フェダーイン・横島

作:NK

第70話




「へえ……。思ったよりレベルが高いじゃねーか。だが……」

「甘い……か、雪之丞?」

「ああ、まあな……」

「実戦を知らないのでしょうから、仕方がありませんわ……」

「勝ちはしましたが、おキヌ殿のチームは何かチグハグでござる!」

 おキヌ達の試合を見終わった横島達は真面目な表情で今見た試合の感想を述べあっていた。

「全国から選りすぐられた連中だからね。GS試験合格者の3割がここの出身よ。将来、ライバルになるかと思うと複雑だわね。でも……」

「何だか不満そうね〜〜横島君達は〜〜?」

 自分も学んだ六道女学院の実績を話した美神だったが、横島達の口調に少し引っ掛かったのか内容を尋ねようとした。
 しかしそれを遮るように六道理事長が尋ねる。

「いや……まだ1年生だからだと思いますが、最後の弓さんですか? 相手の攻撃をわざわざ素手で受ける必要はなかった。上手く威力を分散して流せていればいいんですがね」

「実戦だったら、ああいう真似は本当に追いつめられた時しかしないほうがいいぜ。試合でも特にトーナメントの場合はな」

「それに…一文字さん…は少し猪突猛進すぎますわね」

「厳しいわね、横島君達は……」

「でも実戦を考えればその通りではござらんか?」

 何しろ雪之丞も九能市も本番のGS試験を受けているし、命がけで魔族と戦った経験も持っている。
 シロとて苛烈な修行を経て犬飼ポチと殺し合いを繰り広げたのだ。
 そんな彼等から見れば、勝ったとはいえ弓も一文字も試合運びが甘いと思われても仕方がない。
 そんな中、横島の口調だけはどこか弓を心配するような響きが含まれていた。
 横島達の返事を聞き、六道理事長はクラス対抗戦に横島達を招いた事が当たりだった事を実感していた。
 これで今の生徒達に欠けている物を教えられるのではないかと……。

「六道理事長、ちょっと席を外しますね」

 だから横島が軽く言って席を外したときも黙って頷いたのだった。



「なんのつもりなの!?」

 校舎の影に移動した1年B組チームだったが、詰問するような口調の弓の大声が周囲を震わせる。
 元々チームのメンバー(おキヌは除く)の間に友好的な雰囲気はない。
 それが弓の一言で一気に表面化する。

「あん……?」

 不良そのまんまのメンチを切る一文字。
 尤も弓には通用しないが……。

「勝手に先鋒に飛び出したりして!! 私なら最初の一人でケリが突いてたわ!!」

「…勝ったんだからいいじゃないですか」

私が勝ったのよ! 二度と邪魔しないで!!」

「てめえ、思い上がるのもいい加減にしろよ!? 残りの試合を全部一人でやる気か!?」

「そうよ! 私は今まで、誰にも負けた事なんかなくってよ!!」

 激しく言い合う二人を前に、何とか冷静にさせようと思うおキヌだが、いかんせん彼女もこういう事の経験値が高いわけでもない。
 それでも何とかしようと口を開く。

「そ…そりゃ弓さんは強いと思うけど―――相手もこの先、強くなってくるんでしょう? 一人じゃ霊力が続きませんよ…! 私達は横島さんや美神さん達とは違って、簡単に使い果たした霊力を回復させられないんですから」

 おキヌの横島達、という言葉に反応した弓が訝しげな視線を向ける。
 簡単に消費した霊力を回復させる?
 そんな事ができるのだろうか?

「今の試合だって時間は短くても、もの凄い霊力を使っていたわ。――本当は少し疲れているんでしょう?」

「――そんな事貴女に心配される必要ないわ! いい事!? 勝ちたいなら私一人に任せなさいっ!」

 おキヌに言われた事が図星だったためにカチンときた弓は、そう言い残すとさっさと歩み去っていった。

「弓さんて……」

「ああ! 何様のつもりだ!? アタマくる奴だな!」

 おキヌの言った言葉の意味を弓への非難だと思った一文字は、苛立った口調で吐き捨てる。
 だがおキヌの考えは違っていた。

「ううん、弓さん…凄く可哀想。…そんなに勝ちたいのかな。勝つ事だけがそんなに大事なのかな……」

「…そりゃまー対抗試合っても将来に関わってくるからね。負けたい奴はいないさ」

「―――でも…! あれじゃきっと、勝っても嬉しくないわ。みんなと一緒に喜べないもの。……一人で永久に勝つ事なんて無理だし……そんなの辛いよ、きっと……」

 おキヌの寂しそうな表情を見た一文字は、弓に対する不満をそれ以上言えなくなってしまう。
 それは300年間を幽霊として孤独に過ごしたおキヌの心からの言葉だったから……。

「やあ、おキヌちゃん。1回戦突破おめでとう」

 何となく暗くなってしまった二人だったが、いきなり聞こえてきた声にハッとするおキヌ。

「あっ! …横島さん!」

「え…特別審査員の……横島忠夫!?」

 声の主が誰だかわかったおキヌは、嬉しそうな表情で振り返る。
 そこには彼女の憧れである横島が立っていた。
 一文字はかなり緊張している。

「でも……私なんて何もしていませんから……」

 祝いの言葉をかけられものの、自分は何もしていなかったので恥ずかしそうに俯いてしまう。

「そんな事はない、これはタッグマッチなんだから。相手だった…A組チームだってもう一人の娘は出番無かったしね」

「でも……みんなあんなに強いんですよ。私なんか……」

「それは違うよ。チーム戦というか実際の除霊では前衛、中盤、後衛、といったように色々な役割がある。それぞれ要求される能力は異なるんだ。おキヌちゃんは自分が出来る事を精一杯やればいい。戦いだって一人だけで出来る事は限られるしね。まっ、今の俺は特別審査員だからあまり技術的な事を教えるわけにはいかないから、これぐらいしか言ってあげられないけど……」

「…は、はい。そうですよね。私にはそれしかできないですもんね」

 何となく元気になったおキヌを見ていて感心している一文字。

「さすがに特S級GS……。いい事言うんだなぁ……」

 その呟きに気が付いた横島は、おキヌから視線を移して一文字の事を見る。

「えーと……君はB組の……」

「あっ! 紹介します、お友達の一文字さんです!」

「い? お、おい……」

 いきなりおキヌに引っ張り出されて紹介された一文字は、少し顔を赤らめていた。

「そうそう、一文字さんだった。さっきの試合は気合い入ってたね」

「え、は…はいっ…!」

「一つだけアドバイスを。戦いは目前の敵の動きだけを見ていても駄目だ。もう少しだけ周りの事も見られるようにすると、もっと戦いが楽になるよ。一文字さんだって、相手が複数の喧嘩の時や、罠かもしれないと思う時は周囲の事も気にしながら戦うだろう? それと同じだ」

「…あっ! そっか、そう言う事か……」

「除霊の相手は目に見えている敵だけじゃないかもしれない。だから周囲の事も常に気にしながら行うんだ。それが出来ないと、仲間や無関係の人を巻き込む事だってある」

 横島の言葉にコクコクと頷く一文字。
 彼女が得意としている喧嘩に例えた事が理解しやすかったのだろう。

「ところで……もう一人のチームメイトは?」

「あっ、弓さんは……一人で向こうの方に……」

 バツの悪そうなおキヌの言葉と表情で、大体何があったかわかった横島は頷く。

「ふーん、じゃあおキヌちゃんのチームメイトに一言だけ挨拶してから審査員席に戻るか。あまり離れているとうるさいだろうから」

 そう言って手を上げた横島は弓が行ったという方に歩いていった。

「……横島さん、ありがとう……」

 おキヌはなぜ特別審査員の横島が、わざわざ席を立ってここに来てくれたかわかり遠ざかっていく背中にそう呟いた。

「何か……格好良いな……」

「えっ!?」

「あっ! ハハハハ……。一般論だよ」

「クスッ……いいんですよ。でも横島さんにはもう相手がいるから……」

「えっ!? それって誰?」

「小竜姫様っていう神族の女性で……妙神山修業場の管理人さんですよ」

 一文字の呟きを聞いたおキヌが横島の女性関係を漏らしてしまい、一気に話しにはまってしまう一文字であった。
 この辺は普通の女子高生と変わらない。
 ただ、先程までの暗い雰囲気は跡形もなく消し飛んでいた。



 ジャ―――ッ

 おキヌと一文字から離れ周りに人がいない事を確かめた弓は、水場で右腕に流水をかけて冷やしていた。
 二人の前では隠していたが、A組の久遠静江の攻撃を受けたとき威力を分散させきれずにダメージを受けていたのだ。
 その脳裏に浮かぶのは幼い頃から父の手で受けさせられた厳しい修業のこと。
 普通の子供の楽しみなんかと無縁だった自分。
 毎日、ただ厳しい修行に明け暮れて、それで今の力を身に付けたのだ。
 それなのに……あの一文字は……。
 中学の途中までただの不良だったのに……。
 許せなかった!
 少し素質に恵まれたからといって、一文字が自分と同列に並ぶ資格などない!

「私は勝ちます!」

 そう呟いて蛇口を締めると人の気配がする。
 慌てて振り向くとそこには今朝壇上で紹介された男が立っていた。

「こんにちは。おキヌちゃんのクラスメイトの弓さん……だよね?」

「あっ…はい」

 目の前の男は自分と1つしか年齢が違わないのに、日本でただ一人の特S級GSである。
 美神とは違った意味で憧憬の対象となる人物だった。
 まるでアイドルに声を掛けられたかのように、思わず心臓がドキドキと高鳴るのを感じてしまう。

「さっきの試合……無理をしたね? その右腕、ダメージが残っているだろう?」

「な、なんで……その事を?」

「俺は心眼を持っているから…ね。その気になれば霊力の流れから分布まで見えるんだ」

「す…凄い……」

 軽い口調で横島は言ったが、それがどれほど凄い事かわかっている弓は呆然と呟く。
 そしてやはり自分とは違う存在なのだと思ってしまう。

「弓さんは確かに基礎もできているし、格闘のスキルも高い。でも…普通どれほど強い人間でも中級、上級の神族や魔族を相手に一人で戦い、勝つ事はできない」

「そんな…横島さんは中級魔族を倒したって……」

「確かに俺達の世界、つまり人界でなら下級魔族や中級魔族でも上手くやれば何とか倒せる場合もある。でも、俺だって上級魔族や魔王クラスには歯が立たないさ。人間である以上、相手の方が圧倒的に強い霊力を持っている事はザラだ。でも人間には知恵があり、正面から戦ったら負けてしまう相手に仲間と共に戦う事や、戦術を駆使する事で対抗する事が出来る。もし弓さんが将来GSとなって戦い、負けたくないなら信頼できる仲間を作り増やす事だ」

「……仲間?」

 普通の相手にこんな事を言われれば怒ってしまう弓だったが、相手が横島だということで神妙に聞いていた。

「そう、美神さんだって助手を使うんだし、俺だって二人の仲間と一緒に除霊するんだ。勝てないまでも負けないためにね。君がどれほど強くなったとしても、GSである以上一人だけでは戦いに生き残る事は難しい」

「そんなっ! 私が負けるとでも?」

「そう、その調子ではいつか必ず負ける、いや死ぬ!」

 横島にそう断言されてしまっては弓も反論する事など出来なかった。
 何しろ相手は中級魔族とも対等に戦い、少なくとも負けはしない存在なのだから。

「ああそうそう、戦いに勝つ事と負けない事はイコールじゃない。ぶっちゃけ、戦いなんて勝てなくても負けなければいいんだしね。俺だって戦いに勝てない時はある。でもね、戦いには勝てなくたっていいんだ、死ななければね。死ねばそこでお終いだけど、生きていれば雪辱を晴らす事だってできる。大事なのは華麗に戦い勝つ事じゃない、どんなに不格好でも自分や仲間が死なずに生き残る事なんだ。それが戦いに負けないってことだよ」

 そう言った横島の眼には、弓では計り知れない想いが渦巻いていた。
 それは何か大きな経験をしたか、かけがえのないモノを失いそうになった経験を持っているのだとわからせるに十分なもの……。

「そうそう、弓さん右腕を出してくれない?」

「えっ……? は、はい」

 珍しく素直に従う弓。
 横島という存在に圧倒されていたと言ってもよい。
 横島は右手を光らせると、いつの間にか持っていた『治』という文字が浮かぶビー玉大の珠を弓の右腕に押し当てる。

 ピカッ!

「これは……まさか文珠!?」

 一瞬後には、綺麗さっぱり自分の霊的ダメージが消え去っている事に驚いた弓が呆然と呟く。

「ご名答。あっ、今日は特別審査員だから、本当は特定のチームにアドバイスしたり助けたりする事はまずいんで、悪いけど黙っていてくれる?」

「あっ……はいっ!」

「じゃあ、少しは俺が言った事の意味を考えてくれると嬉しいな。例え気に食わない相手であっても、今の試合では君の仲間はあの二人なんだ。味方の中にまで敵を作ったら、どんな戦いでも勝てないよ。それにおキヌちゃんは本当に優しい娘だから、弓さんの事も心配していた」

 おキヌの名前を聞いて複雑な表情を浮かべる弓。
 そんな彼女の姿を見て、横島はもう一押しすることにした。

「誰が何て言ったって、B組チームの司令塔は君だ。オカルト知識、戦術、それに能力、全てをあるレベル以上で満遍なく兼ね備えているのは弓さんだけ。おキヌちゃんは優秀なネクロマンサーであり、操作系能力を持つ相手には強力な力を発揮する。だが彼女に霊的格闘戦はまだ無理だ。一文字さんは思い切りが良すぎて周りを見る事ができないという欠点はあるけど、前衛としての能力は高い」

 そこまで言ってわかる? と言うようにこちらを見る横島にコクリと頷く弓。

「それに対して弓さんはいわゆる万能型。格闘戦も遠距離攻撃もこなす事が出来る。そうやって見てみると、B組チームはある意味理想的な人材が揃っている。だからこそ、将来を考えればこのチームを上手に指揮して相手を倒す事は、良い修業になると思うよ。おっと、もう行かないと……」

 そこまで言うと横島はチラッと腕時計に眼をやり、小走りで走り去っていった。
 おそらく審査員席を空けすぎて焦っていたのだろう。

「そう、そういう見方もあるんですのね。横島さん……素敵です……。やはりあの二人を使いこなせないようでは、弓式除霊術継承者としての器が問われますのも。しっかりやらないと!」

 その背中を見送る弓の眼は、なぜかキラキラと輝いていた。
 意図せずに女性を魅了している横島。
 彼は自分の罪深さを知らない……。

「うっ…! あれは次の対戦相手……。B組の弓かおりよ!」

「おのれぇ〜、事もあろうにあの横島さんとお話しを〜〜!」

「B組の氷室って娘が美神さんや横島さんの知り合いだっていうから、その関係で激励されていたのよ、きっと!」

 横島が審査員席に戻ろうと走っていく姿を偶々見かけた1年D組チームの3人は、なぜ彼がこんな所にいるのだろうと周囲を見回した。
 先程何やらポワンとした氷室キヌと一文字魔理を見かけたときも妙に思ったのだが、ふと視線の先に弓かおりを見つけた事で謎が解けたのだ。
 知っていると言っていたから確かなのだろう。
 だが……そうと知っても神保は身体の奥から沸々と湧き上がる怒りを感じていた。

「あのコ……いつも他人を小馬鹿にしててさ、前から気に食わなかったのよ〜〜」

「あ…あの高慢ちきな鼻っ柱、へし折ってやるわ!」

 明らかに異なる怒りから発せられた神保のおどろおどろしい声に、長髪でそばかすの少女──狩野綾子という名である──が、少しビクビクしながら相づちを打つ。
 何やら全然異なる理由で戦意を燃やす神保と、それに引きずられているD組チームであった。






「あら、やっと帰ってきたわね、横島君」

「ははは……ここ女子校だから男子トイレの場所が良く分からなくて……」

「ふーん……。まあそう言う事にしておきましょう」

 頭を掻いて誤魔化す横島に、何となくジト眼を送りながらも敢えて誤魔化される美神。

「それで俺のいない間の試合はどうだった?」

「おう、結構面白かったぜ。さすがに3年生になると戦い方も上手くなってるな」

「そうですわね。でもさすがに相手の能力を良く知っているせいか、いささか始めから思い切りが良すぎる点が気になりますけど……」

「でも……拙者が見るにみんなパワーが弱いでござる」

 一応、大人の回答をする雪之丞と九能市だったが、良くも悪くも素直なお子ちゃまであるシロはズバリと言いきった。

「ははは……シロ、GSの誰もが攻撃や防御に自分の持つ霊力の大半を廻せるワケじゃないし、念法みたいな技を知っているワケじゃない。でもGSの人達はそれを道具や知識、それに頭脳で補って仕事をしているんだ。確かに霊力の大小は重要だが、普通にGSとしてやっていくなら他にも重要な要素は数多くあるんだ」

「そんなもんでござるか?」

「まあアンタももう少ししたらそれがわかるわよ。実際に除霊するときはいろいろと必要だってね」

 その素直さに苦笑しながらも、それだけではない事を諭す横島。
 シロは何となく納得していなかったが、横島の言う事なので頷いてはいた。
 そこに美神が経験を伴った一言を告げる。

「3年生はクラス対抗戦で優秀な成績を出せば〜次のGS試験で受験することになるのよ〜〜。伊達君も九能市さんもお手柔らかにね〜〜」

「ほう、そうすると…ここで戦っているうちの誰かがライバルになるって事か?」

「そう言う事になりますわね。でもこれってGS試験を受ける人達の標準レベルでしょうか?」

「そんな事はないわよ〜〜。優勝戦に出るぐらいの生徒なら、受験生の中でもかなり上のレベルになるわ〜〜」

 そんな六道理事長と雪之丞達の会話を聞き流しながら、横島は小竜姫に話しかけていた。

『さすがに試合は見ていてもつまらないでしょう?』

『そんな事はありませんよ。何事も自分の眼で確かめる事は重要ですから』

『それはそうですね。しかし慣れない事をすると疲れますよ。おキヌちゃん達のチームがあまりにもバラバラだったんで、余計なお節介を焼いちゃいました……』

『いえ、横島さんのした事は大事な事です。(……でもあまり女性を魅了するのは感心しませんが……)』

『そう言って貰えると嬉しいですよ。あっ、おキヌちゃん達の試合が始まりますよ』

 心の裡を多少隠して穏やかに答える小竜姫。
 姿は角であるが、しっかりと外界の事は見えているし聞こえている。
 それに横島の胸に抱かれているようで、実は凄く幸せな気分を満喫している小竜姫であった。






「六道女学院院クラス対抗戦、1年生の部2回戦! 1年B組対1年D組!」

「「お願いします!」」

 挨拶を終えてそれぞれのコーナーへと向かう選手達。
 おキヌはあの後合流した弓の表情から、変に張りつめた感じや苛々した感じが薄くなっているのに気が付いていた。
 なぜかはわからないが、弓が妙に落ち着いているのだ。
 おそらく横島が何かしたか、言ってくれたのだろう。
 チラリと特別審査員席に眼を向けると、視線が合った横島がニコリと笑みを浮かべてサムアップをしてみせた。
 自分の想像が確信となったおキヌは小さくお辞儀をして気持ちを切り替える。

「あら……おキヌさんのチーム、雰囲気が変わりましたね?」

「ああん? そうか? よくわかんねーけど……」

「雪之丞さんのガサツな感性では女性心理はわかりませんわ」

「なんだと!? 九能市、聞き捨てならねーな」

「こらこら、こんな所で喧嘩しないでくれ。それで、どう変わったんだ氷雅さん?」

「先程よりギスギスした感じが和らいでいますわ」

「うーん、拙者にはよくわからないでござる…」

 横島達一行のやり取りを聞いていた美神と六道理事長は、席を立っていた横島が何らかのアドバイスをしたと思っていた。
 しかし、何を言ったのかまではわからないので、取り敢えず静観する事にしたようだ。

「弓、アンタが行くんだろ? さっさと行けよ!」

「ええ、そうさせて貰うわ。私なら下手な術や誘いには乗らないから。相手の能力がわからない以上、それしか手がないでしょう? もし相手が操作系の術師だったら氷室さん、貴女に出て貰うからそのつもりで。もし力押ししてくるタイプなら一文字さん、貴女に代わるわ」

「……えっ!? それってどういう……?」

「ゆ、弓さん!」

 一文字は戸惑いの表情を浮かべ、おキヌはパッと表情を明るくさせる。
 おキヌは弓に何か言おうとしたのだが、その時鬼道から『始め!』の合図がかかった。
 B組コーナーから弓が、D組コーナーから妙にプレッシャーを放つ神保が飛び出す。

「行きます!」

「行け!! イー! アル!」

 薙刀を持って飛び出した弓に対し、神保はさっと懐から呪符を取り出す。
 するとお札からナイフを手にした小柄なキョンシーが飛び出し、素早い動きで弓に襲いかかった。

「な……!?」

 2鬼がかりの攻撃にも落ち着いて薙刀を使って捌く弓。
 しかしさすがに驚きの表情を見せている。

「サン! スー!!」

 弓を防戦へと追い込んだ神保は、続けてお札を取り出すとさらに2鬼のキョンシーを呼び出した。

「4鬼も――!?」

 ガッ! バキッ!

「このッ!」

 いかに弓の能力が高くても、相手が4鬼ともなれば攻撃を捌き、躱すだけで精一杯となってしまう。

『ふむ……右腕のダメージは回復しているな。だがこのままでは負けないまでも勝ち目はない。さて、さっき言った事を理解してくれたかな?』

 4鬼がかりの攻撃を防いでいる弓を見ながら、そんな事を考えている横島。

『横島さん……。随分あの方を気に掛けているようですね?』

 いきなり頭の中に響く小竜姫の声。
 これは魂に融合しているコピーの方の意識ではなく、胸のポケットに角の形で入っている小竜姫の声だ。

『な、何を…言っているんですか……小竜姫様…?』

『いくらおキヌさんの仲間とはいえ、かなり親身の指導をしていたようですけど…?』

『そんな! ……俺にはやましー気持ちは全然無いですよ!?』

『クスクス……わかっていますよ横島さん。あまり私の事を構ってくれないので、ちょっとからかっただけですから』

 そんな小竜姫に盛大な溜息を吐く横島。
 実害はないと言っても、かなり心臓に悪いから……。

『しょ〜りゅう〜き〜さま〜〜。そういう冗談は心臓に悪いからやめてくださいよ――』

『だって先程声を掛けるまで、私の事を忘れているんですもの。これぐらいのお仕置きは……ね?』

 そんな横島と小竜姫のやり取りは周りの人間にはわからないので、いきなり大きな溜息を吐いた横島に怪訝な表情を見せた面々もすぐに試合へと眼を移してしまう。
 横島も気を取り直しておキヌ達の試合に注意を向けた。



「くそっ! いくら弓でも4鬼がかりじゃ防ぐのに精一杯か……」

「ひょっとして……私の出番なのかしら……?」

 攻撃に転ずる事は出来ないが、今のところ何とかキョンシーの攻撃を防いでいる弓の戦いを見ながら悔しそうに呟く二人。
 一文字も代わろうかとは考えていたが、自分でも今の弓以上にやってみせる自信はなかった。
 おキヌの方は相手が操作系ということもあり、弓が交代するとすれば自分だと考え、今更ながら不安になり始めている。
 この辺は肉体を持ってから実戦を経験していない事が大きく作用していた。

「これでは……防戦一方になってしまうわ。奥の手はまだ使いたくない……。どうしましょうか……」

 直撃を受けないように捌き続けている弓だったが、このままでは疲労の蓄積と共に霊力が枯渇してしまうことは明らかだ。
 キョンシーを、一糸乱れぬ連携攻撃させ続ける神保理恵の力は侮れない。
 さすがにクラス代表に選ばれるだけはあった。

「くっ…! しぶといわね! イー、アル、サン、スー! 横島さんに激励されていたあの小憎たらしい女に止めを刺しなさい!! 包囲して一斉攻撃よ!!」

 弓ほど霊力も体力も消耗していない神保だったが、相手のねばり強い防御にいい加減焦れてきていた。
 そしてあの横島に1対1で声を掛けられた(と信じ切っている)弓に対する怒り(嫉妬)は、いつの間にか最高潮へと達していたのだ。
 遂に包囲しての一斉攻撃を指示する。
 これならいくら弓でも防ぎきれないだろうと考えたのだ。

「まずいわ! いくらなんでも4鬼全部に4方向から攻撃されたら防ぎきれない! ……仕方がないわね。これも私の将来のためよ!」

 いくら横島に言われ考え方を多少柔軟にしたとはいえ、できることなら彼の目の前で自分の手で勝ちたかった。
 だがこの試合に勝てば1年の決勝戦が控えている。
 そして、これまでの授業で見ていても今一よくわからないおキヌの力を、今のうちに確認しておきたいという考えを持つだけの精神的余裕も生まれていた。
 未だおキヌも一文字の力も認めてはいなかったが、自分の力(将来のGSとしての)を付けるための駒として考えれば、今までの彼女たちへの評価を一時的に棚上げできたのだ。

 ビュッ!

 キョンシーの攻撃を片手を突いてのバック転で躱し、敵の包囲を離脱した弓は一気に自軍のコーナーへと駆け戻った。

「氷室さん!! 貴女の能力見せてみなさい!!」

「えっ…! 弓さん…………。は、はいっ!!」

 少し強めのタッチを受けて結界内に入るおキヌ。
 入れ替わりに外に出た弓は、自分の予想以上に霊的疲労が蓄積していた事を悟った。
 だが、まだヒーリングを受ければ何とかなるレベルだ。



 どうして心境を変化させたのかは知らないが、弓が自分にタッチすると言った事に嬉しくなってしまいこれで弓とも仲良くなれるかも、と考えていたおキヌ。
 フッと気が付いてみると、自分は霊的格闘戦はてんでダメダメだった事を思い出した。

「ちっ! 弓には逃げられたけどアンタでもいいわ。貴女も横島さんと親しいんだっけ? 覚悟!!」

 おキヌの事を弓ほど気にしていなかった神保は、最初に弓に行ったのと同じようにキョンシーを襲いかからせる。

「きゃ――――っ!!」

 あまりの状況に冷静さを失い、ネクロマンサーの笛を吹く事も忘れ去って狼狽するおキヌ。
 
 ドゴオォォォォオオン!!

「おキヌちゃん!!」

 4鬼掛かりの攻撃を受け爆煙の中に消えるおキヌ。
 特別審査員席の美神が思わず叫ぶ中、横島は黙って煙りの中を見詰めていた。



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