君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(外伝02.未来から来た少女[3])




》》Yokoshima


 美神さんの事務所を出た俺は、蛍華と手をつないで歩きながら、近くの駅へと向かった。

「ね、パパ。お腹空いた」

「そうだな。今日はファミレスで、ご飯食べようか」

「わたしねえ、ケーキが食べたい!」

「ケーキじゃ、ご飯にならないよ」

 俺が苦笑していると、後ろの方から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ヨコシマ!」

 背後を振り返ると、ルシオラがこちらに向かって駆けてくる姿が見えた。

「やっぱり、私も一緒に行くわ」

「今日は、事務所に残るんじゃなかったっけ?」

 大急ぎで走ってきたのか、ルシオラは肩で息をしている。

「だって、この子と一緒に銭湯行くんでしょ?」

「……そりゃ、家には風呂がないから、後で銭湯行こうとは思ってたけど」

 ルシオラが来てくれることは嬉しかったが、なぜ息を切らせてまで追ってきたのか、俺にはよくわからなかった。




 俺とルシオラと蛍華は、電車に乗ってアパートの近くの駅まで移動した後、近所にあるファミレスに入った。
 俺はハンバーグセットを、ルシオラはパンケーキと紅茶、蛍華はお子様ランチとケーキを注文する。

「ヨコシマ、どうしたの?」

 ハンバーグセットを一足先に食べ終えた俺は、目の前の席でパンケーキを食べていたルシオラと、お子様ランチを半分だけ食べてから(残りの半分は俺が食べた)、デザートのケーキにとりかかっている蛍華の様子を(なが)めていた。

「いや。そうしていると、二人とも本当によく似ていると思ってさ」

 器用にフォークとナイフを動かすルシオラと、不器用な手つきでケーキを口元に運ぶ蛍華では、優雅(ゆうが)さという点ではずいぶん違いがあったが、背を軽くかがめながら口を小さく開けて食事をする姿は、本当によく似ていると思った。
 特に、二人とも甘いものに執着(しゅうちゃく)があるところを見ると、やはり親子なんだろうなということを実感する。
 でも、父親が俺じゃなかったらすごく嫌だな、なんてことまで考えてしまった。

「ヨコシマ。これから、どうするの?」

「うん。さっきも言ったけど、お風呂に行こうと思う」

「私も、一緒にいくわ」

「えっ、いいの? それなら、蛍華のこと頼んでもいいかな?」

「大丈夫よ。(まか)せてちょうだい」

 俺の目の前で、ルシオラが小さくガッツポーズをとった。




 ファミレスを出た俺たち三人は、いったん俺のアパートに戻った。
 そして、着替えと髭剃(ひげそ)りだけ持って、銭湯に出発する。

「私、お風呂屋さんに行くのは、これが始めてだわ」

 ルシオラがそう話すのを聞いて、俺もはじめて気づいた。
 逆天号にいた時は、別荘を借りたり、近くのスーパーで買い物をすることはあったが、それ以外は人間社会に深く関わらない生活をしていた。
 美神さんの事務所に身を寄せるようになってからは、仕事やたまに俺の部屋にくることを除けば、事務所での生活が中心であまり外に出ていなかったように思う。
 今度、時間を見つけて、温泉に行ったりするのもいいかもしれない。

「ねえ、ヨコシマ。銭湯と普通の家のお風呂って、どこが違うの?」

浴槽(よくそう)が広いのと、洗い場が別にあること以外はそんなに違わないけど、銭湯には独自のルールが
 あるんだ」

「どういうルールなの?」

「最低限守らなくちゃいけないのは、体を洗う前に湯船に入らない、タオルを湯船につけない、
 湯船で泳がない、びしょ()れのままで浴室から出ないってとこかな」

「そうなんだ。わかったわ、大丈夫よ」

「ねえ、パパ。おてて、つないで」

 俺とルシオラで会話をしている途中、蛍華が甘えるようにして俺の左手にしがみついてきた。
 俺は内心(うれ)しく思いながら、左手で蛍華の右手を軽く(にぎ)る。

「ヨコシマ、私も」

 今度はルシオラが、蛍華の反対側の右腕に(つか)まってきた。
 これが家族を持った男の気分なんだろうかと思いながら、銭湯に着くまでの間、俺はこの幸福感を味わっていた。




》》Lucciola


 銭湯に入った私たちは、入り口で(番台と呼ぶそうだ)入浴料を払った。
 一人千円(ただし六歳児以下は無料)もするのでずいぶん高いと思ったが、今日入ったお風呂屋さんは『スーパー銭湯』といって、設備が整っている分、普通の銭湯より料金が倍以上かかるとのこと。
 その代わり、タオルとバスタオル、シャンプーやリンス、ボディシャンプーなど入浴に必要なものは、中に用意されているので外から持ち込まずに済むそうだ。
 今日は家から何も持たずにきたので、正直ありがたいと思った。

「じゃあ、風呂から上がったら、ここの休憩室で待ってるから」

「わかったわ」

 ヨコシマは、一人で男湯へと入っていく。
 私は蛍華の手を引きながら、女湯と書かれたのれんをくぐった。

「ママー。早くおふろに入ろ」

(あわ)てないで。もう少し、じっとしてて」

 脱衣所で空いてるロッカーを探すと、私は自分より先に蛍華の服を脱がせた。
 まだアシュ様のところに居た頃、よくべスパと交代でパピリオを風呂に入れていたので、この辺のコツはだいたいわかっている。
 パピリオより幼い分、かかる手間は倍ぐらいかかりそうだ。

「ママ、まだなの?」

「すぐに行くわ」

 蛍華を脱がせた後、急いで自分も服を脱いだ。
 パピリオのときとやってることは同じだが、甘え方にはずいぶん違いがあった。
 じっくり観察しなくても、蛍華が無条件に私を信頼していることがわかる。
 何か責任のようなものを感じてはいたが、悪い気分ではなかった。
 これが母親の気持ち、というものなのだろうか?




 湯に入る前に体を洗わなくてはいけないと、ヨコシマから聞いていたので、軽くシャワーを浴びたあと、体を洗い始めた。
 (となり)で蛍華もタオルで自分の体をこすっているが、まだ慣れてないらしく、背中を洗おうとしてもたついていた。
 見かねた私は、タオルをとって蛍華の背中をこすった。

「ママ、まだ?」

「もうちょっとだから、待ってて」

 ボディーシャンプーの(あわ)を背中いっぱいに行き渡らせてから、洗面器に入れたお湯を蛍華の体にかけて流した。
 お湯をかぶった蛍華が、体をプルプルと(ふる)わせているうちに、自分も急いで体についた泡を洗い流す。
 できれば、体の隅々(すみずみ)まで(みが)きたかったけど、どう考えてもそうする余裕(よゆう)は作れそうになかった。

「さあ。冷えないうちに湯船に入りましょう」

 この銭湯には、何種類もの浴槽があった。
 普通の風呂の他に、泡風呂、薬草風呂などがある。
 最初は、少しぬるめの薬草風呂に入った。

「わあ。ここのお湯、色がついてる」

「そうね」

 薬草風呂の湯は茶色だった。
 壁に貼ってあった成分表を見ると、血行をよくする成分が何種類か含まれている。
 名前は薬草風呂だが、おそらく市販の入浴剤に香りをつけただけのようだ。

「この子、あなたのお子さん?」

 同じ湯船に入っていた初老の女性が、私たちに話しかけてきた。
 髪の毛に白いものがちらほらと見えるものの、上品そうな雰囲気をただよわせている。

「ええ、そうです」

「あらあら。まだお若いのに。お(いく)つなのかしら?」

「私が二十歳で、この子は四歳です」

 私はとっさに、嘘の年齢を答えた。
 厳密に言うと生まれてから一年と少ししか経っていないが、子供より歳が若い母親なんて、普通の人に話しても信じてくれないだろう。

「ご結婚されてるのかしら?」

「いえ。ちょっと事情がありまして」

「まだ若いのに、大変ですのね」

 その人は、興味と同情の入り混じった視線を、私と蛍華に向ける。

「あ、いえ。ご心配なさらないでください。彼との仲は、うまくいってますので」

「パパも、隣でお風呂に入ってるんだよー」

 蛍華が、ニコニコとした表情をしながら、その女性の顔を見つめた。
 するとその女性は、軽く体を沈めて蛍華と目線を合わせてから、蛍華に話しかけた。

「お名前は、なんていうの?」

「横島蛍華っていうの。あのね、(ほたる)(はな)やかって書くんだよ」

「まあっ、きれいな名前ね。蛍華ちゃん。パパとママって、いつも仲いいの?」

「うん! パパとママってね、ちょっと目を離すと、いつもチューってしてるの」

 蛍華の話を聞いていた私は、思わず(ほほ)がカーッと熱くなってしまった。
 今までに、ヨコシマと何度もキスしているけど、そんなに毎日しているわけではない。
 未来の私たちは、そんなにラブラブな関係なんだろうか!?

「こ、こら。やめなさい、蛍華!」

「ホホホホ。本当に仲がいいのね。私、ちょっとあてられちゃったわ」

「す、すみません」

「いい旦那さんをもって幸せね。それじゃあ、お先に」

 その人は蛍華に向かって軽く手を振ると、浴室の外に出て行った。




》》Yokoshima


 俺は風呂から上がると、休憩室のソファに座ってテレビを見ながら、ルシオラと蛍華を待つことにした。
 十分くらい待っていると、ルシオラと蛍華が女湯ののれんをかき分けて、脱衣所から出てきた。

「ヨコシマ、お待たせ」

「パパーっ!」

 蛍華がタタタッと駆け寄ると、ソファに座っていた俺に向かって抱きついてくる。
 俺は両手を広げて、それなりに重さのある蛍華の体を、両手で受け止めた。

「あらあら。あなたが、その子のお父さん?」

 別のソファーに座っていた品のよさそうな婦人が、俺に話しかけてきた。

「先ほどはどうも」

「いえいえ。こちらこそ、おかまいもしないで」

 ルシオラが挨拶(あいさつ)しているところを見ると、どうやら入浴中に知り合った人のようだ。

「あなた、お若いのね。奥さんもかなり若いけど、あなたはもっと若そうだわ。
 歳はお幾つなの? お仕事は? ちゃんと家族を養ってるのかしら」

 この婦人は、どうやら詮索好きな性格のようだ。
 もっとも、どうみても成人しているようには見えない男がパパと呼ばれてるのだから、周りからすればいろいろと気になるのかもしれない。

「仕事はGSをやってるんで、生活に困らないくらいは(かせ)いでいます。
 歳は……ちょっと勘弁してください」

 俺は精神年齢は二十二歳だが、肉体年齢はまだ十七歳である。
 しかも娘は、未来から来たらしいとはいえ、まだ四歳だ。
 青少年保護条例がどうこう以前に、世間から激しく誤解されるのは間違いなさそうである。
 俺はこの場を誤魔化すために、苦笑いをするしかなかった。



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