロスも何とかしなくてはいけないぐらいにしか、考えていなかったもので」

 確かに結果を考えると、宇宙意思の力が細部にまで干渉してきたように見える。
 でも、本当にそれだけなんだろうか?

「そういう考え方もあるかもしれないわね。でも、私は少し違うと思う。
 もし横島クンが未来から戻ってこなかったら、歴史はどうなっていたと思う?」

「それは……前回と同じ道を歩んだでしょうね」

「でも、そうはならなかった。それは、やはり横島クンが原因じゃないかしら」

 前回と今回で一番違うこと。それは横島クンだ。
 横島クンが、未来を変えようという強い意志をもって、この時代にやってきた。
 彼がいたからこそ、ここまで大きく歴史が変わったんだと思う。

「横島クンはルシオラを、そして可能であればアシュタロスも救うつもりでいた。
 アシュタロスが滅びるようなことになれば、別のところで調整するにしても、
 長期的な視点では、神・魔のバランスは大きく崩れてしまう。
 もし宇宙意思が、宇宙を調和する方向に働くとしたら、今回の結果は、宇宙意思にとって
 より望ましいものに違いないわ」

「つまり俺がいたから、今回の結果になるように、宇宙意志が導いたってことですか?
 でもそれなら、なぜ前回はそういう方向に導かなかったんでしょうね?」

「それは、前回は誰も、アシュタロスを救おうという考えをもっていなかったからじゃないかしら?
 全世界はアシュタロスの野望に従うものと、彼を阻止(そし)しようとするもので二分されていたわ。
 べスパでさえ、アシュタロスの本心の願いを(かな)えさせることで精一杯だった。
 だから宇宙意思も、アシュタロスを滅亡させる方向に導くしかなかったのかもしれないわね」

 結局のところ、私も横島クンも、宇宙意思が用意した舞台の上で、踊っていただけなのかもしれない。
 でも仮にそうだとしても、踊り手の意思が、舞台に何も反映されないわけではない。
 少なくとも、今回の踊りの演目を決定づけたのは、横島クンに違いない。そう私は思った。




》》Yokoshima


「着いたわ」

 美神さんが車を止めたのは、海ほたるだった。
 西の空を見ると、太陽が地面にだいぶ近づいていた。今日は天気がいいから、ここから見る夕焼けはとても美しく見えるだろう。

「横島クン」

 手すりにひじをかけて、ぼーっと海を(なが)めていたら、美神さんが背後から声をかけてきた。

「ここに来ると、いろんなことを思い出すんですよ」

「本当にいろいろあったもんね。戦いに最後の決着をつけたのも、ここだったし」

「……それだけじゃないんですよ。前回の思い出とかもあるんで」

「前回のこと? 私はこの場所に見覚えはないわよ」

 美神さんは俺の前回の記憶を見ているはずだが、すべてを見たわけではないようだ。
 まあ、重要なポイントは、ほとんど見ていたようだけど。

「前回、ルシオラの復活がほぼ絶望的になって、俺がひどく落ち込んでいた時に、美神さんが俺を
 (はげ)ますために、ここに連れてきてくれたんです」

「前回は霊破片が十分に集まらなくて、子供に転生するしか道がなかったもんね……」

「あの時、俺は嬉しいのか悲しいのかよくわからなくって、今みたいにぼーっと海を(なが)めてたんです」

「私は……その時、何をしてたのかな?」

「今みたいに、俺のことを気遣(きづか)ってくれましたよ。それで、ちょっと空気が湿(しめ)っぽくなったから、
 雰囲気変えようと思って、『一日も早く子供作ります! さしつかえなければ今っ!』
 と言って、美神さんに飛びかかったら……」

「……いいわよ」

「お約束のように(なぐ)られたんですけど……えっ、今なんていいました!?」

「今の横島クンなら……その、そうしてあげてもいいかな……なんて」

 (あわ)てて背後を振り向いたら、美神さんが顔を少しうつむかせて立っていた。
 顔が赤く染まって見えるのは、沈みかけた太陽の光のせいだけじゃないと思う。

「いや、あのですね、あれは前回に、雰囲気を変えるためのちょっとした冗談というか……」

「私とじゃ……イヤ?」

 緑色のサマードレスを着た美神さんが、上目使いで俺の目を見つめた。
 美神さんを見て、綺麗(きれい)だとか、かっこいいと思ったことは何度かある。
 だが可愛(かわい)らしいと思ったのは、今回がはじめてだった。

「み、美神さん……」

 俺は思わず、ゴクリとつばを飲み込んでしまう。
 そして、美神さんの肩に手を伸ばしかけたとき──

「ヨコシマーーー!」

 ビクッとした俺は、美神さんから離れると、(あわ)てて背後を振り向いた。

「ヨコシマ!」

「ル、ルシオラ!」

 白のワンピースの上に、チェックのカーディガンを羽織(はお)ったルシオラが、こちらに向かって飛んできていた。
 まもなく、俺のすぐ横に着地する。

「やっと体が治ったから、妙神山から事務所に戻ったのよ。
 そうしたら出かけたっていうから、人口幽霊壱号に行き先を聞いて──」

「そ、そうなんだ」

 俺はルシオラの目を、真正面から見ることができなかった。
 なんだか、浮気の現場を押さえられたような気がして、気分が落ち着かない。

「横島クン、ルシオラ。私、ちょっとお手洗いに行ってくるから」

 美神さんはそういい残すと、急いでこの場から離れた。

「それで、いったい何があったの?」

 ルシオラが微笑を浮かべながら、俺に詰め寄ってきた。
 一部の(すき)もないその笑顔に、俺はかえって戦慄(せんりつ)を感じてしまう。

「あ、いや、その、実はですね……」

「全部、包み隠さず話してね♪」

「は、はいっ!」

 ……
 ……
 ……
 ……
 ……
 ……
 ……
 ……




「ふ〜ん。本当にそれだけ?」

「それだけだってば」

 先ほどの出来事を残さず話したところで、ようやく俺は解放された。
 今は手すりに二人で並んで、夕陽を(なが)めている。

「ヨコシマは、これからどうなるの?」

「どうなるのって?」

「魔神になったからには、今までどおりの生活というわけには、いかないんじゃないの?」

「ああ、そのことなんだけど、魔族の代表といろいろ交渉したんだ。今の俺って、霊力や霊波は
 前と比べてもほとんど変わってないだろ?」

「そういえば、そうね」

 ヒャクメにも見てもらったが、霊基構造の変化を除けば、俺は以前とほとんど変化していなかった。

「魔族化した人間が急速に力をつけると、心が魔族の本能に振り回されて、歯止めが効かなくなる
 らしい。前に勘九郎ってヤツが目の前で魔族になるのを見たことがあるけど、心まで完全に魔物
 になっちまったからな。
 魔神が理性を失うのは大きな問題だから、俺の場合は修業をしながら、時間をかけて少しずつ
 パワーアップしていく計画なんだってさ」

「時間をかけてって、どれくらい?」

「並みの魔神クラスで早くて百年。アシュタロスのレベルになると、何百年もかかるって話だ」

 どんなに修業を積んでも、人間でいる限り霊力の増加には限界がある。
 しかし、霊基構造が変化したから、人間の限界をはるかに超えた霊力を身につけることができるようになったらしい。

「人間の体でいた方が霊力の成長が早いから、当面は人界で暮らせだってさ。
 週に一回、妙神山で修業するけど、それ以外は今までどおりの暮らしでいいことになった」

「そう……それなら、今までどおりの生活が続くってことなのね?」

 夕陽を見ていたルシオラが、不意に視線を下げた。

「どうしたんだ、ルシオラ?」

 うつむいた姿勢のルシオラに、俺はそっと声をかけた。

「……この一ヶ月の間、いろいろと考えていたのよ。
 今まで戦いを終わらせることしか、考えてなかったから」

「まあ、俺も似たようなもんだけど」

「ヨコシマ、一つ聞いていい?」

 ルシオラは顔を上げると、俺の方を振り向いた。

「いいけど?」

「本音を聞かせて。美神さんのこと、どう思ってるの?」

 俺は答えに詰まった。
 急にそんなこと聞かれても、いったい何て答えればいいんだ?

「その、急に聞かれても、何て答えたらいいか……」

「じゃあ、私から聞くわ。美神さんのこと、嫌い?」

「いや、嫌いってわけでは……」

「じゃあ、好き?」

「……どっちかというと、好きかな。でも、何でそんなことを?」

 ルシオラは正面を向くと、斜め下の海面に視線を向けた。

「私がいったん命を落とした時、美神さんのお陰で復活することができたわ。
 もちろんヨコシマにも、何度も助けてもらったけど……」

「俺のことは、気にしなくていいよ」

「ありがとう。でも美神さんには、本当に大きな借りができたわ」

 俺と美神さんの場合、単なる貸し借りという関係は越えていると思うけど、ルシオラの場合はまた違うんだろう。

「ただの借りというわけじゃないけれど、どうやってそれに(むく)いたらいいのかなって思って……」

 ルシオラって、義理堅いところがあるよな。
 そこがまた、彼女の長所だと思うけど。

「それでね、考えたの。
 私も寿命の制限がなくなったから、これからはヨコシマとずっと一緒にいることができるわ。
 けれども美神さんは人間だから、どんなに長くても百年もないはず。
 だから、ヨコシマさえよければ……もしヨコシマが、私のことを忘れないでいてくれるなら……
 先に美神さんと一緒になっても、いいのかなって」

 それって、俺と美神さんが一緒になるってこと!?

「ごめんなさい。私、ヨコシマの気持ちを無視している。
 もちろん、ヨコシマが私を選んでくれるなら、それはとても(うれ)しい。
 でも、そうなると、美神さんにしてあげられることが、何もなくなってしまうから……」

 ルシオラは思い詰めた目をしていた。
 たぶん、この考えにたどりつくまでに、何度も悩み抜いたんじゃないかと思う。
 もちろん俺だって、美神さんには大きな恩義を感じている。
 でも、いったいどうしたら……

「あの……横島クン?」

 俺が背後を振り向くと、恥ずかしそうな顔をした美神さんが立っていた。

「み、美神さん! いつからそこに!?」

「ついさっきから……で、でもね、今の話は、前からルシオラに聞いていたから」

 太陽は既に、地面の下に沈んでいる。
 しかし辺りが薄暗くなっていても、美神さんの顔が真っ赤になっているのが、はっきりと見えた。

「わ、私のことは気にしなくていいからね! 別に貸しを作るつもりでルシオラを助けたんじゃないし、
 やっぱり横島クンの気持ちが大事だから……」

 俺の横にいたルシオラが、美神さんの隣へと歩いていった。

「ヨコシマ。私はヨコシマが決めたことに従うから、遠慮(えんりょ)しないで」

「横島クン、今までルシオラのために頑張ってきたんでしょ!
 義理なんて思わなくていいから、自分の気持ちに正直に答えて。
 それから念のために言っておくけど、二人ともってのは、無しだからね!」

 こ、困った。
 これって、人生で最大の選択を迫られているんだよな!?
 いったい俺は、どうしたらいいんだろうか……


    
1.「ごめん、今すぐ決められない」と答える。 エンディング1へ
2.「美神さん……俺、美神さんを選びます」と答える。 エンディング2へ
3.「ルシオラ、俺に一生ついてきて欲しい」と答える。 エンディング3へ



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