フェダーイン・横島

作:NK

第66話




「――― そう言う事だったのね……! アシュタロスの結晶は吸収されずにメフィストの中――。魂を材料にしているから転生の時そのままそれが美神さんに受け継がれて……」

「じゃ、私の中にもエネルギー結晶が!?」

 全ての脅威が去った後、ヒャクメが内心では忸怩たる思いを抱きながら真相を語り始める。
 無論、横島に見せられた平行未来の記憶のこともあり、かなり正確に分析されていた。 

「結晶状態で安定しているから外からは見え難いし、貴女にも影響はないわ。でも長い時間の間に結晶と魂は二つに分けられないくらい癒着しているでしょうね」

「私を殺せばそれが手にはいるってわけか……。500年後に復活したあいつは血眼で時間移動能力者を捜す……。なんか私が原因を作ったよーな気もするけど……」

 ヒャクメの説明を真剣な表情で聞いていた美神は、教えられた事を整理して自分なりの納得をしていた。
 だがどうも全ての原因が自分自身にあるのではないかという疑念を消す事が出来ない。
 今回、自分が原因を探りにタイムスリップしなければ、こうはならなかったのでは、という疑念が消えないのだ。

「美神さん……。貴女が何を考えているのか大体わかりますが、これは所謂タイムパラドックスって奴ですから理屈で考えても混乱するだけですよ。未来の人間が過去で起こした出来事が原因となって自分の未来を変えてしまう事もあるんです。美神さんは現代で時間移動能力のため魔族に命を狙われていた。これはどういう形であれ、今回の事が起こったという事なんです。過去で起きてしまった事は、もう俺達にとって確定された事なんですよ」

 そんな美神に補足説明をする横島。
 だが彼とて、全てに近い事を知っているにもかかわらず美神に本当の事を言う事が出来ないばかりか、騙すような形で過去へと誘い、結果、彼女に過酷な運命を背負わせる事になった自分に忸怩たる思いを抱いていた。
 この重荷を生涯自分の胸に秘めて背負っていかなければならない。
 無論、美神にこの事を話すわけにはいかなかったが……。

 そして横島は今回共に戦った仲間へと顔を向ける。

「ありがとうヒャクメ……。それからメフィストと西郷さんも……。取り敢えず驚異となるものは全部片づいた。それでメフィスト……。少しだけ高島と話ができるんだけど……どうする?」

「……えっ!? それって……本当…?」

「ああ、さっき前世である高島が死んだ事で俺の中の『前世の記憶』が目を覚ましちゃったんだ。だから今、俺の中には前世である高島の想いと意識もある。一時的になら表に出す事ができるんだ。会いたいか?」

「ええ、話させて!」

 メフィストの懇願に近い態度に頷いた横島はフッと能面のように無表情となり、再び表情を軟らかくした時には雰囲気が明らかに変わっていた。
 その横島の変化に敏感に反応するメフィスト。

「高島殿……! 高島殿か…!?」

「…高島だよ。コイツの中でずっと眠っていた……」

 その雰囲気からメフィストは嬉しそうに確認する。
 周りで見ていた美神達にも、高島の意識が表面に現れている事がわかった。

「横島君、あなた――?」

「横島はちゃんといるよ。今は深層意識の方に潜ってくれているけどね」

 横島がどうなったのか心配だった美神の問いに、安心するように答える高島。
 ヒャクメが横で頷いているので、美神もそれで納得して引き下がった。

「ねえ、助からない!? 高島殿は生き返れないの!?」

 一縷の望みを託して尋ねるメフィストに、悲しそうに首を横に振る高島。

「……無理だよメフィスト。脳味噌を吹っ飛ばされちゃったからな―――。時間移動も歴史は変えられないんだってさ…。俺が死ぬのは……運命だったんだな。その証拠に俺の魂は今、お前の手の中にあるだろう? 契約っていう『呪』に縛られてるから……それはお前のもんなんだ」

 その言葉に、大事に抱いていた高島の魂を見詰めるメフィスト。
 その双眸から再び止めどもない涙があふれ出す。

「こんな……! こんなもの欲しくない……! 私、――――」

 皆が押し黙ってしまった状況で、メフィストのすすり泣く声だけが重く響いていた。






 ザクッ ザクッ …………

 美神、ヒャクメ、メフィストがじっと見守る中、高島の遺体を埋葬している西郷と横島(意識は高島)。
 自分の遺体を埋葬する事になるとは、と少し妙な気分の高島だった。

「……なんか変な感やな―――。自分で自分の死体を埋めるってのは……」

「こんな時に陽気なお前が変なだけだ!」

 少しでも場を和まそうと、無理矢理笑いながらおちゃらけて見せる高島。
 西郷も付き合いよく突っ込んでくれる。
 案外この二人、気があうのかもしれない。

 だが二人がチラッと視線を向けた先では、メフィストが悲しそうに押し黙り、俯いていた。
 漸く涙は止まったようだが、何かあればすぐに崩れそうな脆さが漂っている。

「メフィスト……」

 そんな彼女を見る高島の表情が曇る。

「……俺に……『俺に惚れろ』なんて――! 勝手に願っといて先に死ぬなんて……!! ホレさせたんならちゃんと責任とれ!! この……この……」

 再び涙を零れさせながら横島の身体に抱き付くメフィスト。
 さすがに今は深層意識に引っ込んでいる横島やルシオラ、小竜姫も何も言えない。
 これが高島とメフィストの今生の別れとなるのだから……。

「…………すまん」

 それ以上の言葉を掛けられない高島。
 彼の胸に顔を埋めて涙を流すメフィストを優しく抱き締め、片手で頭を撫でてやる。
 その姿には煩悩や欲望の欠片もなく、ただただ残してゆくメフィストの身を案じているだけなのが、西郷達にも理解できた。

「何か……カユくて見てらんないんだけど……」

「そんな事言ったって、あれは自分の前世でしょ!?」

「知らないわよあんなの! 親戚に『小さい頃寝小便した』って言われてるのと同じよ! 居心地悪いだけだわ! 横島君はよくあれだけ色々覚えているわね」

「忘れてましたよ……。微かに魂に残っている記憶が、前世の死に反応して一時的に増幅されたにすぎません。でも、今話している事はこの後も覚えているでしょうね」

「う――――っ!」

 美神が何となく不機嫌なのは、自分も横島に好意を持っているが既に小竜姫という相手がいるために、横島との関係をこれ以上深める事はできないという一種の諦念をもっているから。
 それなのに自分の前世であるメフィストは、いかに現在は高島が表層に現れているとはいえ堂々と抱き付き甘えている。
 現世の自分がやりたくても出来ない事を、平然と眼前で行われている事から来るジェラシーなのだ。
 ヒャクメは美神の不機嫌な理由が嫉妬なのではないかと薄々気が付いているのだが、言ってしまうと意地っ張りな美神がまた騒ぎ出すので黙っている。
 そしてそれは、ヒャクメも心の底で同じ事を思っているからでもあった。

「とにかくカユいのよ!! 納得いかないのよ!! 前世と今の私じゃ全く別の人間ですからねっ!! カンケーないのよっ!!」

「わ…わかります。気を確かに……」

 錯乱気味にガンガンと木の幹に頭を打ち付ける美神を宥めるヒャクメ。

『まあ……確かに美神さんの前世は魔族だから、別の人間というより別の存在なんだけどねー』

 心の裡でそんな事を思ってはいたが……。

「ま、確かに生まれ変わった以上、全くの別人には違いないけどね――。これだけの霊能者だもの、少しぐらい覚えててもよさそうよねー」

『そういえば……なぜここの美神さんも前世の記憶にプロテクトがかかってたのかしら―――?』

 いきなりその事に興味を持ったヒャクメは考えながら美神の心の表層を覗いてみた。
 いけないとはわかっているが、どうしても知りたかったのだ。
 美神の心にあったのは横島への想いを否定する事で、自らの心の寂しさや悔しさ、そして醜く嫉妬する自分を認めたくないという意地……。
 そして前世の関係がありながら、既に出会ったときには別の相手のものとなっていた横島の心を、再び手に入れる事ができない自分自身への怒り……。
 それは紛れもなく、美神が横島の事を好きだという証……。

『美神さん……。やっぱり貴女も私と同じなのねー。でも、無意識に自分の前世を自分で封印しちゃうなんて……。理由はわかるような気もするけど……。本物の意地っ張りねー』



「なあ、西郷。こいつの事頼まれちゃくんねえか!?」

 高島は側で黙って立っている西郷に顔を向け問いかける。
 何だかんだ言って、高島が安心してメフィストを任す事が出来る存在は西郷ぐらいしかいない。
 メフィストの正体を知ってもいる事だし、悪いようにはしないだろうという安心感もある。

「……フン! おもしろくない結末だ……! 言っておくがこんな形でお前の女をもらうのはお断りだからな!」

「いいじゃねーか別に……! 細かい事にうるさい奴だな…!」

 不機嫌そうな西郷に苦笑する高島。
 西郷としては、死なれてしまえばこの人生では永久に高島に勝つ事は出来ない。
 なぜならメフィストにとって、高島は永遠に心の中で特別な存在となってしまうから……。
 プライドの高い西郷にとって、絶対に勝てない戦いというものは面白くない。

「決着は来世に持ち越しだ! ま、それまでは妹として面倒みといてやるよ! 安心しろ!」

 プイッと後ろを向きながら了承の意を伝える。
 その返事に安心したような表情を見せると、高島は真剣な表情でメフィストの腕を掴み、覗き込むように視線を合わせる。

「――つーわけだ。だからお前、人間になれ。できるんだろう?」

「アシュタロスのアジトに行けば…まだ精製前のエネルギーがあるから、たぶん……」

 高島の表情に気圧されるように、メフィストは涙を止めると頷いた。

「必ず人間になれ。俺のふたつめの願い事だ」

 それを告げたときの高島の表情は真剣さと優しさが混じったもので、見ていた美神とヒャクメは横島の表情を思い出してハッと息をのむ。
 唯一、西郷だけが日頃見ていた高島とのギャップにショックを受けていた。

「こ…こいつが願い事を他人のために……? 信じられん…!!」

「うるさいぞっ、外野っ!!」

 西郷に対して怒鳴り返す高島。
 だが美神とヒャクメは、やはり高島は横島の前世なのだと納得し、頷いていた。

「わかった…………。……みっつめは……?」

 自分の事をここまで気遣ってくれる高島に嬉しさを感じながら、メフィストは彼の最後の願いを尋ねる。
 せめてそれぐらい叶えなければ、自分自身を許せなかったからだ。

「……また会おうな……」

 メフィストにしか聞こえない小声でそう告げた高島の表情は、どこか寂しげなものだった。
 彼も来世である横島が、すでに心に決めた女性がいる事を知っていた。
 そしてそれがメフィストの来世である美神ではないことも…………。
 だからそれしか言えなかった……。
 本当は、来世でも一緒になろうな、と言いたかったがそれは横島の人生であって、自分の人生ではない。

「…うっ……もう…時間か…………」

「た……高島殿!? な、何が―――」

 いきなり額を押さえて苦悶する高島に慌てるメフィスト。

「く…俺は横島の魂に微かに残っている記憶……そして意識……。もうこれ以上明確に自分を維持できないんだ……。じゃあな、メフィスト。ごめんな、ありがとう…………」

「高島殿!? 高島殿―――!!」

 急速に消えていく高島の気配に絶叫するメフィスト。
 だがこればかりは誰にも止める事の出来ない別れだった。
 高島を送るメフィストの眼に一筋の涙がこぼれ落ちる……。
 愛しい人は逝った……。
 どれほど手を伸ばそうにも、今の世では手の届かないところへと逝ってしまったのだ。

「別れは無事に済んだか?」

 先程と同じ顔がメフィストに尋ねる。
 しかしそれは、どれほど魂が同じであっても、どれほど顔が似ていても、既に高島ではない。

「ええ……。ありがとう横島殿……。高島殿と話させてくれて……」

「いや……俺も高島を守りきれなかった……。せめてこれくらいは……な…」

 高島と同じ顔が、しかし高島とは違う顔が、面影と同じ優しくも寂しそうな笑顔でそう告げる。
 再びこぼれ落ちる涙。

「我々の知ろうとした事は全てわかりました。帰りましょう、横島さん……」

「そうね。それじゃね、メフィスト。西郷さんも……」

 近寄ってきたヒャクメと美神が横島を促す。
 横島も頷くと、ヒャクメの方に視線を向けた。

「いつでもいいぞ、ヒャクメ。霊力の方は大丈夫か?」

「はいなのねー。ブースト用の文珠を貰っているから、いつでもオッケーですよー」

 そう言いながら、最早手慣れた様子で美神の額にコード付き電極のような物を張り付けて、鞄を開いて設定を入力していくヒャクメ。

「じゃあ皆さんもお元気で―――」

「西郷さん、彼女を頼みます。メフィスト……強く…生きてくれ」

「さようなら、私の前世―――」

 3人を包む光が強くなっていき、最後の別れを告げる美神達。

「さよなら……高島殿と私の来世……」

 寂しそうに呟くメフィストの声に送られ、横島達3人は光に包まれて姿を消した。



 メフィストと西郷だけが残された林の中で、手をそっと開き、握りしめた高島の魂を見詰めるメフィスト。

「お行き……高島殿の魂……! 今は自由にしてあげる。でも……今度会ったら…もう逃がさないから……!!」

 そう言って手を開き、空へと上っていく高島の魂を見送るメフィスト。
 大きな蛍を思い起こさせる魂は、やがて空の彼方へと上り見えなくなった。

「行こう西郷殿。私、人間になるからいろいろ教えて」

 魂が見えなくなっても、暫く空を見上げていたメフィストはやがて諦めたように顔を戻し、西郷に別れが済んだ事を告げる。

「まずは名前を決めなきゃな」

「名前……? そうね…『葛の葉』。…葛の葉でいいわ」

 今、一人の魔族の女性が人間としての人生を歩むべく、進み始めた。
 しかし彼女の行く末について、歴史は何も残していない…………。






 キュイイィィィィィイイン! バシュッ!!

 光と共に美神除霊事務所に姿を現す美神達。

『…お帰りなさい、オーナー。それに皆さんも…』

「ただいま、人工幽霊1号。何か変わった事はなかった?」

『…いいえ、特に何も……』

「そう、留守番ありがとう……」

 少し疲れたような表情で答えた美神は、横島とヒャクメの方に振り向く。

「私が魔族に狙われる原因はわかったけど…………。前世が魔族で……横島君の前世とあんな因縁があったとはね……」

 何とも言えない表情で呟く美神。
 そんな彼女に苦笑でしか応えられない横島だった。

「……あのね、美神さん。横島さんの中に高島さんが眠っていたように、貴女の中にもメフィストは眠っています。でもそれは……あくまで前世の話。貴女がそれを引きずって生きる事はないんです。彼女の……メフィストの人生はもう終わった。貴女の人生は貴女が作っていけばいいんですから……」

「そうね……。前世は前世、私は私。もう1000年も前の事なんですもんねぇ。横島君だって自分の人生を生きているんだし、私も頑張らないとね」

 そう言って自分自身を励ます美神。
 おそらく空元気の部分も大きいのだろうが、それでもそれは美神の強さなのだ。

「そうですね……。それにしても不思議ですね。1000年の時を経て俺と美神さんはこうやって再び出会ったんだから……」

「ええ……そうよね…………」

 そう答えた美神の脳裏にフッと浮かぶメフィストであったときの記憶……。
 高島が何か言っているのだが、それが聞こえる事はなかった。
 そしてすぐにその光景は消え去る。

「どうしたんです美神さん……。泣いてますよ?」

「えっ…!? ああ……何でかしら?」

 自分が一筋の涙を流している事に気が付き、原因がわからずに首を捻る。
 ヒャクメにはわかった。
 美神が前世の記憶を封印したままなのだということが……。

『全く……意地っ張りなのねー。メフィストはあんなに直情型だったのにねー。何で美神さんはこうなったのかしら?』

 美神の姿を見ていてそんな事を考えたヒャクメは、心の中で苦笑しながらその問いを棄却した。
 先程自分自身が言ったばかりではないか。
 前世は前世、美神の人生を作るのは美神自身なのだから……。

「今回の仕事も無事に終わりましたし、俺とヒャクメはこれで帰ります。シロの方は明日からいつも通りの時間でいいですね?」

 美神が落ち着いた頃、横島はそう言って立ち上がる。
 無論ヒャクメも一緒だ。

「ええ、今回はありがとう、横島君。それにヒャクメも……」

「それじゃあ、また」

「さようならなのねー」

 そう言って手を振った横島の姿にダブって、再びフラッシュバックのように見えてくる横島であって横島ではない姿。
 今の美神はそれが高島である事を知っている。
 一瞬ポカンとした彼女だったが、慌ててその光景を忘れようと軽く頭を振った。
 既に横島達は背を向けて歩いているので、おそらく気が付かれる事はなかったろう。
 あれは前世での事。
 今の自分は美神令子であり、彼は横島忠夫なのだ。
 そしてそれぞれが自分の人生を歩んでいる事もまた事実。

 しかし……心の奥底から湧き上がる悲しみを抑え込む事は出来ない。

「バカ……。何で……せっかく…会えたっていうのに…………。でも……もう…………」

 所長の椅子に深々と座った美神は、誰にも聞こえないような小声でそう呟くと再び涙を流したのだった……。






「ただいま小竜姫様」

「ただいまなのねー」

「あっ! お帰りなさい、横島さん。ヒャクメも」

 美神と別れた後、まっすぐ東京出張所経由で妙神山に戻って来た横島とヒャクメは小竜姫の出迎えを受けていた。
 ようやく小竜姫と会えて嬉しそうに笑顔を見せる横島。
 小竜姫も同様に嬉しそうだ。

「さて……今回はご苦労様でした。でも……辛かったんじゃありませんか、横島さん?」

「……そう……そうですね。人が死に、悲しい想いをするのを知っているのに……それを変える事ができないってのは……………辛いですね」

 一息ついた頃、小竜姫は横島を気遣いながらも、応えづらい問いを発した。
 それは既に人間という範疇を超えてしまい平行未来とはいえ記憶を持っている横島が、今後も直面する可能性が高いためである。
 信じてはいるのだが、小竜姫はそれらの事で横島の精神、心が擦り切れてしまうのでは、と一抹の不安を持っていた。

「横島さんは……未来を知っている。そして横島さんがどれほど頑張ろうと防げない事もあります……。特に……今回の事は…………」

「いいんです、小竜姫様……。俺も自分で覚悟は決めていました。ただね……、美神さんを騙して誘導する結果になった事だけが…………。美神さんは俺の事を信じてくれている。だが……俺は彼女の信頼を裏切り、裏で世界のためにっていう免罪符を掲げて、美神さんや、前世のメフィストまで弄んでいるんじゃないかって…そう思うときがあるんです」

 横島の口から語られる思いは、神族である小竜姫やヒャクメであっても払拭できない事……。
 特に今回のようなケースではそれが顕著になる。
 いかに未来の自分の魂と融合し、幾多の修行を行い、多くの経験を持つ横島であっても、辛いことであることに代わりはない。

「横島さん……それは、それは違うのねー」

「ああ、既に確定された過去を変えれば、歴史は分岐する。世界の修正力がそれを最小限に収めようとするが、そこからは少しだけ変わった歴史が始まる。美神さんがアシュタロスの一派に時間移動能力者の娘っていうことで命を狙われていた以上、これは変える事のできない事件だった。わかってはいるんだよヒャクメ。頭ではな……」

「横島さん……」

『ヨコシマ……貴方は過去という制約の多い状況で最善を尽くしたわ……。その証拠にアシュ様の魔力砲の直撃を食らってダメージを受けたじゃない。結局、ヨコシマの前世である高島さんは歴史通り死んでしまったけど、貴方の知っている記憶とは少しだけ異なった結果になったわ。歴史を変える事は難しいのよ……』

 ヒャクメは何とか横島を元気づけたかったが、掛けるべき言葉が浮かばない。
 頭ではわかっていても、感情の面で釈然としないのだ、という横島に小竜姫も彼の名前を呼ぶ事しかできなかった。
 だが浮かび上がったルシオラの意識が優しく今回の横島の行動が無駄ではなかったと告げる。

「ルシオラ……。それはどういう…?」

『貴方の記憶では、道真公の怨霊を最初に倒した直後に、高島さんはアシュ様の手にかかって死んだわ。でも今回はメフィストや私達を助けるための策を練り、アシュ様をも出し抜く準備をして死んだ……。ヨコシマの知っている記憶、事実とは少しだけ変わったのよ……。もしヨコシマの逆行が繰り返されているのなら、いつか…どこかの平行世界では、高島さんとメフィストがあの後、幸せに暮らすことができるかもしれないわ』

「そうですね……。私達神族や魔族も全能ではありません。横島さんは来るべきアシュタロスとの最終決戦に備えて、今回の戦いで全力を出す事が出来なかった事を悔やんでいます。でも横島さん、アシュタロスは強大です。例え貴方が全力で戦ったとはいえ、全力を出せるアシュタロスに正面から力で勝てるとお思いですか?」

 愛する二人にそう言われ考え込む横島。
 確かにアシュタロスに力で挑み勝つ事など不可能に近い。
 例え自分の力が平行未来で得たレベルだとしても、冥界チャンネルの妨害に己の力の大部分を廻す必要のない過去では勝てないだろう。
 自分は人よりも大きな力を得て傲慢になっていたのだろうか?

「そう……そうだな。ありがとうルシオラ、小竜姫様。確かに少しだけ過去を変える事ができたんだから、それだけでも大きな事だったんだよな……」

 そう言いながら、まだまだ自分は精神面の修行が足りない、と思っている横島。
 自分一人で何でも出来るはずもない。
 今回だって、小竜姫やルシオラの意識に助けられたし、何よりヒャクメのサポートも必要不可欠だった。

「横島さん……。明日は少し修行も休んだらどうですか? 小竜姫と偶には出かけて羽を伸ばした方がいいですよー。小竜姫だって今回一緒に行けなくて寂しかったと思うし」

「ヒャ、ヒャクメ!? あ、貴女は何を言ってるの?」

 突然のヒャクメの提案に少しだけ狼狽する小竜姫。
 本当は自分でもそうしたいと思っていたのだが、ひょっとするとヒャクメに心を読まれたのでは、と考えたのだ。

「あー、小竜姫……。今、私が貴女の心を読んだと思わなかった? 別にそんな事をしなくても、小竜姫の考えている事なんか顔を見ればわかるのねー」

「あ……あう……」

 しかし珍しくヒャクメに一蹴されてしまう。
 私ってそんなに顔に出るのでしょうか、と少し落ち込んでいるのは内緒である。
 バレバレではあるが……。

「そうだな……。明日は久しぶりにショッピングにでも行きましょうか? ルシオラ、いいだろう?」

『ええ、私も人界の流行がどうなっているか見たいから……』

 明日は久々に妙神山の休日となりそうだ。
 これで横島が元気になってくれれば、と思わずにはいられないヒャクメであった……。

『俺にはこうして元気づけてくれる人がいる……。小竜姫様やルシオラだけじゃない。ヒャクメだって力になってくれる……。でも、美神さんには誰がいるんだろう……?』

 願わくば西条が力になってやって欲しいが、今回の事は西条の知らない事だ。
 美神も彼に話はしないだろう。

『美神さんも、もう少し素直になって他人を頼ればなぁ……。結局、人は一人では生きていけないんだから……』

 今の自分にはできないし資格もないが、美神の安息を願わずにはいられない横島だった……。




(後書き)
 漸く「デッド・ゾーン!!」編が終了しました。この章はなかなかに難産で、書き上げるのに
 1ヶ月かかってしまいましたが漸く完成です。
 書いているうちに美神がちょっと可哀想になってきたのが原因なんですが、横島を変えた事で
 ここまで書きにくかった話は初めてです。
 さて、次はおキヌちゃんメインの「バッド・ガールズ!!」編ですが、彼女は活躍できるのかな?


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