フェダーイン・横島

作:NK

第28話




「おい、本当にここなんだろうな?」

「私が同化した人間はみんなここに集められてるわ。私には分身がどこにいるか、どうなっている
 かがわかるのさ」

 オールバックにサングラスを掛け、スーツ姿というその手合いの人間風の姿をしているゲランと、失った片腕の代わりに身体の一部を腕の形にして(手として使う事はできない)包帯で巻き吊っている人間形態のラフレールが車の窓からとある施設を眺めている。
 そこは今回の事件の被害者達が隔離・収容されている特殊伝染病研究所。

「しかし、自分が同化し魔族化させた人間を今度は吸収するとはな。これじゃあ人間を魔族化させて
 次々に犠牲者を増やす作戦に逆行してないか?」

 ゲランは呆れたように呟く。

「おだまり! あの最初に同化した少女を吸収すれば私の再生は完璧なのよ。完全に元に戻ったら
 アンタに調べて貰った六道女学園とやらに乗り込んで、一気に手下を増やしてやるわ!」

「まあ期待してるぜラフレール。ところで俺まで一緒にこの中に入る必要はねえだろ? 俺の場合、
 こんな所に入ったらせっかくの機動性が死んじまうぜ」

「それはそうね。だったら何かあったら呼ぶから待機しておいておくれ」

「ああ、ここで待ってるぜ。どうせお前は地中から行くんだろ?」

 ゲランの言葉にニヤリと笑って車から降りるラフレール。
 そして魔族の姿に戻るとズルズルと土の中へと身体を沈めていく。

「やれやれ行ったか…。後はヤツが帰ってくるのを待つだけだな」

 そう言ってゲランは周囲にセンサー代わりの髪の毛を張り巡らすと、車のシートを倒してのんびりとし始める。
 護衛役とはいえ、本来の作戦行動ではない事にまで付き合っていられないと言う態度がありありと見えていた。



 ズズズズズ……

 研究所の非常口付近の壁際の地面が盛り上がり、ラフレールが姿を現す。

「フフフ……思った通りだね。こういう所は中からは抜け出れないようになっているけど、外から侵入
 しようとすれば大したことはないわ」

 無論、普通であれば外部からの侵入も難しいのだが、元々は法定伝染病や未知のウイルス感染患者を隔離・治療するための施設なので、霊的な警備装置や防御設備は皆無に近い。
 魔族化した被害者の活動を停滞させ動けないようにするための霊的結界も、急ごしらえであり外に張ってあるお札を剥がすか破壊してしまえば簡単に突破できるのだ。

「さあ、騒がれて通報されると厄介だから眠って貰おうかしらね。私が回復したらついでに仲間にして
 あげるわよ」

 そう言うと頭の蕾みを花開かせて、煙のように花粉をまき散らせるラフレール。
 この花粉は幻覚作用を持ち、吸い込んだ相手を自由に操る事ができる。
 今回は邪魔されないように眠らせるだけでよかった。
 窓や換気設備から入り込んだ花粉を吸い込み、次々と職員は倒れていく。
 20分程経ってから、おもむろにラフレールは非常口を開いて内部へと侵入した。
 だが警報装置は解除されており、監視装置は生きているがそれを見ている職員が眠っているため、所内は静かそのものだ。

「フフフ……これで邪魔者はいないわ。前回あの神族がやけに早く駆け付けたのが気になる
 けど……。今は身体を治す事が先決よ」

 そう言いながら素早く、しかし堂々と施設内部に入り込み歩いていくラフレール。
 やがて被害者が収容されている特殊隔離病棟まで1ブロックというところまで来た時、その歩みはピタリと止まる。
 前方にあり得ないはずの立っている人影が眼に入ったのだ。
 オカルトGメンの制服に亜麻色の長い髪。
 前回、腕を失った時に現場にいた一人、美神令子だった。

「そこまでよ! 大人しく封印されなさい!」

「むっ! 貴様はこの前神族と一緒にいた女だな! なぜ私がここに来るとわかった!?」

「最初は六道女学園だと思ったわ。でも小竜姫様に斬られた右腕の事もあるし、まずは自分の身体
 を治すためにここにくる可能性もあると連絡を受けたのよ」

「連絡だと? 一体誰が私の行動をここまで正確に予測できたと言うんだ…?」

「アンタが寄生して回復に使った場所を見つけたのよ。その時の状況から回復には相当の魔力か
 霊力が必要とわかったって言ってたわ」

 そこまで聞いたラフレールは、自分の行動を見破った相手の姿を想像していた。
 おそらく自分に手傷を負わせた神族と一緒にいた怪しい男だろう。
 実はヒャクメの存在を見逃しているのが最大の敗因なのだが、そこまで気が付く事は普通あり得ないだろう。

「それはそうと、なぜお前は私の花粉を吸っても平気なの?」

 自分の行動を正確に予測された事はショックだったが、それ以上になぜこの女が無事なのかが不思議だった。

「ああ、アンタの花粉ならここじゃ利かないわよ。少なくとも外で使ったらね」

「そんな筈はないわ…。私の花粉を吸って何でもないなんて……」

 驚きの表情をするラフレールにバカにしたような表情を向ける美神。

「やっぱり魔族って科学的な事は疎いのかしらね……。ここは特殊な施設なのよ。致死率の高い
 ウイルス専門の施設で、この隔離研究棟は内部でのバイオハザードを防ぐための設備が凄い
 けど、外部からの感染も防げるように何重にも対応策が施してあるのよ。
 ウイルス対策を施されたこの施設に花粉なんて入ってくる分けないじゃない!」

 その言葉にショックを受け声も出ないラフレール。
 美神が呆れるのも無理はない。
 花粉なんてウイルスに比べればもの凄く大きいのだ。
 そんなもの換気設備に施されているヘパフィルターでシャットアウトされてしまうのは当たり前である。
 ラフレールが操作し、眠らせる事ができたのは一般職員のいる建物と警備関係者だけだった。
 肝心の隔離研究棟では誰も被害に遭っていない。

「どうやら、本当にそこまで考えていなかったようじゃのう……」

「ドクター・カオス! あの魔族を・攻撃・しますか?」

「バカなヤツだが魔族は魔族! やれ! マリア!」

「イエス・ドクター・カオス!」

 いつの間にかラフレールを挟み込むように後ろに立っていた、黒いマントを羽織った老人と、黒いロングスカート姿で頭にアンテナがある女性。
 老人、ドクターカオスの命で前に進み出たアンドロイド・マリアは既に戦闘態勢を整えていた。

「エルボー・バズーガ!!」

 肘の所で前腕部が跳ね上がり、上腕部に仕込んだグレネードが発射される。

 ドガアアン!!

「う…うわっ!? 身体に火が…!!」

 予想外の攻撃にまともに直撃を食らうラフレール。
 衝撃で倒れた身体に焼夷剤が降りかかり、身体に火がつき燃え始める。

「わはははは…! 小僧の言ったとおりじゃのう! 植物体だけあってよく燃えおるわ!」

 会心の笑みを浮かべるカオス。

「きゃっ!……まずい、このままでは……」

 ごろごろと転がって火を消そうとするラフレールだったが、その隙を逃さず美神が神通棍で斬りかかる。

「極楽に逝かせてあげるわよ!」

 その一撃を、残った左腕を鞭状にして弾く。

「まずい! ゲラン、早く来ておくれ! ゲラン!」

 護衛役のゲランに必死に連絡を取ろうとするが、なぜかゲランは答えない。
 焦りながらも美神とマリアの攻撃を何とかかわしていく。
 なぜ任務遂行には忠実なゲランが助けに来ないのか…?
 答えはすでにこの時、ゲランは外で横島と戦闘状態に入っていたのである。






 ピクッ!

 張り巡らせたセンサーが強力な霊気を感じ取る。
 その探知した感覚にさっと表情を真剣なモノにして車から降りるゲラン。

「この感覚……あの時俺に霊波砲を放ったヤツか…?」

 気配は迷うことなくこの場所へと向かっている。
 自分の事を確実に補足しているのだろう。

「ふん! どうやらラフレールよりも俺を倒そうってつもりみたいだな。まあいい。ヤツは強いからな」

 笑みを浮かべながら魔族本来の姿へと戻ると即座に飛翔する。



「鋭いな。もう気が付いたか……。では俺も本気を出すとするか」

 そう言うとチャクラを全開にして霊力を練り上げる横島。
 あっという間に1,000マイトを超す霊圧が身体から放出される。
 装着している龍神の籠手とヘアバンド(額当て)に込められた竜気が横島の霊力と反応して、彼に霊的防御力のアップと空中飛翔、さらにはハイパーモードにならなくても短時間超加速を使えるだけの能力を付与する。
 スルリと虚空より抜いた飛竜を手に空中へと舞い上がる。
 一瞬で数百m上昇すると、滞空静止しているゲランの前へと達した。

「やはりあの時のお前か……。信じられないことだが、お前の霊力は人間なのに俺より遙かに高い。
 さらには龍神の装具によって空まで飛べるとはな……」

 こう言って感心しているゲランだが、横島としてはハイパーモードになっていない状態でそう言われてもピンと来ない。
 最初に小競り合いをした時、敵の霊力が600〜700マイトぐらいだと掴んでいたのだ。
 だから単純にチャクラを全開にした自分なら倒せると確信していた。 

「護衛役か……。ご苦労だな。だが魔界に戻らず闘うというのなら見逃すわけにはいかない。
 どうする?」

「ふっ…俺にも一応任務というヤツがある。勝つ事は難しそうだが、逃げ帰っても命はないんでな」

「そうか。ならば後はこの剣で応えるのみ」

「我が名はゲラン! お前の名は?」

「俺は横島! メドーサを倒した者だ」

 そう言って戦闘モードに入る二人。
 横島はチャクラを廻して霊力を練り上げ、飛竜に流し込んでいく。
 ゲランは魔力を溜めて自分の放てる最大の攻撃を放とうとする。

「いくぞ!」

 ドンッ! ドンッ!

 口から魔力砲(出力300マイト)を放つゲラン。
 別にゲランに限らず、普通は人間も神族も魔族も、自分の持っている霊力を全て攻撃や防御に廻す事はできない。
 そんな事をすれば、かつての横島が創り出し初期に多用したサイキックソーサーと同じく、他の部分が霊的に全く無防備というかエネルギーが無い状態になってしまう。
 無論、あの頃の横島とて生命活動に必要な最小限の霊力は残していた。
 つまり人間の場合、GSだとしても自分の持つ霊力(最大霊力)の4〜5割ぐらいを攻撃や防御に廻す事が精一杯なのだ。
 美神やエミなどの一流GSともなると、かなりの精神集中を必要とするが、最大で約6割の霊力を攻防に使う事ができる。

 これは神族や魔族でも大して変わらない。
 元々の霊力や魔力のレベルが違うから、それがそのまま反映されているだけという事に過ぎない。
 だから魔力レベルが650マイト程のゲランが、300マイトの魔力砲を放つ事は相応の魔力の練り上げと集中が必要となる。

「はっ!!」

 そのゲランの魔力砲を流れるように振るう飛竜で簡単に逸らしてしまう横島。
 念法の凄いところは、自分の生命活動や通常の防御に関わる霊力はそのままに、チャクラを廻し霊力を練り上げる事で攻撃や特別な防御のための霊力を生み出す事ができる点だ。
 だからこそ霊力が一見底無しになったように長時間使いまくる事ができるし、練り上げる時間さえあれば自分の最大霊力を超えて攻撃を放つ事もできる(尤も現時点でそれが可能なのは横島と小竜姫のみ)。

「恐るべし。お前の刀に込められた霊力は1,500マイトを超えているな! どうやればそんな事が
 可能なんだ?」

 そう言いつつも高速で飛行するゲランは横島の周囲を回転し、魔力の渦を作り出そうとする。
 いかに強靱な力を持つ横島とて、これに巻き込まれればズタズタに斬り裂かれてしまうと考えたのだ。

 ギューン!

 最初は高速で自分の周囲を飛び回るゲランの意図を図りかねた横島だったが、即座に狙いに気が付くと脱出するための方策を取る。

「成る程……考えたな。だが……」

 スッと目を瞑り能面の如く無表情になる横島。
 極度の集中に入ったのだ。
 5秒程の溜を経て、2,500マイトまで込められた霊力を上げた飛竜が蛍の光の如く淡い黄緑色に輝く。
 さらに上段に構えた飛竜の刃から流れ出した霊気が、横から見るとまるで周辺部が刃となった円盤のように横島を包み込む。
 もしゲランが正面から正対していれば、蛍光に輝く縦長の楕円が浮いているように見えただろう。
 すでに魔力の渦が周囲にできあがり完全に周囲から切り離されただけでなく、中にいる彼を斬り裂かんとあらゆる方向から殺到する魔力の刃が迫るにも構わず、霊力を練り上げていた横島の眼が見開かれる。

「妙神山念法奥義! 蛍光裂斬!!」

 ドンッ!!

 足の裏に霊力を集めて放出し、一気に加速を付けながら上段に振りかぶった飛竜を眼にも留まらぬ速さで振り下ろす。

 ドガアァアア!!

 飛竜の軌跡に沿って巨大な、高密度に集約された霊力の刃が唸りを上げて放たれ、横島を取り囲む魔力の渦を切り裂き吹き飛ばしてしまう。
 さらに人間には本来出し得ないスピードを持って、斬り裂いた箇所から外へと脱出する。
 その余波で逆に体勢を崩し、突風に飛ばされる木の葉のように自身の動きを制御できないゲラン。

 ただの一撃で自分をひしゃぎ、押しつぶそうとした魔力の渦を消滅させた横島は、チャクラを廻して失った霊力を急速に回復させていく。
 漸く体勢を整えたゲランが見たものは……先程と変わらぬ霊力を放出している横島の姿だった。

「何だ!? 何が起きたんだ? ……こ、これは! 魔力の渦が一撃で……」

 自分がこれ程まで魔力を使い果たして疲弊しているというのに、戦いを始めた時とほとんど変わらない横島。

「なぜだ? なぜ人間があれ程の霊力を攻撃に使えるんだ? ヤツは自分の霊力以上の
 エネルギーを使ってもピンピンしてやがる!?」

 即座に素早く間合いを詰めてくる横島に対し、手を突き出して火球を次々と発射しながら迎撃を試みる。
 だが、ゲランは自分のこれまでの常識を覆す横島に驚きと恐怖を覚えていた。

 火球を次々と斬り裂いて間合いを詰めた横島は、吹き飛ばしながらも飛竜に取り込んでいたゲランの火炎エネルギーを霊力で遙かに強力な聖炎に変換させて一気に刀身から放出させる。

「殺!」

 迎撃を無力化されたゲランが身をかわそうとするより早く、横島の斬撃がゲランを捉える。

「グギャアァアア〜!!」

 肩口から脇の下へと袈裟懸けに斬られたゲランが断末魔の悲鳴を上げる。
 斬られたところから全てを焼き尽くす聖炎が身体を覆っていくのを、為す術もなく見詰めながらゲランは自分の意識が失われていくのを感じていた。
 すでに何も感じる事はできない。
 自分は滅びるのだとわかっていたが、最後の相手がこんなに強いヤツだった事に満足もしていた。

「…あ…ばよ……。楽し…かったぜ……」

「さらばゲラン。……お前の事は忘れはしない」

 炎に包まれて落ちていくゲランを見ながら、横島はポツリと呟く。

『お見事! こちらの考え通り全てが上手くいったみたいね』

『本当ですね。さすがは忠夫さんです。これで美神さん達の邪魔をする者はいません。こちらの警戒
 はもう解きますね』

 ルシオラの意識だけでなく、本体が今は六道女学園の方に行っているために久しぶりに話しかけてくる小竜姫の意識。

「今回は敵の実力が俺より下だったから、かなり楽に戦えたよ。六道女学園の方はもう心配ない
 から引き揚げてくれ。さて、残った魔族はどうなったかな?」

『美神さんとドクターカオスのコンビだから、多分大丈夫だと思うけど……』

『私もそちらに行きましょうか?』

 地上の心配をする横島に、今から自分が瞬間移動しようかと言う小竜姫。

「いや、偶には自分の力で魔族を倒して貰わないとね。それに相手は完全な状態じゃないからな。
 俺が今から向かうよ。小竜姫は香港行きの準備をしておいてくれるように、小竜姫様に伝えて
 おいて。こっちの事態収拾を確認したらすぐに発とう」

 そう言って、横島は当面の敵を倒した事を確認すると美神とカオス、そしてマリアが戦っている隔離研究棟へと向かった。






 外から強力な魔力と霊力がぶつかり合う気配が流れ込んでくる。
 どうやらゲランは別の敵と戦闘状態にあるようだ。

「ちっ! どうやら援護は当てにできないようね。しかし本当によくもまあ、こうまで私の行動を読んで
 くれたものだわ!」

 状況を理解したラフレールは、苦々しげに舌打ちしながらも独力でこの状況を切り抜けるべく行動を開始する。
 美神が神通棍を使っての接近戦に入ったため、マリアもカオスも援護ができずに傍観せざるを得なかった。
 今回、マリアにはかなりの重装備を施してあるので、迂闊に攻撃させるわけにはいかないのだ。

「ドクター・カオス。これでは・攻撃・できません」

 マリアが相変わらず無表情ではあるが、少し困ったような感じでカオスに話しかける。

「やむを得んじゃろう。スペシャル弾を装填してチャンスを待つんじゃ」

「イエス・ドクター・カオス!」

 ラフレールは片腕ながらその組織構造を硬化させ、前腕部全体を鋭い槍状にして美神の攻撃を捌いている。
 なるべく美神から離れずに格闘戦を行っているのは、マリアの攻撃を受けないため。
 その程度の戦闘センスは持ち合わせていた。
 本当は再度花粉攻撃を行いたいのだが、先程大量に使ってしまったため現在補給中なのだ。

「ふん、人間にしてはよくやるようね」

 最初こそ動揺していたために押され気味だったが、戦闘に集中した後は互角に戦いを続けるラフレールが美神を賞賛する。
 
「あったりまえじゃない! 私は一流のGSですもの!」

 そう言いながらも腕の攻撃を受け流しているところに、確かに非凡さを感じさせはする。
 ラフレールは腕を伸ばしての攻撃と、右肩に出現させた花状の器官から魔力砲を発射して攻撃しているが、美神は何とかかわしているのだ。

「その力、私が貰うわ!」

 再び槍状の腕の突きと思って神通棍を構えた美神だったが、寸前で腕はグニャリとアメーバ状に変化して美神を捕獲しようと襲いかかった。

「し、しまっ……」

「大人しく私の下僕になりなさい!」

 神通棍を避けるように、左右から迫るラフレールの腕。

「危ない! 美神・さん!」

 マリアの大声に被るように閃光が迸る。

「ぎゃああぁぁぁ〜!」

 だが光が薄れた時、叫び声を上げていたのはだラフレールの方だった。

「バッカね〜。アンタの攻撃は散々見せて貰ったのよ。こっちだって対応策ぐらい考えるわよ」

 片手に何枚かの破魔札を持って呆れる美神。
 ラフレールの伸腕を破魔札を叩き付ける事で防いだのだ。
 すでに掌が焼けただれており、元からの怪我もあってかなり苦しそうにしているラフレール。

「今じゃ! マリア、攻撃じゃ!!」

「イエス・ドクター・カオス!」

 ドドドドドッ!

 前腕部に装備されたマシンガンから、除草剤入りの弾丸を連射するマリア。
 上から見るとちょうど美神とラフレールを結ぶ直線に対して直角になる位置取りのため、一応美神に対して銃撃による流れ弾は無いと判断したのだ。

 ビシッ! ビシッ! ビシッ!

「ぐわっ! こ、これは……?」

「きゃあ〜! ちょっとどこ狙ってるのよ!」

 直撃弾を食らい倒れるラフレール。
 しかし兆弾によって美神も何発か弾が当たりそうになる。

「おおっ、しまった! 兆弾の事を忘れておったわ!」

 頭を掻くカオスだったが、狭い屋内でマシンガンを乱射したらコンクリートの壁に当たった銃弾が兆弾となり、どこに飛ぶかわかりはしない。
 撃つ時はなるべく身体を低くして、低い位置に弾丸を撃ち込むのが室内戦(無論対人戦)のセオリーだった。
 そんな微笑ましい騒ぎは置いておき、除草剤入りの弾丸を食らったラフレールは苦しそうに藻掻く。

「う、うぅ……。貴様ら、あの弾丸に何を仕込んだ…?」

 苦しそうに尋ねるラフレール。

「ふっふっふっ…。貴様は植物型の魔族じゃからのぉ…。強力な除草剤を入れた特殊弾を
 使ったのよ」

 ドクターカオスは、往年の彼を思わせる妙に自信に満ちた言い方で答える。

 先に小竜姫によって右腕を失い、残った左腕にも破魔札を受け、さらには除草剤入りの弾丸を何発も食らったラフレールは、かなりヤバイ状況に追い込まれている。
 このままでは座して死を待つばかりとなるだろう。

「動きが止まったわ! チャンスね。退け悪魔よ! 生まれ出でた暗き冥府へと還るがいい!!」

 バシィィイッ!

 ラフレールの身体に超高額の退魔札を叩き付ける美神。
 現在はオカルトGメンとして活動しているからこそ、このような採算度外視の攻撃も可能なのだ。

「ギャアアアッ!!」

 ズズズズ………

 ラフレールの姿が空間に飲み込まれるように消え始める。
 退魔札によって人界に存在する事が不可能となったのだ。
 これだけのダメージを受けていれば、魔界に戻ったとしても生き残れるかどうかはわからないし、何より二度と舞い戻ってはこれないだろう。

「ぐうぅぅぅ……おのれ、人間め〜」

 ありきたりの捨てぜりふを残して消滅していくラフレール。

「どうやら倒したようじゃの……」

「敵・存在を・感知できません・ドクター・カオス」

 カオスとマリアが近付いてくる。

「まあ、さんざん能力をひけらかしてくれたからね〜。あら、横島君。大丈夫よ、もう倒したわ」

 カオスの後ろからもう一体の魔族を倒した横島が歩いてくるのが見えたため、美神は笑みを浮かべて話しかける。

「美神さん、ドクターカオス、マリア。どうやら植物型魔族は無事倒したみたいですね。それにしても
 美神さんはかなり強くなりましたね」

「ありがと。これも横島君から念法を教わったおかげよ」

 今回の戦いでも、疲れは感じたが霊力が尽きかける事はなかった。
 これも第1チャクラを完全に制御できるようになったためだ。

「ドクターカオスもご苦労様でした。マリアもな」

「いえ・大丈夫です・横島・さん」

「なかなかに弱点の多いヤツじゃったからのー。六道女学園の方の警戒は解いたのか?」

「小竜姫様とヒャクメに連絡を取りました。すでに西条さん達はこちらに向かっているでしょう。
 これで被害者に埋め込まれた『肉の芽』も力を失っているはずです。外科的に問題なく除去できる
 でしょう」
 
 そう言うと横島は踵を返して出ていこうとする。

「あっ! ちょっと待ってよ横島君! どこに行くの?」

 慌てて止めようとする美神だったが、横島は足を停めチラリと顔を向けただけで口を開く。

「俺がこっちに足止めを食らったおかげで、雪之丞と氷雅さんに負担がかかっているでしょう。すぐに
 向かおうと思います。こっちの後始末は美神さん達に任せますよ」

 そう言うと文珠を出して姿を消す横島。

「あーあ、行っちゃったわね。でも……逃がさないわよ横島君」

 残念そうな表情から一転して笑みを浮かべる美神。

「それより、襲われた連中の処置をせんでもいーのか?」

 ドクターカオスの無粋な一言で現実に引き戻された美神は、後始末をすべく意識を切り替える。

「そうね。西条さん達が到着したら始めましょう」






 元始風水盤作戦の序盤は漸く終息を迎えていた。
 2時間後、到着した西条達によって被害者に植え付けられた『肉の芽』は無事除去され、全員が人間に戻る事ができたのだった。

「令子ちゃん、横島君はどうしたんだ?」

 被害者の処置が順調にいっているのを受けて、休憩所で休んでいる美神に近づき尋ねる西条。

「そちらも小竜姫様とヒャクメが姿を消したでしょ? どうやら全員で香港に行ったらしいわよ。
 一体何があるっていうんでしょうね?」

 疲れたように答える美神。

「その事なんだが……香港支部から報告があってね、向こうで著名な風水師が3名程行方不明と
 なっている。全てここ数日のうちにだ。今朝方、雪之丞君と九能市さんが4人目の被害者となった
 であろう風水師を連れて現れ、風水師の保護を要請して姿を消したそうだ」

「風水師……? 香港で風水師は珍しくはないけど、横島君や神族が動くような事じゃないわよね。
 ……行方不明か……」

「死津喪比女の件と同様、かなり重大な事件なんだろうね。こちらで魔族が暴れたせいで横島君の
 初動が遅れたんだろう」

 西条はもう少し情報を持っているようだったが、なぜか言い出す事を躊躇っているようだった。

「西条さん、他にも何か知っているの?」

 美神が視線を一瞬鋭くして尋ねる。

「う…ああ。香港支部の事情聴取で、風水師を襲ったのは30歳ぐらいの美女と数名の配下で、
 その時雇い主が特製の風水盤を作るのに優秀な風水師の生き血が必要だって言っていた
 そうだよ」

「…生き血? なぜそんなものを……?」

 訝しげな表情をする美神。

「僕にも確証はないんだが、特製の風水盤で生け贄の生き血が必要だと言う事から、魔力や呪術を
 使ったモノである事は間違いない。さらに横島君があれ程急いで動くような事と言ったら、僕には
 一つしか思いつかない」

 真剣な西条の表情を見てハッとする美神。

「まさか……魔族の奴ら元始風水盤を使おうって考えてるんじゃ……!」

「僕もそう思ったんだ。だとすると横島君の動きも納得できる。今回の事件も彼を日本に足止めする
 ための陽動だったんだろう」

 コクリと頷く西条は自分の考えを伝える。
 美神も自らが達した結論に表情を変えている。

「西条さん、私も一段落したら香港に行くわ! このまま見過ごすのも癪だしね」

「わかった。僕はすぐに日本を離れるわけにはいかないが必ず後から追いかける。代わりに
 ピート君を連れて行くと良い」

「ありがとう、西条さん」

 舞台はいよいよ香港へと移る。




(後書き)
 漸く元始風水盤編の序章が終わりました。
 序章は完全オリジナルな展開となってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
 この後は原作のように香港での事件となります。


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