フェダーイン・横島

作:NK

第41話




「姫かカオスを見つけたら殺さず捕らえろ! 他の奴らはどうなっても構わん! 少しでも抵抗したら
 容赦なく殺せ!!」

 先頭に立って馬を走らせる、マントを羽織り黒色の甲冑を着た騎士が抜いた剣を片手に大声で命ずる。
 それに続くはフルフェイスの兜を被り、白い甲冑を着た騎士団である。
 その数15騎。
 さらにその後方には、全長が数十mはあろうかという四つ足歩行のカミナリ竜を思わせる魔獣が、地響きを立てながら迫ってきている。
 よく見れば背中に蝙蝠状の翼らしきものを持っているが、あの大きさでは空を飛ぶ事は出来そうもない。
 その尻尾にはガーゴイルにも付いていたマークのようなモノが見える。
 これがプロフェッサー・ヌル製であることを示しているのだ。

「火を放て! 村を全て焼き払おうが目標を燻り出すんだ!」

 先頭の騎士隊長らしき黒衣の騎士が非道な命令を下す。

「ゴガアアァァ!」

 グオオオォォォォォオオ〜

 巨竜は口から火炎を吐き、それに触れるモノを燃やし尽くす。
 たちまちのうちに何件かの家が炎に包まれる。



「火竜だーー! フレドーの家がやられた ―― !!」

 家を飛び出したマリア姫の目にも、村はずれの家を燃やす炎が夜の闇を明々と照らすのが見えた。

「くっ! プロフェッサー・ヌルの人造モンスターか!?」

「人造モンスター!?」

 マリア姫の言った言葉に反応して怪訝な表情を見せる美神。
 だが今のマリア姫に、それに応える余裕はなかった。

「バロン!!」

「アヴッ!!」

「みんな落ち着け! 私と旅の方々で皆を護る! ひとまず村はずれの墓地に集まれ!」

 マリア姫がバロンに話しかけると、バロンは録音した姫の言葉を再生してみせる。

「お行き! バロン!! できるだけ敵をくい止めるのじゃ!」

 自分の言った事が正しく記憶されている事を確認した姫はバロンを放とうとしたが……、横島がそれを制する。

「ちょっと待った! バロン、緊急コールサインを発してカオスを呼び戻すんだ。そうしないと後々
 大変だからな」

 横島の言葉に頷くと、録音した姫の言葉を繰り返し再生させながら走り去るバロン。
 これで村人の避難は大丈夫だろう。
 
「さ、参られよ!」

「ちょっと待ってくれマリア姫。誰にでも向き不向きがあるだろう? 美神さんやヒャクメは霊的なモノ
 はともかく、武装した兵士なんかの相手は専門じゃないんだ。ここは姫と一緒に村人の所に行って
 防御結界を張って貰う方がいい。
 敵の兵士は俺と西条さん、マリアで退けるよ。俺なら魔獣でも問題ないからな」

 この場でお札などの装備が殆ど無い美神では危険だと判断した横島は、最も妥当な布陣を考え披露する。
 美神としても実際に甲冑を着込み剣を持っているプロの騎士相手にチャンバラをする程無謀ではない。

「そーね。私は魔女とかじゃなくてGS。幽霊や物の怪退治が専門よ! 確かに霊能はあるし魔術や
 呪術に通じてるけど、武装した人間相手にどうこうできるほどの力はないわ」

 頷きながら答える美神。
 ヒャクメも最近になって修業しているとはいえ、元々戦士系ではないためこういう場面ではあまり役に立たない。

「私も美神さんと一緒に行けばよいのねー? あっ! 横島さん、奴ら騎士の他に新手の人造
 モンスターを繰り出してきましたよー! 周囲に20体程隠れて接近中ですねー」

「何? どんなヤツだ?」

 ヒャクメは暫くそっぽを向くように視線を上に向けていたが、すぐに横島に向き直る。

「何か人間の身体に犬みたいな頭部を持っていて、手に剣を持っているのねー。背は低いけど敏捷
 そうな連中よ」

「コボルトとかいう妖魔じゃないかしら?」

 美神が首を傾げながらも考えを言う。

「コボルトか…。元はゲルマンの伝承に登場する妖精なんだけどな。いつの間にか犬やジャッカルの
 頭を持つ小柄な妖魔を指すようになったんだ」

 さすがにヨーロッパに留学していた西条が自分の知識を披露する。

「案外、この事が元なのかも知れませんよ。取り敢えず騎士は西条さんとマリアにお願いします。
 俺は妖魔を倒しますから。じゃあ村人の事はよろしく」

「ああ、行こうかマリア君」

「イエス・準備OK・です」


 そう言って別々の方向に素早く駆け出す横島、西条、マリア。
 残されたヒャクメ、美神、マリア姫は村はずれの墓地へと向かうのだった。






 ザザザザザッ………

 村はずれの木々の間を敏捷に動き回る影。
 先程ヒャクメが探知したヌル配下の人造モンスター、コボルトの一団である。
 元々ヌルは巨大なタイプのモンスターばかり作っているわけではない。
 兵器として売ろうとしている以上、その用途に応じて様々なタイプを研究開発していた。
 さらに人間に売り渡す以上、それ程強力な魔獣や妖魔を使うわけにはいかない。
 魔力レベルが人より多少強いぐらいか、パワーはあっても知能が低く簡単に制御できるものしか使えない。
 このコボルトはそれ程魔力レベルが高いわけではなく、数値にしてせいぜい50マイト程度の魔力しか持っていない。
 しかし、人工的に作った人狼とでもいうべき存在で、その身体能力はタフで疲れ知らず、その上俊敏という忍び働きにはもってこいの妖魔だった。
 ヌルの考えとしては暗殺やゲリラ戦用の兵士としての位置づけがされており、今回は姫を捜し出して拉致するといううってつけの機会なのだ。

「グッグッ! コノヘンデイイ。各自散開シテ姫ヲ探セ」

 隊長らしきコボルドが立ち止まって指示を出すと、残りの19体が頷き各方面に散ろうとする。
 この指揮官クラスだけは多少の知能が与えられているのだ。

「ちょっと待った! 悪いけど俺と遊んでくれなきゃ困るな。お前達みたいなのを行かせるわけには
 いかねーのさ」

「ナッ!? 何者ダッ!?」

 声の下方向に一斉に振り返るが、その視線の先には何者をも捉える事は出来ない。

 ズシャッ! ビシッ!!

「グギャアアァア〜!!」

「ゲゲッ!?」

 だが次の瞬間、新たな声が、しかも仲間の悲鳴がコボルト達の耳に捉えられる。
 再び一斉に悲鳴を上げた仲間のいたところを見ると、そこには見慣れない男が一人と背中から見事に袈裟懸けに斬られて血の海に沈む2体の仲間の死骸。
 高出力で殆ど完全に物質化している霊波刀を左右の手から発生させた男が、何ら感情を感じさせない瞳で自分達を見据えている。
 その瞳には、すでに自分達は死すべき定めを与えられた存在にしか映っていないようだった。
 僅かに恐れという感情がコボルト達の身体を駆けめぐる。

 だが当然、横島としては時間を掛けるわけにも、この連中を逃がすわけにもいかない。
 さらに流れるように動いてコボルトの集団に接近すると、両手の霊波刀を煌めかせ一体、また一体と斬り捨てていく。

「アアッ! コイツヲ殺セ!!」

 隊長の声に残された面々は我に返るが、機先を制された事と、相手に一度飲まれてしまったことによる不利は大きかった。
 やや短めの剣を煌めかせて横島に襲いかかるコボルト達だったが、剣の腕前も体術も横島の方が勝っている。
 不用意に斬りかかった者達が次々と血飛沫と共に倒れ去る。
 横島の姿は、紫色の血飛沫をバックに剣舞を行うかのように美しい。
 これも日頃の小竜姫との修行の成果であろう。
 接敵してほんの僅かの時間で、8体の仲間が斬られ絶命していた。
 横島は左右の霊波刀をコントロールして自由自在に長さを変化させており、コボルト達はその変幻自在の剣に間合いを掴む事すら出来ない。

「ダ、ダメダ! コ、コイツニハ…歯ガタタン!」

「ニ、ニゲロッ!」

 半数以上が倒された時点で、コボルト達は使命よりも生存本能が勝ったようだ。
 隊長の制止も聞かずにワラワラと逃げ出そうとする。
 だが……

「ハッ!!」

 ドスッ!

 背中を向けて逃走しようとする妖魔に向けて、瞬時に両手の霊波刀を10m近く伸ばし背中からその身体を貫く。
 ここでこの連中を逃すわけにはいかないのだ。
 何しろ自分の能力を知っている魔族や妖魔を過去に残すわけにはいかない。
 伸ばした霊波刀を引き抜くと、逃げようとする他のコボルトを追いながらさらにそれを細い鞭状にして横薙ぎにする。

 バシュ!!

 さらに2体のコボルトが周囲を紫色に染めながら吹き飛ぶ。
 隊長格を含む残された4体のコボルト達は、逃げようとしたのだが目前で繰り広げられる戦いと呼ぶには一方的な殺戮の宴に酔ってしまったかのように佇んでいた。

「残りはお前達だけだ。覚悟は良いな?」

 凄惨さを増しているはずなのになぜか目を奪われるような横島の姿に、放心したかのようにしていたコボルト達は我に返った。

「ギ、ギャ〜!!」

 恐怖のあまり、訳のわからない悲鳴を上げながら剣を振り上げて斬りかかってくる。
 横島は相手の剣を躱しながら容赦なく先頭を斬り捨て、続くコボルトの頭上を跳躍して飛び越しざまに其奴の首筋を斬り裂く。
 さらに着地したところを斬りかかってくる隊長格の剣を弾いて、もう片方の霊波刀で下からその顔をザックリと両断した。
 端で見ていると流れるような一連の動作で3体の妖魔を斬り伏せたのだ。
 横島の剣の腕は確実に向上しているのだろう。


 最後の1体は為す術なく立ち竦んでいる。
 あまりに圧倒的な実力差を見せつけられたためだ。

「お前には聞きたい事があるから、もう少し生かしておいてやろう。『眠』れ!」

 横島はそう言いながらポケットに忍ばせた文珠を発動させる。
 その力にあがなう事など出来ず、すぐに倒れて意識を失うコボルト。

「さて、これで隠密理に接近した妖魔は完全に排除したか……。こいつは文珠で吸引して閉じこめる
 としよう」

 そう言いながらさらに単文珠を創り出し、『吸』の文字を込めてコボルトの方に向ける。
 するとコボルトの身体が吸い込まれるように文珠の中へと消えていった。

「さて、そろそろカオスが登場した頃だな。俺も向かうとしよう」

『横島さん、お見事でした。剣の腕も上がりましたね』

『本当ね、強くなったのねヨコシマ』

 一仕事終えた横島に労いと賞賛を述べる小竜姫とルシオラの意識。
 時間を逆行して以来、全然声を出して話す機会がなかったので口調も嬉しそうだ。
 こちらに来てからはあまり表に出てきていなかったが、今は横島しかいないので何の心配もない。

「ははは、一応修行しているからな」

 こちらも朗らかに答えると、横島は心眼で捉えたヒャクメの気配を追って走り出す。
 まだ敵の主力は残っているのだから……。






 ズバッ!

「グワッ!」

 バロンの一撃で頭部から長い頸部を唐竹割にされた火竜が崩れ落ちる。

「ヒャクメ様の話では、あの白い甲冑の騎士達は人間じゃない! マリア君、構わないから吹き飛ば
 したまえ!!」

「了解・西条・さん」

 ズガガガガッ!

 西条の指示で遠慮無く前腕部に装備されたマシンガンが火を噴き、こちらに向かおうとした騎士が穴だらけとなって吹き飛ぶ。
 対魔用の銃弾のため、本来なら口径的に厳しいにもかかわらず甲冑を貫通しているのだ。

「グワッ!?」

「ギャッ!!」

 馬を駆って攻撃しようとした2騎がバラバラになって地面に転がり落ちる。
 その隙に側面に回り込もうとした1騎に抜き撃ち様に発砲する西条。
 その銃弾は乗っている馬に当たり、騎士は振り落とされる。
 起きあがり剣を抜く騎士に霊剣ジャスティスを抜いて斬りかかる西条。
 正面の敵はバロンとマリアに任せたのだ。

 キンキンッ!
 ズシャッ!

 数回剣を打ち合わせ、何とか騎士を斬り倒した西条。

「霊剣ジャスティスで鎧ごと斬り裂けるとは……。やはり魔術で作った兵士なのか?」

 中身が入っていない甲冑を見下ろして呟く西条。

「た、隊長! なかなか手強いですぞ!」

「むう……ドクター・カオスの機械犬か…! よくできておる! それに女の方も機械人形のよう
 だし、男の方は霊能者だな。この戦力ではちと厳しいようだな」

 唸りながらもヌル親衛隊「暗黒騎士団」の隊長であるゲソバルスキー男爵は思考を巡らす。

『ヌル様なら別働隊の一つも送り込みそうなモノだが……』

 その考えは当たっているが、すでに別働隊が壊滅した事を知らないゲソバルスキーであった。

「おのれ、こうなったら全騎突撃して奴らを抜くのだ! 突破したら姫を捜せ!」

 ゲソバルスキーの命令に、一斉に馬を走らせようと手綱を握る騎士達。

「うっ…! まずいな。どうやっても半数近くは抜かれてしまうぞ。バロンとマリア君で6騎、僕が1騎と
 いうところか……」

 西条の表情が悔しそうに歪む。
 いかにマリアでも正面から突進してくる騎馬隊を阻止するのは大変だ。
 自分では馬に蹴散らされてしまう。
 頼みの綱はバロンだけなのだ。
 その時、高台からいきなり声が聞こえた。

「何の騒ぎだ? バロンの緊急コールサインをキャッチして飛んで帰ってきてみれば……。私が少し
 留守にしただけで、随分と賑やかにやってるじゃないか! 遊ぶなら私も混ぜて貰おうか!!」

 崖の上には黒いマントに身を包んだ長身の男が立っていた。
 目つきが鋭く若々しいが、間違いなくあのドクター・カオスである。

「ドクター・カオス!」

「あ、あれがドクター・カオス…? 現代では半ば呆けているのだが……ギャップが激しいな」

 自らの創造主を見間違えるはずも無いマリアの一言に、時間の流れの非情さをなぜか感じてしまう西条だった。

「奴がカオスか!! 捕らえろー!」

 目標の片方を見つけたゲソバルスキーが乗馬の向きを変えて命令し、部下達もそれに続くべく動き出す。

「『捕らえろ』!? この私をお前ら雑兵ごときが? 面白い! やれるもんならやってみたまえ!!」

 微かに井桁マークをこめかみに浮かべながら、何やらリモコンらしきものを操作する。

「ただし、私は少々手強いぞ!」

 その言葉と共にカオスのマントがはためき、彼の後方からこの時代にはあり得ないはずの飛行機型メカ・カオスフライヤー1号が姿を現す。

 キイイィィィン

 12.7mm機銃2基を搭載する戦闘メカであるカオスフライヤー1号は、カオスの魔法科学の粋を集めた発明品だ。
 動力源は魔法の箒である。

「た、隊長……あれは何でしょう?」

「空を飛んでいるぞ!?」

 手に持つ剣や槍では太刀打ちできないと悟り狼狽する部下同様、ゲソバルスキーもどう対処してよいか分からずに焦っていた。

 ガキン! ドッ…ズドドドドド!!

 主翼の付け根に設置された機銃が火を噴き、対魔用の銀の機銃弾が雨霰と降り注ぐ。
 制空権を奪われ、空からの攻撃に対し陸上兵力は無力だ。
 次々と機銃弾を受けて吹き飛ぶ部下達。
 一瞬で暗黒騎士団は壊滅した。

「い……一時退避だ! ヌル様に知らせろ!!」

 自分の常識を越えた攻撃に慌てて逃走に移るゲソバルスキー。
 僅かに残った数騎がそれに続こうとするが、後ろから銃撃を受けて撃ち倒される。

「す、凄いな……」

「西条・さん。伏せた・方が・いいです」

 マリアはそう言いながら西条を力ずくで地面に引き倒す。

「ど、どうしたんだマリア君? もう敵は逃げていったろう?」

「ドクター・カオス・時々ポカを・します。用心・に・超した事は・ないです」

 自分も西条に覆い被さるようにして身を伏せるマリアの言葉に何となく納得してしまう西条だった。

「わははははっ! 口程にもない奴らめ! よーし、射撃止めー!」

 そう高笑いしながらリモコンのとあるスイッチを押そうとして、隣のスイッチを押してしまうカオス。

 ドムッ!!

 それは自縛装置だったのだろう。
 自縛装置は科学者のロマンではあるが、そんな簡単に押せるところにスイッチをレイアウトする事自体が間違っている。

「おおっ!?」

 背後で起こった爆発で吹き飛ばされ崖下に転落するカオス。
 それでも死なないのはさすがに不老不死に近い肉体を持つだけはある。

「なるほど……マリア君が言いたかったのはこういう事か……」

「はい・西条・さん」

 やれやれと言う雰囲気で立ち上がる2人。

「カオスさまーっ!! 戻ってきてくれると……戻ってきてくれると信じていたぞ……!」

 漸く身体を起こしたカオスにヒシッと抱き付くマリア姫。

「姫……」

 抱き付かれたカオスも満更では無さそうだ。

「やれやれ、敵は追い払ったモノの戦闘機は爆発しちゃったか……」

 横から聞こえてきた声に西条達が振り向くと、そこには横島が立っていた。

「横島君、いつからそこに?」

「いや…さっきから戻っていたんですけど……。あのカオスの戦闘機が機銃を乱射していたんで
 近付けなかったんスよ」

「横島・さん・妖魔は・どうしました?」

 西条に苦笑しながら答える横島に、彼が別行動を取った目的を思い出したマリアが首尾を尋ねる。

「ああ、ヒャクメが教えてくれたとおりコボルトだったよ。全部倒して1体だけ捕獲してきた。カオスに
 見せようと思ってさ」

「では当面の敵は退けたと言う事だな。おっ、令子ちゃん達もやって来たようだ」

 西条の言葉通り、ヒャクメによって敵が撤退した事を知った美神が向こうから小走りで向かってくるのが見えた。

「さて、みんな揃ったところで文字通りカオスと初顔合わせといきますか」

 未だにマリア姫に抱き付かれて嬉しそうなカオスの方を向くと、横島はゆっくりと近寄っていった。






「それにしても驚く事ばかりだ! 私以上の天才が城を乗っ取ってモンスターを造っているだと!?
 で、お前達は未来から時空を超えてきたとな……」

 敵を一旦退けたカオス達は、滝の裏に造られたカオスの秘密研究所へとその身を寄せていた。
 カオスの横にはマリア姫がおり、マリアは部屋の隅で充電中である。
 カオス達と向かい合うように美神、横島、西条、ヒャクメが座っている。
 先程まで横島が捕らえたコボルドの調査・分析をしていたカオスは自分も知らないテクノロジーに興奮気味だった。

「凄い! ラッキー!!」

「「どこがラッキーなのっ!?」」

 好奇心を刺激され浮き浮きとした表情でそう曰うカオスに対して、呆れ顔で突っ込む美神とマリア姫。

「まあ…そっちのヒャクメとか言う御仁は神族らしいから、信じるには十分な根拠だけどな……。
 それにしてもマリア……だったな。私はまだ名前を付けておらんが、今作製中の人造人間試作
 M-666が700年先まで稼働しているとは嬉しいぞ」

 そう言ってまるで娘を見るかのように暖かい眼差しで見つめるカオス。

「この時代、マリアは未だ完成していないから、タイムパラドックスは起きないと言う事か」

「そう言う事だ。しかし横島と言ったか……。なかなか頭の回転が速い上に持っている能力もただ者
 ではないな。一人で妖魔の部隊を壊滅させるなど、普通の人間ではできぬ。
 お主、神族と何か関係があるのか?」

 そういうアンタこそ、俺達の時代と違って鋭すぎるよ。
 そう思いながらも頷く横島。

「俺は自分の時代で1年間、神族の元で修行を積んだ。おかげで霊能力の扱いについては常人を
 遙かに越えるモノを持つようになったし、身体面も大いに鍛えられたのさ」

「どうやら霊気の流れを自由に制御できるようだな。爆発的な霊力を発揮できるのはそのためか……」

 横島を観察して辿り着いた推論を口にするカオス。

「ねえ西条さん……。カオスがやたらに鋭くない?」

「令子ちゃん、カオスは今が最盛期なんだよ。今のカオスはヨーロッパの魔王という呼び名が
 相応しい人間なんだ」

「そうか……。そうよねぇ……」

 自分達が知るカオスとのギャップに悩んでいる美神と西条を置いて話は進む。

「正解だ。一目で見抜くとはさすがはドクター・カオス」

「見抜けたといってもそれだけだ。お主の真似はそうそう出来ないだろうからな。しかし、人造
 モンスターか……」

 カオスの人造モンスターという言葉に反応したマリア姫が会話に参加する。

「ヌルは父上を操り、領地を乗っ取るつもりだ!! 領民はモンスター造りの資金を搾り取られ、
 私の身も危うい……」

「私がこんな所に来ちゃったのはアンタにも責任があるのよ!! 現代に戻るために何とか力を
 貸して欲しいのよ」

「待て、ミカミ! 私の話が先じゃ!!」

「私の方が重要なのよっ!!」

 マリア姫に続き美神も参戦した事により、話はこじれ始めていく……。

「美神さん……私の能力で未来に戻れる事忘れているみたいですねー」

「視野狭窄を起こしているみたいだな」

「令子ちゃん……少しは落ち着いて考えて欲しいよ……」



「お取り込み中済みませんが……私の話を先にしてもらえませんかな?」

 カオスを巡る美神とマリア姫のやり取りを何となく呆れた表情で眺めていた横島達は、聞こえてきた記憶にない声に身構える。
 そこにはゆったりとした服を着た禿頭の男の姿が浮かんでいた。

「プロフェッサー・ヌル!?」

 この中で唯一彼の顔を知っている(筈の)マリア姫が叫ぶ。

「ほう……立体映像装置か……! 部下の妖魔に持たせていたな?」

 そう言って意識を失い簡易結界の中に囚われているコボルトの方を見るカオス。

「やはり貴方は噂通り切れる方のようですね……なっ!? なぜ神族がそこにいるのだっ!?」

 そこまで余裕を感じさせる話し方だったヌルが、ヒャクメの姿を確認して慌てて大声を上げる。

「別に神族はいつの時代だっているのねー。ここの国教がキリスト教だから普段は現れないだけ
 ですよー」

 心外な事を言う、とばかりに答えるヒャクメ。

「それより……貴方は魔族のようね。この時代に現れて人造モンスター製造ですか……。何を
 企んでいるの?」

 珍しくシリアスな表情と口調でヌルを問いつめるヒャクメ。
 その態度は神族の調査官に相応しいモノだった。

「なっ!? ヌルが魔族?」

「魔族ですって!?」

 ヒャクメの言葉に反応した西条と美神が険しい表情で参戦する。

「クッ……! 私の正体を見破ったばかりか、神族まで一緒だとは……。どうやらお前達は殺すしか
 ないようだな」

 そう言い残してヌルの姿は消え、コボルトの持っていた立体映像装置も爆発して哀れな妖魔の命を絶つ。
 ヌルにとっては使えない部下の粛正も兼ねていたようだ。

「さすがヒャクメ! 一目で見破るとは大したモンだ」

 実際はヌルの正体を知っている横島とヒャクメなのだが、この場はこうしておかないと辻褄が合わないので褒めておく。

「私にはお見通しなのねー」

 擬態とわかっていても褒められて何となく嬉しいヒャクメ。
 後からばれるのは確実なのに、エヘヘヘと笑みを浮かべて横島の方を見つめている。

「さて、俺達の取る道は二つ。一つはさっさとヒャクメの能力で元の時代に帰る事、もう一つはこの
 時代の魔族の企みをうち破った後に帰還する事。どっちを取りますか?」

 ヒャクメとの会話を終えた横島は振り向いて美神と西条に尋ねる。
 そこには悩んでいる二人がいた。

「僕達の知っている歴史に無い以上、ヌルは倒されたんだろうが……問題は我々が参戦して構わ
 ないのだろうか?」

「相手は魔族なんでしょ? それを無報酬っていうのはちょっとねぇ……」

 そんな二人に助け船を出す横島。

「ドクター・カオス、そろそろ我々、いや、美神さんと西条さんがこの時代に来た種明かしをしたら
 どうです?」

「さすがだな、気が付いていたのか……。私も未来のM-666を解析して分かったというのに」

「だってそうでもなければ、本来生まれていないマリアがこの時代に来る道標になるわけがないで
 しょう」

 この場でカオスと横島の会話が理解できているのはヒャクメだけ。
 美神と西条は無論、マリア姫も不思議そうな表情をしている。

「ちょっと! それってどういう事よ!?」

 置いてきぼりにされた美神が苛ついたように口を挟む。

「どうやらまだ自分の能力がよく分かっていないようだな。いいか、時間や空間を超えるにはただ
 ジャンプする能力があればできるというモンではない。時空を見通し、座標を直感的に把握する
 能力も必要だ。それがお前さんには備わっておらん」

「それってどういう事よ?」

 美神がわけわからん、という表情で尋ねる。

「母親は雷を利用して時空を超えるそうだが、彼女はそんな危険な事を何度も練習したわけでは
 なかろう。おそらく最初からある程度本能的にやれたのだ。
 もし仮に、今お前さんに電流を流したとして、どうやったら帰れるかちゃんとイメージできるか?」

「イ…イメージ?」

 ますます持ってわからないという表情の美神。

「それみろ、ピンと来ないだろう! 要するに脳の中に地図やコンパスが備わっておらんのだ。
 だいたいお前さん、なぜここに来たと思う?」

「…それは…だから偶然……」

「甘い!!」

 ピシャリと美神の言葉を遮るカオス。

「この広い宇宙の広大な時間の中で、当てずっぽうに知り合いに会えるはずなかろう! お前達は
 ここに来るべくして来たんだ!」

 自信を持って言い切るカオスになぜか畏怖のようなモノを抱く美神。
 だがその感情も次の横島の言葉であっさりと破棄される。

「ドクター・カオス……。もっとわかりやすく言ったらどうだ? この事件を経験した…今から見れば
 未来のカオスが、作成したマリアにこの時間座標をプロテクト付きデータとして組み込み、時空震
 を感知したら起動してここに導くようにプログラムしていたって」

「むっ!? 身も蓋もない言い方をするな!」

 呆気なくネタばらしをした横島を睨むカオスだったが、横から立ち上る怒りのオーラに気が付く。

「お…お前のせいだったのか〜〜!!」

 そこには修羅と化した美神がいた。

「ち…違うぞ! は、話は最後まで聞け〜〜!!」

 肉を叩く鈍い音が聞こえる中、横島は西条に説明を続ける。

「というわけで西条さん、我々がこの騒動に巻き込まれ、尚かつ関与するのは歴史上確定事項
 なんですよ」

「あ…ああ、よくわかったよ……」

 頷き納得しながらも、西条の視線は横島を通り越して修羅場へと向けられる。
 横島もそれに釣られて視線を動かし、美神にどつかれるカオスをなぜか懐かしいモノでも見るように見つめていた。

『この役目が俺じゃなくてよかった……』

 偽らざる横島の気持ちだった。

「ま、待てミカミ! カオス様に何をするのじゃ!!」

 止めに入ったマリア姫が事態をますますややこしくするんだろうな、と思いながら横島はやれやれと肩をすくめるのだった。



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