フェダーイン・横島

作:NK

第64話




『まだ連中は来ねーのか? いい加減待ちくたびれたぜ……』

『そうぼやくなよ、こっちが指定した時間までにはまだ少しあるんだからよ』

 姿を隠したメドックとコルキアがテレパシーで会話している間も、道真は目を瞑ってひたすら周囲の気配を探っていた。
 何しろ相手は地上駐留の神族としてはトップクラスの霊力を持つ相手だ。
 普通、地上に駐留している神族の霊力はせいぜい2,000〜3,000マイト(この頃の小竜姫もこのレベル)までである。
 中級神族の中でも比較的下位のものまでしか人界駐留にはならない。
 しかも昨夜戦った相手の霊力は、最初というか身体から感じられる霊力はせいぜい3,500マイト程度で自分より下だったが、一転して攻撃や防御において瞬間的に自分の全魔力と同等の霊力を出して見せた。
 それはあの相手が巧妙に自分の霊力を隠している事を意味している。

『おそらく……奴の霊力は私と同程度か上である事だけは間違いない……。だが私に復讐の機会を下さったアシュタロス様のためにも勝たねばならん!』

 はっきり言って道真はアシュタロスが付けてくれた魔族など当てにしてはいなかった。
 自分よりはかなり劣るとはいえ、あのメフィストと同じ霊波長の魂を持つ女も、陰陽師の男二人もそれ相応の実力を持っていたからだ。

『むっ!? ……来たか』

 鋭く自分達以外の霊力(魔力)を感知した道真はスッとその双眸を開いた。

 ガサッ……

 道真が座る木の枝から20m程の茂みから現れる数人の人影。
 目標である神族2名にメフィスト、そして人間3人。

「道真公の怨霊! お前の招きに応じて来てやったぞ! それに隠れている魔族2匹! 出ろ!!」

 ビッ! ビシッ!

 真ん中に立つ横島が両手を動かさずに指弾を放った。

 バシッ!

「グワッ!」「ゲッ!?」

 声と共に穏行を解いて転がり出てくる2鬼。
 コブラ人間にしか見えないメドックは右腕を、巨大な2足歩行ゴキブリのシルエットを持ち、ゴキブリの頭部の下に人型の顔を持つコルキアは左肩をそれぞれ押さえている。

「ヒャクメの見たところ、2鬼とも400〜500マイトの魔力だそうだな。お前達もアシュタロスの手の者か?」

「その通りだ、神族よ」

「我らは後ろにいる人間共と裏切り者を殺すためにやって来た」

「「邪魔をするというのなら貴様も消えて貰おう!」」

 自分達の実力では横島を相手にする事など出来ないのだが、妙に自信に溢れている。
 どうせこの強い神族を相手にするのは道真だと思っているからだ。

「お前達に俺を倒す事などできんと思うが……残念ながら俺の相手はそこにいる道真の怨霊だ。お前達など退魔師にすら勝てないだろうしな」

 計算した挑発を行う横島。
 この手の下級魔族は人間に勝てないというこうした挑発を受けると、つまらないプライドから怒りで我を忘れる者が多い。

「な! 何だと!!」

「面白い! 貴様の前でその人間共を八つ裂きにしてくれる!」

 ザッと二手に分かれて美神達に襲いかかるメドックとコルキア。

「美神さん、それにみんな! 作戦通りに頑張ってくれ!」

 横島の言葉に頷いた一同は、より魔力の大きいメドックにメフィストが、コルキアに残りの3人が迎え撃つ。
 それを横目で見届けた横島は、正面の道真に意識を集中した。






 ビシュ!

 横島は右手に霊波刀、左手に前腕部上面を覆うように栄光の手を作りだし、やや半身ながら無駄な力みのない状態で構える。

「さて……決着をつけようか、道真の怨霊」

「臨むところだ龍神族」

 既に小竜姫の霊基構造コピーと魂を共鳴させ、3,500マイトを超えまでに霊力を上昇させた横島と、5,000マイトの魔力を誇る道真。
 だが攻撃に使える出力は横島の方が大きい。
 何より龍神の装具(甲冑)を着込んでいる横島は、防御に霊力を廻す必要が殆ど無い。
 その意味では横島の方が有利と言えるだろう。

「まさか貴様ほどの神族が出てくるとは思わなかったぞ…………」

「別にお前達が目的ではなかったんだが、思わぬところで大物と出会ったもんだ……」

 道真は扇子を広げて横島に襲いかかる。
 彼の扇子の縁は鋭利な刃になっており、3,000マイトの霊波刀となるのだ。

 シュンッ!
 カシイィィィイン!!

 舞を踊るかのように優雅な動きで襲いかかった道真を、こちらも無駄のない洗練された体捌きで迎え撃った横島。
 ほぼ同等の霊力を持つ横島の霊波刀は、道真の一撃を弾き返し無傷。
 道実の扇子も傷ついてはいない。
 お互いが流れるような動きで数度刀を打ち合わせるものの、相手の防御を崩すには至らなかった。

「ふん……やりおるわ」

「あんたもな。大した腕前だ」

 どちらからともなく、お互いが距離を一旦取り相手を賞賛する。
 尤も、その間も視線は油断無く相手の一挙一頭足に注がれていたが。

「ひょおおぉぉぉぉお!」

 睨み合ったいた二人だったが、道真が怪しい掛け声と共に再び扇子で斬りかかる。
 迎え撃った横島が自らの霊波刀で刃を打ち合わせた瞬間、道真は左掌から強烈な集束魔力砲を発射した。
 いかな神族でもこの距離から放たれた魔力砲を避ける事は、それこそ超加速でもしない限り難しい。
 だが横島は左手の栄光の手を楯に変形させ、この攻撃を受け止めて逸らし、何とか躱す。

「やるな! 道真!!」

 魔力を防いだものの、その威力で数m程押し返された横島。
 だがやられたままではない。

 ビュンッ!! 

 スッと前に突きだした霊波刀を瞬時に伸ばし道真を貫こうとする。

「むっ!? 味な真似を!」

 慌てて扇子を楯のように使い、横島の一撃を防ごうとする道真。
 だが横島の霊波刀は道真の予想を上回る出力で、扇子を突き破り左の肩口を突き抜ける。

「グワッ!? な、なぜだ?」

 即座に後退して刀を抜き、改めて構えを取る。
 道真が不思議がるのも無理はない。
 今の一撃、横島の霊波刀は道真の防御を破るのに十分な霊力が込められていた。
 これは種明かしをすれば簡単な事で、横島は霊波刀を伸ばした瞬間栄光の手の出力を小さくし、その分を霊波刀に廻しただけなのだ。

 横島は傷ついた道真にさらなる攻撃を加えようと大地を蹴り、一気に間合いを詰めようとする。
 だが道真は怨霊であり、その身体は実体と幽体の中間にあるという特殊なものだ。

 ブンッ!!

 道真の下半身がいきなり帯のようになり、もの凄い速度で横島目がけて襲いかかる。
 それはあっという間に横島の身体に巻き付き、その動きを封じ込める。
 道実の怨霊の呪縛だ。

「これは……しまった! 呪縛か!?」

 思いもかけない攻撃方法に、僅かに焦りを覚える横島。

「ふふふ……かかったな! 死ね! 神族!!」

 シャッ! シャッ!

 道真は懐からさらに幾つかの扇子を取り出すと、開いたそれに魔力を込めて手裏剣のように横島目がけて投げつける。
 これが生身であれば横島とて手傷を負ったに違いない。
 だが彼には愛する小竜姫からもらった龍神の装具(甲冑)がある。

「くっ! 霊力を防御に!」

 何ら意識しなくても4,000マイトの防御霊力を放つ横島の甲冑が、普段は攻撃などに使っている横島の霊力を注ぎ込まれて一気にその出力を上げる。
 着弾点を予想して、その部分だけ道真の総魔力をも上回る出力まで霊力が跳ね上がった甲冑は、道実の放った扇子の刃をことごとく弾き返した。

「味な真似をする……。ではその剥き出しの部分を私自らが斬り裂いてくれる!」 

 横島の動きを封じ込めて置いて、今度は道真が一気に扇子と刃のような爪を煌めかせ襲いかかる。
 道真としても横島の動きを封じられているうちに決着をつけるしかない、とわかっているのだ。

『まずい! 奴は神族の装具の隙間……首を斬り裂くつもりだ。やむを得ない、飛竜を使うか……』

 瞬時に状況を分析した横島は、自らの最強の武器を居合いの形で一気に抜きカウンターで斬りつけた。

 ズバッ!!

 握り込んだ瞬間に霊波刀を消して霊力を流し込み、瞬時に膨大な霊力を込めた飛竜の居合い斬り。
 飛竜の軌跡に沿って切断霊波が放たれ、今正に横島の首を扇子で薙ごうとした道真の脇の下から顔面を下から斜め上に斬り裂く。
 さらに横島の一撃は、抜いた瞬間に横島の身体を縛る道真の呪縛をも斬り裂いていた。
 そして一瞬で再び意識下に仕舞い込まれる飛竜。

「……ば…ばかな……!?」

 ドオッ……

 自分を倒した横島の最後の一撃が、いかなる武器を使った技なのか理解する事すらできぬまま、道真は驚愕に満ちた表情で仰向けに崩れ落ちた。

「倒したか……。だがまさか飛竜を使う事になるとはな……」

『仕方がないわ、ヨコシマ。力を隠しながら戦っているのだから……。でもアシュ様の気配はないから大丈夫だと思うわ』

『ええ、道真公の怨霊は予想以上の力を持っていましたから……。それに一瞬でしたから道実公の怨霊も何があったのかわからないようでしたし……』

 忌々しげに呟く横島の脳裏に、ルシオラと小竜姫の意識が優しく語りかけ慰める。

「ああ、使ってしまったものは仕方がない。でも小竜姫の言うとおり道真は結構強かったぞ。ほら……斬られる直前に再び扇子を投げたんだ」

 そう言って自分の首筋に手を当てる。
 そこにはうっすらと赤い線が付いていた。

『ヨコシマ……血が出てるわ。でも斬られたのは薄皮一枚ってところね……』

『さすがですね。攻撃に霊力を殆ど向けていたにもかかわらず、咄嗟にこの部分のシールドを強化していなければ斬られていたでしょう……』

 道真は自分が斬られる瞬間、せめて相打ちに持ち込もうと再度扇子に魔力を注ぎ込んで手裏剣のように投げ、横島の首を狙った。
 躱す事も、先程のように防御に十分な霊力を廻す事も不可能と悟った横島は、僅かに首を動かすと共に首の部分の霊波シールドを強化し、その攻撃を防ぐ。
 しかし道真の怨霊の魔力を完全に防ぐ事が出来ずに、ほんの僅かだが傷を負ったのだ。

「かなりの強敵だったよ。でも最後は飛竜で斬ったから、切り口周辺の奴を形作る瘴気が浄化されていく」

 横島の言葉通り、道真の身体はゆっくりと気化するように崩れ始めていた。

「さて……美神さん達やメフィストはどうなってる?」

 横島は時を同じくして戦っている仲間の様子を確認すべく、跳躍して宙に浮かび周囲を見回した。






「ククク……相手が貴様だとはな。この裏切り者め!」

「ふん! 勝手にそっちが不良品だって言って消そうとしたんじゃない!」

 お互いに睨むような視線を相手に送りつつ、ジリジリと距離を詰めようと動くメドックとメフィスト。
 だがメフィストには心の中にどこか余裕を持っていた。
 元々の基礎魔力はメドックの方が高い上、永い時を生きているメドックは戦い方も狡猾だ。
 そのため、メフィストが勝つ事は容易ではない。
 しかし今の自分には新たに手に入れた大きな力がある。
 それがメフィストに余裕をもたらしているのだが、それはまだ経験が圧倒的に浅いため慢心という副産物を生み出していた。

「くたばれメフィスト!!」

 ビシャッ!

 その言葉と共にメドックの口から勢いよく吐き出された透明な何か……。
 本能的に危険を感じたメフィストは慌てて身体を捻り回避する。
 それはメドックの牙から出る猛毒を飛ばしたモノ。
 顔にでも掛かれば、魔族のメフィストであっても失明は免れない威力を持っている。

「今のは……えっ!?」

 通り過ぎた液体の正体がわからないため、そちらに視線を送ってしまい注意が逸れたメフィストは迫り来る殺気にハッと振り返る。
 メドックがその隙を突いて一気に迫ってきたのだ。

「このっ!」

 サッと上げた手から魔力砲を放つメフィスト。
 エネルギー結晶を飲み込んだせいか、いつもの2倍の出力の魔力砲がメドックを直撃する。

 ドゴオォォォオオン!

 メフィストは、確かに自分の放った魔力砲がメドックに突き刺さり、その身体がもんどり打って倒れるのを見た。
 だが……。

「キシャアアァァァアッ!」

 なぜか既に手を伸ばせば届くような距離にメドックの大きく開いた口が迫っていたのだ。
 その口腔には鋭い毒牙が鈍い光を放っていた。

 混乱しながらもこのままでは咬まれる! と思ったメフィストは躊躇無く前に踏み込む。
 下がったところで逃げ切れないと判断したためだ。

 バキッ!

 踏み込んだ事でメドックの攻撃を躱したメフィストは、お返しとばかりに強烈なアッパーカットをメドックの喉にお見舞いする。

「グオッ!」

 僅かに苦しそうな表情を見せたメドックだったが、次の瞬間にニヤリと笑みを浮かべる。
 そして通り過ぎたはずの首を強力な筋肉で曲げ、反時計回りに進行方向を変えるとメフィストに巻き付こうと長い身体をうねらせた。

「そんなっ!? 何でこんなに長いのよ?」

 メフィストが驚くのも無理はない。
 今やメドックは巨大な蛇(コブラ)そのものとなっており、あった筈の手足が無くなっているのだ。

 シャアアァァァァアッ

 あっという間に何重にも巻き付く腕よりも太いメドックの身体。
 まるで鋼の鎧でも着ているかのように黒光りしている鱗、強靱な筋肉によって脈動する胴体。

「し…しまった!」

「かかったな! さっき貴様が吹き飛ばしたのは俺様の抜け殻だ。もう慌てても遅い、こうなったら逃げられはせんぞ!」

 幾重にも巻き付いたメドックの身体がピタリとメフィストに密着する。
 メドックはメフィストの攻撃を脱皮する事で避け、脱皮殻を目眩ましに使ったのだ。
 スルスルとその光沢を放つ身体が動き、あっという間に端から見ると、とぐろを巻くように巻き付いたメドックの身体から、メフィストの首から上と、腰から下が出ているようにしか見えなくなっていた。

 ギリッ……

「クウゥゥ…………」

 その長い身体に力が入り、締め上げられたメフィストの身体が嫌な音を立て軋む。

「ククク…………俺の胴締めは魔族である貴様であっても、霊体を砕き死に至らしめる。その上で頭から飲み込んでやろう」

 メドックはちょうど顔をメフィストの顔の正面に来るようにすると、明らかに悦楽に満ちた瞳でそう言い放つ。
 尤も……蛇そのものの瞳は冷たく普段と形が変わらないが、明らかに嗜虐の色が浮かんでいるのだ。
 メフィストは何とかメドックの締め付けを脱しようとするのだが、腕すら自由に動かせない状態では出来る事は殆ど無い。

「ううう……こんな……こんなところで……死ねない!」

 そう叫んだモノの、メドックは徐々に締め上げを強くして、ゆっくりと、しかし確実にメフィストの抵抗を削いでいく。

「ククク……良い様だなメフィスト。ついでに貴様の顔を切り刻んで楽しませて貰うとしよう。尤も、毒によって楽しむ間もなく死ぬだろうがな」

 クワッと口を開き、毒牙を見せつけるようにメフィストの顔に噛み付こうというのだ。

『いまだ!』

 身体をギリギリと締め付ける痛みに耐えていたメフィストは、遂に勝機が訪れた事を知った。

「ひゅっ!!」

 封じられていない口から息吹と共に放たれる焔

 ドガッ!!

「ぐわああぁぁぁあ!!」

 焔はメドックの口の中に入り込み、巨大な爆発となって大きなダメージを与えた。
 思いもかけない攻撃とその威力に、メフィストを締め付けていたメドックの力がフッと弱まる。

「私の勝ちよ! 死ね!」

 その隙を突き、エネルギー結晶を飲み込んだ事で高まった自らの魔力を一気に全身から放出する。

 ズドドドドドオォォォオン!!

 ビキッ! ブツッ! ドシャッ!

 至近距離から、自らの6倍近い魔力を叩き付けられたメドックは、その長大な身体を幾つにも引きちぎられて吹き飛んだ。

「ククク……俺の…方が……地獄へ送られ…ちまったな……。先に行って……待ってるぜ」

 吹き飛び地面に落ちた首がそれだけ言うと、眼から光が消える。

「勝った……わね……」

 ガックリと片膝を突くメフィスト。
 それなりにダメージを負い、消耗もしたのだ。
 しかし、目前の敵はこれで排除する事ができた。
 道真の怨霊も、どうやら高島の来世である横島が倒したようだった。

「はっ!? 高島殿は無事!?」

 自分の大事な想い人の事を思い出したメフィストは、慌てて周囲を見回した。






「ちっ……俺の相手はひ弱な人間か……。つまらんな」

 シルエットだけを見れば、完全に立ち上がった巨大ゴキブリにしか見えないコルキアがその仮面のような顔で呟く。
 かつて(この時代から見れば未来)横島が戦ったマンティアのように、ゴキブリの頭部の下に人型の顔が付いているのだ。

「けっ…! 好き勝手言いやがって! どうするんだ西郷? お前バカにされているぞ」

「どうすればそういう結論に達するんだ!? バカにされるべきはお前の頭の中だろう!」

 明らかに自分達を見下している魔族の目前で、漫才のような言い合いをしている高島と西郷。

「ちょ、ちょっと二人とも! もうちょっと真面目に……」

 美神がそう言いかけた時、いきなり高島と西郷がパッと跳躍して離れ、一気に術を発動する。

「急急如律令! 我が剣となりて敵を滅ぼせ! 大雷!!」

「陰陽五行汝を調伏する!! 鋭ッ!!』

 ドガガガガガ!!
 バシュッ!!

 印を結んだ高島から強力な雷が放たれ、西郷の結んだ印より発した指向性霊力波共々、コルキアを直撃する。

 ズガアァァァアン!!

「な、何だと!? グワッ!」

 明らかに侮っていた人間からの思いもかけない強烈な攻撃を受け、漫然とシールドを張っていたコルキアは驚愕する。
 なぜなら、高島と西郷のそれぞれの攻撃は出力にして100マイト程度なのだが、それが見事に一点集中という形でシールドに突き刺さり破ったのだから。
 これはコルキアの防御魔力に過大な負荷をかけ、全方位に展開させたシールドを破るのに十分な威力だった。
 陰陽師である高島と西郷の霊力は大体九能市の基礎霊力と同じぐらい。
 だが陰陽術は呪文を唱える事で霊力を集束・増幅することができる。
 密教の真言などと同じく、印や呪文など一定の手順を踏む事で霊力を増幅するのだ。
 したがって、現代のGSに比べれば強力な攻撃や防御の技を使える。

「いまだ!」

 高島の声に促されるように、美神も敵が怯んだ隙を突いて神通鞭を振り抜く。

 ビシィ!!

「オゴワッ!」

 メフィストと同レベルの出力で攻撃を受けたコルキアは、その直撃を食らって吹き飛ぶ。

「やったか?」

「わからんが……かなりのダメージを与えたはず……」

 美神の攻撃を感心して見ていた高島と西郷が期待を込めた眼差しで、吹き飛び倒れた魔族を見詰める。 

 ドゴオオォォォン!!

 だが周囲の木々を吹き飛ばし、怒りのオーラを身に纏ったコルキアが立ち上がった。
 その身体はかなりのダメージを受けているが、未だ戦闘能力は健在のようだ。

「うそ……!? この前のメフィストと同レベルの魔力しかないくせに、何で今の攻撃を食らって動けるのよ?」

 コルキアの予想外のタフさ加減に、美神が呆れたような口調で呟く。
 先程の美神の一撃は2人同時の攻撃よりもさらに霊力が込められており、どう考えても高島と西郷の攻撃で魔力シールドを破られたコルキアが防げるはずがない。

「フフフ……俺の背中の羽が変形したこのマントは、その程度の攻撃なら吸収し跳ね返してしまうのさ。最初の一撃は予想外なんで直撃だったが、お前の一撃はこのマントで防ぎきったからな……」

 勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべるコルキア。

「ちっ! 思ったより手強いわ!」

 バックステップで西郷達の元まで下がった美神が呟き、西郷は忌々しそうな眼差しで見詰める。
 だが一人高島だけが何やら考えていた。

「次は俺の番だ。お前達にこれを防ぐ事が出来るか?」

 そう言ってゴキブリの頭部に付いている顎が開き黒い光の球が発射される。

「いけない! みんな逃げて!! あでは病魔の塊よ! まともに食らったら霊力も体力も根こそぎ奪われるわ!!」

 周囲を監視しながら美神達を見守っていたヒャクメの声で、敵の攻撃の正体を知った美神達は慌てて迎撃しようとする。

「急急如律令! 我が写し身をもって災いから護らせたまえ!」

「存思の念、災いを禁ず!! 病魔よ退け!」

「精霊石よ、護って!」

 高島は懐から何枚かの人形に切った紙片を取り出し、呪を唱えて空中にばらまく。
 するとその1枚1枚が式神となって横島の代わりに病魔に飲み込まれる。
 不思議な事に、高島に向かった病魔群は全てこれら式神に向かい本人に達するモノは一匹もいなかった。

 西郷の発した術は自分に向かってくる病魔そのものの存在を禁ずるもの。
 その力の前に消滅していく病魔。
 美神は自分の身に付けている精霊石を放り投げ、その光で邪な存在を消し飛ばした。

「人間の分際で生意気な! この俺の攻撃を防ぐとは! ならばこの手で引き裂いてくれる!」

 遠距離攻撃を防がれたコルキアはそう叫ぶと3人に向けて走り始めた。
 そんなコルキアを見ながら、三者三様の方法でコルキアの一撃を防いだ3人は次の攻撃に入ろうとしていた。

「おい西郷。お前の術で後ろから俺を撃て!」

「な…なんだと!? いくらお前にとはいえ、そんな卑怯な真似を私がするとでも……」

「いいから撃て! そうじゃないと奴の防御を崩せないだろーが!」

「まさかお前……大極波を撃とうっていうんじゃ……」

「ああ、やりたかねーけど、それぐらいの術じゃねーと奴を倒せないみたいだからな」

 ヒソヒソと小声で相談した高島と西郷は、決心した表情で高島が前、西郷が後ろという形でお互いが距離を取る。

「神威如獄! 神恩如海!!」

「陰陽五行汝を調伏する!! 鋭ッ!!」

 西郷から高島に向かって放たれた気の塊は、高島の両掌の間に集束して浮かぶ気と混じり合い数倍の威力を持った霊波砲として放たれる。

「食らえ! 大極波!!」

 ドガガ!! ガラガラガラガラッ!!

 先程までとは比べものにならないほど強大な霊波砲がコルキアに襲いかかる。
 その出力はコルキアの防御魔力を遙かに越えていた。

「何だと!? 馬鹿な、人間にこんな強力な攻撃が……!!」

 慌ててマントで身を包み、廻せるだけの魔力を防御へと注ぎ込む。
 しかしコルキアといえども早々、これだけのエネルギーを相殺できるモノではない。
 そして……高島が西郷の術を我が身に受けたのを見た美神は、正確に高島達のやろうとしている事を理解していた。

「このGS美神が……極楽に逝かせてやるわ!!」

 決め台詞と共に、高島の術より僅かに早く放たれた美神の神通鞭は、霊波砲とほぼ同時にコルキアを直撃する。
 
 ズガアアァァァァァァアアン!!

 霊力と魔力がぶつかりあい、強烈なエネルギーが発生する。
 
「グギャアアァァァァアアッ!!」

 自分が人界で使う事の出来る魔力以上の攻撃を受け、高い防御力を誇るコルキアも為す術もなく消滅を余儀なくされたのだった。






「なんとか……倒した…みてーだな……」

「ああ、美神殿が我らに合わせて攻撃をかけてくれたからな」

 無茶な大技を使ったため、肩で息をしている高島の言葉に答える西郷。
 何だかんだと言っても、陰陽師としての高島の実力を高く評価しているのだ。

「でも…凄いわね、西郷さんも高島さんも。あんな技、私達の時代のGSじゃ使えないわよ」

 神通棍を元に戻し、戦闘態勢を解いた美神が感心したように二人を褒める。
 何しろ、念法も使わずに自分の全霊力より強力な術を使い、さらには二人の術を合わせて増幅までしてみせたのだから。

「密教や陰陽術は、より簡便に自分の持っている霊力を有効に攻撃や防御に使う事が出来るから、平安時代にこれ程広まったのさ。何しろ簡単ではないが念法の修行よりは修得できる確率が高いからね」

 そこへ怨霊道真を倒した横島が近付き美神の疑問に答える。

「何しろ苦労してチャクラを制御しなくても、信仰によって背負う神の力や、呪文や符の力を使って自分の持つ基礎霊力の2倍ぐらいまでは使えるようになる。だから、ちょうど妙神山で斉天大聖老師の修業を受ける前の美神さんぐらいにはなれたんだ。一流の陰陽師ってのはね」

 横島の説明を真剣な表情で聞き、コクコクと頷いている美神。
 西郷や高島、さらにメドックを倒したメフィストも真面目な表情で聞いている。

 まあ、陰陽術だって長い修行の末にそこまで到達するんだけどね、と最後に付け加える横島。
 それには西郷と高島も大きく頷く。

「これで取り敢えずの敵はみんな倒したってことね」

「ええ、アシュタロスの部下の中で一番強い道真を倒したから、後はアシュタロス以外に敵はいないはずよ」

 美神の言葉に頷くメフィスト。

「じゃあ今のうちにさっさと逃げた方がいいんじゃないか?」

 勝てない戦いなどしたくない高島が、至極妥当な案を口にする。

「高島の言うとおりだ。魔王などという奴を相手に……」

 同意する西郷の言葉はそこまでで遮られる。

「みんなっ! どうやら御大将のお出ましみたいなのねー」

 悲鳴のようなヒャクメの声が全員の耳に届いたから……。
 いよいよ運命の時は近付いていた。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system