フェダーイン・横島

作:NK

第21話




 妙神山修業場の宝物殿から防具としての甲冑や武具を、横島名義で借りている(実際は家賃無料で霊的メンテを横島が行っている)部屋である、妙神山東京出張所(小さく横島退魔事務所と書いてある)に運び込んだ横島達は、翌日から情報収集を開始した。
 人骨温泉周辺の古文書があるかどうか国会図書館に調べに行った九能市達とは別に、横島は久しぶりに美神の事務所を訪れてようとやって来たのだ。

「あん? 美神さんの事務所の隣のビルに、新しいテナントが入ったみたいだな」

 美神除霊事務所の入った雑居ビルの前まで来た横島は、運送業者がバタバタとオフィス家具を運び込んでいるのに目を留める。
 特に興味があったわけでもないが、ふと上を見た横島の眼に「ICPO超常犯罪課日本支部」の文字が飛び込んでくる。

「ほう…もう西条が帰国したのか? 確か平行未来では香港での元始風水盤事件や美衣親子の
 事件の後だったように記憶しているが…。やはり俺が過去に遡行してきてメドーサをさっさと
 倒したりしたから、歴史の流れが変わってきてるようだな」

 Tシャツにチノパンというラフな格好の横島がそんな事を考えていると、自分の事務所の隣に断りもなく支部を構えられた美神が怒り心頭という表情で、おキヌを引き連れて出てくる場面に遭遇する。

「おや、美神さん…お出かけですか? ちょっとおキヌちゃんに用事があったんですが」

 二人の姿を認めた横島が話しかけると、嬉しそうに表情を変化させたおキヌと、少しだけ冷静な表情を取り戻した美神が口を開く。

『えっ!? 私に用なんですか?』

「あっ! 横島君、ちょーどよかったわ! おキヌちゃんと事務所で留守番していてくれない?
 ちょっと私はあそこに用があるから!」

 そう言ってビシッとオカルトGメンの文字を指差す。
 この状態の美神に説得は通じないと知っている横島は、頷くとおキヌに話しかける。

「じゃあ美神さんの許しも貰えたし、ちょっと訊きたい事があるから美神さんの事務所に行こう」

『はっ、はいっ! わ、わかりましたー』

 なぜか顔を赤らめて言葉をどもらせるおキヌに怪訝そうな表情をする横島。

「どうしたんだいおキヌちゃん? どこか具合でも悪いの?」

 心配そうな横島の表情にブンブンと首を振って否定するおキヌ。

『いえっ! そんなことはないですよ! あっ、じゃー部屋に行きましょう!』

 明らかに態度も口調もおかしいと思いつつも、それが自分に向けられた好意による態度だと気が付かぬままおキヌの後に続く横島。

「ふう……全く横島君は鈍感よね! 小竜姫様とは一体どうやってくっついたのかしらね? 横島君
 に好意を持っている女性はおキヌちゃんだけじゃないって事も気が付いてないんでしょーね……」

 少しだけ寂しそうな表情を見せた美神は、すぐに自分がここまで出てきた目的を思い出し、再び怒りの表情で隣のビルへと入っていった。






『それで横島さん、私に用って何ですか?』

 ソファに座った横島の前にお茶を出すと、座った姿勢でその実ふわふわと浮いているおキヌが怖ず怖ずと話しかける。

「あぁ、実はおキヌちゃんが生きていた頃の話を聞いてみたいと思ったんだ。確か初めてあった時、
 300年前に死んだとか言っていたよね? 気を悪くするかもしれないけど、ちょっと不思議に思った
 モンだから…。それって本当なの?」

 横島の口から出た言葉はおキヌが期待していたものではなかったが、自分に興味を持ってくれた事が嬉しいのか少し微笑む。

『はい。山の噴火を鎮めるために人柱になったんですが…普通そういう霊は地方の神様になるんで
 すけど、あたし才能無くって…成仏もできないし、神様にもなれなくて……。
 それで誰か他の人に代って貰えれば成仏できるかもしれないって思ってたら、美神さんと出会って
 地脈との繋がりを断って自由に動けるようにしてもらったんです。
 でも結局成仏できなくって……』

 そう前置きして美神と最初に出会ったときのことを詳しく話し始めるおキヌ。
 だが最初は笑顔で話し始めたが、段々と表情が曇っていく。

「あっ…話すのが辛いならもういいんだ。悪かったね、悲しい事を思い出させちまったみたいで…」

 慌てて手を上げて静止しようとする横島。
 だがおキヌはふるふると頭を振る。

『いえ、美神さんもみんなも私を大事にしてくれるし、ここで働くのはすごく楽しいわ。でも…私…死
 んでから随分経つんだなあって…思っちゃって…。子守歌ぐらいしか他には覚えていないのに、
 それすらどこで覚えたのかわからなくって……。
 生きてた時のこと…もうあんまり思い出せないんです』

 そう言って俯く。
 横島は一瞬しまった、という表情をしたがすぐに元に戻すと口を開いた。

「ごめん…どうやら質問した俺が無神経だったようだ。許してくれ。……でもおキヌちゃん、今は幸せ
 なんだね?」

『はいっ! すっごく幸せです!』

 先程までの憂いが嘘のように輝く笑顔で答えるおキヌ。
 その言葉に頷くと横島は立ち上がる。

「それを聞いて安心したよ。悪かったね、急にやって来て。俺はこれで帰るけど、これからも美神さん
 と一緒に頑張ってね」

 慈しむような笑みを浮かべた後、ドアの方へと向かう横島の後ろから声を掛けるおキヌ。

『横島さん! 何か…何か事件でも起こったんですか?』

 その言葉にいつもと違同じような表情で振り返る。

「いや…そんな事はないさ。もしそうなら、こんなに呑気におキヌちゃんから昔話を聞きに来ていな
 いよ」

 それは横島の決意表明のような物。
 死津喪比女の事件を大事にはさせないと言う彼の意志だった。
 苦笑しながら答える横島だったが、彼の事を気にして見詰めてきたおキヌには、横島が何か隠している事が直感的にわかった。
 そう言って出ていった横島をただ黙って見送ったおキヌは、一人になった気のゆるみからポツリと呟く。

『横島さん…貴方は私の気持ちに気が付いていないですよね…。でも、でもそれはいいんです。私の
 片思いなんですから。だけど…私にそれを言う資格なんてないのはわかってるけど…、嘘や隠し事
 はしてほしくないです……』

 俯いたおキヌの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちる。
 だが横島は隠し事はしていても嘘など言っていない。
 おキヌの事で問題など起きてはいないのだ。起こるのはこれからなのだから……。
 そう言う意味ではおキヌの考え過ぎなのだが、それでは今のおキヌの慰めにはならない。
 暫くして顔を上げると、表情だけはいつもの通りのおキヌがいた。



「ただいまー。あっ…おキヌちゃん、横島君はまだいる? 西条さんを紹介しようと思ったんだ
 けど…」

 ガチャリとドアを開けて入ってきた美神は、背の高い長髪の格好良い男性と一緒だった。
 先程出ていった時の表情とはうって変わって機嫌が良い。

『あれ? 美神さんその方は?』

 普段通り尋ねるおキヌに嬉しそうに答える美神。

「この人は西条さん。以前ママの弟子でイギリスに留学してたんだけど、そこでオカルトGメンに
 入って今度日本支部長として帰ってきたのよ。私の初恋の王子様ってところかな」

 照れたようなおキヌも初めて見る表情で横に立っている男を紹介する美神。

「初めまして、君がおキヌちゃんだね。僕は西条という。今後ともよろしくね」

 丁寧な挨拶をする西条に慌てて頭を下げて自己紹介をするおキヌ。

『初めまして、おキヌといいます』

 挨拶が終わるとキョロキョロと中を見回す西条。

「どうしたの西条さん?」

「いや、横島君という凄腕のGSがいると小耳に挟んでね。君が来ているといっていた人がそうなら
 是非会いたいと思ってね」

『あっ! 横島さんは用が済んだって言って先程帰られましたー』

「なんだ、帰っちゃったんだ…。せっかく紹介しようと思ったのにな」

 残念そうな美神に陰のある笑顔を向けるおキヌ。

「そいつは残念だったな。すぐにこっちに来れば良かった。彼は妙神山に戻ってしまったんだ
 ろうか?」

『さあ…。横島さんはこっちに用事がない限り、大抵妙神山の方にいますから……』

「どうしたのおキヌちゃん? 何か横島君とあったの? 様子が変よ…」

 さすがに鋭い美神はおキヌの様子にいつもと違った雰囲気を感じて問い質す。

『いえ…特に何もありません。別に何か言われたとか…そんな事じゃないんです…』

 そう言って先程の横島との会話を聞かせるおキヌ。

「僕には良く分からないが…その内容に何か問題があるのかい?」

 首を捻りながら尋ねる西条。
 確かに内容としてはたわいのない物だろう。
 美神も怪訝そうな表情をしている。

「そうよね…。普通の霊能者なら、おキヌちゃんみたいなパターンは珍しいから興味を覚える事
 自体は不思議じゃないわ」

 同意するように頷く。

『ええ、一見何でもないような会話なんですけど……。美神さん、よく考えてください。横島さんって
 普通はあまり他人の事に関心を持ちませんよね?』

 何やら思い詰めた表情でグッと顔を近付けるおキヌ。

「そう言われてみればそうねぇ……。彼って他人の個人的な事にはあまり関心がないわよねぇ。
 私もエミもプライベートな事を訊かれた事ってほとんど無いものね」

 少し考えて答える美神。

『そうですよね! でも…その横島さんがわざわざ尋ねてきて、私がどうして300年前に死んだのか
 とか、今は幸せなのか、なんて確認するように尋ねたんですよ? 何も問題は起きてないって
 言ってましたけど……何か引っ掛かるんです!』

「成る程、おキヌちゃんは横島君が君の事で何か問題が起こっている事を神族のツテで知っている
 が、それを隠して自分で密かに処理しようとしている、と思っているんだね?」

 西条の言葉にコクリと頷く。

「うーん、何かありそうな話ね。ただ彼はおそらく嘘は言ってないわ。そんな事がすでに起きていると
 すれば、私や西条さんの耳に必ず入ってくるはずよ。でも横島君はGSだけど、どっちかっていうと
 神族の戦士って言うイメージが強いものね。我々はまだ気が付いて無いけど、あの横島君が動く
 ような大事が起きそうな訳か……」

 横島が動くなら魔族絡みか、余程強力な妖怪が相手なのかもしれない。
 その後、ヒソヒソと顔を寄せ合って何事かを相談し始めた3人は、時間が過ぎるのも構わずに検討を続けていた。






 美神の事務所を辞した横島はその足で小笠原エミのオフィスへと向かい、タイガーを通じて今日は仕事が無く事務所にいると聞いていたエミと向き合って座っていた。

「それで何の用かしら? 横島君がただ私のところに来るとは思えないワケ」

 カップを口に運びながら、見事な脚線美を誇る足を組んで尋ねるエミ。

「はっはっはっ…その言い方は酷いですね、エミさん。俺ってそんなに仕事一筋に見えます?」

 こちらもあっけらかんといつもの調子で答える横島。

「おたくは仕事一筋と言うよりは修行一筋ね。だって用事がなければ東京にすらいないワケ。
 おかげで念法の修行をつけて貰うのも一苦労なワケ」

 エミの言いように反論できず苦笑する横島。
 彼自身、煩わしい俗界よりは修行に専念でき、小竜姫と一緒にいられる妙神山の方が居心地良く感じているのを自覚している。

「エミさんには敵いませんね。まあ仰るとおりなのは認めますがね…。ところで今日伺ったのは
 エミさんに俺の仕事を手伝って貰いたいと思いまして。」

「仕事? 誰かを呪ってでもほしいワケ?」

 横島の実力から言って、余程の事がない限り自分に仕事を手伝って欲しいなどと言わないだろう。
 それがわかっているエミは怪訝そうな表情で尋ねる。

「まあ仕事と言っても車を出して欲しいんですよ。俺も雪之丞も氷雅さんも免許持ってませんから…。
 それに自分の身は自分の力で守れるGSとなると、俺が思い浮かぶのはエミさんか美神さんしか
 いないんですよ。ああ、後は…冥子ちゃん、唐巣神父も何とか大丈夫か…」

 そう聞いた途端、エミの表情が真剣な物となる。
 今の横島の言葉に秘められた意味に気が付いたのだ。
 自分と美神ということは、横島達以外である程度の念法を使いこなせる人間ということだ。
 冥子は念法が使えなくても、その血筋のせいで横島の基礎霊力並みの霊力を持っている。
 唐巣は自然や精霊の力を得て自分の霊力とする事ができる。
 つまり日本のGSでもトップクラスの人間しか、今回の仕事で身を守れないと言っているのだ。

「横島君……おたく随分難しい仕事を抱えてるみたいね。相手は一体どんなヤツなワケ?」

 真剣な表情で尋ねるエミを誤魔化す事はできないと考えたのか、横島は現在調べている事と、自分がなぜその事に思い当たったかを話して聞かせる。
 無論、平行未来の記憶が根拠の大半なのだが、その事は伏せてある。

「成る程、あの令子のところのおキヌちゃんって、確かに特異な例だと思っていたけど横島君の言う
 とおり何かありそうなワケ。でも令子も最初に彼女と会った時何も考えなかったのかしら?」

 横島の説明に納得顔で頷くエミ。

「話を聞いたところでは、別におキヌちゃんがターゲットだったわけではないし、おキヌちゃん自身が
 生前の記憶をほとんど持っていませんからね。ある意味仕方がありませんよ」

「まあそうなワケ。でも相手の正体はわからないのね」

「漠とした予想は付いてるんですが、ひょっとするとすでに完全に滅びているかもしれません。近日中
 に現地入りして最終的な調査を行おうと思ってますが、何しろ荷物もあるし移動手段がないんです
 よ。まだ年齢的な問題やずっと修行ばかりで免許を誰も持ってないもんで」

 ばつの悪そうな表情で頭を掻いている横島。

「荷物って…おたく達はほとんど道具を使わないはずじゃない。一体何を持っていこうっていう
 ワケ?」

「今回は敵の正体も今ひとつわからないし、能力も不明です。まあ敵がいるかどうかもわかりません
 が、もしいたとすれば大物だと思うんスよ。だから大抵の事に対処できるように、小竜姫様から
 神族の甲冑やら防具を借りたんです」

 その言葉に呆然とするエミ。
 普通は神族の装備など人間のGSが使えるはずがない。
 いかに直弟子であり、おそらく恋人関係にあるだろう小竜姫といえども、必要性を認めなければ貸したりはしない筈だ。
 まあ、神族の装備を横島が使うのは珍しい事ではないにせよ(対メドーサ戦で使った籠手やヘアバンド等)、雪之丞達にも使わせるという点で小竜姫がそれ相応の危険を感じていると言う事なのだ。

「ちょっと待つワケ! そうなると敵は相当な強者ってことなワケ! いくらおたく達が強いって言って
 も3人で闘うつもり?」

「うーん、エミさんは頭の回転が速いですね。まあそうなる可能性はありますが、とにかく現地に行っ
 て調査しないとこれ以上わからないと思うんですよ。別に何か証拠を持っているワケじゃないので、
 他のGSに助力を頼むとか、GS協会に話を持っていく事もできないですし」

 そう言われてしまうとエミも頷かざるを得ない。
 横島に念法の指導をして貰っているエミは、横島を信頼している事もあって抵抗無くこの話を受け入れたが、普通はこんな懸念程度の事では誰も相手にしないだろう。

「状況はよくわかったわ。でも最後に一つ…何故令子じゃなく私なワケ?」

「美神さんを巻き込むと、どうしてもおキヌちゃんが一緒に来るでしょう?そうすれば余計な事や
 悲しい事を知ってしまうかもしれませんからね……。それに保険という意味合いが強いですが、
 エミさんでなければできない事を頼もうと思います」

 一瞬見せた横島の優しげな眼差しを見、その後に続く言葉を聞いて、横島が実際は敵を完全に特定し情報も持っており、その敵を秘密裏に倒そうとしていると直感するエミ。
 横島はある一定の距離以上に他人を近付けないところがあるが、その実かなり優しい性格をしている。
 今回の事をおキヌに気が付かれる前に終わらそうというのだろう。
 その事に気が付いているエミは溜息を吐くと口を開く。

「わかったワケ。そう言う事なら私もフル装備で一緒に行くワケ。タイガーは連れて行っても良い
 のかしら?」

「タイガーですか? うーん、まだちょっと早いかもしれませんね。精神感応力はかなり安定して
 きましたし、霊力のコントロールも格段に進歩しましたが、タイガーは攻撃能力や防御能力の
 面でちょっと危ないと思います」

 細かい詰めを行ってエミのオフィスを辞した頃には、すでに日は傾き掛けていた。

「もうすぐ夕日が見れるか…。あそこに寄っていくかな? いや間に合わないな。部屋から見る事に
 しよう…」

 そう言って東京出張所へと足を向ける横島。
 しかし、さすがの横島もこの時点でおキヌが気が付いており、美神や西条が手を打っているとは考えていなかった。






「横島君が自分の部屋に戻ってきたそうだ。弟子の二人もすでに戻っているし、未だ部屋に明かりが
 点いているから今日はあの部屋に泊まって妙神山には戻らないらしい」

 部下からの報告を聞いて美神に説明する。
 あれからすぐに横島の部屋が見える場所に部下を張り込ませた西条の手腕はさすがと言うべきだろう。
 なまじ横島を尾行させない点で、西条はかなり横島の実力を把握していると考えて良い。
 張り込ませた部下もかなり遠方の部屋から監視しており、横島が部屋に戻ってくるかどうか、妙神山へ帰るかどうかの確認だけを期待している。

「どうやら横島君が動き出すのはここ数日以内のようね」

『どうしてですか、美神さん?』

「だって普通は連絡用にしか使っていないあの部屋に、3人もの人間が泊まっているのよ。もし行動
 開始までに時間があれば妙神山に戻るはずでしょ?」

 その言葉で納得するおキヌ。

「問題は、彼が令子ちゃんの事務所を出た後でどこに行っていたのか、だな」

 西条も首を傾げながら口を開く。

「これは私の勘なんだけど…」

 美神の発した言葉に視線が集中する。
 先を促しているのだ。

「横島君はおキヌちゃんに話を聞きに来たのよね? ということはやっぱりおキヌちゃんに関する事
 の筈よ。だったら彼等の行き先は人骨温泉じゃないかしら?」

『あっ!私が美神さんと会ったところですか?』

「ええ、私はそう思うの。となると昼間にどこに行ったのかは大体見当が付くわ」

 ギンッという目つきで言い切る美神。

「君はどこだと思うんだい、令子ちゃん?」

「横島君が弟子まで連れて動く以上、相手は大物よ。そしてそんな相手と闘うのに助力を頼むと
 なると、彼がそれ相応の実力を持っていると考えている相手。私じゃなけりゃエミしかいないじゃ
 ない!」

 悔しそうに一気に話す美神。
 自分ではなくエミのところに話を持っていった横島に対して怒っているのだろう。

「成る程、念法を多少はかじっていて自分の身をある程度守れる人間か……。話を聞く限り
 令子ちゃんの考えは当たっていると思う。後は彼等がいつ動くかだが…」

「おそらく明日よ。早朝から動くと思うわ。明るいうちに活動したいでしょうからね」

 そう言って装備を準備する美神。

『あの、あの…私も一緒に行っていいですよね?』

 普段なら快く了承の返事をしてくれる美神なのだが、今回に限っては少し躊躇する素振りを見せる。

『駄目なんですか、美神さん…』

「あのね、おキヌちゃん。横島君が私達に内緒で、しかもエミに話を持っていったのは、おキヌちゃん
 の事を考えたせいだと思うの。おキヌちゃんは今が幸せだって横島君に言ったのよね? だから
 横島君はおキヌちゃんに確認した上で内容を話さずにエミのところに行ったんだと思うの。ここまで
 事を暴いた私の言う事じゃないけど、今回はおキヌちゃんは行かない方がいいと思うわ」

 普段とは異なる、家族に向けるような優しい表情でおキヌを諭そうとする美神。
 だがおキヌの方もそれに黙って従うわけにはいかなかった。

『横島さんが優しさから今回の事を隠したって言うのは薄々気が付いていました。美神さんの言って
 くれた事もすごく嬉しいです。でも…でも…私の事を私が知らないうちに内緒でやってほしくないん
 です! 例え辛い事や苦しむような事を知る事になってもきちんと自分で受け止めたいんです!』

 こちらも普段とは違う思い詰めたような表情のおキヌ。
 みんなが自分を大切に思ってくれている事はわかっていた。
 今回の横島の配慮も自分を思っての事なのだろう。
 だが自分自身の事はきちんと知りたいし、何かあるなら自分でケジメをつけたいとも思っている。
 そのため今回ばかりは、おキヌも退くわけには行かないのだ。

「令子ちゃん、君の気持ちは彼女もわかっているんだよ。だが今回はおそらく彼女自身の事にも
 絡んでくる。彼女に受け入れる覚悟がある以上、彼女にはそれを知る権利がある。
 例えその結果、自分がどうなったとしてもね」

 聞きようによっては相当冷たい事を言っている西条だったが、この辺はイギリスに留学していて自己責任という意味をよく理解しているのだろう。

『はい。どんな事になっても皆さんを恨んだり後悔したりはしません! だから私も連れて行って
 ください』

 懇願するように縋り付くおキヌに根負けしたのか、美神は苦笑しながらも頷く。

「わかったわ。おキヌちゃん自身の事ですもの。どんな結果となっても、そこで知った事に関しては
 自分で考え、自分で決めなさい。私で良かったらいつでも相談に乗ってあげるから」

 成長した妹を見るような眼でおキヌを見詰めた美神が、厳しくも聞こえるが優しく言っておキヌを抱き締める。

「では明日に備えるとしよう。今のうちに人骨温泉に移動してしまうかい?」

 そう尋ねる西条に頷く美神。
 それぞれの思惑を秘めて歯車は動き出す。





 翌早朝、横島達の部屋があるマンションの前に一台のワンボックスカーが止まった。
 事前に携帯から連絡があったのか、到着とほぼ同時に僧衣に身を包んだ横島達が荷物を持ってエントランスホールから外に出てきた。

「早朝からすみませんエミさん。それでお願いした物は?」

「大丈夫、昨日の夜にきちんと呪いを掛けておいたわ。上手くいったワケ」

「それを聞いて安心しましたよ。ありがとうございます。料金は後でお支払いしますんでお願い
 します」

 後部に荷物を積み込んだ横島達がシートに座ると、横島は頭を下げてエミに礼を言う。

「それはいいってワケ。横島君には念法修行でお世話になっているし、今回の事は令子に私の
 実力を見せつけるいい機会なワケ!」

 そう言ってウインクするエミにもう一度頭を下げると、助手席に座った横島は目的地を告げる。

「ではF県の人骨温泉に向かってください。十分に注意してね」

 その言葉と共に走り出すエミの車。
 いよいよ死津喪比女との戦いが始まろうとしていた。



「令子ちゃん、向こうも出発したみたいだ。君の予想通りだったな」

 横島の部屋を張り込んでいた部下からの報告を携帯で受けた西条が、携帯をしまってから美神に向き直って状況を教える。

「そう、ではこちらも出発しましょうか。西条さん、運転よろしくね」

 昨夜のうちに出発し、最寄りのサービスエリアで待機していた美神達も動き出す。
 こうして舞台はかつてのおキヌの故郷、御呂地村へと移る。





「なかなか麓から距離がありますわね」

「ああ、でも荷物も大したことねえから別に平気だけどな」

 そう言いながら未舗装の道をゾロゾロと上がっていく横島、雪之丞、九能市、エミ。
 普通の格好のエミと違って、僧衣を着て高野聖のような格好をした横島達は何となく浮いている。
 さすがにエミのワンボックスでは未舗装の山道を登るのがキツかったので、麓の駐車場に置き徒歩で登ってきたのだ。
 エミの荷物は横島と雪之丞は分担して持っているが、ほとんど息も切らせていないのは日頃の修練の賜であろう。

「確か温泉に行く途中のこの道で美神さんを見かけて成仏させて貰おうと思ったと言っていたから、
 ある箇所に自縛されているというよりは地脈に括られているという感じだったはずだ。この付近の
 どこかにおキヌちゃんが死んだ場所があるんだろう」

 そう言って周囲を見渡す横島だったが、今はその場所を告げるわけにはいかない。
 だが彼はホテルの人間から祠の存在を聞き出せる事を知っている。
 そのために急いでいるのだった。

「でもおたく達タフね。それだけの荷物を抱えて平気だなんて…」

 少し呆れたように呟くエミだったが、横島にすれば平行未来の記憶で美神の荷物持ちをしてここに来た時の1/3程度の荷物なのだ。
 あの時とは比べ物にならない程身体を鍛えている横島にとって苦であるはずがない。

「地図によると後少しでホテルがあるはずです。そこで詳しい聞き込みをすることにしましょう。
 行きましょうか」

 そう言ってホテルを目指す一行だったが、すでに美神達が先行している事は知らなかった。



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