フェダーイン・横島

作:NK

第24話




 ズン!!  ゴゴゴゴゴゴゴ……!

 最初に1回大きな揺れを感じ、引き続いて小さな横揺れが地鳴りと共に地上の人間達を揺さぶる。

「どうやら本気になったようだ。となると……おキヌちゃんは強制的にシステムに戻されるかも
 しれないな…」
「なっ!? それってどういうことよ、横島君!」

 大地の揺れにも全く動ずることなく佇んでいる横島の呟きに、近くにいた美神が耳聡く反応する。

「死津喪比女の正体を正確に掴んでいた道士なら、地脈を堰き止めてもヤツが死ぬまでには長い
 時間が掛かる事をわかっていたはずです。そうなると、不測の事態に備えて何らかの防御
 システムを組み込んでいる可能性が高い。例えば死津喪比女が復活し、活動を再開した時に
 おキヌちゃんを強制的にシステムに戻すとかね」

 横島の説明に何か言い返そうとした美神だったが、いきなりおキヌの頭上に強い光が現れると同時に、彼女の姿が掻き消えたために眼を見開いて沈黙する。

「ちっ…! やっぱりか。それにお客さんも到着のようだ」

 舌打ちした横島の声が終わるかどうかと言うタイミングで、ボコボコと一行を半包囲するかのように死津喪比女の花体が多数姿を現す。

「へっ! 団体でお出でなすったか」

「これだけ多いと、さすがに厄介ですわね」

 すでに戦闘態勢を整えている雪之丞と九能市が忌々しげに呟く。
 美神は横島の傍にいたため、西条やエミのところへ戻るタイミングを逸していた。

「おおよそ20体というところか。予想よりは少ないな。まだそこまで復活はしていないとみえる」

 既に2,000マイト程の霊力を練り上げて注ぎ込んだために、淡い燐光の如く刀身が光っている飛竜を右手に持った横島が冷静な口調で死津喪比女の現状を言い当てた。
 平行未来の記憶にあるような、東京を毒性の花粉で覆ったような強大な力は、現時点の死津喪比女にはまだ無い。
 だが人間のGS相手を考えれば、現段階でも強力すぎる力を持っている。

 並び立つ花体の一つが口を開く。

「花を一輪つまれてしもうた…。痛かったぞ…! とてもな」

 不適に笑いながらも、その意識は先程自分の花体をあっという間に倒した横島に注がれている。

「やはり…コイツら本体じゃないのね」

「端末の一部ってワケ」

 美神と近付いてきたエミがヒソヒソと話しているが気にした様子はない。
 西条はと言うと、オカルトGメンという立場から早苗親子を見捨てる事などできず、ライフルを背負いながら霊剣ジャスティスを構え守るように立ちはだかっている。

「『花』一輪と葉虫どもしか使わなかったのは失敗であった。偵察ごときあの戦力で大丈夫と思った
 のにね。それでもここまで『花』で埋め尽くすこともあるまいがのう」

 何となく余裕を感じさせる口調で言い放つ死津喪比女。

「一つ聞くが、お前達は花、つまり花体だな? ならば花言葉は何だ?」

「おぞましい…おぞましすぎるワケ!」

「やっぱり『悪寒』じゃないかしら?」

「いえ、きっと『醜い心』ですわ」

 死津喪比女の花体が殆ど全て横島に視線を固定しているのを良い事に、横島の惚けた質問に対する自分なりの推定を口々に述べる美神達女性陣。

「おだまり!」

 さすがに死津喪比女も気を悪くしたのか、視線を外して怒鳴りつける。
 それを合図に一斉に行動を開始する花体達。

「この数を相手に、万が一つにも勝ち目があるのかえ!」

 シャアァァァァ!

 根のように見える部分を伸ばして上体を肉薄させる死津喪比女の花体達だが、対峙している間に2,000マイトまで霊力を込めた飛竜の一閃で、先行した数体の突き出した腕や頭部が消し飛ばされる。

 ドゴオンッ!

 爆音と共に身体の一部を失い活動を停止した4体の花体を見て、突進する事を躊躇い頭部の花弁状の触手を唸らせて四方から貫こうという戦法に切り替える他の花体。

「攻撃の完全な同期は難しいんだぜ!」

 その一言を残して掌から集束霊波砲(出力350マイト)を左側の2体に向けて放ち、自身も疾風のごとくエネルギー弾の後を追って斬り込む。
 足の裏に霊力を集めて一気に加速を得ると、上半身を吹き飛ばされた花体の間をすり抜け、その後ろにいた2体を瞬時に斬り伏せる。
 袈裟懸けにされた一体と、上半身と下半身が分かれた花体達は、ゆっくりと崩壊していく。

「どうした? 仮にも大妖怪と呼ばれた死津喪比女の力はこんなものか?」

 ニヤリと残る花体に向かって挑発の言葉を送る。

「お、おのれ! 貴様だけではなくそこにいる人間全てを八つ裂きにしてくれる!」

 その言葉と共に、何体かは雪之丞や九能市、美神達へと向かう中、横島は飛竜を持って死津喪比女の花体に向かって斬り込んでいく。
 飛竜が一閃する事に切り裂かれていく花体。
 既に横島は11体の花体を葬り去っていた。



「あやつではないのがツマラんが、貴様を引き裂いてアヤツを苦しめるも一興。覚悟おし!」

 1体が雪之丞に向かって襲いかかる。
 その表情には横島でない事の残念さがありありと浮かんでいた。

「そうかい? だがすぐに考えが変わると思うぜ!」

 既に何度か見る事のあったバネのような上腕部を使った伸腕攻撃をかいくぐり、五鈷杵の両側に発生させた霊波刀を巧みに操って一撃で花体の両腕を斬り飛ばす。
 先程の対横島戦で手の内をさらけ出した死津喪比女の花体の攻撃を避ける事など、今の雪之丞にとっては容易い事。

「グギャアアア!」

 痛みを感じるのか、はたまた人間にやられて悔しいのか、大声を上げる花体。

「ふん、人間を舐めすぎてるぜ! 地獄で後悔しやがれ!」

 その言葉と共に、至近距離から霊波砲(出力140マイト)を撃ち込む雪之丞。

 ズドオォォン!

 その霊力を練り上げた攻撃で胸から上が消し飛ばされ、腹部と根の部分だけがドサリと崩れ落ちる。



「その美しい顔、切り裂いてくれようぞ!」

 殆どワンパターンとなりつつある両腕を伸ばしての攻撃を跳躍してかわし、空中から丸っこい変わった形の手裏剣を放つ九能市。

「なっ!? 手裏剣が見えん!」

 上から投擲された「兜割」と呼ばれる礫にも似た手裏剣は、盲点を突くような角度で投げられたため、接近したところでフッと霞むように一瞬消え去る。
 慌ててガードのために振り上げられた花弁状の触手をいとも簡単に貫き、兜割が花体の頭部に鈍い音と共にめり込んだ。

「ぐはっ! こやつ霊力を込めおったか……」

 花体に傷を付けるだけの霊力(70マイト程度)が込められていたため、まともに食らった死津喪比女は反射的に戻した腕で傷を押さえる。
 その事で自分から死角を作り上げてしまった花体。
 九能市は死角へと着地すると、練り上げ昇華させた140マイトの霊力を込めた霊刀ヒトキリマルを斬り上げる。

 ズバッ!!

 その一撃で右側の腹から左の肩までを斬り飛ばされて頭部を含む上側が地面に落ち、左腕と残った身体だけが彫像のように立ち竦む。
 その残った身体に火薬玉を叩き付けると、炎の中に包まれあっという間に燃え尽きていく。

「ふっ……横島様から教わった兜割『無角投げ』ですわ。あの角度から投げた手裏剣は死角に
 入って一瞬見失いますのよ」

 ニコリと笑いながら次の相手に備えるべくヒトキリマルを構え直す九能市だった。



「くっ! …重いわ」

 神通棍で伸腕攻撃を受け流そうとした美神だったが、その攻撃は速くて重く、辛うじて受け止めたものの動く事ができない。
 敵は腕を2本持っているのだから、このままでは無防備に攻撃を受けてしまう。

 ギュルルルル! ズバッ!!

 何かを切り裂く音と共に、ドサリと落ちる死津喪比女の腕。

「令子! 早く体勢を整えるワケ!」

 その言葉に、エミがブーメランに霊力を込めて投げつけ、それが死津喪比女の花体の腕を斬り飛ばしたのだと気が付く。
 エミは瞬時に可能な限りの霊力(約80マイト)を注ぎ込んでブーメランを放ったため、死津喪比女の魔力シールドをうち破る事ができたのだ。

「ちっ! エミに借りを作るなんて嫌な気分だわ」

 そんな憎まれ口をききながら霊体ボウガンを取り出すと、花体の腹部を狙って引き金を引く。
 新たに現れた敵であるエミに気を取られていたため、その矢をまともに食らってしまう花体。

「グオッ!?」

 横島はともかく、一番弱そうなこの女達にして自分の身体を傷つける事ができるとは思っていなかった花体は、驚きと憎しみを込めた眼差しで美神達を見る。

「赤字覚悟の破魔札乱れ撃ち!!」

 エミと美神が止めとばかりに破魔札をばらまき、爆煙に包まれる花体。

「やったかしら?」

「あれだけの札を食らえばおそらく倒せたワケ」

 煙に包まれた花体の様子を探っていた二人だったが、その中から残った片腕も失い身体のあちこちを爆発で抉られた花体が姿を現す。
 よく見れば顔面も半分無くなっているが、花弁状の触手は無事だ。

「なっ…! まだ生きてる?」

「なんてしぶといワケ!」

「せっかく伸びたわしの身体をこんなにしおって……」

 そう言って呆然とする二人に触手を伸ばそうとした時、後ろから光が一閃したかと思うと花体が唐竹割となって左右に倒れていく。

「美神さん、エミさん、油断は禁物ですわ!」

 刀を振り抜いた体勢で声を掛ける九能市。

「ありがとう、助かったわ」

「すまなかったワケ。でもしぶといヤツなワケ!」

 まさかあれだけの攻撃を防ぐとは思っていなかったで、驚きながらもあやまる二人。



「これで私達が2体、雪之丞さんが……2体倒したわけですわね」

 九能市が周囲を見回して呟く。
 折しも雪之丞は五鈷杵の霊波刀を片側だけにする代わりに、出力を倍にしてはるかに長大にした霊波の槍でもって一体の花体の頭を貫き、その刃をそのまま力任せに下へと押し下げていくところだった。
 さらに横島の方を向くと、飛竜を横に薙いで一体の花体の身体を上下に斬り裂き止めを刺そうとしている。
 だがその後方からもう一体の花体が襲いかかろうとしていた。

「横島様! 危ないですわ!!」

 危険を伝えようと九能市が叫んだ時には、すでに後方の殺気を感じ取っていた横島が左手を飛竜の柄から離して身体を捻り、霊力を溜めた左掌を突き出していた。

ズバッ!!

 カウンターで放たれた集束霊波砲(出力500マイト)によって胸を貫かれ、その強大な出力に頭部や両腕までも一瞬で消し飛ぶ。
 前腕部と触手だけがドサリと地面に落ち、上部を失った根が地中へと戻っていく。

「これで13体目」

 極めて冷静に呟く横島。

「どうした死津喪比女。自慢の花も後3体を残すのみだぞ」

 横島のあまりの実力に怯み、手を出せずに眺める事となっている残りの花体に声を掛ける。

「横島が大半を引き受けてくれたおかげで、かなり楽に倒す事ができたぜ」

「もう残りはコイツらだけですわ」

 自分の担当を倒した雪之丞と九能市が武器を手に横島の傍らに走ってきた。

「お疲れさん。美神さんとエミさんは?」

 視線を死津喪比女達から離さずに尋ねる横島。

「西条の旦那と合流して貰った。もしコイツらが神社を襲ったら一人じゃ守りきれないからな」

 雪之丞の応えに満足そうに頷くと、左手に単文珠を取り出す。

「おのれ……お前本当に人間かえ? そんな巨大な霊力を持つ人間など見た事がないぞえ…。」

 恐れをその瞳に浮かべながら言う死津喪比女。

「こうなったら……わしを封じた装置のあるこの神社の奴らを引き裂いてくれるわ!」

 そう言い放つと3体のうち2体が素早い動きで横島達の横をすり抜けて、西条達に守られて戦いの様子を眺めていた早苗親子に襲いかかろうと跳躍する。
 突然の行動に雪之丞も九能市も対応できず、横島は残りの1体と対峙しているために動く事ができなかった。

「し、しまった! ……だが…」

 一瞬表情を変えた横島だったが、すぐにおキヌが装置に連れ戻された事を思い出し、助けに行こうとする自分を律する。

「死ねえっ!」

 飛びかかってくる2体の花体に、それぞれの武器を構えて迎撃しようとする西条達だったが、その必要はなかった。

 バチバチッ!! キイイイイイン!!

「ぐあ…っ!? 結界かえ? ここは結界の外の筈…!!」

 強力な結界が立ち塞がり、花体がその突進を完全に止められてしまう。

「一時的にほんの少し広げたのじゃ。おキヌを失い。お前を育ててしまったのは大きな失敗だった
 が……彼女が戻った以上、多少の無理はできるでな」

 そう言って上半身だけの黒服の道士が、立体映像のように空中に現れる。
 その容貌は早苗の父親である神主にそっくりだった。

「また会えるとは思わなかったえ……。霊か…? いや、そんな筈はないな」

 どうやっても結界を突破できないと理解した死津喪比女は、忌々しげな表情で後退しながら道士を睨み付ける。

「ふっ…戦いの最中に敵に隙をみせるとは…少し人間を舐めすぎているようだな。さて、おかげで
 本体の位置も特定できた。そろそろ消えて貰おうか」

 横島の事をすっかり忘れて道士を睨み付ける花体達に呆れながらも、そう言うと文珠に『爆』の文字を込めて花体達の頭上に放り投げる。
 文珠など知らない死津喪比女の花体達は、怪訝な表情で道士から放り投げられた文珠に視線を移し見上げていたが、強烈な光に眼を覆う。

 カッ!! ドガアアァァァァッ!!

 強烈な光と高熱、そして爆音と衝撃波が周囲を揺れ動かす。

「ギャアアアア〜!」」

 残った3体の花体は爆発の中でボロボロに焼き尽くされ消滅していく。

「ひゅーっ!
 最初からコイツで吹き飛ばせばよかったな。まあ位置を掴まなけりゃならなかったからな」

 雪之丞が相変わらずの凄い威力に感心したように言う。

「凄いですわ、横島様……」

 ウットリとしたような眼差しで、爆発を眺めている九能市。

「これが文珠の威力なのか、令子ちゃん?」

「そうみたいだけど…彼が本気で使った文珠を見たのは初めてだから……」

「凄まじい威力なワケ! 今の一撃、一瞬だけど霊力にして2,000マイト以上あったワケ。下級魔族
 ならおそらく一撃ね」

「何か……人間離れした霊能力だな……」

 初めて横島が戦闘で使って見せた文珠の威力にただただ眼を見開いて佇む事しかできない3人。
 念法を使いこなし、7つのチャクラ全てを完全に制御できるだけでも人間界最強なのだが、さらに文珠という希有な能力を持つ横島。
 念法を修行し、第2チャクラまで完全に制御できる雪之丞や九能市ですら、一体の花体となら互角以上に戦えるが多数では歯が立たないのだ。
 通常のGSなら結果は推して知るべしだろう。
 その死津喪比女の花体を相手に圧倒的な強さを見せた横島。

「さて、死津喪比女の先兵は全て倒した。次が来ないうちに本体を攻撃するか。あんたには終わった
 後で話を聞かせて貰うぞ」

 そう道士に言って魔法陣の周りに展開していた文珠による防御結界を解除する。

「もう攻撃できるんですの?」

「ええ、すでにヤツの本体の場所はさっきの花体達と繋がっている魔力の流れから特定しましたよ」

 そう言いながら両手に次々と双文珠を取り出し実体化させる。その数6個。
 そこには『滅殺』の文字が浮かび上がっている。
 そして魔法陣の中央に立って目を瞑り、極度に精神を集中させて能面の如く無表情になる横島。

「方位、距離、深度確認……座標を固定。目覚めよ空間転移魔法陣よ……」

 横島の言葉に反応して描かれた文字が次々と光りだし、魔法陣が起動する。

「我が敵を討ち滅ぼす剣を、遠き敵へと送りたまえ」

 その言葉と共に手に持った双文珠を魔法陣へと静かに落とす。
 すると空中で全てが光に包まれて姿を消した。

 ドガアアアン!!!

 数分後、御呂地岳の中腹が爆発し、黒煙が上空へと舞い上がった。
 ビリビリと振動が大気を揺るがす中、金縛りが解けたかのように動きだして横島を取り囲む人々。

「横島君、あの爆発が…?」

「ええ、死津喪比女の本体が俺の文珠で滅殺された証です。心眼で見ても既にヤツの魔力も波動も
 感じませんから、99%の確率で倒した筈ですよ」

「残り1%の懸念は何なんだい?」

 出番がなかった西条が尋ねる。

「問題はヤツの本体が地中深くに根を張る球根という事です。もしヤツが株分けをしていて、それが
 休眠状態であれば探知できません。そして時が経てば再び力をつけるでしょう。
 奸智に長けた死津喪比女ですから、この程度の事はやっているかも、と思いましてね」

 横島の言葉に考え込む西条、美神、エミ。

「まあ、本体は倒したから取り敢えずすぐに何かあるという事は無いはず。さて、アンタには全てを
 話して貰うぞ」

 飛竜をしまって戦闘態勢を解除した横島が、空中に浮かぶ道士に近づくと話しかける。

「アンタは…幽霊じゃないわね。幽体も何もない……ただの立体映像みたいなもんね」

「さよう、私はただの影。本体はとっくに成仏してこの世に留まってはおりません。あなた達の疑問に
 お答えしましょう」

 美神の言葉を肯定した道士は頷くと神社の本殿へと一同を導いた。






「この家の者の祖先、つまり私の元となった道士は、死津喪比女を滅ぼすには長い時間が掛かる
 ため、不測の事態が起こる可能性を見越していました。そのような時、それに対応するために
 自分の人格を記録し、万一の時にはおキヌの霊力と地脈の力で再生するようにしておいたのです」

 その言葉と共に本殿の室内が300年前の御呂地村の光景に代わる。

「立体映像みたいなもんか…。大したモンだな」

 コンコンと本来は壁だった部分を叩いて、目の前の現象を確かめる雪之丞。

「話しに聞いていた通り、山が噴火してるワケ」

「あれはおキヌちゃんじゃないか?」

 西条の一言で皆が振り向くと、そこには生前の村娘だったおキヌの姿があった。
 横島達の目の前で繰り広げられるかつて実際にあった出来事の数々。

「成る程……確かに記録だな…」

 横島が冷静な声でそれを評する。
 やがて記録はおキヌが藩主の前で人身御供に自ら志願し、身を清めている姿を映し出す。

「経緯は大体わかったわ。でも、もーすぐこのおっさんに殺されちゃうわけでしょ…? あんまり見たく
 ないんだけど…」

 そう言ってジトッとした眼で道士を見る美神。

「こ…殺す…? 人聞きの悪い事を言わんでくれっ!」

「だって本当の事じゃない」

「バカ言うな! 私はあの娘を殺してなどおらんぞ!」

「「「えっ!?」」」

 道士の影の意外な言葉に驚く西条、美神、エミ。

「彼女の死はあくまで仮のもの。幽霊を作るために生命を停めただけだ。地下水脈に肉体を保存
 していたのを見たのだろう? 彼女は生き返れる。全てが上手くいきさえすれば…」

 美神達と違って黙って過去の記録を見ている横島。
 九分九厘、彼が知っているとおりだとは思うが、それに頼り切る事が危険だと知っているため情報収集を疎かにするわけにはいかない。
 やがて輿に載せられて洞窟へと連れてこられたおキヌは、道士と共に地脈の堰へとやって来ていた。
 これから逝く身として静かにその石でできた装置を眺めるおキヌ……。

「そうか……『反魂の法』を使うつもりだったな?」

 そこまで黙っていた横島がポツリと呟く。
 その単語に反応して全てを悟る西条、エミ、美神。

「地脈と一体化するには死者でなければならん。抜け道はそれしかない……」

「地下水脈には装置から地脈のエネルギーが一部流れ込むようになっているから、中で溺れた彼女
 の肉体がそのまま保存されていたのか」

 納得したように言う西条。
 そうしている間にも記録は進み、何故おキヌが肝心な事を知らなかったのかが明らかになる。
 死津喪比女の花体に攻撃を受け、説明を聞く間もなく水脈に飛び込むおキヌの姿に一瞬目を瞑る美神。

「どうりでおキヌちゃんが何も知らないワケ」

「ただでさえ幽霊の記憶は呆けやすいのに、これじゃあねー」

 事の経緯を知って納得顔のエミと美神。

「おキヌが地脈から切り離されるとは予想もしなかったが、あなた達のおかげで死津喪比女を倒す
 事ができた。これでおキヌも生き返る事ができるだろう」

 どこかホッとしたような道士の言葉と共に、記録の映像は終わり周囲が元の本殿の中になる。

「最終的には生き返る事になるだろうけど……どうも引っ掛かるんだよな…」

 道士の言葉を肯定しながらも、どこか腑に落ちない表情の横島。

「ちょっと横島君! せっかくおキヌちゃんが生き返るって言うのに何言ってるのよ!?」

 そんな横島に苛立ちを感じながら詰問する美神。

「いや、死津喪比女があまりに呆気なかったんで少し疑ってるんスよ。もし俺がヤツなら……今回の
 相手は強くて今は勝てない。ならば自分を倒したと思いこませて装置を撤去させ、それからゆっくり
 と力を蓄えようと考えます。ヤツは植物型の妖怪、株分けしているとすれば、俺の懸念は現実の物
 となる……」

「うーむ、十分考えられるな……。しかし…」

「確かに貴方の言うとおり、考えられる事ではありますが……確認する手段がありません」

 西条と道士が賛意を示しながらも、それを確かめる術がない事を告げる。
 
「一つだけ方法があります…。だけど危険なんスよね」

「それを教えなさい! 今回の事件、半分は私の責任なのよ。私が何とかするから教えなさい!」

 美神が詰め寄ると、よかったという表情の横島。

「そうですか美神さん。その言葉を待ってたんスよ。さすがにこれは俺じゃ無理だし、エミさんや
 氷雅さんでも難しかったんですが…。これで確認が取れます!」

 嬉しそうに言う横島に、はあ?っという表情の美神。
 どうやらまんまとしてやられたようだ。

「それじゃあ、これから作戦を説明します。西条さん、今度こそ出番ですよ」

 なぜか作戦を説明する横島は楽しそうだった。






「へえ…! いいなー。家の裏にこんな温泉が湧いているなんて…!」

 タオルを身体に巻いてのんびりと早苗の家近くの温泉に浸かっている美神。

「何だか訳わかんねえうちに事件さ解決したんだなー。横島さん達ももう少しゆっくりしていけば
 よかっただのに…」

 こちらもタオルを巻いて湯に浸かる早苗。
 その言葉はどこか残念そうだった。
 何しろ目つきは悪いがそれなりの容姿の雪之丞、美形の西条、冷静で強く格好良いと感じさせる横島という3人である。
 思春期真っ盛りの早苗としては、傍にいてくれるだけでも嬉しいのだろう。

「まあ、私達GSはこう見えても結構忙しいし、Gメンの西条さんは今回の報告書を作んなきゃ
 ならないからね。いろいろやる事があって先にホテルに戻ったのよ」

 そう告げる美神の胸には、いつもの精霊石のネックレスではなく直径5cm 程の珠が掛けられていた。

「しっかし驚いただよ……まさかあんの化け物を封じ込めるために人身御供さなった娘さんの遺体を
 祀っていたのがあの祠で、家の神社に化け物を倒すための『地脈の堰』があっただなんて…」

 しみじみと言う早苗。

「まあ、普通は体験できないし、したくもないだろうけど、おキヌちゃんの事だけは優しくして
 あげてね」

「わかってるだよ。おらにも妹ができたんだから…」

「あの娘は幽霊だった頃の記憶は忘れているはずよ。これから新たに普通の女の子として人生を
 やり直すの……。よろしくね」

 そう言う美神の眼差しは、まさに妹を心配する姉のもの…。
 頷こうとした早苗は、ふと視界の片隅で何かが動いた気がした。
 慌てて美神の傍へと身体を寄せる。

「どうしたの早苗ちゃん?」

 表情をやや厳しくしながら尋ねる美神に、温泉の向かい側を指差す早苗。

「そこで何か…動いただ……」

 その一言に身構えると、ネックレスの珠をギュッと握りしめる美神。

 ボコッ! ボコボコ! ボコッ!

 地中から姿を現したのは、滅んだはずの死津喪比女の葉虫達だった。

「なっ!? 倒したんじゃなかったんだべか!?」

 慌てて上がろうとする美神と早苗だったが、いかんせん丸腰である。
 ここで襲われたらひとたまりもない。

 ボコッ!

 そしてすでにお馴染みとなった死津喪比女の花体が3つ姿を現す。

「死津喪比女の花体!? じゃあ横島君が懸念してたように株分けを…?」

 悔しそうに呟く美神を嘲笑うかのように見詰める花体。

「ふふふ……そう言うことだえ。本体の方を滅ぼされてしまったのは痛かったが、そう簡単にわしは
 滅びなどせぬ」

 にたあ、と笑う死津喪比女。

「でも今回は花が少ないじゃない! どうやら滅びなかったとはいえ、その力は殆ど復活しては
 いないようね!」

「ふっ…そなたにも花を一輪つまれたの。今その身で代償を払って貰うぞえ!」

 そう言って葉虫を向かわせる花体。

「ふん! アンタなんかにみすみすやられはしないわよ!」

 そう言いながらジリジリと後ずさる美神と早苗。

「大口を叩くようだが、あの強い男はいないはずさ。麓の宿へ降りるのを見ていたんだえ。お前一人
 でろくに武器もない状況で一体どうするつもりだい? 仲間が来るまでどれだけ掛かるかの?」

「あら、心配してくれんの? 嬉しいけど杞憂に過ぎないわ。だって仲間はもう駆け付けたもの」

 ニコリと笑ってお湯から上がると置いていた神通棍を握り構えを取る。
 ハラリと落ちたタオルの下はビキニの水着だった。



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