フェダーイン・横島

作:NK

第45話




 都会といえども必ず人がたむろしているわけではない。
 夜も更けた時間に公園などにいるのは、何を考えているのか年輩者には分からない若者のグループか、アベックと相場が決まっていたのは昔の話。
 今夜はほぼ満月で月光が公園の木々や遊具を朧気に照らしている。
 ビルの狭間にある公園を近道として利用する帰宅途中のサラリーマンは、ふと人の気配を感じて眼を凝らす。
 注意して見ると、前に妙な格好の人影が見えた。

「なんだあの格好は……? 時代劇みたいな格好しやがって。なんかのマニアか?」

 確かに目の前に佇む人影は、時代劇に出てくる浪人者のような格好をしており、ご丁寧に二本差しまで持っている。
 これがおキヌの生きていた時代であれば、即座に辻斬りという発想が浮かぶのであろうが、あいにく現代ではTVの中でしかそんなもの存在しない。

『なんか変な奴に会っちまったな……。戻ろうかな』

 サラリーマンはそんな事を考えて動こうとした。
 その時、前方の浪人者がスラリと腰の物を抜く。
 それは、見紛う事なき太刀であった。
 月の光をキラリと反射する様子から、模造刀とは考えにくい。

「ま、まさか……強盗か!?」

 自分に向けられた殺気を感じて、慌てて走り出そうとしたサラリーマンに背後から鋭い踏み込みで肉迫する。

 ズシャッズシャッ!!

「ぐあっ……」

 何が起きたのか理解しないまま、サラリーマンは全身を斬り裂かれ血飛沫を上げて崩れ落ちた。

「くくくくく……。さすがは妖刀『八房』…! 血を吸えば吸うほどに斬れ味が増しおるわ」

 編み笠を深く被った殺人犯は、不適な笑い声と共に血を吸った刀を月光にかざす。

「新たな『狼王』誕生の日は近い!! ははははははは………!!」

 自分以外に聞く者などいないという状況で妙な高笑いをすると、浪人者は踵を返して現場を立ち去った。
 殺人現場には血の臭いが咽せるように充満していたが、発見される頃には地面に染みこんでいる事だろう。
 翌日のニュースでは、“サラリーマン、深夜に刃物で殺害”という話題が提供される事になるが、まだGS達はこれをオカルト絡みだとは思わなかった。



 同夜………

「小竜姫様、今晩もおキヌちゃんと夢で会って修行を施すんですか?」

 今日の霊波増幅器改良作業を終え、小竜姫の入れたお茶を啜っていた横島が尋ねる。

「はい。彼女は素直ないい娘ですね。
 私が教えたとおりに霊能力開発の基礎トレーニングを行っています。この分では幽体と肉体が
 完全に重なるのも時間の問題でしょう。
 無論、起きた時に私の顔も教わった事も覚えていませんが、着々と力をつけてきていますよ」

 ニッコリと微笑みながら答える小竜姫。

『おキヌちゃんかあ………。暫く会ってはいないけど元気みたいね』

 横島の首に下げられた文珠を通して呟くルシオラの意識。

「ええ、引き取られた先の家族とも仲良く過ごしているようですし、学校生活も順調みたいですよ」

「小竜姫様、ひょっとして個人的な相談にも乗っているんですか?」

 意外に細かい事まで知っているような小竜姫の口調に、ちょっと意外そうに尋ねる横島。

「少しだけですけどね。幽霊時代の記憶は戻っていませんが、何しろ感性も常識も今の時代と
 ギャップが大きいですからね」

『そうよねー。彼女が生きていたのは江戸時代ですのもね。ギャップは大きいわよね』

「そうか……そうだよな」

 横島と知り合う前の小竜姫だって同じようなものだったのだろうが、今では一通りのことを知っているので案外適役なのだろう。
 うんうんと頷いているルシオラの意識に同意する横島。

「やっぱり、こちらのおキヌちゃんもネクロマンシーなんですか?」

「ええ、本人はまだ覚醒していませんが、幽霊時代の記憶を取り戻せば相当強力な力を
 持つでしょう」

『じゃあ、再び美神さん達と出会う日も近いかも………っ!! これは……この波動は!?』

 のんびりとした雰囲気で話していると、突然ルシオラの意識がビクッとするや否や、驚愕の思いを伝えてくる。

「どうしたルシオラ!? …これは!?」

 慌てながらもルシオラを気遣った横島も何かを感じたようだ。

「どうしたのですか、横島さん、ルシオラさん!??」

 そんな二人に怪訝そうに尋ねる小竜姫。

『あれは……微弱だけど一瞬、アシュ様には及ばないけどかなり凄味のある魔力を感じたの』

「なんですって!? それでは……」

 ルシオラが感じた事を説明すると、小竜姫も僅かに顔色を青ざめる。

「ええ、どうやらフェンリル狼の胎動を感じたみたいです……。
 犬飼ポチと妖刀八房が動き出したって事ですね」

 記憶によって事件の真相を知っている横島が、表情を極端に乏しくさせて説明する。

『確か……奴の斬撃は一振りで八度敵を斬りつけるのよね。
 でも今のヨコシマなら飛竜で全部防げる筈じゃなかったかしら?』

「そうですね。横島さんはそれに対応する修行を行っていましたよね」

 この世界に来てからの横島の修行内容を思い出して、何やらホッとするルシオラの意識と小竜姫。

「ええ、でも長時間防ごうとするとかなり厄介です。
 だから今回は霊波刀の二刀流で対処しようと思います。それにもう一つ奥の手があるし……」

 どことなく自信満々に答える横島。

「そういえば……私を相手に光速剣の修行をしていましたね……。あれですか?」

「ええ、今の俺は片手の霊波刀でも8つの斬撃に対応できます。
 それを両手を使ってエリア限定で対処すれば、疲れも少ないですから」

 納得したように呟く小竜姫に頷く横島。

『奥の手って……この前一人で霊波刀を分割して極細にする練習をしていたアレかしら?』

 今度は、少し考えていたルシオラの意識が尋ねる。

「鋭いな、ルシオラ。まあ、まだ今の状態の犬飼なら通用すると思ってね」

 さすがに魂が一つになっている相手に隠し事は出来ない。
 まあ、この事に関しては隠そうとも思っていないから問題ないのだが………。

「ということで明日は東京に行きます………って……小竜姫様?」

 小竜姫の方に振り向いて、キリッとした表情で話しかけた横島の顔がみるみる情けないものに変わる。

「……………………」

 何やらむくれた小竜姫が横島を睨んでいるのだ。

「ど、どうしたんですか……小竜姫様?」

 恐る恐る尋ねる横島。

『あっ、わかった! ヨコシマが小竜姫さんに黙って奥の手の修行をしていたから拗ねてるのね?』

 ちょっと面白そうな口調で思いついた事を口にするルシオラの意識。

「……そ、そうなんですか…小竜姫様?」

 かなり情けない口調で話しかける。

「…………はい。…ルシオラさんの言ったとおりです」

 ぶーたれた口調の小竜姫は、怒った時とは別の怖さがあった。

「で、でも! ちょっと思いついたから練習してみただけで……」

「横島さん、私がいつから貴方と付き合っていると思うんですか? ちゃんとわかってますよ」

 しどろもどろに弁解する横島だが、ツンとした小竜姫の言葉に呆気なく論破される。

「あ…うぅ………済みません、小竜姫様」

「横島さんが強くなろうと修行する事は良い事です。
 でももう少し私を頼ってくれてもいいじゃないですか。
 私は修行ぐらいでしか横島さんの力になれないんですから……」

 そう言った小竜姫の口調は寂しそうだった。
 その言葉を聞いてハッとする横島。

『ヨコシマ……貴方が悪い訳じゃないけど、今回は小竜姫さんに謝った方がいいわよ』

 文珠を通してではなく、頭の中に直接そう言ってくれたルシオラの意識に頷くと、横島は小竜姫に近づきそっと抱き締めた。
 その行為にハッと一瞬身を硬くするが、すぐに力を抜く。

「すみません小竜姫様……。別に小竜姫様を頼ってない訳じゃないんですけど、隠し事をしたって
 言うのは確かなんで、済みませんでした」

 そして耳元でそう謝られては、これ以上拗ねているわけにもいかない。

「あ………いえ、こちらこそ済みません……。私ったらみっともない真似を………。
 でもどうして話してくれなかったのですか?」

 すでにいつもの小竜姫に戻ってはいたが、何となくその点が引っ掛かっていたので尋ねる。

「いや……実はこの技は未完成というか……
 小竜姫様相手にやろうとしても無駄だったもので……」

 言葉を濁す横島を正面からきょとんとした顔で見詰める。

「私相手では無駄なんですか?」

「ええ、この技は霊波刀を5本の極細の霊刃糸に変化させて、相手に気が付かれないように
 巻き付け切断するものです。
 でも普通の状態での俺の霊波刀は、二刀流の場合せいぜい500マイトです。これをさらに5本に
 分けたら、1本1本は100マイトしかないじゃないですか。
 小竜姫様相手に修行しようとしても、巻き付けようとした段階で消し飛ばされちゃいますからね」

 ばつが悪そうに説明する横島の言葉に納得する。

「成る程……。確かにそうですね。
 ハイパー・モードになればそのような技が無くても大丈夫ですが、アシュタロス戦まではあまり
 見せたくないですから…。納得です」

 うんうんと頷く小竜姫にホッとする横島。

『よかったわね、小竜姫さんの誤解が解けて。でもヨコシマ、その技って元始風水盤の時の
 マンティアって魔族の技を見て真似したのよね?』

 今度は小竜姫にも聞こえるように声を出して参加したルシオラの指摘に頷く横島。

「ああ、あの技はちょっとやばかったからな。
 でも意外に奇襲には使えそうだったんで真似してみたんだ」

 その言葉を聞いて、小竜姫は横島の飽くなき強さへの探求に頭が下がる思いだった。
 横島の最大の武器はその柔軟な発想にある。
 例え敵であろうが、魔族であろうが、良いものは良いとして取り入れてしまう。 
 武神であり、横島の伴侶である自分も、もっと本当の意味で強さを突き詰めて修行しなければならない。
 そう考えて思いを新たにする。

「今回も私はあまり一緒には戦えませんが、どうかお怪我などしませんように……」

 だから笑顔で送り出そう……。
 小竜姫はそう思い微笑んだ。






「被害者は既に10人になる。例外なく鋭利な刃物でズタズタに斬られている」

 翌日、横島の予想通り西条からGS協会を通しての援助要請が届けられた。
 東京出張所駐在の美衣から連絡を受けた横島は、相応の装備を東京出張所に運び込み、久しぶりに雪之丞、九能市らと共にオカルトGメン日本支部にやって来ていた。
 何しろ、六道家から頼まれた冥子への講義とサポート、唐巣からのアン・ヘルシング保護という私的な依頼を除けば、美衣親子を保護した事件以来の正式な協会よりの依頼なのだ。

「くっ……! なんて惨い事を……」

「――! これ、霊刀で斬られた傷ね」

 被害者の現場検証時の写真を見せられて顔をしかめる唐巣。
 美神もその傷口を見て、犯人が使った凶器に見当をつける。

「そうだ。衣類の斬り口は鈍いのに、人体の方は恐ろしく鋭く斬られている。霊刀ならではの傷だ」

 美神の言葉に頷いてみせる西条。
 横島はその言葉を聞いて、美神が自分の記憶と変わらず博学である事を確認していた。

「なあ横島…。霊刀は使えば使うほどその力を増すんじゃなかったっけ?」

 雪之丞が九能市が持つ霊刀ヒトキリマルをチラリと見て尋ねる。

「雪之丞さん……何か?」

 スッと眼を細めて雪之丞を見る九能市。
 何でもねーよ、とばかりにブンブン首を振る雪之丞がちょっとお茶目だった。

「雪之丞の言うとおりだ。しかも今度の犯人は人間の血を吸わせている。
 これでは妖刀になってしまうだろうな。そうなると厄介だ」

 座りながら真面目な表情で頷く横島。

「ええ。GS協会に要請して皆さんの名を教えられたんですが……」

 そう言ってチラリと横のソファーに座っている面々を見る西条。

「ねーねーピート、明日どっか行かない?」

 しっかりと横に座るピートの腕を確保してしなだれかかるエミ。
 苦笑しながらも強い態度に出られないピートは、なぜか汗を拭いている。
 その後ろには羨ましそうに指をくわえているタイガーの姿が………。

「お、もーちょっと右だ、マリア!」

 マリアに肩を揉ませながら気持ちよさそうにしているカオス。

「難しい話は〜冥子よくわからない〜」

   ・
   ・
   ・

「誰もきーてない……」

 緊張感ゼロの面々にガックリと来る西条だった。

「貴い人命が奪われているというのに!! 君達少しは真面目に…」

 生真面目な唐巣が各々の自覚を促そうと大声を出すが、一癖も二癖もある連中に効果は薄い。

「んな事言われてもなー。ワシらも生活があるから先立つもんが無い事には……」

 年中赤貧に喘いでいるカオスの一言は生活者としての重みに満ちていた。
 そう、人は食わなければ生きられないのである。

「オカルトGメンが出来て以来、警察は払いが渋いのよねー」

 仕事上、オカルトGメンが出来た事で意に添わないダンピングを強いられているエミもここぞとばかりに嫌みを言う。

「わかった……僕が「ちょっと待った、西条さん!」」

 自腹を切ろうと言いかけた西条の言葉を遮る横島。

「ど、どうしたんだ横島君?」

 普段と違いキツイ言い方の横島に驚いて尋ねる西条。

「今度の敵は並大抵じゃないぞ。法医解剖の報告書のここのところ読んだんですか?」

 そう言いながら横島が差し出したのは、これまでの被害者の検視報告書。
 そして横島が指差したのは傷口に関する所見だった。
 
「これがどうしたんだ?
 確かに被害者は何度も斬りつけられているし、犯人の残虐性はわかるんだが……」

 西条や覗き込んでいる美神も何ら違和感は感じていないようだ。

「気が付きませんか?
 被害者の傷口全てに生活反応があるということは、何を意味していると思います?」

 まるで教師が生徒に何かを気が付かせようとするように、疑問形で話している横島。

「そういえば……確かにこの被害者は全部で6カ所の傷口があるが、そのうち3つは致命傷に
 十分な深さだ。それ全部に生活反応があるということは……まさかっ!?」

 横島が何を言おうとしていたのか気が付いて青ざめる西条。

「傷口に生活反応があるということは……その傷が全部死ぬ前、、つまり生きている間に受けた
 モンだということじゃのう。じゃが一つ一つは十分致命傷となるということは……
 凄まじい速度で妖刀を操る剣技を持っとるということだな、小僧?」

 西条の驚きを丁寧に補足説明するカオス。
 この辺はさすがに詳しい。

「そういうことです。今回の敵はおそらく、普通の人間では眼で追いきれないほどの速さで剣を
 振るうか、我々が想像できないようなとんでもない武器を使う奴でしょう。
 氷雅さんならどういう事かわかるよね?」

 横島と共に検視報告書を読んで青ざめた表情をしていた九能市に話を振る。

「ええ、もし敵が普通の霊刀を使ってこれだけの真似が出来るなら、忍びの私でも
 対応できませんわ。これって人間の速さではあり得ません」

 幼少の頃から剣術を鍛錬し、最近では小竜姫に稽古をつけられている九能市はかなりの実力を持っている。
 パワーの面でどうしても体格差があるため見劣りするが、技のキレやスピードという面では、おそらく横島を除けばGS関係者随一の腕前と言って良いだろう。
 その九能市が対抗できないと言っているのだ。
 それが何を意味するかは自明だった。

「そうね〜。私達オカルトならプロだけど〜剣術に関してはそおゆうわけにもいかないわ〜」

 単に怖いだけなのかも知れないが、冥子の言葉に心の中で彼女の評価を上げる横島。
 相手の目的も能力もわからないこの状態で、慎重なのは悪い事ではない。
 むしろ、生き残るためには必須の事だと言える。

「確かにね……。気をつけないと返り討ちでバッサリという事になりかねないわ」

 美神も少し遅れて事の重大性を理解し、珍しく慎重な態度を示す。

「じゃあどうすればいいワケ?」

 そこまで横島が言う以上、必ず何か考えを持っているはずだと当たりを付けたエミが尋ねる。

「単独行動は絶対にまずいですね。
 少なくとも前衛と後衛で組んで対応しないと各個撃破されてしまいます。
 できれば能力の異なる者同士でチームを組み、チーム単位で捜査をするのがベストでしょう」

 横島の言葉に、バトルマニアの雪之丞は本能からそれが正しいと悟りうんうんと頷いている。
 九能市も忍びとしての鍛錬からそれが常道だと頷く。

「言われてみればその通りだな。まだ我々は敵の正体すら掴んでいない。
 慎重に行動する事に異存はない」

 さすがに西条もプロだけあって、横島の意見に賛成した。

「でも横島君。アナタがそこまで慎重だと言う事は、相手はまた魔族なのかしら?」

 どうも、今回の事も横島が何か知っていそうだと感じた美神。
 なかなかに鋭い。

「いや、今回魔族が動いているという情報はありません。それは小竜姫様に確認済みです。
 ただ……」

「ただ……何よ?」

 少し言葉を濁した横島に迷う暇を与えないように即座に問いつめる美神。

「昨晩、俺は妙な霊力というか魔力の胎動を感じたんですよ。ほんの僅かでしたがね。
 あれだけ離れた妙神山で感じたと言う事は、相手が並大抵の奴ではないと思ってね」

 横島のその言葉に、今度こそ絶句する面々。
 下手をすれば相手はメドーサ・クラスの力を持っているかもしれない。

「………では、相手は妖魔というか闇の者ではないですか?」

 それまで黙っていたピートがポツリと尋ねる。

「気が付いていたのか、ピート?」

 横島の言葉に力無く頷く。

「ピート、どういう事?」

 横に座ったエミが覗き込むように尋ねる。

「横島さんが言いましたよね。人間では無理な速度で攻撃するかも知れないって……。
 でも人間じゃなければ可能かもしれない。
 そう、例えば本物のバンパイアなら人間の身体能力を遙かに凌駕しています。
 横島さんは、今度の相手がそういう存在か妖怪じゃないかと言っているんですよ」

 ピートの言葉に皆が一斉に横島を見る。
 仕方がない、と言った表情で頷く横島。

「じゃから慎重にいくべきだと言ったんじゃな?」

 何となく気が付いていたフシのあるカオスが呟く。

「そう言う事だ。ただ確証があって言っているワケじゃない。
 俺自身は可能性が高いと思っているけどね」

「わかった。能力を考えてチームを作ろう。みんなもそれでいいね?」

 西条の提案を断る者はいなかった。
 そして報酬も西条が自腹を切る事で一応の決着を見るのだった。






「で…結局こういう組み合わせになったワケ……」

 何となく残念そうに呟いているエミ。
 彼女の横には横島、美神、タイガーが歩いている。
 どうやらピートと離ればなれになった事が少し不満のようだ。
 検討の結果、エミ達のチームと九能市、雪之丞、ピート、冥子のチーム、西条、唐巣、カオス、マリアのチームに別れて夜の街に散ったのだ。
 無論、この組み合わせはそれぞれの能力を吟味した結果である。
 エミは元々後方からの攻撃を得意とし、未だ単体での戦闘能力が十分でないタイガーも、エミと一緒に後方支援なら何とかなるし能力の相乗効果もある。
 この場合、横島は前衛だろうが後方支援だろうが、中盤だろうが何でもこなせる万能型。
 美神も様々な道具を駆使する事から中盤を勤められる。

「まあ、エミさんは第3チャクラのコントロールはまだですけど第2チャクラの制御は完璧ですし、
 美神さんももう少しで第2チャクラの制御が完全になります。
 タイガーだって第1チャクラの制御は既に完全ですからね。
 このチームはなかなかバランスが取れて強力ですよ」

 横島が説明したとおり、このチームは霊力がずば抜けて高い。
 無論、ピート達のチームも相当高いのだが、かなりマシになったとはいえ冥子という爆弾を抱えているのがちょっと心配だった。
 西条達は、普通の人間を考えればこれまた相当強い組み合わせなのだが、いかんせん比較対象が悪い。
 今の状況は全チームにバランス良く戦力を割り当てた結果なのだ。



「それで結局みんな同じところに目をつけてたって事ね……」

 美神がこめかみを押さえながら呟いたのも道理、全チームが鉢合わせしたのだ。

「まあ、犯行パターンを分析すれば次の予測地点はこの辺じゃからな」

「満月の前後、場所は23区内を円を描くように移動していますケンのー」

 どうやら非常にわかりやすいパターンを取っている犬飼ポチだった。

「まっ、戦力の分散にならずに済んだっていうことで良しにしましょう。
 それより来たみたいですよ……」

 各自のお喋りを遮るかのように放たれた横島の呟きは、目的とする敵の到来を告げるものだった。
 すでに横島の弟子である九能市はかねてからの横島の命によって樹上に隠れ、雪之丞は魔装術を発動している。
 横島自身、すでに頭頂の第7チャクラまで廻して両手に高密度の霊波刀を形作っている。

「…霊能者か……。大勢おそろいだな。拙者を捜しておるのかな? ……いや、まさか貴様……」

 何やら余裕ありげに口を開いた犬飼ポチだが、横島が発している尋常ではない霊力と剣気に気が付き態度を改める。
 そう、かつてない強敵の存在に気が付いたのだ。

「出たか!」

「これだけのGS相手に逃げられるなんて思わない事ね!」

 即座に戦闘態勢に入り前に出ようとする西条と美神の前にスッと立ち塞がる横島。

「二人とも、相手の正体も能力も分からないんですよ?
 俺がまず相手をしますから援護をお願いします」

 横島は二人に背を向けていたが、その声には有無を言わせない何かが込められている。
 西条も美神も、横島がこういう態度を取る時は何かがあると最近では分かってきたので、珍しくも大人しく引き下がった。

「ほう……お主が相手か…。相当出来るようだな。両手に出しているのは霊刀か?」

「そう言う事だ。アンタもなかなか凄腕みたいだな……。
 見たところ人間じゃあないみたいだが、バンパイアって気配でもない。何者だ?」

 知っていながらも惚けて尋ねる横島。
 だが口調は軽いが、すでに完全に戦闘モードに入っている。
 眼は心眼モードとなり、チャクラが全て廻っているため、うっすらと金色のオーラがたち上っている。

「ふっ…」

 編み笠を被っているため口元しか見えないが、確かに奴は笑った。
 そう全員が思った時、いきなり目の前の浪人者の右手が柄へと伸び、太刀が一閃する。

 ビュッ!
 カキン! キン! キキン! カン! カン! ギインッ! キンッ!

「居合いなの!? って…横島君?」

 美神は相手の構えから居合いなのでは、と思ったのだが横島の反応は速くよくわからなかった。
 というより眼で追えなかったのだ。
 3回までは横島が霊波刀を振るうのが見えたが、聞こえてきた打ち合う音は8つだったから……。
 チラッと横を見ると、西条も同じように驚いた顔をしている。

「ちっ! 大したモンだぜ。アイツの刀は一振りで6発以上の斬撃を飛ばせるみてーだな。
 音からすると8発らしいが、俺でも6つまでしか見切れなかったぜ……」

 珍しく忌々しそうに呟く雪之丞の言葉に、それぞれの能力差を感じる一同。
 8つの音がしたと言う事は、横島は8回刀を打ち合わせたのだろう。
 雪之丞は6つまで見えたと言った。
 美神と西条は各々3つまで見えていた。
 エミと唐巣も同様である。
 ピートも辛うじて4つまでは見えていた。
 残りは1つか2つにしか見えなかった。
 尤もマリアのアイカメラだけは正確に敵の斬撃を記憶していたが、反応速度を超えていたために対応できなかったのだ。

「ふふふ……なかなかもって大した腕前だ。
 まさか初撃で我が八房の連撃を全て見切り弾き返すとな……。お主何者だ?」

 編み笠を取り、嬉しそうな顔で横島を見る浪人者。

「今宵の八房は血に飢えておる。お主を斬ればさぞ強い力を得られるだろうて」

 漸く対等の敵に会えたのが嬉しいのか、その表情は嬉々としている。
 だが、その目つきと言い、牙と言い、明らかに敵は人間ではなかった。

「さあ、それはどうかな? お前に俺が斬れるか? みんな、後ろに下がって動くなよ」

 そう言ってジリジリと間合いを詰め始める横島。
 残りのメンバー中最も防御力の高い雪之丞が、美神達の前に立つ。

「たりゃああ!」

 抜いていた妖刀八房を使って斬りかかる浪人者。
 その一振り一振りが8発の斬撃を浴びせかける。
 無論、最初の一撃以上にスピードが乗っている。

「無駄だ。 貴様の技は既に見切っている…」

 ポツリと呟きながら、その全てに対応し一撃も自分の身体に掠らせもしない。
 美神達は動けなかった。
 そのあまりに凄まじい剣の応酬に入り込める余地がなかったのだ。

「す…凄まじいな……。
 横島にいつも修行の相手をしてもらっているが、剣術であそこまで凄いとは思わなかったぜ……」

 ゴクリと唾を飲み込みながら呟く雪之丞の一言が全員の考えを代弁していた。

「くっ! まさかここまでうぬができるとは思わなかったぞ!」

 度重なる攻撃をことごとく退けられた犬飼は苦々しげに呟いた。
 自分がこの相手の実力を過小評価していた事に気が付いたのだ。

「確かにお前の攻撃は凄まじい。
 一振りで8発の斬撃を飛ばせる妖刀など、俺も初めてだからな……。
 だが対応できる速さだと言う事だ……」

 先程からこちらは能面のように無表情で戦い続ける横島。
 いつぞやのメドーサ戦のように、マシーンのように正確な剣捌きで相手の攻撃を受け続ける。



『馬鹿な! コイツは一体何者だ!?』

 犬飼は焦っていた。
 体術に関してはほぼ互角か相手がやや上。
 それは犬飼にとって信じられない事だった。
 自分は人狼であり、その身体能力は人間を遙かに凌駕している。
 その自分が体術でつけ込む隙すら見つけられないのだ。
 すでに最初に斬り結んだところから、刀を振るいながらかなり移動している。

『それにコイツの着込んでいる防具……これは明らかに神族の防具だ』

 目の前の相手は防御に全く霊力を割いていない。
 にもかかわらず八房でも突き破れないほどの防御霊力を放っている。
 相手から感じる霊力や波動は確かに人間なのに、その能力は人間を遙かに越えているのだ。

「ちっ!」

 先程から中距離戦を行いながら移動してきたが、一旦距離を取ろうと牽制の一撃を繰り出す。
 だがそれは今までに比べ重さもスピードもない一撃だった。

 シュン!!

 犬飼の勘が最大級の危険を感知して警鐘を鳴らす。
 本能に従って咄嗟に身体を捻る。

 ズシャ!!

 次の瞬間、腹部に鋭い痛みが襲う。
 脇腹を相手の剣が掠ったのだと理解し、痛みを堪えてさらに斬撃を繰り出す。

 キキン!! キンキン!

 その全てを弾き返して悠然と立っている敵。
 犬飼は混乱していた。
 確かに敵の剣の間合いには入っていなかった筈だ。
 その点は細心の注意を払っていた。
 それなのに自分は脇腹に一撃を食らってしまったのだ。

 自分は追いつめられている。
 そう理解した犬飼はさらに焦りを濃くする。
 狼である自分は常に狩る側だった。
 逆の経験などなかったのだ。

 だが次の瞬間、犬飼は目の前の敵の表情が微かに動いた事に気が付いた。
 そして後ろから自分に向かってくる二つの気配を感じる。

「ククク……。まだまだ運は拙者を見捨てていないか……」

 そう呟くと最大級の一撃を正面の敵に向けて放つ。
 その反動を利用して後ろに跳躍して気配の元を探る。
 小さな人影が眼に入り、犬飼はそれに向かって八房を薙いだ。



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