竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第一章 『再会』 −10−




 ヨコシマはデミアンの消滅を確認すると、四神結界を解除した。
 そして、地面の上に横たわったルシオラのもとに歩み寄る。

「お前、魔族なんだろう。なんで俺なんかのために──」

 たしかにヨコシマは、ルシオラを助けた。
 けれどもそれは自分に余力があっての行為であり、ルシオラがしたように自らの生命(いのち)を危険にさらした行動ではない。

「ルシオラ……」

 自分がヘマをやらなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
 ヨコシマは自らの力の無さに、激しい悔しさを覚えた。

 ヨコシマは、ルシオラの首の下に手を入れ、そのまま上半身を起こし軽く抱きしめる。
 その時……

「!!!!!」

 ヨコシマは、首筋にわずかな息遣いを感じた。胸を見ると、(かす)かであるが上下に動いている。

(助かるかもしれない!)

 希望がでてきた。大急ぎで『治』の文珠を生成する。
 文珠で治療を施すと、ルシオラの呼吸が少しずつ強さを増してきた。

「ふーっ」

 ヨコシマは一安心した。しかし、まだ彼女は目を覚まさない。

(どうしようか──)

 一つのアイデアがうかんだ。
 ヨコシマは、水筒の水を口に含み、自分の顔をルシオラの顔に近づける。
 一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、唇と唇を合わせ、口うつしで水を飲ませた。

「ン……」

 水を飲ませてからしばらくすると、ルシオラがゆっくりと目を開いた



「ヨコシマ……デミアンはどうなったの……」

「もう大丈夫だ。デミアンは俺が倒した」

 ルシオラは、体を起こすと周囲を見まわす。
 あたりの木々は折れ、あるいは根元から吹き飛んでいた。地面にはえぐれた跡が点在しており、デミアンとの戦闘の激しさを物語っている。
 しかしデミアンの姿は、どこにも見えなかった。

「助かったのね。私たち」

「そうだな」

 先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、あたりはすっかり静けさを取り戻していた。
 ルシオラは振り向いて、ヨコシマの顔を見つめる。

「また、あなたに助けられたわね」

「助けられたのは俺の方さ。あの時、ルシオラが俺を突き飛ばしてくれなかったら、俺はたぶん殺られていたよ」

「気にしないで」

「気にするさ。君が目を覚まさなかったどうしようかって、すごく(あせ)ってたんだぜ」

「大丈夫よ。私くらいのレベルになると、霊体をバラバラにされない限り何とかなるの。中級クラスの魔族は頑丈なんだから」

「タフなんだな」

「でも、あの攻撃を受けた割にはダメージが残っていないわ。文珠の力かしら。それとも他に何かしたの??」

「いや、その、なんだ、ハハハハ……」

 口うつしで水を飲ませたことは、恥ずかしくて言い出せなかった。
 ヨコシマは話をそらそうと、話題をかえてみる。

「これからどうする? さっきの話だと、魔族から切り捨てられたとか──」

 ルシオラの表情が暗くなった。

「そうね……デミアンはボスの直属だったから、たぶん嘘じゃない。理由は全然わからないけど……」

 ルシオラは沈鬱(ちんうつ)な表情をしたまま、深く考え込んでしまった。
 ヨコシマはしばらくオロオロしていたが、思いきってルシオラに話しかけた。

「ルシオラ、その……えっと……もしよかったら、俺のところに来てみないか?」

「それ、どういうこと?」

「もし行くとこがないんだったら、一緒に来ないか?」

「でも私は魔族よ。人間じゃないし、ヨコシマの迷惑にならない?」

「こういうことはあまり聞いたことがないけど、隊長とも仲は悪くないし、話してみれば何とかなると思う」

「私、捕虜になるのかしら?」

「わからない。ただいろいろと聞かれるとは思う。でも──」

「でも?」

「ルシオラが牢獄に閉じ込めておくような事態には絶対させない。もしそうなったら、俺が絶対に助けるから」

 ヨコシマは真剣な目をしていた。
 ルシオラは一瞬迷ったが、次の瞬間、彼女は心を決めた
 彼を信じてみよう。

「わかったわ。あなたを信じてみる」

「大丈夫、悪いようにはしないから」

 ヨコシマは、自信ありげな口調で話す。
 本当はあまり自信がなかったのだが、ルシオラを不安にさせたくはなかった。



「そう言えば、ヨコシマが乗っていた竜はどこに行ったの?」

「ああ、そういえばシュルガとはぐれたままだった」

 最初は城に戻ろうかと考えていたが、ルシオラを連れて城に行くといろいろと面倒なことが起こりそうだ。
 城に戻らずにどうやってシュルガを探すかヨコシマが考えていると、ルシオラが話しかけてきた。

「ヨコシマ、あれ違うかしら?」

 ヨコシマがルシオラの指差す方向を見ると、はるか遠くを飛んでいる何かが見えた。
 その姿はみるみるうちに大きくなり、数十秒後には竜の姿だとはっきりわかった。

「たぶんシュルガだな。まっすぐこっちに向かってきている」

 ヨコシマの勘は外れていなかった。数分後にシュルガの巨体が、ヨコシマとルシオラのすぐ傍の空き地に着陸する。

「やれやれ。会えなかったら駐屯地まで歩いて戻るはめになるかと思ったよ。それにしてもよくここがわかったな?」

(大規模な霊力の放出を感知したからな。あれだけの霊力を出せる人間は、それほどおらんよ)

 シュルガは心話で話しながら、周囲を見わたす。

(ずいぶん強敵だったみたいだな。ひょっとしてアレを使ったのか?)

「使った。アレを使わなければとても倒せなっかたよ」

「ねぇヨコシマ、アレって何のこと?」

「デミアンを倒すときに使った技のことさ。必殺技みたいなもんだよ。アレを使った時、ルシオラは気を失っていたけど」

(ところでヨコシマ、なんで魔族の女と一緒なんだ? ずいぶん仲がよさそうだが)

 シュルガは首を少し曲げ、ルシオラを見つめた。

「いや、昨夜いろいろあって彼女、ルシオラを助けたんだけれどね。そこにデミアンって魔族が襲ってきてさっきまで闘っていたって訳さ」

(その合間にしっかり口説いていたってわけか。ヨコシマも隅におけないな)

「バカ、何言ってんだよ──とそれはともかく、彼女は行くところがないんだ。一緒に連れて帰る」

(やっぱり口説いていたな。まぁいいだろう)

 ヨコシマはシュルガの上に乗った。そしてルシオラを、シュルガの背中の上に引っ張りあげる。

(くら)が一人乗り用だから、狭いけれど後ろに座ってくれないかな」

「こうかしら?」

 ヨコシマの後ろにルシオラが座った。
 ヨコシマの背中にルシオラの体が密着するが、あいにく鎧をつけているので、はっきりとした感触まではわからない。

「よし、それじゃ戻るとするか」

 シュルガはその大きな翼を、ゆっくりと羽ばたかせて離陸した。



 同じ日の午後、魔族の司令部にメドゥーサからの連絡が入った。
 連絡を受け取った土偶羅(どぐら)は、謁見室にいるアシュタロトのもとに向かう。

「アシュタロト様、メドゥーサから報告が入りました」

「うむ」

「デミアンは竜の騎士との戦いに敗れ戦死。ルシオラはその人間と一緒に逃亡したとのころです」

「わかった。メドゥーサにはいったん引き上げるように伝えておけ」

「わかりました」

(ふむ。予定より若干早いが、計画どおりだな)

「アシュタロト様、何かおっしゃいましたか」

 土偶羅(どぐら)が何かを聞きつけたのか、問い返してきた。

「いや、何でもない。」

 アシュタロトは王座から立ち上がると、背後の扉を開けて部屋を出ていった。


(第一章 完)


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