フェダーイン・横島

作:NK

第4話




「やっぱりヒャクメに来て貰いましょうか? それが一番楽ですし」

 朝ご飯を食べ終わった後、台所で洗い物をしている小竜姫の背中に話しかける横島。

「でもヒャクメを正式に呼ぶための理由がありませんよ」

 振り向かないまま答える小竜姫。

「小竜姫様とヒャクメって友達ですよね? だったら偶には遊びに来いって言ったら来るんじゃないスか?」

「そう言えば確かに来るでしょうけど……。でも横島さんに興味を持つ事は確実ですよ。
 しかもヒャクメは他人の心を覗く事もできます。もし今、心を覗かれたら全てばれてしまいます」

「うーん、やっぱり無理かぁ……。だったら今日は修行を休んで東京見物にでも行きましょう。
 俺達だったら隣のビルから様子を伺えばわかりますし」

『そうね。それが一番無難な手よね』

「じゃあついでに今日は人界を見学しましょう。未来の記憶はあると言っても、私は実際には
 200年前の江戸の町しか行った事がありませんし……」

 洗い物を終えてニコニコと振り返る姿は本当に楽しそうだった。

「いいっスよ。後、済みませんがお金を用意して下さい。俺は無一文ですから」

 頭を掻きながら恥ずかしそうに言う。
 見方によっては、横島は小竜姫という彼女の所に転がり込んで養って貰っている状態なのだ。
 別名、ヒモとも言う。

「わかりました。では用意してきます」

 何となくウキウキした感じの自室へと向かう小竜姫を見て、なんだかんだ言っても小竜姫様だって息抜きしたいんだな、と思う横島だった。





「ほんの二百年で江戸の街も随分変わりましたねー。
 知識としては分かっていましたけど、実際に見てみると驚きです」

 驚き半分、楽しさ半分といった雰囲気でキョロキョロと辺りを見回す小竜姫。
 尤も、嬉しさは横を歩く横島の腕をしっかりと抱え込んで身体を密着させているためである。
 横島も若干照れはあるものの、まさに恋人同士のデートという感じで違和感なく小竜姫をエスコートしている。

「小竜姫様、今は東京って言うんですよ。それにしても2ヶ月ぶりだと本当に人が多く感じられるな。
 歩き難いぐらいだ」

 ニコニコと小竜姫に答える横島だが、歩き難いのは人混みのせではなく腕を組んでいるためだろう。
 何だかんだ言っても、しっかりとカップルしている二人であった。
 ルシオラの意識としても面白くないと言うか寂しいのだが、偶には横島も人恋しくなるだろうと自分を宥めていた。
 偶にブツブツと何か言っているのが小竜姫の意識を通じて頭に聞こえてくる。
 無論、横島もダイレクトに聞こえているため、後で二人で夕日を見ようと言って慰めている。

 お上りさん宜しくあちこち見回しながら歩いていた二人は、漸く目的の場所へと辿り着いた。
 そこは最初に美神が除霊事務所を開いた雑居ビルの前。
 横島としても身体に密着している小竜姫の身体の柔らかさと鼻孔をくすぐるような良い匂い、さらに腕に感じる胸のフニョっとした感触をもっと楽しんでいたかったのだが、此処まで来た目的を思い出して身体を離して小竜姫に目配せをする。
 小竜姫が頷くと、フッと二人の姿が消える。
 常人の目にもとまらぬ速さで隣のビルの屋上に飛び上がったのだ。
 それぞれ心眼モードで5階にある美神の事務所を霊査する。

「事務所の中……美神さんの霊波ともう一人別の霊波が感じられますね」

「えぇ、多分おキヌちゃんの霊波だと思うんスけどね。
 肉体の反応が感じられないし、幽霊であることに間違いないみたいですから……」

 そう言うが確証が持てない二人だった。

「しかたがない、文珠を使って覗いてみましょう」

 そう言いながら掲げた右掌に瞬時に文珠を作り出す。
 込められた文字は『覗』だった。
 この場合、小竜姫にはその映像を見る事ができない。
 だが横島の魂に融合している小竜姫の霊基構造コピーの意識とリンクすることで、横島と同じ映像を見る事が可能なのだ。

「……よかった。どういう経緯があったかはわからんけど、無事に美神除霊事務所にいるようっスね」

 安堵の溜息と共に口を開く横島。
 そこには嬉しそうにお茶の用意をしているおキヌの姿が見えていた。
 近い将来、天竜童子の事件でメドーサの火角結界で破壊されてしまう(?)はずの事務所のデスクには美神令子が座っている。

「本当に良かったですね」

 小竜姫もホッとしたように口を開く。

『でもヨコシマの代わりのアシスタントの姿は見えないわね』

 やはりその映像を眺めていたルシオラの霊基構造コピーの意識が話しに参加する。

「もし学生だったらこの時間はいないだろう。
 まぁずっと覗いているわけにはいかないし、目的は達成したから用は済んだな」

 知ってはいるが、実際には一度も会った事のない美神令子とおキヌ。
 この時代に生きる自分とは未だ人生が交わっていない二人を見て、それが未来の自分の記憶からくるものだとわかっていながら微かに寂しさを覚える横島だった。
 しかし自分の護るべき大切な女性のことを考えて自分の目的を思い出す。

「では帰りましょうか、横島さん」

『そうね。特に用事がないのなら次は東京タワーに夕日を見に行きましょ』

 二人の言葉に頷くと横島は双文珠を作り出す。

「行きましょう、小竜姫様」

 『転移』の文字を込めると、横島の姿が掻き消える。
 同時に小竜姫もテレポートで姿を消した。
 そんな事は知らない美神事務所では、二人の女性がお茶をしながら楽しそうに笑っていた。





『昼と夜の一瞬の隙間……。短時間しか見れないからよけい美しい……』

 東京タワーの特別展望台の屋根の上に佇む一人の青年。
 夕日をジッと見詰めて動かない横島を風が優しく撫でていく。

「その台詞……久しぶりだな」

 傍には誰もおらず、端で見ている人がいれば怪訝な顔をするだろう。
 彼は今、彼の魂(霊体)に融合し共に生きている最愛の女性(の一人)と思い出の光景を眺めていたのだ。
 先程まで一緒にいた小竜姫は一足早く妙神山へ帰っていった。

『また貴方と一緒に夕焼けを見る事ができたわ。でも………』

 嬉しさ半分、寂しさ半分、という口調のルシオラ。

「そうだな。お前は俺の心に残っていてこうして話もできる。
 この世界に生きるようになってから何度も夕日を見たけど、やっぱり身体が欲しいんだろう?」

 横島のその言葉に少し詰まったルシオラだったが、意を決したように話し始める。

『ごめんねヨコシマ……。
 今まで一人で頑張ってきた貴方がようやく欲していた絆を手に入れる事ができて、
 小竜姫さんと心を通わせる事ができたんですもの。嬉しいのは分かるの。
 でも……この世界の私はまだ存在すらしていない。
 私も実体として横島と触れ合う感覚が欲しいと考えてしまう。我が侭よね、私って…………』

 ルシオラの意識の心がわかってしまう横島はすぐに言葉を掛ける事ができなかった。
 それは彼女の気持ちが分かりすぎる程よく分かるから。
 あの時……彼女を一度失ってしまった時の喪失感。
 アシュタロスとの戦いの際、心の中に彼女の意識が残っており、話す事はできるが触れ合う事ができなかった寂しさ。
 そして彼女が消えていくときに看取ってやる事さえできなかった悔しさ。
 そんな想いが、彼が本来まだ体験していない哀しさが湧き上がってくる。

「そんな事はないさ。ルシオラの気持ちは良く分かる。俺も……その……同じように思ったときがあるから……」

 そこで言葉を切った横島だが、再び口を開く。

「済まなかったルシオラ。俺、少し浮かれていたみたいだ。
 この世界でも小竜姫様を俺の大事な人にする事ができて舞い上がってた。
 お前の事をもっと考えてやらなければいけないって言うのに………」

『そんな事ないの!
 ヨコシマはこれまで頑張ってきたもの。そしてこれからも頑張らないといけないわ。
 ヒトは……心が痛がりだから……一人では寂しいと感じる生き物だから……そんな時には触れ合う
 事の出来る温もりが必要なのよ。これは私の我が侭……。だってヨコシマが辛い思いをしたり、
 傷ついたり、死んじゃったりする事を考えたらどんな事でも我慢できるもの』

「ルシオラ………」

 ルシオラの横島への想いの強さを改めて感じ、大事にしなければと再認識する。

『あら、もう陽が沈んじゃったわ。もう行きましょうヨコシマ。小竜姫さんが心配するわ』

「ルシオラ、俺…上手く言えないけど、必ずこの世界のお前も幸せにしてみせるよ。
 凄く難しいかもしれないけど、俺は諦めない。
 そうしたら、全て上手くいったら、その時は“二人”っきりでまたここで夕日を見ような」

『ありがとうヨコシマ………』

 どんな事があっても横島が自分を愛しく想い、大事にしてくれることは疑いようがない。
 その事を再確認して心が暖かくなっていくのを感じる。

「妙神山からの方が綺麗に見えるさ。これからはこの時間はお前と俺だけの時間だ。
 毎日一緒に見ような」

『えぇ、楽しみだわ』

 辺りが闇に塗り替えられようとしている中、その返事を聞いた横島の姿は光と共に消滅していった。






 横島が妙神山に住み込みで修行を始めてもうすぐ1年になろうとしていた。
 この1年間、横島は無論、小竜姫も精神と肉体を酷使するかなり厳しい修行に励んでいる。
 午前中は体術系の修行をメインとし、小竜姫と格闘戦の組み手や剣による鍛錬を行う。
 そして午後になると、横島は異空間でハイパーモードになっての基礎訓練や霊気を練り上げて念とする訓練を、小竜姫は神剣を使っての念法の修行をそれぞれ行う。

 その甲斐あって、横島はハイパーモード最大出力(9,500マイト)で24時間全力で戦えるまでに己を鍛え上げていた。
 さらにハイパーモードでも霊力を練り上げて強化し、愛刀“飛竜”を通して最大で自身の霊力を1.5倍(約14,000マイト)に増幅する事を為し遂げている(副産物としてチャクラ全開時で、“飛竜”を通して3倍(3,150マイト)にまで練り上げる事ができる)。
 無論、そこまでの一撃を繰り出すには多少の“溜”が必要となる。
 目下の課題は、この“溜”に費やす精神集中の時間(10秒程)を短くする事と、より大きな増幅を可能とする事となっていた。
 一方小竜姫は、これまでと異なりより実戦的な剣術の鍛錬を積んでいる。
 彼女の最大の弱点である綺麗すぎて読みやすい体捌きから、多少汚くとも不覚を取らない、負けない剣術を目指している。
 そして横島同様“溜”は必要であるが、神剣を通して霊力を練り上げ自身の霊力を2倍(10,000マイト)に増幅できるようになっていた。
 7,500マイトぐらい(増幅率1.5倍)なら数秒の“溜”で放てるようになっているのは修行の賜である。

 二人とも基本の霊力自体はこの1年間でほとんど上昇していない。
 彼等が目指したのはいかに効率よく自分の霊力をコントロールして集束・増幅させるか、という実際の戦闘を視野に入れた修行だった。
 鍛錬が終わり、夕日をルシオラと共に見てきた横島が風呂の入り口までやって来ると、一足先に風呂に入った小竜姫と鉢合わせる。

「お帰りなさい横島さん」

「あっ、ただいま小竜姫様」
 
 のほほんとした雰囲気で挨拶を交わす。

「これからお風呂ですね。私はその間に夕食の準備をしています」

 そう言って自室へと向かう小竜姫と別れ、横島は1日の汗を流すために服を脱ぐ。
 湯船に浸かりボンヤリと空を見上げる横島。
 自分はできる限りの事をやっているのだが、それでも来るべき戦いに対する不安は拭えない。
 かつてのような(分かれてしまった未来での)圧倒的な能力がなまじ記憶にあるために、今の自分の実力に自信が持てないのだ。
 さらにどうしてもアシュタロスとの戦いに考えが向いてしまうため、あの圧倒的な実力が常に仮想敵として頭にこびり付いている。

「もうすぐだな……。もうすぐアシュタロスに率いられた魔族が表立って動き始める。
 最初はメドーサか」

 誰に聞かせるでもなく呟く。

『大丈夫よヨコシマ。
 貴方は自分ができる事を精一杯やっているわ。だから自分にもう少し自信を持って』

 優しく慰めてくるルシオラの意識に暖かいモノを感じる。
 そう、自分は一人ではない。
 小竜姫が共に戦ってくれるし、未来のルシオラの魂の一部も自分と共にある。
 全知全能の神ではない以上、自分のできる事を確実に行うしかないのだ。

「そうだよな。ありがとうルシオラ」

 そう言うと逆上せる前に立ち上がり洗い場へと向かう。
 頭を洗い終えて妙神山での生活を振り返ると思わず笑みがこぼれる。
 あの情けない自分がここまでやってきたのだ。
 必ず道は開ける。
 今はそれを信じて頑張るしかない。

「やっぱり俺は一人じゃ何もできないな……。人は一人では生きられないか、至言だな」

 自嘲気味に笑うと横島は小竜姫の元へと向かった。


「そういえばそろそろ美神さんがここにやってくる時期ではなかったですか?」

 夕食を終えてくつろいでいると小竜姫がポツリと言う。

「そうかぁ、もうそんな時期ですよね。年はとっくに明けたモノなぁ……」

 未来の自分が変わる切っ掛けとなった一大イベント。
 今回、美神はおキヌの他に誰を連れてくるのだろう?

「どうしますかね小竜姫様。美神さんの修行の際、俺は姿を隠していた方がいいっスか?」

 メドーサの件まで会わない方がいいかもしれない、と考えていた横島が尋ねる。

「そうですね……でもここいらで顔合わせをしていた方がいいかもしれませんね。
 修行のために長期逗留している私の弟子という事にすれば、今後も何かとやりやすいでしょうし」

 そう言われて香港での一件や月まで行った一件を思い出す。
 まぁ、メドーサをさっさと倒したとしても誰か別の魔族がその代わりを努め、イベント自体は必ず起きるだろう。
 それならなまじ知らない相手よりはメドーサの方がやりやすいかもしれない。
 それには美神とも連携を取らなければいけないのだ。

「わかりました。そのセンで行きましょう。俺は小竜姫様の弟子って事で。
 でもどこまで俺の力を見せますか?」

 暗にチャクラを廻して霊力を練り上げる事を見せるか?と尋ねる。

「横島さんのアレを見せられたら大抵の人は自信を喪失しますからねぇ。
 やはりここは基本霊力(霊波刀やサイキック・ソーサー等の基本技能)と単文珠までしか
 見せない方がいいですね。何かあった場合は第3チャクラまで使ってください。
 あっ、体術面は容赦しなくていいですよ」

 何気に酷い事を行っている小竜姫。
 チャクラなど廻さずとも横島の実力は普通のGSを軽く超えているのだ。
 霊力が150マイトもある人間など滅多にいない上に、この段階での美神の霊力は霊圧70〜80マイトぐらいだろう。
 さらに体力面も技の洗練され具合も違う。
 単純に言えば、このレベルの能力しか使わなくてもほぼトップクラスのGSなのだ。
 チャクラを廻し念法を使えば、“飛竜”を一振りするだけで普通の地縛霊や悪霊など霧散してしまう。
 経営面でも除霊にお札も道具も使わないから元手はゼロなのも強い。
 そう考えると、横島は当然の事ながら現段階でGSとして大成すること間違いないだろう。

「へーい、わかりました」

 まぁ初対面だし、今の美神と自分では埋めようのない実力差があるが、特に何も問題なかろうと思って返事をする。
 しかし彼は忘れていた。
 この世界の美神令子は当然未来の記憶など持ってはおらず、横島と会った事すらない。
 しかし前世で因縁があった事は変わらないのだ。
 それがある以上、意識的にせよ無意識的にせよ美神が絡んでくる事は間違いない。
 その事に思い当たらず平和な一時を満喫している横島だった。





「ここはとても人が通る所とは思えませんね……。一体ここは本当に日本なんですか?」

 一歩足を踏み外せば谷底に真っ逆さまという山道を進む人影が三つ。

「ここは世界でも有数の霊格の高い山よ。神と人間の接点の一つと言われているわ」

 そう言いながら歩き続ける3人だが、よく見ると一人は巫女服姿で長髪の黒髪にやや幼いが美少女といっていい容貌を持ち、トランクを持っているが宙に浮いている。
 さらに人魂が二つ程周囲に漂っている事から幽体である。
 横島達が境遇を心配していたおキヌだった。
 先頭の女性は亜麻色の長髪にスタイルの良いキツイ感じを与える美人である。年の頃は20歳前後であろう。
 女の名は美神令子。
 現在、日本でも有数の知名度を誇るGSであり美貌と華麗なテクニックを売り物にする腕前も確かなのだが、金への執着が激しくてやり方がずる賢いと影で言われる事も多い。
 それを裏付けるかのように除霊料金が高額で吹っ掛ける事も多々ある。
 しかし大金を持つ割に使う方も派手であり、お金は手に入れるのは好きだが自分が使う事も大好きという世間一般のケチな守銭奴とは少し異なる。
 その性格にかなり子供っぽいところを持ち、なかなか素直になる事のできないアダルトチルドレン的な一面を持っているため、自分の価値を認めさせるために仕事の見返りとして大金を要求しているのだ。
 まぁ性格的にお金を見ないと発作を起こす程好きなのも確かなのだが……。
 彼女はその手に何も持っておらず身軽な格好であるが、最後尾を歩いている男性は背中に大きな荷物を持っている。
 よく見れば白髪の美形であり、その細身の身体に似合わず抱える荷物を苦にしている様子はない。

「修業場までもう一息よ。アンタは不死の存在なんで助かるから良いけど、荷物は落とさないでよね」

「先生の話ではかなりキツイ修業場らしいですね。どうしても行かなければいけないんですか?」

 自分はこの事務所の人間ではないのに、今回貧窮に喘ぐ師である唐巣神父の生活費援助と引き替えに荷物持ちとして駆り出されたピートが尋ねる。
 美神とは彼の父ブラドー伯爵の事件で知り合い、父の時代錯誤な野望(戯言とも言う)を打ち砕く手助けをして貰ったため断りにくかったこともこんな所にいる理由の一因だ。
 一見ただの美青年に見えるが実は齢700歳になるバンパイア・ハーフであり、美神のかつての師である唐巣神父の元に身を寄せ弟子入りしている。
 GSになって故郷の島にひっそりと住まう仲間の生活を支えようと考える優しい男である。

「まーね。この前の下水道の雑魚悪霊を相手に手こずるよーじゃ、商売あがったりだわ!
 霊格を上げれば同じ武器を使ってもより強力な力を出せるし、今のうちに一発レベルアップ
 しとかないと、他のスイーパーに出し抜かれるわ。少々ヤバくてもこの機会を逃したくないのよ」

 立ち止まってそこまで真剣な顔で言うと、再び前を向いて歩き始める。
 息を切らせながらようやく終点へと到着した3人の前に、約1年前に横島が見上げた鬼のオブジェを貼り付けた巨大な門が現れる。

「あまり趣味が良いとは言えないわねー」

『これって鬼ですかー?』

「何か強い霊力を感じますね。神気が溢れているというか……」

 門を見上げてそれぞれの感想を口にする3人。

『でも何となく不吉な予感がしますねー』

 幽霊のくせに少し青ざめた表情で美神に同意を求めるおキヌ。

「ふん、ハッタリよハッタリ!」

 そう言いながらベンと門を叩く美神。

「何をするか無礼者ーッ!!」

 いきなり門の鬼の顔が大声を上げる。
 突然の事に驚く3人。

「しゃ…喋りましたよ」

 さすがのバンパイア・ハーフのピートも、この展開は意外だったようだ。
 おキヌは手で口を押さえて固まっているし。

「我らはこの門を守る鬼。許可無き者我らをくぐる事まかりならん!」

 続くお前らのような未熟者はぜーったいに入れたらへん! という鬼門の台詞にも立ち直った美神は動じない。
 言い返そうとして口を開き掛けたところで、ギ〜〜ッという音と共に門が開かれた。

「………5秒とたたずに開いたわね」

 憐れみの眼差しで鬼門を見る美神。

「しょ…小竜姫さまあぁっ!!」

「我らにも役目というものがあります! 不用意に扉を開かれては……」

 情けなさそうに文句を言う鬼門達にクスリと笑う小竜姫。

「別に貴方達の役目を忘れている訳ではありませんよ」

 そう言って美神達の方を向いてお決まりの質問を始める。

「貴女、名は何といいますか? 紹介状はお持ちでしょうね?」

 知っていながらその事を欠片も見せずに尋ねる小竜姫だった。

「私は美神令子。唐巣先生の紹介だけど……」

 そう言って紹介状を差し出す美神。

「唐巣…? ああ、あの方。かなりスジの良い方でしたね。人間にしては上出来の部類です」

 何となく笑い出しそうになるのを懸命に抑えながら、初対面の挨拶をしている小竜姫。
 横島の代わりにピートが駆り出されていた理由に何となく思い当たったためだ。

「では当修業場の規則通り、これから貴女達がここで修業するだけの実力があるか試させて
 貰います。鬼門、早くしてくださいな」

 小竜姫がにこやかに言うと、扉の横に立っていた首のない巨人像が動き始める。

「その方達、我らと手合わせ願おうか!! 勝たぬ限り中へは入れぬ!!」

 門にへばり付いた鬼の顔が発する言葉と共に襲いかかる首無し巨人達。

「こいつらを倒せば中で修業させてくれるのね?」

「はい。頑張ってください」

 変わらず笑顔で答える小竜姫に不適な笑みを見せると美神は呟く。

「じゃ、一丁軽くやりますか」

 鬼門達の攻撃をひらりと交わすと、特大の封魔札を鬼門の眼を塞ぐように貼り付ける。

「「おわっ!?」」

 突然視界を塞がれた鬼門達は蹴躓いて轟音と共に倒れる。
 それを黙って見ていた小竜姫は予想通りの結果に密かに頷く。

「……8秒! なかなかですね。歴代2位です。やり方はかなり変則的ですけど」

 それを聞いて自分より短い時間で鬼門達を倒した存在がいたことが癪だったのか、佇む小竜姫に向かって面白く無さそうに言い放つ。

「こんなバカ鬼やあんたじゃ話にならないわ! 管理人とやらに会わせてよ!」

 こんなところまで一緒なんですねぇ……と感慨を抱きながら自分も同じ事をしようとしているのに気が付き一瞬苦笑する。

「ふっ。」

 バシュッ!!

 零れた笑みと共にその霊圧を500マイト程解放する。1/10程度に抑えているのは怪我をさせないためだ。

「なっ……!?」

 その凄まじい霊圧に扉まで吹き飛ばされた美神、ピート、おキヌが驚愕の表情で小柄な小竜姫を凝視する。

「あなたは霊能者のくせに目や頭に頼りすぎですよ、美神さん。私がここの管理人、小竜姫です」

 爽やかに自己紹介する小竜姫。

「こ…ここの管理人…? アンタが?」

 そう美神が呟いたとき別の人間の声が横から聞こえる。

「小竜姫様、お客さんですか?」

 門からひょいと顔を出した青年。
 こちらも知りながら惚けてやって来た横島だった。
 退屈そうに中国の道士服のような服を着て、何かあったんかい、とのほほんとしている青年を見て驚く美神。
 この明らかに自分より年下に見える青年は、小竜姫の霊圧をモノともしていないのだ。
 単に慣れているだけなのか、あるいは相当の実力を持っているのか?
 美神は驚きの表情から一転して値踏みするような視線を新たに現れた青年に向ける。
 本来ならすでに出会っているはずの未来で因縁の深かった人々に、ようやく横島は初対面を果たした。




(後書き)
 漸く美神とおキヌに台詞が……。
 横島の代わりの荷物持ちはピートにやってもらいました。彼は事務所のメンバーではなく、あくまで唐巣神父の弟子です。
 本文中に書かれた理由と、GS試験の前に訓練ぐらいした方がよかろうという美神の言葉に仕方なく付いて来ました。
 さて次回は修業編か……。


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