竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第一章 『再会』 −2−




 遊撃隊の駐屯地を出発してから約2時間半後、クラウディー城の上空に近づいてきた。
 携帯型通信鬼(つうしんき)に、第三中隊長からのメッセージが入る。

「第三中隊長だ。スーパー見鬼で敵を捉えた。ゴーレムが2体に雑魚が多数だ。
 敵の迎撃隊の姿は、まだ確認できていない。
 第二小隊がゴーレムの破壊に、第三小隊はその援護にまわれ。第一・第四小隊は上空で待機。
 以上」

 1小隊は3人で構成されており、第一小隊は中隊長が、第二小隊は副長が率いるのが慣例だ。
 第一小隊が敵の迎撃隊に備え、第二小隊が地上の敵を掃討(そうとう)するというセオリーどおりの戦術である。
 ヨコシマをはじめ非番で参加したメンバーも、戦場では上位の指揮官の指揮下に入るのだが、実力派が(そろ)っているので中隊長の方で遠慮しているようだ。

「第一中隊のヨコシマです。地上のゴーレムの掃討(そうとう)に参加します」

「第二中隊のダテだ。俺も地上に降りる。援護は無用だ。以上」

 第二中隊のダテ・ユキノジョーは血の気が多い。チームを組んでの行動が苦手で、単独で行動したがる(くせ)がある。
 戦況は決して有利とは言えないが、彼のようなバトルマニアは、そういう場面であるほど血が沸き立つらしい。




 既に城は視界の中に入っていた。味方と敵が持つたいまつの火で、城の周囲が照らし出されている。
 城に近づくにつれ、城壁(じょうへき)に群れる多数のゴブリンの集団と、やや離れた場所から岩を投げているゴーレムの姿が確認できた。

「シュルガ、敵の迎撃隊はまだ確認できないか」

(まだ感じられない。離れた場所にいるか、妖気を抑えてゆっくり接近しているかのどちらかだろう)

「よし! 急いでゴーレムを(つぶ)そう。ゴーレムさえ(つぶ)せばそう滅多(めった)に城は()ちない」

 シュルガが高度を下げ、城へと接近していく。
 しかしシュルガとヨコシマの脇をすり抜けて、ユキノジョーの竜が前に出た。
 みるみるうちにゴーレムに接近していく。
 地上の敵もこちらに気づいたようだ。ゴブリンがあわてふためいている。
 ゴブリンの何人かが矢を射掛けようとするが、それより一瞬早くユキノジョーの竜が火を吹いた!

 ゴオッ!

 灼熱した(ほのお)が地上をなぎ払い、一瞬で10数名のゴブリンが火に巻かれた。
 ゴーレムの上空を竜が通過していくが、ゴーレムは手にしていた岩を投げ終えた直後で、手に何も持っていない。
 竜が過ぎ去るのをむなしく見ているしかなかった。

 ユキノジョーの竜が旋回し、再度ゴーレムに近づいた。
 ゴーレムの周囲が混乱状態に陥っているのを確認すると、ユキノジョーは竜から地面に飛び降りた。地面に着地した際に勢いで数回転がると、そのまま攻撃態勢に入る。
 ユキノジョーは魔装術が使えるから余計な防具を一切身につけていない。このような乱戦の場では身の軽さを生かして、(たぐい)まれな機動力を発揮した。

 こちらもユキノジョーに負けてはいられない。
 ヨコシマはユキノジョーが攻撃しているゴーレムと別のゴーレムを見つけ、高度を下げて接近する。

「シュルガ、放射角度を広げてなるべく多くの範囲を攻撃してくれ」

(了解)

 シュルガは火を吐く角度を調節できる。角度が狭まれば(ほのお)の密度が高くなり攻撃力が増す。
 逆に角度が広くなれば、攻撃力は下がるが広範囲の敵にダメージを与えることができる。

 ゴオォッ!

 シュルガが火を吐くと、一度で数十名の敵が倒れた。生き残った敵も一気に混乱してしまう。
 シュルガが敵の上空を通過した後、旋回してもう一度接近させ、飛行速度を落としつつ二度目の火炎放射攻撃を行った。
 (ほのお)で敵を追い散らし、周囲に動く敵の姿がいなくなったことを確認すると、その場所にシュルガを地面に着地させた。

 若くて知性の低い竜は戦場で竜の騎士の統制から離れると、攻撃本能に身をまかせ勝手な行動を取ることが多い。
 したがってこちらが呼ぶまで上空で待機させるのがセオリーだが、シュルガにはそんな心配はない。
 特に何も指示をしなくても、自分自身の判断で必要な行動をとるだけの知性をもっている。

「シュルガ、しばらく上空から援護を頼む」

(承知した)

 シュルガに指示を伝えると、すぐにその場を離れ、目標であるゴーレムに向かって走り出した。
 シュルガもヨコシマを援護するため、すぐにその場を飛び立った。




 敵の接近を確認後、魔族の迎撃隊は行動を開始した。
 スーパー見鬼で捉えた敵の数は、全部で20騎。
 こちらはハーピーが8、ベルゼブルが7、それからルシオラと隊長のメドゥーサである。
 メドゥーサはこちらが数で劣るので、正面から攻撃するのは不利であると考えたようだ。
 妖気を隠しつつ、敵に接近するように命じた。奇襲攻撃をかける考えらしい。

 メドゥーサとルシオラは霊波迷彩マントを身にまとった。
 ハーピーとベルゼブルについては、メドゥーサが簡易結界を張って妖気がもれないようにした。

 メドゥーサやルシオラには翼がないので、空を飛ぶには妖気を必要とする。
 しかし空を飛ぶほどの妖気を発すると、霊波迷彩マントでは妖気の()れを防ぎきれない。
 それで地上を歩いて前進していくのだが、空中を飛行するより速度がかなり落ちるのはやむをえないことである。

 ルシオラは走りながら戦場の上空に目を向けた。
 数騎の竜が上空から降下し、地上を攻撃する様子が目に入った。

(すごい……)

 はじめて目にする戦場。しかも竜が火を吐きながら攻撃する場面は、見るものを圧倒させる。
 一瞬、勝てるだろうかという不安が、ルシオラの心によぎった。

 メドゥーサは配下のハーピーやベルゼブルには、竜への攻撃を固く禁じていた。
 メドゥーサは、竜神族に近い種族である蛇竜族の出身である。竜のことにも詳しい。
 最下級の魔族と竜が闘ったところで、霊力・体力・攻撃力・防御力のすべての面で差がありすぎ、勝負にならない。
 勝るのは体が小さい分だけ敏捷(びんしょう)であるという点だけである。
 だから原則として竜は攻撃しない。狙うのは竜ではなく、竜を(あやつ)る“竜騎士”たちである。

(けれども、私ならば……)

 私ならば闘えると、ルシオラは心の中でつぶやいた。
 メドゥーサより上かどうかはわからないが、並みの魔族よりはるかに大きな戦闘力を彼女は備えている。
 大きな代償と引き換えにして……




 シュルガから降りたヨコシマは、目標のゴーレムに向かって走った。
 シュルガの二度にわたる火炎放射攻撃で、周囲の敵は混乱し逃げまどっている。
 目標に近づくと、ゴーレムがこちらに視線を向けた。敵と認識したようだ。
 その大きな石の手を振り上げ、こぶしを握って殴りかかろうとする。だがゴーレムの動きは決して速くない。

 ズゥーン!

 ゴーレムのこぶしが地面にめりこんだ。しかしヨコシマはこぶしが振り下ろされる寸前に横にステップし、その一撃をかわしていた。
 ヨコシマはそのまま敵のふところに飛び込むと、あらかじめ念を込めておいた文珠をゴーレムの腹部に叩きつける。

 『洗』『脳』

 文珠が光り(かがや)くと、ゴーレムは動きを停止した。

 ゴーレムは石像に魔力で擬似生命が与えられた存在だ。知性は低く、術者の命令にしたがった行動しかできない。
 そこでショックを与えて元の術者の命令を消去し、さらに新たな命令をすり込んでしまえば、容易に乗っ取ることができる。
 文珠でゴーレムの記憶を初期化したヨコシマは、新たな命令を与えるためゴーレムの霊的中枢部を探した。
 眉間(みけん)に埋め込まれていたそれを見つけると、ヨコシマは右手をその上に当てて強く念じた。

(我に従え)

 ゴーレムは再度動き出すと、左足の(ひざ)を立てながら右手を地面につけ、服従の姿勢をとった。

「周囲の敵を攻撃せよ」

 今度は声に出して命令するとゴーレムはゆっくりと動き、それまでの味方であったゴブリンを探して進みはじめた。
 インプリンティング完了だ。後は放っておいてもなんとかなる。
 少し離れた場所に、シャーマンらしい年かさのゴブリンが何かわめいていた。おそらく元の術者であろう。
 だが敵に回ったゴーレムを相手にできるほどの力は持っていないようだ。ゴーレムが自分たちの方に進んでくると、(あわ)てて逃げ出していった。




「第一中隊のヨコシマです。ゴーレム一体を捕獲しました。」

 ヨコシマは報告を入れると、周囲の状況を確認した。
 少し離れた場所で、ユキノジョーがゴーレムと闘っている。
 少しの間見ていると、ユキノジョーがゴーレムに霊波砲を放った。
 霊波砲がゴーレムの頭部に命中すると、ゴーレムはゆっくりと姿勢を崩し、前のめりに倒れた。
 ゴーレムの霊的中枢部を破壊したようだ。

 また、城から若干距離が離れた森の近くで、もう一体のゴーレムに他のメンバーが攻撃をかけていた。
 上空からの援護もあるから、彼らだけでも何とかなるだろう。

(そろそろ、敵の迎撃隊が姿を見せてもおかしくないんだが……)

 そう考えていると、突如森の中から、一筋の光線が夜空を切り裂いた。
 その光線は空中を旋回していた竜に命中する。思いもよらない攻撃に飛行中の竜は大きくバランスを崩すが、何とか墜落(ついらく)だけはまぬかれた。
 しかし、戦場からの離脱を余儀なくされる。遠目に見ても、竜のわき腹から大量の血が流れ落ちているのがわかった。

「シュルガ!」

 ヨコシマは大声を出して上空を旋回する竜を呼ぶと、シュルガが着陸しようとしている場所に向かって走り出した。



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