フェダーイン・横島

作:NK

第62話




「つまらぬ権力欲から私を京より追放した人間共……!! この道真、悪鬼となって蘇り貴様らに仇為してくれるわ……!! アシュタロス様は私にその機会をくださった……! その恩に報いるために―― メフィスト、可哀想だがお前には消えて貰うぞ!!」

 黒い瘴気を吹き出しながら、西郷の館目指して進む道真。
 その姿を見た普通の者は、それだけで霊気を吸い取られミイラのように枯れ果ててしまう。
 だがそんな人間達に眼を向ける事なく、道真は目的の屋敷前に到着した。

「クックックッ……この屋敷に呪いと災いを…………」



「ねえ、横島君。私の念法ってもうこれ以上は伸びないのかしら?」

「そうですねぇ……。さすがにこれ以上伸ばすには地道に10年ぐらい修行しないと無理ですね。美神さんの年齢で修行を始めた場合、本来ならここまでだってなかなか伸びませんからね」

 動き難いとか文句を言っていた割に、美神は西郷から渡されたこの時代の着物を気に入ったようだ。
 扇子まで持ってくつろいでいたが、ふと思い出したように念法のことに関して尋ねた。
 答えた横島の方は、相変わらず僧衣のままだ。
 この格好は日本であれば大抵の時代でも通用するため、横島としては重宝しているのだ。

「美神さんは贅沢ねー。普通の人間なら、200マイトを超える霊力を持つ事なんて出来ないんですよー。実際、あの時代でも横島さんを除けば、美神さんにエミさん、雪之丞さんに九能市さんぐらいしかいないじゃないですか」

「まーそりゃそーなんだけどね……。でも単独で魔族と戦うにはまだ不十分でしょ?」

 ヒャクメの正論を認めた上で、美神はまだまだ自分の力に満足していない理由を告げる。

「魔族と単独で戦うと一言で言っても、相手の魔族のランク次第でしょ? 例えば俺だって上級魔族相手となれば、さすがに一人では勝ち目は薄いですよ。魔族にはさらに上の魔王クラスもいますし、小竜姫様クラスの神族だってそんな奴が相手では一人でなんか戦えません」

「うーん……。そう言われればそうね」

「私なんて今では美神さんより攻撃力や防御力は下なのねー。神族としては恥ずかしいんですけど…………」

 ヒャクメにまでそう言われては、美神としてもこれ以上突っ込む事は出来なかった。
 よくよく考えてみれば、人界限定とは言え自分は神族のヒャクメよりも、霊的戦闘に関しては強力なのである。

「そう言われちゃうと、私としても何も言えないわ……。まあ、今回のメフィスト・クラスの魔族なら互角に戦えるようだし」

 下級とは言え、魔族相手に引けを取らない実力を持つ事が出来たのだから、これ以上は望めない。
 美神は取り敢えずこの考えを受け入れて大人しくなる。

 くつろいだ雰囲気の美神は、まだ道真の気配に気付いていない。
 だが横島は、巧妙に隠してはいるがこの屋敷に近付いている強力な魔力を感知していた。

『ヒャクメ……気が付いているか?』

『ええ、道真公の登場のようですねー』

『もう屋敷の中に入ったかな?』

『いいえ、でも門の前まで来ているのね』

 ヒャクメの報告を聞き、横島は自らを戦闘態勢へと静かに移行させていく。
 それは近くにいる美神や、屋敷内にいる西郷も気が付かないほどの見事なものだった。



 柱に留まったメフィスト(蛾に変化中)は警戒のためと、来世である美神が気になって外の様子を観察していた。

『何だろう…この感じ……? あいつ…何だか…安心しているとゆーか、くつろいでいるとゆーか……えらく一緒にいる男を頼りにしているみたいだ。それにヒャクメとも仲が良さそうだし……』

 それまでボンヤリと見ていたメフィストは、少し考え込むように眉根を寄せる。

『過去に飛んできて、そんなに呑気にしていられる状況でもなかろうに……あの高島殿の来世という男、私には実力がよく読めないんだけど……それ程強いのか? 連中の話ようでは、中級魔族ぐらいなら一人で戦っても大丈夫らしいし、どうやら私の来世にも何か教えているようだ……』

 高島が言うとおり、あの横島という男の実力がはっきりわからない。
 スキャンしようにも、なぜか霞がかかったみたいにボンヤリして読みとれないのだ。
 さらに話を聞いていると、あの美神という女も人間のくせに自分と同レベルの霊力というか力を持っているらしい。
 昨夜戦った際に、危うく封印されそうになったのはまぐれではなかったようだ。

『何か規格外に強い連中みたいだね……。人間ってそんなに強くなれるもんなの?』

 口だけでは何とでも言える事はわかっていたが、実際に戦ったメフィストには美神の実力が何となくわかる。
 その美神が教えを受けているらしい横島の実力は、少なくとも美神よりは高いのだろう。

「高島殿? あの女なぜ――」

「ん――?」

 メフィストはなぜ美神がこの状況下であれ程リラックス出来るのかを尋ねようとしたが、高島は春画を眺めていて気のない返事を返す。

「あんた、何くつろぎくさってんのよ!? さっきまでオロオロしてたくせに!?」

「暇なんだからいーじゃねーか!! それにあの来世の俺である横島っていう奴、やっぱりただ者じゃねーぞ。上手く隠しているが、微かに神気を感じたし」

「神気!? じゃあ、高島殿の来世は神族なの?」

「いや、それはわからん。半神半人って可能性だってある。もしくは人間だが神族が使う道具を持っているのかもしれないし……」

 高島の言う事も尤もなので、メフィストは自分の契約主の事を見直した。
 やはりスケベなだけじゃなく、相応の実力を持った陰陽師であるようだ。

「どっちにしたって、相当強いってことみたいね……」

 状況的にはさらにまずくなったって言う事か……、と疲れたように呟くメフィストだった。






「美神殿―― そろそろ夜も遅い……。閨の準備ができたから――」

 ゴッ!!

 西郷が顔を出し美神にそう告げ掛けた時、いきなり屋敷を強力な負の波動が包み込んだ。

「な…なに!? このもの凄い波動は!?」

「怨念ですねー。すぐ近くにいますよ」

「バカな……!! 我々に気配を悟られず、こんなに接近を――!?」

『既に庭に入ったか……。さすがだな』

 美神と西郷が驚く中、ヒャクメはいつも通りの口調で波動の正体を説明し、横島は無言で美神達の方へ跳躍して振り返り、チャクラを全て開放した。

「そこだ!!」

 ビッ! ビシッ!

 先程までもたれ掛かっていた柱の辺り目がけて、2発の指弾を飛ばす横島。
 放たれた指弾は、銀に小竜姫の霊基構造コピーの竜気をコーティングしたもので、下級魔族なら1発でダメージを与えられる代物だ。

「……横島君!?」

 横島が無駄な事をしないと知っている美神は、その動きで敵がすでに至近距離まで来ている事を悟る。
 即座に神通棍を取り出し霊力を練り始める。

「西郷さん、相手はかなり強力です! 迎撃を!」

 ヒャクメの言葉に、こちらも戦闘準備を整える西郷。

 ヒュンッ! ビキッ! バシュッ!

 何かが空気を斬るような音と共に、硬いものがぶつかり合うような音が2つ…………。
 美神にはそれが、何者か…いや敵が横島の放った指弾を弾き返したのだと理解できた。

『これは…強敵!?』

 最近の魔族との戦闘で研ぎ澄まされた感覚が、今回の相手が並大抵ではないと告げている。

「防いだか……。多少はやるようだな。姿を見せろよ」

 あくまでも静かに、しかし余裕を感じさせる声で暗闇に向かって話しかける横島。

「簡単な仕事だと思ったが……どうやら楽しませてくれそうな相手がいたらしい」

 縁側にフワッと姿を現した黒い幽鬼。
 それは西郷も見知った菅原道真の姿……。

「あんた何者!? やっぱり私を狙う魔族なの!?」

「言っている意味がよくわからんが……そう怒るなメフィスト。お前には原因不明の不良要素があるようだ。アシュタロス様には今が大事な時期……。お前を抹消する」

 狂気に満ちた眼と不敵な笑みを浮かべながら、鬼のような手で扇子を開く道真の怨霊。
 だが彼は美神とメフィストの区別がついていない。
 これは相手を魂のレベルで見ているからである。

「な……!?」

「え……!? 仲間が助けに来たんじゃないのか!?」

 いきなりの展開に驚いているのは、変化して柱に留まっていたメフィストと高島も同じであった。
 こちらは味方が来たはずなのに、どうも雰囲気が違うと言う事で美神達以上に混乱している。
 しかし状況は彼等の意志など無視して進んでいく。

「道真公!? ……そんな!」

「道真? 菅原道真か……。どうやら道真公が神族になる際に切り離した、人々への怨念を核に怨霊化したのがアンタのようだな。そして今回の黒幕は……6大魔王が一人、アシュタロスか。奴ほどの魔族がこの平安京に来ているとはな……」

 西郷の一言を待って、横島は今回の事件の黒幕を暴露する。
 元々、道真の怨霊が口走っているから怪しまれないと、計算しているのだ。

「なっ!? なぜ貴様がその事を……?」

「馬鹿だな……。アンタが自分でそう言ったろうに……」

 驚く道真に、自分が全部言った事だろう、と冷静に答える横島。

「アシュタロス!? まさか……そんな大物が…………」

 美神も今回の黒幕がアシュタロスだと聞いて驚きを隠せない。
 そこまでの大物が相手だったとは、予想を超えていたのだ。

「下がっていてください。コイツは危険ですから俺が相手をします」

 そう言って美神達の前に出て構えを取る。
 既に霊力は極限まで練り上げられているが、武器は両手から発している霊波刀だけである。
 彼の力の本質である飛竜をこの過去で使うわけにはいかないのだ。

「面白い……人間にしては格段に高い霊力を持っているようだな。下級魔族とは言えメフィストより強いその力、試させて貰おう……」

 そう言ってスッと片手を前に突き出す。

『神・人・共鳴!!』

 それに合わせて横島も小竜姫の霊基構造コピーと自分の霊基構造を共鳴させ、自らの霊力を3倍(3,570マイト)に引き上げた。

 バッ!!

「食らえ!!」

 メドーサ等が遣うような拡散型ではなく、横島が好んで使う集束ビームタイプの霊波砲(魔力砲)が凄まじい光流となって迸る。

「シールド!」

 横島も霊力を掲げた右手に高密度集束させ、円錐状のサイキック・シールドを展開した。

 ド…ォオオォォォン!!

 サイキック・シールドによって散らされた霊波砲の余波エネルギーが、西郷の屋敷の壁や天井を突き破り破壊する。

「むっ…! わしの攻撃を完璧に防ぎきるとは……」

「なかなかやるようだが、その程度じゃ俺を倒す事はできん!」

 お互いの実力の一端を知り、互いに距離を取って対峙する二人。
 美神や西郷、ヒャクメは横島の後ろに隠れている以外する事がない。

 しかし道真のエネルギーの余波は、蛾に化けていたメフィストにフィードバックを起こしていた。

 バチバチバチッ……
 ぽんっ

「し、しまった…! じゅ、術が―――!」

 光と共に空中に姿を現すメフィストと高島。

「あっ!?」

「!?」

 その光景に美神や西郷が驚きの声を上げるが、それは道真も同じだった。
 漸くメフィストの気が増えた理由がわかったのだ(本当の原因は不明だが)。

「道真!! どうして――!?」

「どのみち。お前は使い捨ての働き蜂にすぎんのだ。不良品は捨てる……。それだけよ」

「不良品……!? 私の『気』が原因不明で二つに増えたから……? たったそれだけの理由で!?」

 未だに味方である道真の行動にショックを受けているメフィストが尋ね掛けるが、帰ってきた答えは非情なものだった。
 一瞬、自分の信じていたものが根底から崩れ、呆然と立ち竦むメフィストに道真が腕を向ける。

「!!」

「いかん!!」

「消えろ! ゴミめ!! 貴様のパワーなど、わしの十分の一にも満たぬであろう!!」

 道真が言葉を発する前に、意図を察知した高島と西郷が動く。
 メフィストの前に出て護ろうというのだ。

 道真の掌が光った瞬間、一番前に立っていた横島の身体が霞むように消え失せた。

「避雷!!」

「存思の念、災いを禁ず!! 雷よ退け!!」

 道真の一撃を代わって防いだのは高島と西郷。
 その術を持って、二人掛かりとはいえ道真の攻撃を防いでいる。
 かなりの術者であることがうかがえる。

「く……! 重い……!!」

「攻撃を禁じきれない……!」

 だが道真のパワーは凄まじく、長くは防いでいれない事は明白だった。
 しかし……耐える必要なく攻撃は途絶える。

「!?」

「俺と対峙しているのに注意を逸らすとはいい度胸だ。褒めてやるよ」

 正に霊波砲を放った瞬間、道真は自分の背後で聞こえた声に冷や汗を垂らす。
 いつの間に幻術と入れ替わったのだろう?
 自分が注意を逸らしたのは一瞬だったはず……。

「食らえ、妙神双斬拳!!」

 ビシュッ! ズシャッ!!

 それぞれ両手刀に現時点での自己の増幅霊力と同出力にまで高められた霊力を纏わせ、背後に回り込んだ横島は神速でエックス型に道真の身体を斬り裂いた。
 飛竜を使えばもっと簡単に2倍まで霊力を練り上げられる横島も、自分の両手を使って霊力を練り上げるには少し時間が掛かる。
 さらに両手を使うため、片手に込められる霊力は自分の霊力と同程度までとなってしまうのだ。
 それでも道真の全方位に向けて張られている魔力シールドを破る事は難しくない。

 ブシュウゥゥ〜

 血の代わりにどす黒い瘴気が傷口から吹き出る。

「グオオォォォォォ!」

 与えられた一撃の大きさに、吹き飛ぶように前に倒れる道真。

「今のうちに屋敷から脱出しろ!!」

 横島の怒声に、素直に頷き全員が逃走する。
 今の横島に逆らってはいけないと高島も、メフィストも悟ったようだ。

 それを気配のみで確認した横島は、跳躍して俯せに倒れる道真に集束霊波砲を撃ち込む。

 ドンッ!
 ドガアァァァン!!

 横に転がって辛うじてその一撃を躱す道真。

「ふん……俺の拳を食らっても致命傷にはなっていないか……。大した魔力だな」

「ぐうぅぅ……。わしとした事が油断したわ。その膨大な霊力、そして感じられるのは竜気! 貴様……人間ではないな! 龍神の一族か?」

「さすがに道真公の怨霊。知力は変わらないのか……。そうだ、俺は龍神族の力を持った戦士さ」

 そう言って僧衣の上を脱ぎ捨てると、そこには小竜姫から貰った龍神族の甲冑が輝いていた。

「むう……なぜだ? 貴様ほどの神格を持った者がなぜこんなところに?」

 目の前の男から感じられる霊力は、普通人界に常駐している神族の中でも最高位に属する程のパワーなのだ。
 そう、中級神のレベルである事だけは間違いない。

 道真は尋ねながらも、敵を倒すために動く。
 滑るように前に出ると、その爪と扇子を持って横島を斬り裂こうとする。
 横島も霊波刀を再び作り出し、流れるような剣技でそれをうち払う。

「愚問だな……。お前達魔族が何やら企んでいるのを、神族が黙って見逃すとでも?」

 そう言いながら返す横島の霊波刀が、道真の裾を斬り裂いた。

「ちっ! まさか神族に嗅ぎつけられたとは……」

 距離を取って体勢を整える道真。

「黒幕がわからなかったが、どうやらアシュタロスが背後にいるようだな。お前のおかげで思わぬ収穫だよ。俺と一緒にいたのは神族調査官のヒャクメさ」

「こうなれば……メフィストなどどうでもよい! まずはお前と神族の調査官を殺す!!」

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 連続して集束霊波砲を放つ道真。
 それを何とか躱す横島だが、既に西郷の屋敷は原形を留めていなかった。

『まずいな……。これ以上戦いを長引かせると周囲の被害も馬鹿にならない……』

『道真公の怨霊は結構強力です。どうします忠夫さん?』

『もう一回、幻術を使う?』

 戦いながら脳内で会話している横島と奥さんズ。
 ルシオラの意識の申し出に首を振った横島は、戦いながら少しずつ練り上げてきた霊力を最終的に仕上げる僅かな時間を欲していた。

『アシュタロス相手に使わなけりゃならないから、今はあまり見せたくはない。それに俺にはもう一つ騙し技があるからな』

 そう言いながら、横島は誘い込むかのように退き、後退してみせる。
 チャンスとばかり追撃を掛ける道真。

「今だ! サイキック・猫騙し!!」

 パンと打った柏手によって、眩い閃光が道真の視界を奪う。

「うおっ!?」

 僅かに動きが止まった道真の隙を突いて距離を取った横島は、一気に霊波刀に練り上げた霊力を注ぎ込む。
 すでに左手の霊波刀は消し、霊力の集束度を高めているあたり芸が細かい。

「超加速!」

 そして横島は視覚が回復しきっていない道真に勝負を仕掛けた。
 道真は目が見えていないため、横島が超加速に入った事に気が付いていない。

 シュン、と姿を消した横島は絶対の間合いに入ってから超加速を解いて姿を現し、5,000マイトまで練り上げられた霊力を秘めた霊波刀をすれ違い様に振るい手応えを感じていた。

 ザシュッ!!

 振り向くと道真の右腕が肩から斬り飛ばされ、瘴気となって分解していく。

「お…おのれ! だが、わしも少し熱くなりすぎた! この借りは必ず返すぞ!」

 自らの腕を斬り飛ばされて冷静になった道真は、自分が相手のペースに乗せられた事に気が付いていた。
 このまま戦っては、相手の思惑に乗せられると悟ったのだ。

 特大の霊波砲を放ち、その反動を利用して空中へと飛び上がる。
 そして見事な速さで逃走を開始する。

 サイキック・シールドで攻撃を防いだ横島は、追撃を諦めた。
 これ程の騒ぎとなれば、人の眼も多いだろう。
 そこで空を飛ぶような真似は極力避けたい。

「さてと……ヒャクメや美神さんの元に行くか……」

『そうですね。少し離れたところで全員無事みたいですよ』

『それにしても派手に壊したわね……。相変わらずアシュ様も厄介なものを作るわ……』

 周囲に誰もいないため、声に出して話している横島達。
 単文珠を二つ出すと、『転』『移』の文字を込めその場から姿を消した。






「グス…ウッウウッ…………」

 屋敷から数km離れた廃屋(原作で美神達が潜伏していた家)でへたり込んでいる一同。
 ヒャクメのテレポート能力でここまで逃げてきた美神達である。
 無論、ヒャクメの能力では目一杯だったが、横島から貰った『増』の文珠によって神通力は大丈夫だった。
 しかしこの狭い家の中で、完全に二組みに分かれた形で面々が固まっていた。
 すすり泣きはその片方から聞こえてくる。

「……メフィスト……」

 暫くは何も言えずに見守っていた高島だったが、そっと近付くとメフィストの肩に手を置いた。
 美神、西郷、ヒャクメは、何となく同じ場所にいるのが辛そうな表情でその光景を眺めている。

「…………高島殿…………なんで……」

「…えっ?」

 俯いたままそれに応えて口を開くメフィスト。
 だがその言葉は曖昧で良くわからないものだった。

「……なんで…私なんか……庇ったのよ……バカ!」

 サッと顔を上げてそう言うと、こぼれる涙を見せたくないのか片手を上げて顔を隠す。

「そ、そんなの……当たり前だろーが!!」

 一瞬メフィストが何を言いたいのかわからなかったが、そんな当たり前の事、という感じで応える高島。

「…クリエーターに捨てられた以上、私には存在価値がないのに……。…あんた…バカ? そんな事も……わかんないのね。 もうアンタの願いなんか叶えるわけないじゃん! ……魂を…持ってく……意味ももうないのにさ……!!」

「メフィスト……お前……」

 投げやりな口調で呟くメフィストに何を言ってよいかわからず、ただ名前を呼ぶ事しかできない。
 しかし少し考えると、ゆっくりと口を開いた。

「……別にいーじゃねーか。作った奴がいらねーっていうんなら、お前はこれから自由なんだ。好き勝手に生きればいーじゃねーか」

 自分自身に言い聞かせるように、震えながら言葉を紡ぐ高島。
 彼自身、物心ついた時から誰かに愛されたとか必要とされたという記憶はない。
 だが、彼はこれまで精一杯、好き勝手をして生きてきた。
 生まれ落ちた以上、例え誰からも必要とされなくても生き抜いて、自分が生きていたという証を残したかった。
 独りで生きていく事は寂しい。
 その事をよく知っている高島だからこそ、京の町でも有名になるほど夜這いを掛けまくっていたのかもしれない。
 心のどこかで共に夜を過ごしてくれる温もりを求めていたのかもしれない。
 今のメフィストを見ていると、遠い昔、自分が強く生きていくと誓った頃を思い出させられた。

「……でも……いきなり放り出された私には……誰も…何もないのよ……」

「お前には俺がいるじゃねーか! お前が俺に惚れりゃ、お前も俺も一人じゃないだろ? 少なくとも俺はお前が目の前で死ぬのなんて見たくねーぞ!」

 いつものおちゃらけた雰囲気を微塵も感じさせずに言い切る高島。
 その姿はなかなかに格好良く、横島の前世であることを知っている美神やヒャクメも思わず眼を見張っている。

「……高島殿…本当?」

「ああ、だってお前、いー女だもんな。そーゆー涙は似合わねーぞ」

「……さっき…さっきね……高島殿が私を庇ってくれた時、……あなたが死ぬかもって思ったら…胸が張り裂けそうだった! 私一人で死ぬのも嫌だった…! あなたといたいの! だって…あなたといると楽しいんだもの……。もし…私が人間になれるんなら…私……あなたと……」

 そこまで言ってえぐえぐと泣き出すメフィストを抱き締める高島。
 メフィストも静かに高島に身を委ねている。

「何だか……私達の存在って忘れられているのねー。横島さん……早く帰ってきて……」

「ちっ! 私の前世のくせに何甘ったれた事言ってんのよ、アイツは――!」

「うむむ……何となく腹が立つが、邪魔しちゃいけないような気も…………」

 何となく飛びかかっていきそうな美神を宥めながら、どうにも身の置き場がないヒャクメは祈るように横島の帰りを待つ。
 前世の幼稚園児並の恋愛に、まるで自分もそうであるような錯覚を感じて苛々している美神だった。

 バシュッ!!

「ただいま……どうしたんだ一体?」

 その時、ヒャクメの願いが通じたのか横島が転移して姿を現した。
 役者の舞台とその観客、といった感じの現場を見て訝しげに首を捻る。

「あ――っ! 横島さん、お帰りなさいなのねー。道真の怨霊は?」

「ああ、右腕を斬り飛ばして何とか追い払った。でも倒せてはいないからまた来るぞ」

 漸く救われた、という感じのヒャクメが嬉しそうに擦り寄る。
 その光景を見て、やはり何となくムカムカとしている美神。
 これが小竜姫であれば、正式な横島の彼女であるから嫉妬を覚えはしないが、ヒャクメの立場はあくまで自分と同じなはずだった。

「お前は…………確か俺の来世とかいう奴だったな?」

 横島の姿を認めた高島が、その片側にメフィストを張り付かせて尋ね掛ける。

「そうみたいだ、えーと…高島殿。俺の名は横島」

 何とも間抜けな自己紹介だな、と思いつつ律儀に行う横島だった。

「あんた……普通の人間じゃないだろ? 神と何らかの関係があるのか?」

 その質問を受け、横島はおちゃらけていてもさすが俺の前世、と思っていた。
 高島は道真の怨霊との戦いを全て見てはいないはずなのだが……。

「あの道真の攻撃を完全に防ぐなんて、人間じゃとても無理だ。何せ腹は立つが腕の方は確かな西郷と、都でも屈指の実力者である俺の二人がかりでもうち消せなかった攻撃だぞ」

 探るような眼差しで横島を見る高島。

「鋭いな……。確かに俺は神族の力、いや龍神族の力も少しは使える。だが人間でも鍛え方によってはかなりの霊力を持つ事が出来るんだぜ」

 横島の言葉を聞いてズキリと胸の痛みを覚える美神。
 龍神族の力とは小竜姫の事を指しているのは明らかだったから……。

「まあ、俺の来世がどういう存在であろうと、今の俺には関係ないけどな。でもお前……メフィストを滅ぼすつもりじゃないだろうな? こいつも一応悪魔なんだし、神族であれば悪魔を放っては置かないだろ?」

 へばり付いているメフィストは、その高島の言葉を聞いて嬉しいという感情が湧き上がってくるのを感じた。
 高島は自分の事を心配してくれているのだ。

「いや……そんな事は考えていないぞ。それに俺は神族の力も使えるが、魔族の力も使える。俺にとって大事な……命に替えても護りたいと想う相手は二人いるからな……」

「神と悪魔の力を……両方…?」

「ああ、どちらも掛け替えのない女性から受け取った力だ。俺が彼女たちを愛し、彼女たちも俺を愛してくれる証……。それが俺の力だ」

 その言葉で、高島は目の前の己の来世がとんでもない存在だと言う事を知る。
 しかし彼が瞬時に思ったのは、コイツは二人も愛する女がいる、帰りを待っている女がいるという事実!

『くそ〜〜、男の敵め〜!』

 メラメラと嫉妬の炎を燃やしながら、しかし今は自分の横にもお互いを求める温もりがある事を認識する。

 一方、美神もまたショックを受けていた。
 横島が高島に語った話……。
 神族の力を横島に分け与えたのは小竜姫であろう。
 そんな事ぐらい、二人の日頃の関係を見ていればわかる。
 だが……横島は魔族の力も使えると言った。
 その魔族は、横島に力を分け与えた魔族というのは誰なのだろう?
 横島の心を占有する二人の女性……。
 自分がまだ知らない存在。

 知りたかった。
 横島の心を掴んで離さない存在を……。

『でも……今はとにかく、この面倒事を片づけないとね。それが終わったらゆっくりと調べないと……』

 美神は一時、自分の感情を棚上げした。
 帰ってから時間はいくらでもあるのだから。



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