フェダーイン・横島

作:NK

第65話




「これは驚いた……。まさかメドックやコルキアだけでなく道真まで滅せられているとは……」

 三日月を背景に空中に浮かんでいるマント姿の人影。
 6大魔王の一人、アシュタロスである。
 抑えてはいても膨大な魔力が吹き出している様は、まさに魔王といった感じだ。

「いいのかアシュタロス? こんなところに自らお出ましして。そもそもお前レベルの魔族が人界に来る事自体、異例中の異例だろう?」

「お前が道真が言っていた神族か……。成る程、かなりの実力だな。なぜお前ほどの神族が出てきたのだ? 調査官たる下級神族まで連れて」

 表面上、アシュタロスを前にして全く怯んだ様子の見えない横島が口を開き、アシュタロスも自分の今回の作戦を滅茶苦茶にした存在を確認し興味を引かれる。

「なに、あんたがやりすぎただけだよ。道真公の切り離した怨念をいじったのが悪かったな。俺は神族の道真公に頼まれて様子を見に来ただけだからな」

 スラスラと理由を口にしている横島だが、これは事実であっても正しくはない。
 横島は確かに太宰府に赴き、神の道真と話をしていた。
 だがそれは美神や横島が生きている時間軸での事。
 メフィストの事を覚えていた道真にある程度の事情を話し、いざというときには口裏を合わせてくれと頼んでいたのだ。
 しかしこの時代の道真(神)とは会った事など無い。

「そうだったか……。少し遊びすぎたと言う事か……」

 しかしアシュタロスは横島が言った事を検証し、十分にあり得る事だと思ったため忌々しそうに呟く。

「まあいい、それより今の問題はメフィスト、お前だ。私から奪ったモノを返して貰おうか」

 イレギュラーが生じた事は問題だったが、それでも自分と戦って勝てるとも思えないので、アシュタロスは本来の目的を果たすべく視線を己が創ったメフィストに向ける。
 メフィストを見詰めるアシュタロスの冷たい視線。
 それはメフィストにとって造物主からの巨大なプレッシャーとなってのし掛かる。

「……こ…この――――!!」

 ズバッ!!

「ま、待てメフィスト! 早まった行動は…」

 そのプレッシャーに耐えきれなくなったメフィストは、防衛本能から横島の制止より速く腕を向け渾身の魔力砲を放った。

 カキイィィィィイイン!!

 だが撃ち出された魔力の奔流は呆気なく、スッと前に出されたアシュタロスの掌で弾き返されてしまう。

「え……!?」

 先程メドックを倒した時より明らかに低下している魔力に驚くメフィスト。
 その隙に横島は高島や西郷、美神を庇うように立ち塞がる。

「無駄だ。お前が食った結晶は、私のために特別に造られたものだ。私以外の誰もあの結晶を消化して使う事はできん。お前に使えるのは、結晶に含まれる僅かな不純物にすぎん。さっさと吐き出せ!! 私が所有しなければ何の役にも立たんのだからな」

「くっ……」

 自分の事をバカにするようなアシュタロスの口調に、唇を噛み締めるメフィスト。
 自分の力ではまるで歯が立たない事は今の一撃で嫌と言うほど理解できた。
 しかし、ここで奪った結晶を吐き出しても自分達を見逃してくれるとは思えないため、彼女も素直にそれに従うわけにはいかない。
 何とか自分と高島を見逃して貰うよう、交渉しなければいけないのだ。
 頭を目まぐるしく働かせているメフィストだったが、何しろ生まれて2週間も経っていないため、自分より遙かに格上の相手と交渉するスキルなど持ってはいなかった。

「……わからん奴だな」

 何やら思考に没頭し動かなくなったメフィストを見ていたアシュタロスだったが、いい加減焦れてきたのかスッと人差し指を地上の人間達に向けようとする。

「一つ確認したいんだがな……」

 だが絶妙のタイミングで横島が声をかけ、少なくてもこの瞬間に誰かを殺そうとする意志がアシュタロスの頭から潰えた。

「……なんだ?」

「メフィストがあんたの言っている結晶とか言う奴を返したら、ここにいる我々を無事に帰すつもりなのか?」

「そんなわけなかろう。お前達を始末しないと私も立場がまずくなるのでね」

「そうか……だったら返しても、返さなくても我々の運命は同じっていうことか?」

「当たり前だ。だが……大人しく返せば苦しまずに楽にしてあげよう」

「そうか……じゃあ」

 シュン!
 ビシュッ!!

 そこまで言った横島の姿がぶれたかと思うと、一瞬後には空中に姿を現し霊波刀で一撃を加えていた。
 横島の霊力は、小竜姫の霊基構造コピーのみと共鳴した時の最大出力である6,000マイト近くまで上がっている。
 彼はフル出力を出して超加速で間合いを詰め、霊力を練り上げた霊波刀で斬りかかったのだった。

「戦うしかないだろ?」

 横島の言葉が至近距離から聞こえた事に驚くアシュタロスだったが、横島が超加速という自分の部下である魔族が使っていた技を身に付けていたのだと瞬時に理解した。
 そして横島の斬撃を本能的に躱そうと身体を動かす。
 油断していたため、シールドを上げている時間はないと判断したためだ。

『くそっ…! 浅い!』

 霊波刀から感じられる手応えの無さに一瞬眉をしかめる顔をしかめる横島。
 まさに不意を付いた渾身の一撃は、咄嗟に僅かに身を退いたアシュタロスの纏っていたマントのフードのみを斬り裂いただけ。

「やるね…。それにしてもまさか君の霊力がそこまで高いとは思わなかったよ」

 そう言ったアシュタロスが魔力砲を放った時には、既に横島は再び超加速でアシュタロスの後方に回り込んでいた。

 バキッ!

 回り込む途中で再び繰り出した斬撃は間違いなくアシュタロスの身体を捉えたが、その強大な魔力シールドの前に呆気なく弾き返される。

「さすがだな…………。俺の霊力じゃ、あんたのシールドを破るのは無理らしい」

 呆れたように口を開く横島だったが、予想していたとはいえアシュタロスの圧倒的な力に冷や汗を流していた。

『やはり強いな……。今の奴は冥界チャンネルを妨害する必要がないから、本気を出せば10,000,000マイトの魔力ってわけだし……』

『そうね。いくらヨコシマでも今の状態ではアシュ様に勝てないわ』

『でもこうして何とか足止めをして、ヒャクメに計画通り未来に飛ばして貰うしかありません』

 横島は必死に頭を回転させてこの状況を乗り切ろうと策を練っている。
 だがやはりアシュタロスが強すぎるのだ。
 正確には強いのではなくパワーの差がありすぎて、大人に幼稚園児が殴りかかっているようなものだと言える。

「どうやら、まず君を消さないと話が進まないようだね。よかろう、相手をしてやろう」

 五月蠅いと感じたのか、アシュタロスは完全にターゲットを横島に定めた。



 ゴゴゴゴゴゴゴ………………

 アシュタロスが抑えていた魔力を少しだけ開放する。
 それだけでも50,000マイト近い魔力であるのがわかる。

『本気を出しても勝てるかどうかわからないな……。こりゃあ文珠を使わない限り足止めすらできそうにない』

 内心そう思って焦っているのだが、表面上は無表情を装っている横島。
 この状態で創りだした単文珠に込められる霊力は13,000マイト程度。
 道真から貰った事にするためには、使う技は雷撃系統にしないとまずい。
 だがアシュタロスはまだ横島の事をかなり舐めている。
 どうせ自分にはパワーが違いすぎて傷一つ付けられないだろうと考えているのだ。

「さて、君と私では霊力差がありすぎて戦いにならないだろうが、どうやって挑んでくるつもりだ?」

 滅び行く弱者の最後の足掻きを見届けてやろう、という雰囲気のアシュタロス。
 横島としてはそのアシュタロスの余裕にこそ付け入る隙を見出すしかない。

「確かに俺の霊力じゃあんたには歯が立たないさ。だが使えるものは何でも使うのが俺の性格でね。例え自分以外の力でも……。いくぞ!」

 そう言って霊力を両手に誘導し、最大限に集束・増幅させて霊波砲を放つ。

 ドゴオオォォォォオン!

 それはいつもよりさらにエネルギーが集約されたもので、まるでレーザー光線のように細い光の筋となって目標に直進する。

「ほう……? エネルギーを集約させて貫通力を増した霊波砲か……。なかなか器用な事をする!」

 横島の強烈な一撃を片手で集束展開させた魔力シールドで無力化させながら、感心したように相手の技を分析する。
 アシュタロスは少しだけこの龍神族の若者に興味を持った。
 しかしこの攻撃は陽動だった。
 アシュタロスの注意が霊波砲に向いた瞬間、横島は手に持っていた4つの文珠を空高く放り上げる。

「雷光召喚!」

 ピシャッ! ガラガラガラ―――― ドッシャ―――ン!!

 横島の言葉と共に天空で4つの光が輝き、空を走る4本の雷撃がアシュタロスに襲いかかる。
 それぞれが9,000マイトの出力を誇る雷が一点に集中することで、さすがのアシュタロスの魔力シールドも歪み、エネルギーを削り取られてしまう。

「うぬっ! 術式も組み立てずに攻撃法術まで使うとは……。今のは文珠か!? そんなものまで神族の道真に貰ってきたか?」

 少しだけ慌てたアシュタロスだが、歪み、崩れかけたシールドに魔力を注ぎ込み即座に安定化させてしまった。
 さらに種明かしまでされてしまった横島としてはもう打つ手がない。
 こちらの作戦通り、使用した文珠が道真から貰った物だと勘違いしてくれたのがせめてもの救いである。

『まだか…? まだ準備は出来ないのか、ヒャクメ?』

 現段階で使用できる最大の技を呆気なく防がれてしまった横島としては、ヒャクメの準備が早く終わる事を祈る事ぐらいしか出来る事はなかった……。






 空中で横島とアシュタロスの戦いが始まった頃、地上ではヒャクメが鞄を取り出して美神の時間移動能力を利用するための準備を始めていた。
 美神の額にコードのような物を取り付け、カタカタと何やら設定を行う。

「何をする気? 時間移動で逃げるの?」

「いいえ、貴女の能力を使って奴を未来へ吹っ飛ばすの! だから霊力を集中して! 早くしないといくら横島さんでも抑えきれないのねー」

「わ、わかったわ!」

 美神とヒャクメが作業している横で、西郷、高島、メフィストは空中での戦いを呆然と見詰めていた。

「お前の来世……横島殿でも歯が立たないようだな……」

「ああ、あのアシュタロスって奴の力は桁違いみたいだからな……。このままじゃ俺達みんなやられちまうぞ」

「ごめん……私ったら結局役立たずで……」

 自分の無力さを思い俯くメフィスト。
 そんな彼女の肩をそっと抱く高島。

「そんな事言ったら俺なんてもっと無力だろーが。だけどな……虫けらにも五分の魂があるって見せてやる」

 そう呟くと高島はメフィストの身体から手を離し、短刀で自分の身体を傷つけ流れ出た血を懐から取り出した呪符に染みこませる。

「高島……貴様何をする気だ?」

 その様を見た西郷が怪訝そうに問いかける中、黙々と符に血を染みこませる作業を行っていた高島は顔を上げずに口を開く。

「来世の俺があれだけ頑張っているのに、本家本元の俺が何もしないで見ているってーのはな……。西郷、お前もこの術が何だかわかるだろう?」

「……これは、禁呪か? 確かに時間を稼ぐには有効だろうが……」

「わかってるなら手伝え! この呪符を必要なところに張らなきゃいけないんだからな」

 そう言って半分を西郷に押し付けると、自らも周囲の木に呪符を張り付けていく。

「高島殿……何をしようっていうの?」

 忙しく動き回る高島に、唯一何がどうなるのかわからないメフィストが尋ねる。
 その眼には不安が色濃く現れていた。

「ああ、魔王様って奴に人間の意地を見せてやろうと思ってな」

 高島がそう言った時、上空で眩い光が輝いた。
 慌てて上を見た一同が眼にしたのは……アシュタロスの魔力砲が直撃し吹き飛ばされた横島の姿だった。



 バキイィィィィイイン!!

 攻撃法術を防がれた後、横島は超加速と霊波砲、さらには体術まで駆使してアシュタロスを翻弄していたが、地力の差はいかんともしがたく遂に直撃を受けてしまったのだ。
 無論、サイキック・シールドに角度を持たせて展開し、魔力砲のエネルギーの大部分を逸らしたとはいえ、アシュタロスが放った巨大なエネルギーを完全に防ぐ事など出来なかった。
 最後の瞬間、シールドは砕かれ、エネルギー波が横島を直撃する。

「ぐおっ…!!」

 龍神の甲冑と自分の周囲に全霊力を注ぎ込んで防御したが、もの凄い衝撃を受けた横島は口から血を吐き落下していく。
 甲冑がなければ肋骨の何本かは折れていただろう。

『ヨコシマ!? ヨコシマ、意識を保って!!』

『忠夫さん!? 大丈夫です! 傷は深くはありません!』

 頭の中で絶叫するルシオラと小竜姫の意識の声に、薄れかけた意識を何とか覚醒させる横島だったが、身体を動かそうにも言うとおりに動いてはくれない。
 そのまま錐揉み状態で落下する横島は、何とか霊力のコントロールを行い体勢を立て直そうとした。

「うぐぐ……。くそっ! あまりに強烈な魔力エネルギーを食らったせいで、体内の霊気の流れが乱されコントロールが……」

 だが自分の霊気の流れを再チェックした横島の口から、絶望的な一言が語られる。

『駄目! このままでは地面に激突するわ! いい、私の言うとおりにしてヨコシマ!』

 為す術のない横島に強い口調で指示するルシオラ。
 このまま地面に激突すれば、すぐには回復不能なダメージを受けてしまう事が横島にもわかっていたため、何をする気かはわからぬが頷く。
 それはルシオラの意識を信用しているからこそ……。

『ヨコシマ、小竜姫さん。一瞬だけ私も魂を共鳴させるから、右手のコントロールだけ私にさせて』

『わかりました。頼みます、ルシオラさん』

「仕方がないか……。頼む!」

 ―― 神・魔・共鳴! ――

 一瞬で3人の魂を共鳴させた横島の身体が白色から金色のオーラに切り替わる。
 そしてルシオラの意識は浴びせかけられた膨大な魔力エネルギーを取り込み、変換させる間も惜しんで横島の右手を通じて魔力砲として地面目がけて撃ち出した。
 その反動と、地面から湧き上がる爆風でスピードを減速させた横島は、何とか激突を回避して着地することができた。

「ふふ……流石だな、ルシオラ。ありがとう……」

『凄いですね、ルシオラさん。よく考えつきましたね』

 何とか着地したものの、未だ身体を上手く動かす事の出来ない横島が木にもたれ掛かりながら呟く。
 小竜姫の意識も感心したようにルシオラの行動を称えた。

『だってヨコシマを助けるためだもの。それより身体の方はどうなの、ヨコシマ?』

「ああ、あと1分もすれば元どおりに動かせるようになる。それまで美神さん達が無事だと良いんだが……」

 チャクラをいつも以上に廻す事で、体内の霊気の流れを自分の制御下に戻そうとしている横島。
 ひょっとしたら今度は高島を死なせないで済むかもしれない、という横島の密かな願いは今、潰えようとしていた……。






「あの爆発では、例えまだ命があったとしてもタダでは済むまい……。さて、最大の邪魔者がいなくなったところで結晶を回収するとしようか」

 小五月蠅く飛び回って攻撃をかけてきた横島を漸く撃退したアシュタロスは、一瞬止めを刺そうかとも思ったが、現時点での優先事項を思いだし放っておく事にした。
 例え生きていたとしても、あのダメージなら事が終わるまでは動けまい、と考えたのだ。
 ルシオラの意識がアシュタロスの魔力を利用して魔力砲を放ったため、横島の神気が結果として弱く感じられた事もアシュタロスの判断を誤らせていた。



「よ、よこしまくんっ!!」

 精神を集中して時間移動能力を起動させようとしていた美神は、横島がアシュタロスの魔力砲で吹き飛ばされる様を見て青ざめた表情で絶叫する。
 釣られて上を見たヒャクメも呆然としていた。
 しかしすぐに我に返ると、鞄の中のディスプレイを眺める。

「美神さん! 早く意識を集中しないと駄目なのねー!!」

「だって……横島君が…横島君が……」

 せっかく進めていたシークエンスが駄目になってしまい、焦るヒャクメが珍しく大声で美神を叱りつける。
 だが美神は蒼白になり、虚ろな眼差しでブツブツと横島の名前を呟くだけだ。
 そんな美神の肩を強く掴み、ヒャクメは尚も言葉を続ける。

「大丈夫、横島さんは無事よ! ただこっちに戻って来るには少し時間が掛かるわ! それ相応のダメージを受けているから。だけど、今貴女が自分を失って時空震を作り出せなかったら、私達も横島さんも全員死ぬのよ!」

「……全員…死ぬ……?」

「そう、全員死んでしまうの! だからもう一度、時空震発生シークエンスをやりますよ!」

 普段のおちゃらけた雰囲気をかなぐり捨て、真剣な表情で美神を叱咤するヒャクメ。
 その姿はさすが神族という威厳を持っていた。

「……わ、わかったわ」

「じゃあ再開するのねー」

 再び作業を再開しようとしたヒャクメだったが、その会話を聞いていたアシュタロスはメフィストの作動不良の原因に気が付いた。

「今の会話……時空震…? 成る程…………生まれ変わって時間を遡ったのか…。そっちの女、メフィストの来世だな!? そういうことだったのか……」

 とすると、今倒した神族も未来の存在なのか、と納得する。

「高島……準備は出来たぞ!」

「こっちも完了だ、西郷! いいかメフィスト、俺が教えた通りにやるんだぞ!」

「わ、わかったわ、高島殿」

 一方、美神達とは別に策を練っていた高島達は準備を終えていた。

「フ……何をする気か知らないが、しょせん虫けら共のやる事。だがこれ以上五月蠅くされるのはかなわんな」

 そんな姿を見下ろしていたアシュタロスは、フッと姿を消すと次の瞬間、メフィストの眼前にその身を運んでいた。

「――――!! ガッ!?」

 驚愕したメフィストは一瞬反応が遅れ回避できなかった。
 ガシッとアシュタロスの左腕で首――正確には顎の下――を掴まれ吊し上げられてしまう。
 振り解こうと両手でアシュタロスの腕を掴むが、パワーの差はいかんともし難く抵抗らしい抵抗も出来ない。

「この野郎! 急急如律令! 我が剣となりて敵を滅ぼせ! 大雷!!」

 メフィストを吊し上げたアシュタロスに、憤怒の表情の高島が自分自身の最大攻撃呪文を唱える。

 ドガガガガガッ―――!!

 しかし横島の雷光召喚ですら防いでしまうアシュタロスにとって、せいぜい100マイト程度の霊力しかない雷など蚊に刺されたほどでもない。

「くそっ! やっぱり効かねーか。やい、てめー、メフィストを離しやがれ!」

 自分の女だと思っているメフィストに、理不尽な暴力を振るう(高島主観)アシュタロス相手に啖呵を切る高島。
 煩悩(だけでは無論ないが…)がベースとはいえ、この辺の度胸は凄まじかった。
 しかし、相手は魔王クラスである。
 その挑発的な行為はある意味、正当に報われた……。

「……今、何かしたか? ふむ、先程の神族と似ているな。それにどうやらメフィストに妙な影響力をもっているらしい。ひょっとして…あの神族、半分は人間か? 魂の感じがこいつと似すぎている。ふむ、来世かもな。だが……目障りだ……」

 そう言うとスッと右手をマントから出して人差し指を高島に向ける。
 それは本当に何気ない仕草だった。

「高島―――っ! 避けろ―――――っ!!」

「――っ!?」

 いきなり聞こえてきた横島の声に、反射的に体を動かそうとした高島だったが既に遅かった。

 パンッ!!

「いっ!?」

 何気ない動作から発射された魔力弾は寸分の狂い無く高島の頭部を直撃する。
 あまりの速さに驚愕の表情を残しつつ、高島はゆっくりと仰向けに倒れた。
 自分を殺した相手の技を正確に理解する暇もなく、即死という形で高島はその人生を終えた……。

 ドゴオオォォォォオン!!

「うおっ!?」

 横島が死んだと勘違いして魔力シールドを下げていたアシュタロスの背後に、高島への着弾の一瞬後、神人共鳴で最高位に霊力を練り上げた横島の集束霊波砲が直撃する。
 それは12,000マイト近い威力を持った、この時代で見せる事のできる最大出力の霊波砲だった。
 魔力シールドを一部突破され、背中に衝撃を受けたアシュタロスは吊していたメフィストを放り出してしまう。

「なっ…!? 貴様……生きていたのか? 信じられん……」

 ボロボロではあるが、しっかりと自分の足で大地を踏みしめている横島の姿に驚くアシュタロス。
 普通の神魔族であれば、あの攻撃を食らって無事なはずが無いという自負があるのだ。

「た……高…………あ…あ……あ……!!」

 アシュタロスから開放されたメフィストは、倒れた高島の身体に縋り付き驚愕のあまり呆然としたまま言葉を発する事すらできなかった。
 高島は死んでいる……。
 魔族である自分にはそれがわかってしまう。
 すでにその動かなくなった身体から、魂が抜けようとしているのだ。
 その魂をそっと手に乗せ、宝物でも扱うように慎重に掻き抱く。

「うっ……ううぅ…………高…高島……殿…………」

 閉じた両目から涙が止まることなく溢れてくる。
 認めたくなかった。
 高島が死んでしまった事を……。
 だが目の前に突きつけられる冷厳な事実。

「横島さんっ! もう少し…もう少しだけ頑張って!!」

 アシュタロスと対峙する横島に、今少しの足止めを懇願するヒャクメの声にハッとする西郷。
 さすがの横島も強大な相手との戦いで披露しているのか、その表情は苦しげに歪んでいた。

「メフィストどの……。気持ちはわかるが、今は高島が考えた術を発動させるのが先だ。そうしないと…高島は犬死になってしまうぞ」

 生前は色々と含むところがあった相手だが、陰陽師としての実力を高く評価していた西郷はメフィストの肩に手を置き告げる。
 その言葉にコクンと頷くと、メフィストは高島が最後に仕掛けた術を発動させるべく、起爆装置の符に霊力を込める。
 その手に自分の手を重ねる西郷。
 この術でアシュタロスを足止めするには、術を起動させる者の霊力が高くないと意味がない。
 一種の呪縛である以上、高島や西郷が発動してもアシュタロスに瞬時に破られてしまうだろう。

「わかったわ……。飲み込んだエネルギー結晶から何とかエネルギーを……」

 その言葉と共に、残り少ない不純物から得られる魔力を符に注いでいくメフィスト。
 符は過剰なエネルギーに反応して淡く光り輝く。

「よし! 我が敵を食らい尽くせ! 式神鬼獄縛!!」

 西郷の声で術が発動し、周囲に張り巡らせた呪符が一斉に開放される。
 それはアシュタロスを含めた自分達を囲むように設置されていた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……………………!

 周囲の気温が瞬時に2〜3度下がったような感覚に襲われる西郷達。
 そんな異常な状態を横島や美神、ヒャクメも察知する。

「これは一体…………?」

「むっ!?」

 睨み合っていた横島とアシュタロスも、相手に注意を向けつつも周囲の状況を探ろうと探査のために自身の能力を振り向けた。

「横島さん! そこから動いて!!」

 戦闘力は低いが、その手の作業になれているヒャクメは瞬時に何が起きるのかを理解して、横島に警告を送る。
 ヒャクメの能力を熟知している横島は、反射的にヒャクメ達の方へと跳躍した。

「むっ…? 逃げるか? …………何だこれは!?」

 いきなりアシュタロスの周囲に鬼の群れが現れ、空中から一斉に襲いかかったのだ。
 瞬く間に鬼の群れに取り付かれて動きを封じられるアシュタロス。
 鬼達はアシュタロスを食らおうとするが、さすがに霊力差がありすぎてそれは不可能なようだ。

「奴を足止めできるのは僅かな時間のみ! その間に何とか!!」

 西郷の叫びに頷いたヒャクメは、神速のキータッチで設定を行う。

「助かったわ! 時空震のポイントを特定して…………あいつだけを未来に吹っ飛ばす!! できるだけ遠く……!」

 鬼の群れを吹き飛ばすために魔力を込めようとしていたアシュタロスは、自分の周囲に時空震が発生し始めた事を察知して驚きの表情を見せた。

「!! これは―――! おのれ……! 下っ端神族が小賢しい真似を―――!!」

「やっぱり…奴のエネルギーが大きすぎて4、500年飛ばすのが精一杯か……! でも、取り敢えず十分!!」

 今回の局面で初めて憤怒の表情を見せたアシュタロスを尻目に、冷静に作業を進めたヒャクメは実行のためのキーを押した。
 その瞬間、鬼の群れに覆われたアシュタロスの姿が付近の空間ごと歪み始める。
 時空跳躍が開始されたのだ。

「!! 空間が――!! このままでは済まさんぞ、メフィスト……!! 必ず……!!」

 遠ざかるメフィストの姿を掴もうとするかの如く突き出された腕。
 だが流石のアシュタロスも為す術なくこの3次元空間から強制退去させられてしまう。
 
「やった……!」

 アシュタロスの姿が完全に消え、美神がホッとしたように呟く。
 横島も一瞬ホッとした表情を見せたが、横たわる高島の遺体を見て再び表情を引き締めた。
 まだ全ての事は終わったわけではないのだから……。
 高島の……最後のメッセージをメフィストに伝えるという難事が待っている。
 そして、横島はそれがメフィストに偽りの希望を与える事を、彼女の…美神の前世に自分が応えてやれない事を誰よりも良く知っていたのだから……。



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