フェダーイン・横島

作:NK

第44話




「どこに向かっているの、横島君?」

 すでに自力で走っている美神が尋ねる。

「そろそろカオス達も動力源に辿り着いた頃だと思うんですよ。だから合流しようかな、と」

「そうか、ヌルも動力室では派手な攻撃を控えるだろうからね」

 横島の考えに賛同する西条。
 あのまま戦い続けても、横島が本気を出さない限りヌルを倒す事は難しい。

「そう言う事! ヒャクメ、案内を頼むぞ!」

「まかせてなのねー」

 そんな会話をしながら4人と1体は城の地下へと向かう。



 ゴオン ゴオン ゴオン

 覗き窓から光が溢れ、禍々しいエネルギーを発生し続けている地獄炉。

「まだ停められんのか、カオス様!?」

 丹念に地獄炉の制御装置と思われるパネルを確認していくカオスに、待ちきれなくなったマリア姫が尋ねる。

「そう急かさんでくれ、姫! 迂闊な事をすれば地獄炉は暴走する!
 そうしたら城は一瞬で蒸発し、この地域一帯は地獄に汚染されてしまうんですぞ!!
 停止させるにはそれなりの手順というモノが必要なのだ…!」

「しかし、急がないとバロンやミカミ達が……!」

 カオスが説明しても、焦っているのかマリア姫は聞き分けが悪い。
 なおも詰め寄ってくる。

「だから今……」

 カチッ!

「だ―――!?」

「きゃー!?」

 そう言いながら振り返ろうとしたカオスの手が、何かのスイッチを入れてしまう。
 パッと明るくなったため、カオスと姫は何事かと一歩下がって目を瞑る。
 マリア姫は恐怖のあまりカオスに抱き付き、カオスも咄嗟に腕でマリア姫を庇おうとする。

 しばし静寂が過ぎ、漸くそれが手元のスタンドのスイッチだと理解したカオスは胸をなで下ろす。

「な……なんだ。明かりのスイッチか……」

「す…すまぬ、もう邪魔はしない…!」

 まあ、なんでもそうだが、複雑な機械を止めるには相応の手順が必要である。
 壊すのはどうやってもいいのだけれど………。






「正面にドアがあるわ!」

「この先が人造モンスター製造工場なのねー」

「バロン! ドアを吹き飛ばせ!!」

「ア゛ウ゛ッ」

 横島の命を受け、一声吼えたバロンは頭部先端(鼻先)からビームを発射し、ドアを文字通り吹き飛ばす。
 足を踏み入れた一同は、そこに居並ぶ巨大モンスターやシリンダー状の調整槽に入った妖魔を見て一瞬呆気にとられる。

「これが……ヌルの人造モンスター製造工場……」

「恐ろしい……これ程までのものとは」

「これは凄いですねー。人造モンスターなんてある意味画期的な技術ですよー」

「こいつが本格稼働する前でよかった……」

 平行未来でのこの頃の横島なら、この光景を見てもここまでわからなかったろう。
 だが今なら分かる。
 こいつはヤバ過ぎる
 自分達がこの時代に移動した事は、ある意味必然だったんだろう。

「さあ、動力室に行きましょう!」

 内心を声に出さないようにして、横島は未だ放心したように工場の中を見回している美神達に告げる。

「ヒャクメ、動力源は?」

「あそこよ。あのドアの中なのねー」

 ヒャクメが指差した先には、危険マークで縁取られたドアがあった。

「よし、行こう!」

 西条の一言で階段を駆け下り、動力室を目指す一行。
 両脇を巨神の如くそびえ立つ人造モンスター達には眼もくれず動力室を目指す。

 ドゴッ!!

 後20m程で辿り着くというところで、天井を破壊して何かが落下してきた。

「むっ! もう来たのか?」

 横島がチラリと上を見て呟く。

 ズシャ!!

 8本の足で器用に着地したヌルは、鰓をキュパキュパと動かしながらギロリと横島達を睨み付ける。

「逃げても無駄だと言ったでしょう!!」

 そう叫びながら足を1本振り上げて横島達の方に向ける。

 ゴオォオッ

 その先端から発せられる火炎放射。

「うわっ!?」

「焔!?」

 ヌルの思いもかけない攻撃を受けて、思わず両腕を上げて頭部を護ろうとする美神と西条。
 しかし焔も熱もいつまでたっても来はしなかった。

「タコのくせに足から焔を出すとはな……。
 だがお前自身の魔力が高くても、召喚した焔がこの程度なら防ぐのは簡単だ」

 無表情となった横島が前方に強力なサイキック・シールドを展開して焔を防いでいたのだ。
 それはまるで極薄の壁のように、空中に浮かんでいた。

「我が8本の足には八つの力が宿っている! 今のは火炎の足!
 だがそれを人間の身で防ぐとは、やはり信じられませんね」

 既に2,000マイトまでエネルギー出力が上昇しているヌルは驚きを隠せなかった。
 今の自分の焔は確かに魔力を火に変換した物だから、エネルギー効率は落ちる。
 だが、それでも魔力自体は1,000マイトの霊圧を持っている。

「ふん…さっき杖の魔法を俺は吹き飛ばせたんだ。同じ程度の魔力なら防ぐ事も可能だろう?」

 そう答える横島だが、実際は既に頭頂部の第7チャクラを廻して霊力を1,050マイトまで上げていた。
 さらに彼は飛竜を出していないが、自らの拳を使っても念法によって霊力を練り上げる事が出来る。
 無論、武具を通しての方が慣れているし、練り上げるために費やされる時間も遙かに短いから、普段実戦ではあまり使う事はないのだが……。
 ヌルの攻撃を防いだのも、サイキック・シールドをその両手を使って約1,500マイトの霊力まで練り上げたからである。

「では次はどうです? 雷の足!」

 バリバリバリッ!!

 次に振り上げた足の先端から青白い稲妻が迸り、横島達全員を狙って宙を走るものの、やはりサイキック・シールドによって防がれる。

「無駄だ。魔力レベルが同じなら焔だろうが稲妻だろうが、単に形を変えただけ。
 それではこのシールドは破れはしない」

 無表情のままそう呟き、微動だにしない横島に微かに恐れを抱くヌル。

「横島さん、凄いのねー」

「これが彼の念法か……」

「くっ、美味しいところを持っていくわね、横島君!」

 既に横島の後ろに退避して言いたい事を言っている残り組。

「おのれ、ボロ屑になりなさいっ!」

 自分の攻撃をことごとく防がれたヌルは、器用に胴体に井桁マークを浮かべながら3本目の足を振り上げて横に薙ぐ。
 すると無数の氷柱というか尖った氷の散弾が横島達に襲いかかる。

 ギンッ! ギキンッ! カンカン!

「無駄だと……むっ!? さらにエネルギーを上げる気か?」

 氷の散弾を完全に防いでいる横島も、ハイパー・モードになっていない今の霊力では防戦に手一杯で、攻撃をかける余裕はない。
 そしてこの攻撃が時間稼ぎであり、ヌルはその間にさらなるエネルギーを地獄炉から得ようとしているのを看破する横島。

「ほほほほほ…。これで私の魔力レベルは3,200マイトまで上がりました。
 この私の攻撃を受けきれますか!?」

 高笑いと共に、再び焔の足で攻撃を仕掛けるヌル。

「みんな! ヌルは俺がくい止める。今のうちに動力室に行け!」

 段々自分以外を護る事が厳しくなっているので、美神達に危険なこの場からいなくなるようにと言う横島。

「わ、わかったわ!」

「頼むぞ横島君!」

「信じているのねー!」

 そう言いながらもダッシュで逃げ始めた3人を横目で確認すると、横島はサイキック・シールドの面積を半分程度にし、自分の身体をカバーできるだけの大きさに変化させる。

「ほう、おかしなことを。しかしそんな小細工では出力の差を覆せはしません!」

 その言葉と共に先程までより遙かに強力な焔が押し寄せる。

「くっ…! 正直言って少々しんどいな……。霊圧にすると約1,600マイトか。
 シールドを集束させて密度を上げていなければ持たないな」

 小声で呟く横島の表情が初めて少し歪められる。
 いかに彼でも、自分の霊力を3倍以上も上回る敵の攻撃を防ぐ事は易しい事ではない。
 後ろに美神達を庇っている状態では歯が立たないのだ。

「素晴らしい! これだけの霊力差を跳ね返すことが出来るとはね!
 貴方は特別に念入りに解剖してあげます」

 そう言いながら雷を持って攻撃を仕掛けるヌル。

 バリバリッ! バシッ!!

 ヌルの雷を防ぐシールドが局所的に歪みを生じ始める。
 明らかに過負荷となっているのだ。

「シールド出力が70%に落ちたか…。もう一度食らったら持たないかもしれんな。
 …どうする? 攻撃に転じるか、このまま守るか……?」

 サイキック・シールドに断続的に霊力を注ぎ込みながら、今後の展開を考えている横島であるが、正直言ってこのままのレベルでは出来る事は限られる。
 ヌルの今のエネルギーレベルなら、相手が再生することはわかっているが、自分の奥義を放って一次的に活動を停止させる事は不可能ではない。
 だが奴はさらに出力を上げる事ができるのだ。

「そろそろお終いにしましょう。これでも防げますか?」

 ヌルもいい加減焦れてきたのだろう。
 焔を雷の両方の足を上げて攻撃を加えようとする。
 どうやらさらにエネルギーを上げて、魔法の同時展開を行うまでにしたらしい。

「凄いモンだ…。人間界で4,800マイトまで魔力を上げるなんざ、そうそう出来る事じゃねーからな」

 横島は素直に感心してみせる。
 ヌルは自分の魔力の60%の力を手に入れている。
 そんな真似はなかなか出来はしない。

「ほほほほ。それを一目で見破るとはね。だが今までとは違いますよ。これでお終いです!」

 ヌルが術を発動しようとする瞬間、横島はサイキック・シールドを消して自分の足の裏に霊力を溜める。
 そしてそれに指向性を持たせて一気に開放する事で、超加速には及ばない物の残像が残るほどのスピードを得る事が出来るのだ。
 さらに幻術を併用して、瞬時に斜め横前方へと走り出す。

 バリバリバリッ! グオォオッ!

 ヌルの放った雷と焔は、各々1,600マイトものエネルギーを持って横島を打ち倒そうとする。
 ヌルの考えでは、焔を防ぐためにシールド全体にエネルギーを集中させたところを、雷による同時攻撃で一点突破を図るつもりだった。
 シールドが消滅した時、勝ったと思った。
 しかし、強力な霊力を横に感じて振り返る。
 反射速度や気配の読み等、ヌルが戦士系でないことも横島には幸運だった。

「な、なぜお前が…!?」

「油断したな! 食らえ、妙神双斬拳!!」

 三角飛びの要領で一度横に飛んだ横島は、即座に大地を蹴ってヌルに肉迫し、両手にそれぞれ出力900マイトの霊波刀を出現させる。
 それは全長40cm程だったが、凝集され密度が尋常ではなかった。
 それが彼の手首から先を覆うように展開されている。

 ザシュ! ビシッ! 

 風が通りすぎたかのようにヌルには感じられた。
 その類い希な性能を誇る眼が、突っ込んできた反対側に佇む横島を捉える。
 何が起きたのかは理解できていないが、後ろを向いている今がチャンスだろう。
 そう思って足を振り上げようとする。

 だがそれは中程から綺麗に断たれていた。
 先程まで頻繁に使っていた焔と雷、そして氷の散弾を放つ3本の足は、痛みすら感じさせない鋭利さで切断されていたのだ。

「うぬっ!? 何と言う事だ! しかしこの程度はすぐに再生……!?」

「すぐには再生できまい? 俺の双斬拳は霊力の刃で斬り裂くだけではない。
 その斬り口に強力な霊波を注ぎ込み一次的にお前の魔力の流れを混乱させているからな」

 先程美神達に見せたように、即座に足を再生させようとしたヌルはそれが出来ない事に驚愕する。
 そこにかけられた横島の言葉。
 彼はすれ違い様に、横島を攻撃しようと振り上げている2本の足を切断し、さらにもう1本は両手で斬り落とした。
 振り上げた2本は強力な魔力を放った直後のためほとんど防御力がなかったが、氷の散弾を放つ足はそうではなかったため、4本の足を断つ事が出来ずに少し悔しそうな横島だった。

「お、おのれっ! 人間風情が……!」

 その体色を怒りで目まぐるしく変えているヌルを注意深く見据えながら、横島は内心で焦っていた。

『まだか? まだカオスは地獄炉を停められないのか?
 今の霊力レベルではこれ以上打つ手はねーんだけどな……。もう一個の切り札も使っちまうか』

 文珠を使うか、ハイパー・モードになりさえすれば、ヌルなど全力を出せたとしても殲滅できる。
 だがこんな昔で自分の能力を見せつけ、魔族側(アシュタロス)に警戒と準備する時間を与えるわけにはいかない。
 それ故、苦しい戦いをしているのだ。

 ヒュン!

 そうは思いながらも、横島は懐から何かを取り出しヌルに投げつける。

「今度は何を……何っ!?」

 ドゴッ!!

「ぐわあぁぁぁあっ!?」

「見たか! 特性霊力爆弾の威力!!」

 即座に地面に伏せていた横島が、さっと立ち上がって捨てぜりふを吐き動力室へと走り出す。
 横島が投げた物、それは最初の対メドーサ戦で微塵隠れの術に用いた霊力爆弾だった。
 横島の単文珠を爆薬に、ルシオラの知識を基に作った魔力に感応する特殊信管を取り付け、時限爆弾から手榴弾まで使えるお手軽な武器。
 威力は爆薬になる文珠に込めた霊力に比例するが、今回使ったモノはメドーサに用いた物より小さい分、威力も弱かった。
 それでも2,000マイト程の霊力を込めた威力は伊達ではなく、ヌルは相応のダメージを受けている。



 バンッ!

「カオス! まだ動力源を停められないのか!? これ以上の時間稼ぎは無理だぞ!」

 動力室のドアが勢いよく開かれ、中に飛び込んできた横島は大声で尋ねる。

「おお小僧! ようやく操作方法がわかったぞ。今から停止させる」

「それじゃあ間に合わん! 時間がないから逆操作でも構わないない! 頼む!」

 横島の真剣な表情から、事態はこれ以上余裕がない事を悟ったカオスは全員の顔を見回す。

「どうやら事態は切羽詰まっとるようだな。……よかろう!! 所詮人間一度は死ぬ!
 不老不死などと大口を叩いておる私といえども、いずれ少しずつこの身は朽ち果ててゆく運命!!
 ならば惚れた相手と共に死ぬのもまた一興!!」

 そう言ってカオスは爽やかな眼差しをマリア姫に送る。
 それを受けた姫は嬉しそうに、しかし決意した眼差しでカオスを見詰め返した。

「お供します! どうかご随意に!」

 マリア姫の返事と表情に頷くと、少し後ろで立っている未だ生まれていない自分の作品を見る。

「すまんな。もしかするとお前の電源を入れる事ができんかもしれん」

「ドクター・カオス、信頼・しています」

 こちらは表情も変えていないが、マリア姫と同じ顔をした自分の娘となる存在にそう言われて嬉しくないはずがない
 次に反対側にいる3人に眼を向けるカオス。

「ミカミ達もいいな!?」

「仕方がないだろう。横島君でもこれ以上くい止められないと言うんだから……」

「まあ、何とかなるわよ! 私は人類が死滅したって世界中の富を独占してみせる覚悟があるから」

「横島さん、きっと大丈夫ですよねー?」

 肩をすくめて返事をする西条と美神。
 ヒャクメだけが横島に上目遣いで尋ねている。

『むっ!? ヒャクメってこういう表情は以外に可愛いな……。
 はっ! い、いかん! 俺はルシオラと小竜姫様一筋なんだ!!』

 一瞬、ヒャクメの表情を見てそう思ったものの、自分の大事な二人の存在を思い出し気を引き締める横島。
 二人相手に一筋というのも何となく変なのだが、まあその事は置いておこう。

「さあな、こればっかりは賭けに近いからな。だが俺には大事なヒトがいる。必ず戻らなけりゃな」

 真剣な表情の横島に一瞬頬を赤らめるが、続けて言われた大事なヒトを知っているヒャクメは横島の想いの強さを改めて実感する。

 ドッ!!

「ギャウン!!」

 なかなか感動的な場面だったのだが、ドアを吹き飛ばした爆風がバロンにダメージを与えたようだ。

「ちっ! ヌルめ、もう回復したのか?」

 横島が再び霊波刀を構えて向き直る。
 西条も敵わないまでもジャスティスを構え横に並ぶ。

「カオス!!」

「大丈夫!! 任せろ!!」

 美神の言葉にそう言って答えたカオスは、先程調べて見つけておいたリバーススイッチに指を伸ばす。

「貴様ら、私の地獄炉で何をしている!? そ、それは!? させるか――っ!」

 横島の妙神双斬拳と霊力爆弾のダメージから漸く回復したヌルだったが、さすがに地獄炉の前で焔や雷を使う事は出来ないので氷の散弾を放とうと足を上げるヌル。

 バチンッ!

 だが一瞬遅く、その前にカオスはリバーススイッチを押す。

 ズムッ!! ゴシャ!!

 地獄炉はまるで中側に吸い込まれるように外壁にヒビが入り、エネルギーの逆流を始める。

「地獄炉を逆操作したのか…!? な…なんて事を…!!」

 その無謀な行動に青ざめるヌル。

「吸い込まれる――!!」

「炉に落ちたら最後だぞ!! 堪えろ!!」

 周囲の空気を巻き込んでエネルギーの逆流を起こした地獄炉によって、美神達も炉の方に身体が引き寄せられていく。
 それはヌルも勿論同様だった。

「クッ……! いかん! 力が…力が抜けていく……!」

 8本の足の吸盤を使って現在の座標に留まろうとするが、魔力により大きく作用する逆流現象がその身体を地獄へと誘う。
 全力を上げて踏ん張っているヌルの視界に、黒い何かが入ってきた。

「…!!」

 それは今回の原因の一つ、ドクター・カオス。

「最後に一つ答えろ、ヌル! 貴様の計画では世界中に魔物を輸出する筈だったが……なぜだ!?
 有史以来、神・人・魔の戦いは常に小さな小競り合いだった。神族と魔族が全面戦争となれば、
 どちらも滅ぶしかないからな! だが貴様の計画はその引き金になりかねん!!」

 その鋭い眼光に、僅かに恐怖を覚えるヌル。
 だが魔族の誇りがそれをうち払う。

「知った事か!!」

「これはお前の考えか!? 魔族の中で何か動きがあるのではないか?」

 言葉で否定しながらも焦った感じのヌルを見て、カオスの明敏な頭脳は自分の推測が当たっている事を悟る。
 そのカオスの表情を見たヌルは、焦りと怒りから只でさえ不安定で踏ん張らなければいけないにも関わらず、思わず攻撃のために足を繰り出す。
 だが殆どの魔力エネルギーが抜け出てしまった今、攻撃は物理的なものでしかない。

「ならお別れだ!」

 余裕を持ってマントの中から単発式の拳銃を取り出す。

 込められている弾丸はカオス特性の対魔弾である。
 さっきまでのヌルには通用しないが、この状態なら十分すぎるほどの威力を持っていた。

 ドンッ!!

 放たれた弾丸はヌルの胴体(タコの頭と言われる部分)を破壊・貫通する。

「グワアアアッ!!」

 その一撃が止めとなり、ヌルの身体から力が抜けそのまま地獄へと吸い込まれていった。
 カオスも一緒に吸い込まれそうになるが、マリアがロケットアームを放ってカオスのサルベージする。
 その手に掴まって窮地を脱すると、逆流によって崩れてきた瓦礫が地獄への穴を埋め、やがて異界への通路は消滅した。

「カオス様っ! ご無事か!?」

 地獄炉の残骸を見詰めるカオスに走り寄るマリア姫。

「大丈夫、私は不死身ですよ」

 そう言って姫を抱き留める。

「なんか……最後に美味しいところを持っていかれたよーな……」

「カオスが格好良いわ! そんな事が…………」

「これがヨーロッパの魔王と言われた所以か……。確かにその称号が相応しいな……若い頃なら」

「みんな何か酷いのねー。でもこれでやっと現代に帰れますねー」

 文字通り中世のロマンスを眺めながら勝手な事を言い放つ3人だったが、ヒャクメの一言に当初の目的を思い出す。

「そうよっ! 私は自分の時代に帰らなきゃいけないのよっ!!
 でも今回もまたただ働きだなんて許せないわ!!」

 危機が去ったため、持ち前のお金を求める本能が動き始めた美神。

「ははは……。こりゃあさっさと帰らんといかんですねぇ……」

「そうだね横島君……。令子ちゃんはこうなると後が大変だからねぇ……」

 背後に炎を背負う美神を眺め、溜息を吐く横島と西条。

「この事件で私達の事を知ったドクター・カオスが、マリアのメモリーチップにこの時代の空間座標を
 インプットしたんですねー」

 ヒャクメの言葉に頷く横島。

「ああ、本人は老化と共に忘れかけていたが、マリアだけはその命令を果たすべくタイムポーテー
 ションの際にこの時代・時間をイメージしたのさ」

 そう言ってカオスに近づく横島。

「何はともあれ、無事解決して良かった。じゃあ俺達は戻ります」

「ああ、今回は礼を言うぞ。お前達がいなければヌルを倒す事はできなかったろうからな」

「まあ、おかげで美神さん達がこの時代に強制的に連れてこられる羽目になったけど、今回の事は
 座視できなかったからな。じゃあ、マリアをちゃんと作ってくれよ」

「任せたまえ。私の全能力を賭けてM-666…いやマリアは必ず完成させるよ」

「マリアは俺達の大事な仲間だからな。じゃあ、マリア姫もお元気で」

「横島殿……今回は尽力かたじけない。ミカミ達も……。貴方達も自分の世界でお元気に」

 横島に話を振られ、マリア姫もはにかむように感謝の言葉を述べる。

「ははは……私はあまり活躍できなかったけど、アンタも元気でね」

「魔族もいなくなった事だし、これからは領地を平和に治めてください」

 美神と西条が答えた時、ヒャクメが準備が整った事を知らせる。

「みなさん、時間移動の準備が出来たのねー。私の周りに集まってください」

 その言葉に、未来組全員がヒャクメを取り囲む。

「あっ! マ、マリア……ちょっと待ってくれぬか」

「はい・何でしょう・マリア・姫?」

 その時マリア姫がマリアを呼び止めて、何事かを囁いた。

「わかり・ました。確かに」

 マリアは聞き終えると力強く頷きヒャクメの元へと進む。

「じゃあカオスさん、また向こうで会いましょうなのねー」

「ああ、また……」

 ヒャクメの明るい声にカオスが答えて手を振ると、彼等の姿が消えていった。

「700年後か……。一体どんな世界になっているのやら………」

 空を見上げて呟くカオスにマリア姫が寄り添う。
 取り敢えず、今をしっかり生きていかんとな……、と考えてマリア姫の肩を抱き引き寄せる。
 それに抵抗せずに、顔を赤らめつつも嬉しそうに従う姫。

『まあ、マリア姫が生きている間はこの地に留まろう。後の事はそれから考えればいいだろうさ』

 それは長年生きてきたカオスが手に入れた、久しぶりの穏やかで優しい時間となるのだった。






「それからどうしたんですの?」

「うむ、領地には平和が戻り、私はヌルの施設をぶんどって50年ほど居座ったのじゃ!
 姫の援助のおかげで思う存分研究する事ができた。何度かプロポーズもしたんじゃが、不老不死
 の私の足手纏いになるからと断られてな。いい女じゃった……」

 漸く思い出を語り終えたカオスは、ふっと遠い目をした。
 それはすでに失い、思い出の中にだけ生きているマリア姫を思ってのことなのだろう。
 小竜姫はそう思い目を瞑る。

『愛しあう二人の寿命が極端に違うというのは哀しい事ですね……。
 私は横島さんと巡り会う事が出来たけど、貴方が私達神族と同じような存在でなければ、
 カオスさんと同じ哀しみを感じて、思い出の中でしか貴方に会えなくなる筈だった。
 私は何に感謝すればいいんでしょうか?』

 自分の幸運を思うと同時に、カオスの境遇が自分にも起こり得た事だと考えた小竜姫は眼を閉じたままだったが、横に近付いてきた気配に眼を開ける。

「あの……横島様達は無事なのでしょうか?」

 そこには心配そうな九能市が立っており、小竜姫をジッと見ていた。

「大丈夫です。ヒャクメだって一緒なのですから、横島さんはきっと帰ってきますよ。
 ………ほら、そう言っているうちに……」

 小竜姫がそこまで言いかけた時、突然空間に光が現れ美神、西条、横島、ヒャクメ、マリアが姿を現した。

「横島さん、お疲れさまでした。戻って休みましょう。ヒャクメもご苦労様でしたね」

 即座に反応して横島に近付くと、小竜姫はそう言いながらしっかりと横島の手を握りしめる。

「心配かけちゃいましたね、小竜姫様……。プロフェッサー・ヌルを倒して無事戻ってきました」

 そう言って周囲を無視して二人の空間を作ろうとした横島と小竜姫だったが、ヒャクメの言葉でそれは叶わなかった。

「小竜姫〜、私も疲れたのねー。早く妙神山に帰りましょう〜」

 せっかくの良い雰囲気を邪魔されてムッとしかけた小竜姫だったが、今回の功労者であるヒャクメを邪険にも出来ず、さらにギャラリーの少ない妙神山のほうが良いと考え一旦横島から離れた。

「では東京出張所経由で戻るとしましょう。
 あっ、ヒャクメは霊力をブーストしているから自分で転移できますね?」

 軽い意趣返しを忘れない小竜姫であった。

「うぅ〜何か酷い扱いのような気がするけど……わかったのねー」

 そんな横島達とは少し離れた場所で、マリアが戻って来た事を喜ぶカオス。

「ドクター・カオス! マリア姫から・伝言が・あります!」

「な、なんじゃ!?」

 姫と同じ顔をした娘に話しかけられ、なぜかドキリとするカオス。

「『心は・いつも・あなたと・共に』―――それだけです・ドクター・カオス!」

「……そうか。ご苦労だったな、マリア」

 本来人間のような感情を持っていないはずのマリアの顔が、このメッセージを伝える時に確かに柔らかい笑みを浮かべたように、カオスには感じられた。
 それは既に彼にとって遙かな過去の大事な思い出の中だけに存在する、最愛の人だったマリア姫の笑顔と寸分足りと変わらぬもの。
 答えるカオスの表情も、懐かしむような、愛おしむような柔らかい表情となる。

「何か、私達が被害者で本当は一番心配される存在の筈なんだけど……」

 納得いかないと言った表情の美神。

「令子ちゃん、ドクター・カオスにとっては過去に失った大事なヒトの思い出なんだ。仕方がないさ」

 美神よりも人生経験が豊富な西条には、今のカオスの心情が少しだけ分かったのだ。

「でも……今回もただ働きだなんて許せないわ――!!」

 叫んでいる美神を見ながら、これで今回の事件も終わったと安堵した横島は小竜姫と共に東京出張所へと転移していった。




(後書き)
 「ある日どこかで!!」編、漸く終了です。でも今回も美神があまり目立っていませんね。
 スピーディーな戦闘シーンを書こうとすると、どうしても魔族相手の場合美神や西条では一撃で倒すだけの力がないですから難しい……。
 今回は「元始風水盤」編の小竜姫に続いて、ヒャクメが活躍するように意図しました。やはり戦闘に情報は重要ですから。
 次回から「バトル・ウィズ・ウルブス!!」編に突入です。いよいよシロが登場。


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