フェダーイン・横島
作:NK
第13話
『ふっふっふっ……遂に子供の頃の夢だった忍者の姿で活躍する事ができた!』
マスクをしたままニヤリと笑って一人悦に入る横島。
幸いにもここはトイレで他に見ている人はいない……。
強大な力を持っていても、このへんの俗っぽさは健在らしい。
その時ドアを開けて黒い道着を着た二人組が入ってくる。
「んっ!? あいつ、横島とかいう奴じゃねえですかい?」
「あらホント。雪之丞のお気に入りね」
両目を通る額から頬にかけての傷跡に剃った眉毛、身体も傷跡だらけという小男の陰念と、リーゼントに体格はいいけどおカマ言葉という鎌田勘九郎だった。
『あぁん? わざわざターゲットが出向いてくるとはな…』
この二人の事など実際は歯牙にもかけていない横島はチラリと視線を向けるが、それは己の眷族がきちんと監視しているかを確かめるためであった。
「へへへ……よお、アンタ!」
正に名前通り因縁を付けてくる陰念。
「いー気になってんじゃねーぜ」
だが陰念のガン付けなどそよ風程も感じない横島は冷ややかに無視する。
「ちっ! アンタ次の対戦相手知ってるかい?」
動じない横島に苛つきながらも話を続ける陰念。
「さあな。誰であろうが俺には同じ事だ。興味はない」
マスクを着けているために表情は読めないが、明らかに自分を見下すかのような無関心な態度を取られ、元々あまり多くない忍耐を使い果たす陰念。
「けっ! じゃあ教えてやるぜ。次のてめえの相手は俺だよ。つまり次でてめえは終わりってことさ!」
「ほう…大きな口を叩く奴だ。では楽しみにしているよ」
冷たく答えて出ていこうとする横島にキレた陰念は、掌から霊力を刃のように放出させ横島の眼前の洗面台を破壊してみせる。
「こいつでてめーを刻んでやるのが楽しみだぜ!」
そう言って決めたつもりの陰念だったが、水道管を破壊したために吹き出した水をまともに被る。
「その辺にしなさい、陰念! みっともないわよ!」
用を足していた勘九郎が静かに告げる。
「いくらあんたでも俺にそんな指図…」
横から水を差された陰念が勘九郎を睨み付ける。
「仲間割れは止めるんだな。それに一つ忠告しておいてやる。自分の能力は無闇に敵に見せない
方がいいぞ」
そう言ってさっさと出ていく横島。
「て、てめえ! 待ちやがれ!!」
「陰念! あたしの言うこときけないってゆーの!? 」
そう言って後を追おうとした陰念に凄味のある表情と威圧感のある口調で待ったをかける。
普段なら大人しく従ったであろう陰念も、頭に来ていたので素直には収まらなかった。
「あんたや雪之丞の態度にゃもーウンザリだぜ…!! いつも俺を見下しやがって!!
俺だってメドーサ様の…!!」
「陰念!!」
そう言い掛けた陰念の言葉にギョッとして慌てて言葉を遮る勘九朗。
「!! しまっ……」
慌てて口を噤む陰念だったが、幸いにも横島の姿はすでにない。
だがその会話は眷族を通じて横島達の知るところとなっていた。
「あの陰念って奴、バカだな…」
証拠は少しずつ集まっている。
ため息を吐きながら首を振ると横島は試合会場へと戻った。
「ほう、伊達雪之丞の試合ですか…」
戻ってきた横島はミカ・レイを見つけて近寄ったが、彼女が真剣な表情で見入っている試合の対戦者を見て呟く。
視線の先では片膝を着き肩で息をする神通棍を武器にした男と、余裕たっぷりで相手を挑発する雪之丞の姿があった。
「どうした? 立てよ!」
くいっと親指で自分を指す雪之丞。
「はーッ!!」
立ち上がった男は渾身の霊力を込めて神通棍で突きを繰り出す。
だがニヤリと笑みを浮かべた雪之丞は速い踏み込みで一気に間合いを詰めると、左手に霊力を込めて肘を繰り出し相手の神通棍を叩き折り、そのまま拳に霊力を込めると相手を滅多打ちにする。
すでに相手はサンドバックのように殴られるままになっている。
「とどめだ」
そう言うと雪之丞は両掌から霊波砲を放ち相手を吹き飛ばす。
ピクリとも動かない相手をしり目に勝ち名乗りを受ける雪之丞。
「あそこまでやらなくても実力差はハッキリしていたわ…! いー根性してるじゃない!」
美神が嫌悪感を滲ませながら呟く。
「だけどバカですねぇ…。あの程度の対戦相手であそこまで手の内を見せるなんて。まぁ奥の手は
未だ見せてないっていうとこかな?」
大して興味なさそうに呟く横島。
「でも、白竜GSの受験生の実力は本物よ! よくここまで鍛え上げたわね」
「そうですね。全員霊波の放出系の技が得意みたいです。師匠のメドーサも魔力砲が好きみたい
ですからね」
「やっぱりよく見てるわね。しかも連続で放てるんだから面倒だわ」
「まっ、一応小竜姫様からの仕事ですから」
そんな会話を二人がしているうちに、ピートの第2試合も大詰めを迎えていた。
「ダンピール・フラッシュ!」
自分の得意技で相手を倒したピートは、肩で息をしながら勝ち名乗りを受ける。
『ピートさーん! おめでとーございます!』
美神の応援も横島の応援もできないおキヌは、仕方なくピートの応援をしていた。
エミに言われた監視の仕事もそっちのけになっているが、これはおキヌの性格を考えれば無理からぬ事である。
だが……。
「きゃ〜っ! ピートー!!」
エミもこの時ばかりは応援にうつつを抜かしていた。
すでに容疑者は白竜GSの3人だと目星がついているので、エミとしては何か事が起きたときに対応する事ぐらいしか仕事がない。
昨日は助手のタイガーのことを心配していたのだが、今では完全に忘れているようだ。
「エ…エミさん…」
そこへよろよろと近づいてきた影がか細い声を出す。
「ま、負けてしもーたです…」
そう言いながらガックリと倒れ込むタイガー。
その姿はボロボロであり、頭から血を流している。
「!!タイガー!? おたく、その傷…!!」
それを認めたエミは、昨日話していたタイガー対陰念の戦いを忘れ去っていた事に気が付き冷や汗を垂らす。
だが表面上はそれを気が付かれないようにいつも通りの反応をしてみせる。
「タフなだけが取り柄のおたくが……!?」
「つ、次の横島さんの相手…陰念って奴…ありゃあとんでもないですケン…」
ゼーゼーと荒い息の中、それだけを告げると力尽きるタイガー。
タイガーは未だ素顔の横島とはあった事がなかったが、エミから今回の仕事に関係して名前と素性だけを今朝教えて貰っていたのだった。
『あー! 何というか…忘れてたワケ! 最初からタイガーが勝てる相手じゃないって分かって
いたのに……』
哀れタイガー。雇い主から完全に忘れ去られるとは……。
そんな事を思って少しだけ反省するとエミは救護班を呼ぼうとするが、おキヌがすでに引き連れて戻ってくるところだった。
しかし……。
「ゲッ!? 冥子! 何でおたくがこんな所にいるワケ!?」
おキヌと一緒に走ってきた人物は……白衣ではなく昔懐かしい看護婦スタイルに式神の一つショウトラを引き連れた六道冥子!
「あら〜エミちゃん〜?」
友人に会えて嬉しそうに頬に手をやる冥子。
仕草は子供っぽいが、(霊力的な)破壊力は抜群の彼女である。
「何なの冥子…そのカッコは……?」
「試験会場の救護班なのよ〜。ショウトラちゃんで怪我した人治してるの〜」
青ざめた表情で尋ねるエミに、ショウトラを見ながら笑顔で答える冥子。
「はっ! そうだったワケ! 冥子、うちのタイガーの治療をお願いしたいワケ!」
すべき事を思い出したエミはボロボロのタイガーを指差して処置を依頼する。
「わかったわ〜。ショウトラ〜ヒーリングよ〜!」
冥子の命令でペロペロとタイガーを舐め始めるショウトラ。
これがショウトラのヒーリングなのである。
「タイガー、おたくはよくやったワケ。取り敢えず休んでなさい!」
「エミさん! ワッシは…ワッシは〜!」
珍しくエミから優しい言葉を与えられ感動しているタイガーだったが、事前に情報を与える事すらしなかったエミがそれを誤魔化そうとしている事に気が付いてはいない。
「次は3回戦、横島選手対陰念選手!」
紹介された陰念は不適な表情ながらニヤニヤして横島を眺めている。
横島の方はマスクのせいか表情は見えない。
『ああ…横島さん、頑張ってください……』
小声で祈るように応援を送るおキヌ。
「さて…この辺で証拠を掴めるといいんだけど……」
エミも真剣な表情で成り行きを眺める。
「くっくっくっ……。さっきは随分偉そうな事を言ってくれたな! 手加減はしねーぜ!」
そう言いながらボキボキと指を鳴らす陰念。
「安心しな、すぐに終わる」
ニヤッと口の端を歪めると慢心とも取れる台詞を言い放つ。
「ふっ…! 手加減などすればお前の負けだ!」
それに対して鼻で笑いながら挑発を行う横島。
「試合開始!!」
審判の掛け声で手を上げる陰念。
「これでも食らえ! ずあっ!!」
掌から霊気の刃を数本出すと横島目がけて走らせる。
ゴオオオオッ
唸りを上げて迫り来る霊気の刃だが、横島はギリギリまで引きつけてそれを難なく躱してみせる。
「くそっ!」
躱した横島目がけてもう一つの手から霊気を放出して追撃するが、これも寸前で躱される。
陰念の攻撃を躱しながら徐々に間合いを詰める横島。
「その技は先程見せて貰ったからな。一度見せて貰えばそんな技を躱すのは簡単だ。霊気の刃を
真っ直ぐに伸ばすだけの単調な攻撃では俺に通用せんぞ」
横島は陰念が霊気の刃を繰り出す瞬間の筋肉の動きを読んで、刃が放出されたときには既に回避行動を起こしている。
そのため、一度放った刃を途中で曲げたり変化させる事のできない陰念の攻撃を見切る事は簡単なのだ。
飛んでくる刃の方向さえ掴めればいいのだから……。
「この野郎…! ナメやがって…!! くらえっ!!」
懐に入られる前に串刺しにしようと、陰念は掌だけでなく顔や露出している腕の傷跡全てから霊気の刃を前方へと放った。
相手が避けるなら、避けられないだけの数で押し切ろうと考えたのである。
『エ、エミさん! あれじゃかわせませんよっ!!』
観客席で見ていたおキヌが隣のエミの腕をギュッと掴んで声を上げる。
観客も陰念も、今度こそは当たると思った瞬間に横島の姿が掻き消える。
「なっ! どこに……?」
「陰念! 後ろだーー!!」
シュッ!
「バカめ!」
見ていた雪之丞が上げた声に反応した陰念が慌てて振り向こうとした瞬間、背後に微かな風を感じ横島の声が聞こえる。
「きさっ……!?」
距離を取ろうとしながら振りむきかけた陰念だが、背後に素早く回り込んだ横島は掌から霊波砲を浴びせた。
ドガアァァァ!
それは大きさこそ先の戦いで雪之丞が使った霊波砲より小さく細く絞り込まれたビーム状だが、霊力を集約しているため威力は遙かに大きい。
「グハッ!!」
横島の放った霊波砲は、吸い込まれるように陰念の身体に突き刺さりそのまま突き抜ける。
横島の強力な霊波に身体を撃ち抜かれた陰念はガックリと膝を突き、そのまま意識を失って崩れ落ちる。
「勝者、横島選手!」
審判が横島の手を上げ、救護班によって運び出される陰念。
それを見送る横島はポツリと呟く。
「どんな攻撃も当たらなければ意味がない……。己の技に驕る前に相手は動くのだと言う事を理解
すべきだったな」
そう言ってコートを出る横島。
『やべーな。ちょっと霊波砲の出力が強すぎたか? 大して霊力を込めてもいないんだが……。
普通の人間ってこんなに脆かったっけ? まあいいや。今回は魔装術を使う前に倒したから
魔物になる事もあるまい。後は頼みますよ、小竜姫様』
心の裡で少しだけ陰念の事を考えていた横島だったが、面倒事は小竜姫に押し付ける事にしたようだ。
「お疲れさま。アイツを瞬殺とは相変わらず凄い体術ね。最後の霊波砲は少し変わってたけど…?」
コートの端に立っていたミカ・レイ姿の美神が声を掛ける。
「ああ、あれですか。霊力自体は50マイト程度ですが、集束して荷粒子砲のように高密度にしてやり
ましたからね。体内の霊気の流れが一時的にバラバラになってるから暫く動く事はできませんよ」
横島の解説に青ざめる美神。
「霊波砲は霊力を溜めて放出する技だけど、さらにそこに集束を加えたのね? それも念法の
応用?」
「ええそうです。これは比較的簡単な部類ですね」
「はあ……貴方には私達の常識が通用しないわね。アイツも貴方と当たったのが不運だったわね」
「エミさんのところのタイガーがアイツにやられたそうです。まあ敵討ちですね」
仲良く並んで試合を見る振りをして話している二人。
次はピートと雪之丞の試合なのだ。
「アタシ達の中では最弱だけど、あの陰念を瞬殺とはやるわね、あの横島って奴……」
「ああ、なんていっても魔装術を使う間もなく倒されちまった。あの体術も凄いが、最後に使った
霊波砲はお前の出力を超えてるかもしれん。いかに陰念が技を手に入れただけの三下であっても、
あの強さは驚異だな」
「ねえ、アイツがひょっとして……?」
「忍びの技を使う事といい、そうかもしれねーな……」
この試験に臨むにあたり、メドーサから自分を出し抜いた男のことを聞かされていた勘九郎と雪之丞。
自分達の師匠であるメドーサを出し抜くとは信じられなかったが、ひょっとするとこの試験で相見えるかもしれないと思っていた。
「フッフッフッ……」
「どうしたのよ、雪之丞?」
「いや、ああいう強い奴と戦えるかと思うと、こう体中がゾクゾクしてくるぜ……」
「アナタ、相変わらずバトルマニアね、雪之丞……」
呆れる勘九郎を尻目に闘争心を燃え上がらせる雪之丞だった。
陰念と横島の試合が始まる少し前。
武道館の前を歩くスタイル抜群の美女がいた。
惜しむらくは、やや歳が立っている事だろう。
「何か拍子抜けするわね……。小竜姫の奴、私の計画に気が付いていないのかしら?」
気を付けていたのだが、小竜姫やその仲間が白竜GSを調べにこなかったので何か見落としているようで不安なメドーサ。
丈の短い露出度の高い格好で、武道館の入り口で辺りを見回す。
「まあいいわ。小竜姫が来なければ今回の作戦は問題なく成功よ。陰念はわからないけど、雪之丞や
勘九郎に勝てる人間はそうそういないからねぇ」
気持ちを切り替えたのかいつもの不適な笑みを浮かべて中へと入っていくメドーサ。
だが彼女が観客席に入って見た光景は、手下の陰念が為す術もなく倒されるところだった。
『なにっ! あのクソバカ〜!! 所詮クズはクズということか……!』
そう思ってカッとなりかけたメドーサだったが、相手のマスクを着けた忍者を見て怪訝そうな表情をする。
『あの男……マスクをしているし忍び装束なので顔も体格もわからないが、ひょっとして妙神山で私を
吹き飛ばしてくれた奴か?』
それは直感。
あの男の名前は知らない。
覚えているのは顔と能力だけ。
陰念を倒した相手は霊波刀など使ってはおらず、勘九郎のように霊波砲を使っている。
だがあの霊波砲は普通とは違い、高密度に霊力エネルギーを集約してビーム状で放つ高度なものだ。
しかもあの人間離れした体術!
あの男も自分と対等に斬り結ぶだけの体術を持っていた。
自分に大きなダメージを与えたあの技も、忍者漫画を読んで“微塵隠れの術”とかいうものだと知った。
あれ程の奴がGSとして無名なのは不思議だったが、ひょっとすると今回の試験を受けるかもしれないと漠然と思っていた事も事実。
再び会場を見回すメドーサだが、小竜姫の姿はどこにもない。
目に付いたのはこの前見かけた巫女服姿の幽霊だけだが、おそらくあの時修業に来ていた人間の応援にでも来ているのだろう。
隣にいる女は見覚えのない顔だった。
あの幽霊には何の力もない。気にする必要などなかった。
「ふん、あの忍者があの時のボーヤなら師匠の小竜姫が来てないはずないか…。やはり気が付いて
ないのかしらね?」
小竜姫の性格を考えれば、自分の愛弟子の試験に応援に来ないはずがない。
しかし、例え別人にしてもあの強さは見過ごすわけにはいかない。
「次の相手はおそらく雪之丞ね。うまくいけばあの男の正体も分かるかもしれないわ…」
そう言って向けた視線の先には、コート上でピートと対峙する雪之丞の姿があった。
これで今回の役者は全てこの場所に集う事となる。
横島はふと邪な気配を感じて顔を動かす。
『むっ!? メドーサ…。自分の目で成果を確かめに来たのか?』
隣に立つ美神に目配せをすると、美神も目だけ観客席の方へ動かす。
「あっ! メドーサ……」
「ええ、遂に自分から出てきましたね。まだ俺達の正体には気が付いてないみたいです。
小竜姫様達も気が付いてると思いますけど、早く証拠を掴まないとまずいっスね」
「あの蛇年増〜! アンタの企みはかならず暴いてやるから見てなさい!」
小声で忌々しげに呟く美神。
「美神さん、ピートの試合が始まりますよ。メドーサは小竜姫様に任せましょう」
そう言ってコートに視線を移す。
「三回戦第10試合! ピエトロ・ド・ブラドー対伊達雪之丞!」
『落ち着け、落ち着くんだ! 今日の戦いで僕は先生の教え通りにやることができた。
今度もそうすれば勝てるはず!』
そう自分に言い聞かせるピート。
「試合開始!!」
「うおおおっ!!」
開始の合図と共に霊波砲を放つピートだが、それをあっさり避けた雪之丞はカウンターで霊波砲をお見舞いする。
「ケッ! ガッカリさせんなよ、バンパイア・ハーフ!!」
雪之丞の一撃はピートを吹き飛ばす。
「ぐっ…くそっ!!」
立ち上がったピートは拳に霊力を集め接近戦を挑むが、雪之丞は難なくそれを返り討ちにする。
「ふん! そんな攻撃が俺に通用するか!」
「つ…強い……」
グラリとよろめくピート。
「期待はずれだったな。これで終わりだ!」
雪之丞が撃った連続霊波砲が次々とピートを直撃する。
「うわあッ!!」
吹き飛び一度は床に転がるが、試合前に横島とミカ・レイに言われた事を思い出す。
「自分の力……自分の力か!」
立ち上がったピートはカッと目を見開き、これまで封印してきた吸血鬼としての能力を開放する。
ボッ!!
「身体が霧にっ! こ、これは…吸血鬼の能力!!」
いきなり目の前から煙るように消え失せたピートの居た場所を凝視しながら呟く。
シュッ
雪之丞の後方上空で実体化したピートはすぐに攻撃に移る。
「主よ、精霊よ! 我が敵をうち破る力を我に与えたまえ!! 願わくば悪を為す者に主の裁きを
下したまえ…!!」
ピートの声に振り向き、その身体に霊力が集まり出力が増大しているのを確認した雪之丞は自らも霊力を振り絞り防御を固める。
「アーメン!!」
その言葉と同時に強力な霊力の稲妻が雪之丞を襲う。
バチバチバチッ!
襲い来るエネルギーに耐えながら雪之丞は驚きを隠せない。
「バカな…!!吸血鬼の能力と神聖なエネルギーを同時に使えるのか…!?」
そんな中、ピートは自分が吸血鬼でもよかったんだ! と自らの存在意義を肯定し補完されていた。
「正義の心あれば邪悪な力もまた光となるんだ!」
喜びに打ち震えているピート。
「ひたっとらんと、止めをささんかーー!!」
横島とミカ・レイが叫ぶ中、攻撃を耐えきった雪之丞が霊波砲で反撃するが、ピートは身体を霧にしてかわし連続霊波砲を浴びせかける。
閃光に飲み込まれる雪之丞に誰もがピートの勝利を確信する中、横島はこれで終わらない事を知っているため大声で忠告する。
「まだだピート!! 敵が戦えなくなった事を確認しないうちは油断するなっ!!」
その声に気が緩みかけていたピートは慌てて意識を戦いへと戻す。
そして視界が晴れるとそこには異様な姿となった雪之丞が立っていた。
「ば、ばかなっ!?」
自分の必殺の一撃を受けて尚無傷であり、その変貌した姿に驚きの声を上げるピート。
「あれは…! 霊力を物質化して身体を覆い鎧に変える魔装術!」
「そうスね。ほぼ完全に物質化してる。大した精神エネルギーですよ」
見ていたミカ・レイも驚きの声を上げるが、横島は予想の範疇なので冷静だ。
「これが俺の切り札、魔装術だ! これからが本当の勝負だぞ、バンパイア・ハーフ!!」
「それが貴様の奥の手か!」
「ふふふ…美しい…! 何て美しいんだ俺は! ママー!!」
感極まったのかおかしな事を言い始める雪之丞に退く美神。
「で…できれば戦いたくないわね…」
「ど…同感ですね…」
お互い能力の全てを出した二人は再び戦闘に入る。
「といゆーわけで行くぜ! バンパイア・ハーフ!!」
「望むところだ!!」
素早い動きでピートに身体を霧にする余裕を与えず攻撃する雪之丞。
拳に霊力を集めての格闘戦、霊波砲の撃ち合い共に全くの互角でお互いに一歩も退かない。
「ほう…精神エネルギーも魔力も…」
「全く同等…!」
その後も互角の戦いが続く中、大方の人間はスタミナ面でピートが有利と予測していた。
「だが…メドーサがこのまま黙っているか?」
そう横島が呟いた時、メドーサはイヤリングを通して勘九郎に指令を送っていた。
『勘九郎、聞こえる? 茶番は終わりよ! あの吸血鬼のボウヤを始末しなさい!』
「メドーサ様!?」
『命令です! 今すぐよ!』
「は…はい。わかりました」
「小竜姫様! 奴ら何かやるつもりですよ!?」
横島の眷族である妖蛾を通じて勘九郎の呟きを聞いた唐巣が席を立ち上がる。
「クッ……! 今からでは間に合いません! 唐巣さん! すぐに試合場の3番、5番カメラで勘九郎を
監視して下さい! 音声は拾いました! それと1、2、4番カメラは第3コートを全角度から監視して
下さい!」
弟子であるピートが危機に晒されるのを黙ってみているしかない唐巣は悔しさのあまりグッと拳を握りしめると、小竜姫の指示に従ってただちに操作を開始した。
会場のモニターカメラがレンズの向きを変える。
「ピント合わせよし! モニター固定!」
二人は会場を監視するカメラを操作するモニター室にいた。
2日目の試合開始からずっと白竜会GSのメンバーをここで監視していたのだ。
無論、横島の眷族を使って会話も盗聴している。
モニターの中で勘九郎はイヤリングを外すと、それを指で弾いてコートに向かって飛ばす。
イヤリングはコートに張られた結界を貫通して中へと入り、コロコロとピートの足元に向かって転がっていく。
「むっ!? 今、結界に小さな穴ができたか!?」
横島の怪訝そうな表情に振り向くミカ・レイ。
ピートの足元まで転がってきたイヤリングは指向性の魔力を放出すると、ピートの足を甲を貫き動きを止めさせる。
一方。イヤリングは魔力を放出して消滅する。証拠は残さないと言う事だ。
ピートの動きが止まった瞬間を逃さず、雪之丞は拳に霊力を込めてラッシュを掛ける。
第一撃をまともに食らった雪之丞はそのまま連撃を受けてノックアウトされた。
「ふっ…トロイ奴だ。まともに食らうとはな! だが楽しかったぜ! こんな戦いは久しぶりだ…!」
強敵との戦いに満足した表情で魔装術を解く雪之丞。
「き…貴様…! 汚いぞ…! あんな…手を…」
だが意識を失う直前のピートの言葉に顔色を変える。
勝ち名乗りを受け終わると勘九郎の元へと詰め寄る雪之丞。
「奴の動きが一瞬遅れたのは…!! 貴様、何かしたのか!?」
語気荒く問いかける雪之丞に無表情で答える勘九郎。
「メドーサ様の命令だったのよ。私を悪く思わないでほしいわね」
その答えに一瞬裏切られたような表情を見せたが、すぐに怒りの表情に変わる雪之丞。
「お…俺が仲間になったのは強くなるためだ! あんな奴、実力で倒せた…!! そ、それを…!」
そう言って道着の“白竜”の文字を引きちぎる。
「俺はもう貴様らを仲間とは思わん!!」
「試合を放棄する気? そんな事をメドーサ様はお許しにならないわよ」
「試合は続ける! だが…終わったら俺は抜けさせて貰うぜ。あの蛇女が俺を殺すというなら、
どこかで修業してさらに強くなって返り討ちにしてやる!」
そう言って勘九郎に背を向けて離れていく雪之丞。
その横では医務室に運ばれるピートにミカ・レイや横島が付いていく。
「唐巣さん、今の会話を聞きましたね? 映像の方も鎌田勘九郎の反則行為をはっきりと
捉えています。ピートさんには気の毒でしたがこれで証拠も手に入りました。
医務室に行ってピートさんの様子を見たらすぐに審判団に事情を話しましょう」
「はいっ! あのような反則行為は許せませんっ! …ピート君、済まなかった…」
事前に証拠を掴めず、自分の弟子に大きなダメージを受けさせてしまった事を悔やむ唐巣。
証拠の録音テープと映像テープを持って立ち上がる唐巣と小竜姫。
「メドーサ、見てらっしゃい! お前の野望を打ち砕いてやるわ!」
怒りに燃えた眼をする小竜姫は、横島達と合流すべく医務室へと向かうのだった。
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