フェダーイン・横島

作:NK

第71話




「おキヌちゃん!」

 爆煙が晴れると……先程までおキヌが立っていた場所にナイフを突き立てながら、目標を見失ったかのようにオロオロするキョンシーと、ヘッドスライディングのように前方に飛んで攻撃を逃れたおキヌの姿が現れた。

「大丈夫……なんとか凌いだようですよ」

「あっぶな――!」

 心眼でおキヌが躱すところを見ていたため、落ち着いた口調で状況を説明する横島と、ホッとして胸をなで下ろす美神。

「際どいタイミングだったな」

「良く躱しましたね。でも…キョンシーの動きが……?」

「一瞬鈍ったように見えたでござる」

 何とか危機を逃れたおキヌの動きを褒める一同だったが、一瞬キョンシーの動きが鈍くなったように感じて首を傾げているのはさすがだった。

「ああ、それは――」

 横島が説明を始めた頃、コートの中でも神保が今の攻撃を躱われた事にショックを受けていたのだ。

「―――!? 4鬼がかりなのよ!? そんな鋭い動きには見えないのに…………まさか…?」

 弓ならいざ知らず、おキヌであれば包囲しての同調攻撃でなくても躱す事などできまいと考えていた神保は、ハッと何かを思いついたかのような表情に変わる。
 そしてキョンシーのコントロール具合をみるために、クイッと腕を動かした。
 だが戸惑うようにするキョンシーの様子に原因を悟り、忌々しそうに呟く。

「やっぱり……コントロールが甘くなってる……!? ――そう言えばあの氷室ってコの能力は……!」

 ピュリリリリリリリッ

 そこまで呟いたところで、澄んだ笛の音が響き渡った。
 その音を聞いたキョンシー達が一瞬呆然とし、次の瞬間には元に戻ったが、4鬼共おキヌに従うかのように向きを変えて浮かんでいた。

「そう、原因はあれ、おキヌちゃんの能力であるネクロマンサーのせいだよ」

「例えネクロマンサーの笛を吹かなくても、操作系の相手なら制御を乱すぐらい出来るってワケね……」

 横島の説明に感心したようにコートのおキヌを見詰める一同。
 美神もおキヌが無事だっただけでなく、能力を発揮している事に笑顔を見せる。

「それより美神さん……。今おキヌちゃんと戦っているあの娘ですが…………神保理恵って、ラフレールに最初に同化された被害者ですよね?」

「えっ……? …………あら、本当ね。ふーん、後遺症もないみたいね……。よかったわ」

 漸く何か忘れているような不快な感触の正体を知り、うんうんと頷く横島。
 美神も自分が関与したあの事件の被害者が、見事に立ち直りこうしてクラス代表となっている姿に感無量といったところだ。

「それにしても何てパワーなの!? 私からキョンシー達を取り上げちゃった……!?」

 横島と同じ結論に達した神保は、制御を乱すに留まらず自分からキョンシーのコントロールを奪ってしまったおキヌに驚愕した。
 普通であれば余程の霊力差がなければ不可能なはずなのだ。
 夏の終わりに自分を襲ったあの魔族のように……。
 いや、あの魔族は無造作に腕を振るって自分の術を消し飛ばしたのだ。
 今回のおキヌよりも恐ろしい。
 ふと思い出したあの時の無力感と恐怖を思いだし、身震いする神保。

『駄目……。冷静になるの! 焦ったり混乱したら死ぬわ……』

 そう言い聞かせて心を落ち着ける。
 神保が心の中で自問自答しているうちに、おキヌは完全に神保のキョンシーを支配下に置いてしまっていた。

「ごめんね……。ご主人と戦うなんてひどいかもしれないけど、これも試合だから―――」

「ギ!?」

 自分達の事を本当に済まなそうな瞳で見詰めてくるおキヌに、なぜかポッと顔を赤らめるキョンシー達。
 そんな自分のキョンシー達の態度に気が付き、ムッとした表情で睨み付ける神保だったが、既に影響力を失っている事に気が付かされる。

(ケッ)

(かまへん、かまへん。前からあの女気に食わんかったしな)

 神保の事など忘れたかのように言い募るキョンシーとは別に、ビシィと中指を立ててみせる者や、にやけた顔でおキヌを見詰める者までいる始末。
 そんなキョンシー達の態度に、ついにぶち切れる神保だった。

「おまえらああああっ!」

 だがその言葉が合図だったかのように、一斉に神保に襲いかかるキョンシー。
 その態度には、元の主人に対する気遣いは一欠片も存在しなかった。

「わ――っ!! こりゃ駄目だわっ!! まかせた!」

「ホイ」

 自分の能力が通じない相手だとわかった途端、神保はえらく機敏な動きでさっさと自軍のコーナーへと逃げ戻り、雀斑の少女、狩野綾子にタッチした。
 神保は晩夏の事件で、勝てない相手に無理をしたり、意地を張って戦いを挑み続ける事の危うさと愚かさを学んだのだ。
 ある意味、彼女は勝負の見極めと、勝てそうもないと思った時の逃げっぷりは六女一となっていた。

「なかなかだな。変に意地を張らずに不利だと悟るとさっさと交代したか」

「ああ、おキヌちゃんのチームの弓と一文字ってのには無い部分だな」

「でも実戦ではとても大事な事ですわ」

「そうね、彼女もあの事件で学んだのね、きっと……」

 神保の行動を見た横島達は、口々に彼女の判断の適切さと行動を賞賛する。

「ほんとね〜〜。あの年頃の娘達は〜ああして自分の限界を認めたがらないっていうのにね〜〜」

 後遺症が無いどころか、あの嫌な事件でしっかりと何かを学んでいた事は特筆に値する。
 こうして神保は一時後退したものの、特別審査員達と六道理事長にその優秀さをアピールすることに成功していた。






「ガッ!」

「ゲッ!?」

 ボッ! ボヒュ!

 タッチしてキョンシーを迎え撃った狩野は、次々と破魔札を使ってキョンシーを葬り去っていく。
 その動きには無駄が無く、普段は前髪で眼を隠しているために暗そうに見えてしまう彼女に、生き生きとした躍動感を感じさせる。

 キンッ!

 そしてキョンシーを全て消し去った狩野は神通棍を取り出し、霊力を込める。

「神通棍!?」

「正攻法ってのはどんな相手にもオールマイティーなのよ!」

 ドンッ!!

「きゃっ……!!」

 ビュンッ!!

 振りかぶり上段から打ち下ろされた神通棍の一撃はかなり強力で、運動神経がトロいおキヌは辛うじて避けたが、帰す太刀を横に薙いだ狩野の攻撃に逃げ回るだけとなってしまう。

「今のおキヌちゃんでは、あの狩野って娘の相手は無理だな……」

「あの娘、結構強いぞ。破魔札もソツなく使うし神通棍への霊力伝達効率も良いぜ」

「結界まで押し込まれたでござる」

「そうね。際だった決め技はなくてもよく修業してる。攻守共にバランスとれてるのよ」

 横島と雪之丞は非情と思えるほど冷静に、同居人である美神は心配そうにおキヌを見詰めるが努めて冷静に狩野の事を評した。
 この席に座っている以上、おキヌだけに声援を送る事は出来ない。

「まずいぞ弓! あのままだとおキヌちゃんは……」

「貴女に言われなくてもわかっていますわ。氷室さん、交代よ!! 何とかこっちのコーナーまで戻りなさい!」

 弓の声に、狩野の攻撃を躱しながら必死で逃げまくるおキヌ。
 先程の神保と同じぐらい見事な逃げっぷりだ。

「もらった!!」

「ひっ……! も…ダメ――!!」

 止めを刺さんと神通棍を振り上げようとする狩野。
 その姿に両手で頭を抱え涙目となったおキヌだが、何とか転がるように自軍コーナーへと逃げ込む事に成功していた。

「上等だよ! 一人役立たずにしちまったんだからね!」

 その言葉と共に、手を伸ばしておキヌの身体に触れた一文字がおキヌをコートから引っ張り、代わりに自らが狩野の前に立ち塞がる。

「い……一文字さんっ!?」

 状況を理解したおキヌは、ホッと一息つくと今度は指示を出してくれた弓に振り返った。

「あ、ありがとう弓さ…………ひっ!?」

「……一文字さん…! 私の指示もなく、その上…私を差し置いて選手交代ですってぇ…!!」

 お礼を言いかけたおキヌは傍に佇む弓の怒りの形相に言葉を飲み込み、さらに小さな悲鳴まで上げてしまった。
 弓の表情は正しく怒りに満ちており、バックには黒い炎まで見えるかのようだ。
 そう、弓は怒っていた。
 本当は自分が交代して戦うつもりだった。
 だが一文字は自分の身長が高いという利点を生かし、弓を差し置いておキヌの身体に触れコートの中に入ったのだ。

 神保のキョンシーを無力化し二番手の狩野の力を引き出した事で、弓は心の中でおキヌの評価を改めていた。
 直接戦闘に関しては確かに役立たずであるが、対操作系術者であれば相当の実力を発揮する、と……。
 だが……一文字魔理の事は評価をさらに下落させていた。
 何より自分の言う事を聞かずに勝手に交代した事に怒っていたのだ。

「一文字さん……無様な戦いを見せたら……私が貴女を医務室送りにして差し上げますわ……」

『あ…あう…あう……。な、なんで…? ひーん!』

 まるで敵を睨むかのように鋭い視線を注ぐ弓に、どうやって間を取り持とうかと考え始めたおキヌは妙にオロオロとしていた。



「らァア―――ッ!!」

「うわっ!?」

 霊気を拳に纏い、ほとんど喧嘩といった感じで殴りかかる一文字。
 その喧嘩殺法と気迫に思わず後退してしまう狩野。
 彼女は確かにオールマイティーだが、こうやって力押ししてくるタイプを苦手にしていた。
 いかに修業しているとはいえ、未だ16歳の少女である。
 さらに、別に喧嘩慣れしているわけでもない。

「よろしかったら代わりましょうか?」

「た、頼むわ! あーいう力押しのタイプ苦手よ!」

 自軍のコーナーに逃げ戻って来た狩野に、十字架を首から下げシスターのような黒衣を着たショートヘアの少女が、丁寧な口調の交代を申し出る。
 横島が生徒達の前で紹介されている時、熱い眼差しで彼を見ていた神保に話しかけた秦野恵だ。
 秦野は優雅にも見える足取りでコート内にはいると、スッと手に持った本を前に出した。

 バフッ! バラバラバラ…バァアアァッ

 秦野がその本を開くと、いきなり紙吹雪のように本のページが吐き出され、意志を持っているかのように空中に浮かびながら一文字を囲む結界となる。
 驚いた顔で動きを止めた一文字だったが、紙切れの数枚が拳に近付き張り付いた。

 バシュッ!

「ん!? な……!!」

 いきなり張り付いた紙が光ったかと思うと一文字が握りしめた拳から、付けていたグローブが消し飛ばされるかのように破壊され、さらに込めていた霊力まで吸い取られたかのような喪失感を味わう。

「横島様……あの紙吹雪は何でしょうか?」

「どうやら対戦相手の戦闘力を奪う結界のようだな……。霊力を吸収して、霊衣も破壊していく強力なヤツだ」

「おい……霊衣も破壊するって……」

「あのおキヌ殿の仲間は、すっぽんぽんになったしまうのでござるか?」

「ある程度まで進行したら……試合を見るわけにはいかんなぁ……」

 横島達の会話にあるように、一文字の身体にまとわりついた紙が光ると、霊力が吸収され霊衣(衣服)がボロボロと崩れ落ちていく。
 勝負内容や勝ち負けとは別の次元で、戦っている女生徒に対して配慮しなければならない事に溜息を吐く横島だった。

「どうです? どんな敵も無力化する非武装結界空間の味は? 入ったら最後、あなたの攻撃力も武器も防具も全て吸収するわ!」

「ケッ! ただの防御結界じゃねえか! 戦闘力を奪ったからって勝てるワケじゃないよ」

「『無敵の楯(イージス)』理論ってご存じ? 敵の力を無効にすれば最低の戦力でも最強と同じ事――。貴女はもうすぐ完全に無力化する。攻撃力が高い場所から、霊力がどんどん吸い取られていくのよ。頃合いを見計らって仲間と交代すれば――私達の勝ちね」

 秦野の説明に、結界の外にいる神保と狩野が高笑いをして勝ち誇る。

「一文字さん!? がんばって―――!!」

「バカ……!! 勝手に出た挙げ句、あんな結界にみすみす捕まるなんて……」

 戦況不利な一文字を必死に応援するおキヌに対し、勝手な行動(弓主観)を取った上にピンチに陥った一文字に冷たい眼差しを送り、呆れている弓。
 ただし、弓も口ではそう言っているが、秦野の非武装結界にどうやれば勝てるのかを頭の中で素早くシミュレートしていた。
 既に突破する方法を見つけているわけではないのだ。
 周囲がそれぞれの反応を見せているうちに、一文字の格好はすでにサラシとショーツに靴だけ、というかなりマニアックなものと化している。
 昔の横島ならかぶりつきで見ているような光景なのだが、さすがに角形態とはいえ小竜姫を胸に抱いてそんな真似をするはずもない。

「非武装結界か……。横島ならどうやって勝つ?」

「そうだな……。あの秦野って娘の非武装結界を破るのは、実戦なら簡単だって事には気が付いているんだろう?」

「当たり前だ。あんなの実戦なら霊力を押さえて肉迫し、物理的な白兵戦に持ち込めば勝てるだろ?」

「そうですわ。あの秦野さんの体術のレベルにもよりますけど、あまりそちらの方面を鍛えているようには見えませんもの」

「それならば、実戦では使い物にならないでござる!」

 一文字の格好がかなりになってきたため、現在横島と雪之丞はコートに対して後ろ向きに座りながら話している。
 観戦できない二人にとって、話でもしていなければ退屈なのだろう。
 九能市やシロもその辺を察して話しに加わっている。

「でも横島君、実際にあの結界の中ではかなり有効よ。どうすれば勝てると思う?」

「俺なら方法は二つ。一番簡単なのは俺の霊力を最大まで引き上げて、あの結界の許容量以上の霊力で一気に崩壊させる事ですね。さすがに無限に吸収できるって事はないでしょうし、あれだけで妖怪や魔族の霊力を根こそぎ奪えるとも思えないですから。後は……結界の外から高出力集束霊波砲による一点突破でも勝てそうだな」

 横島の答えに、額に手を当てて俯く美神。
 確かに非常に有効な方法だが、そんな真似は間違っても六道女学院の生徒達ではできない。

「……お願い。貴方や貴方の弟子だったら可能な方法ではなく、おキヌちゃん達レベルでもできる方法を言ってくれない? それに今の方法だと、あの秦野って娘のダメージは半端じゃないわよ?」

「ははは……済みません。どうしても思考が実戦だったらどうするか、になりがちなんで。そうですねぇ、外からなら何もしないで見ているのが一番確実でしょう。結界に捕まったとしても、俺なら穏行の術で霊力を押さえて彼女に近付き、零距離から霊力を直接叩き込んで吹き飛ばすでしょうね」

「そうだな……それで十分だろう」

「要はインパクトの瞬間だけ霊力を込めればいいですわ」

 うんうんと頷いている横島ご一行の言葉に、今度は納得する美神。

「さすがに横島君達ね〜〜。でも確かに実戦ではまだまだ使い物にはならないわ〜〜」

 それまで黙って話を聞いていた六道理事長がようやく会話に参加してきた。

「でも叔母様、あの生徒はまだそこまでわかっていないでしょ?」

「お恥ずかしいわ〜〜。後2年間でしっかりと教えないとね〜〜」

「あら、どうやら一文字さんが何か考えついたようですわ」

 九能市の言葉に、漸く試合が動くと思い黙る特別審査員席であった。



「くっ……! 一発食らわそうにも力を込めた場所に集中してパワーを吸収しやがる…!?」

 このままでは、無様な衰弱死を迎えるだけなのは一文字にもわかっている。
 何しろ相手は動きもせずに、ただ結界を維持しているだけなのだから。
 だが頭の悪い一文字は、結界からの脱出方法も、効果的な反撃方法も考えつけないでいた。
 さらに、彼女では未だ自分の霊力を完全に隠すような、高レベルの隠行の術を身に付けているわけでもない。
 文字通りどうしようもないのだ。
 チラッと自軍のコーナーを見ると、心配そうなおキヌと自分をバカにしたような弓の顔が眼に入る。
 弓を差し置いて交代した以上、無様な格好は見せられない。
 このままおめおめと弓に交代する事も何となく嫌だった。

「終わったわね……。しょせんあなた方なんてその程度なのよ。私はあの結界を破る方法を考えついたけど、一文字さんは霊力コントロールが甘いから無理ね」

「そんなっ!? 何か方法は無いんですか、弓さん?」

「一文字さんがこちらに戻って、私と交代すればいいんですわ。尤も……勝手に飛び出した上に、今更おめおめと戻ってくる事に耐えられれば…の話ですけど」

「……一文字さんっ! 何とかここまで来て交代を!」

 特別審査員席で横島達が秦野の術に関して話している頃、弓も横島達とほぼ同じ結論に達していた。
 だが、その方法を取るには一文字ではいささか難しい。
 自分なら、幼少の頃から厳しい修業を行ってきたのでできる自信はあった。

「……やるっきゃない…! これ以上モタつくとどのみちやられる!」

 考える事が苦手な一文字だったが、それでも必死に考えて何とか突破口らしきものを思いついていた。

「おおおッ!!」

 ギイィィィイイン!!

 叫び声と共に、残った霊力を左の拳に集めていく。
 無論、横島達に比べればその集束度は荒い。
 力業で自分の結界を破ろうとしているのだ、と気が付いた秦野が驚きと焦りを浮かべた。
 彼女は霊的格闘に関しては、おキヌ並に全然駄目なのだから……。
 しかし自分の術への自負が、一文字などに破られるわけなど無い、と考えさせ強気の態度に出させる。

「出力を上げても無駄よ! 攻撃力が上がるほど私の結界は活性化するのよ!!」

「―――確かにそーみたいだけどさ、私の手は2本あるんだよね……! こっちの手には必要最小限の霊波を込めて――」

 そう言いながら右手に微かに霊力を集める。

「無駄よ!! やられる前に全霊力を……!」

 秦野の顔にははっきりと焦りの表情が浮かんでいた。
 自分の結界を構成する、術式を書き込んだ紙の大半は一文字の左手にへばり付いている。
 あまりにも左手と右手の霊力に差があるため、結界が完全に作動していないのだ。
 さらに油断していたために、一文字の接近を許してしまっていた。

「一文字さん……何を…?」

「あら、自分で気が付いたみたいですね。でも荒っぽい方法ですわ」

 弓が半分バカにしたように呟くと同時に、一文字の右拳がショートフック気味に秦野の腹に叩き込まれる。

 ぽくッ!

「は……!!」

 物理的攻撃を無効にする結界によって、一文字の鋭いパンチに比べえらく間抜けな音と共に後ろに吹き飛ぶ秦野。
 体術面が壊滅的(回避能力はおキヌ以下)な秦野は、一文字の一撃を躱す事ができなかったのだ。
 相手がピートやタイガーであれば、威力的には殆どダメージを与えられない攻撃であったにもかかわらず、秦野は『きゅうっ』と呟いて失神した。

「よ……弱いっ……!!」

「結界に頼りすぎてるから……」

 この結末には味方である神保や狩野も、あ〜あ、といった表情で諦めるしかなかった。

「イージスだか何だか知らないけどさ……! 根性ある方が勝つんだよっ!!」

「KO勝ち!! 勝者B組!!」

 霊力を殆ど奪われ、肩で息をしている一文字が拳を握りしめて言い放つ中、試合終了を告げる鬼道の声とゴングが鳴り響いた。

「勝った…!! 勝ちましたよ!? ね!? 一文字さんが――」

「……大声出さなくてもわかってるわよ!」

 手放しで感動しながら弓に話しかけるおキヌだったが、弓の機嫌はすこぶる悪い。
 おキヌに対する返事も忌々しそうな口調でしかない。
 弓にとって、格下のくせに自分の指示に従わず、勝手に戦った一文字は許し難い存在なのだ。
 試合に勝ったのでこの程度で済んでいるが、もしあのまま交代せずに負けていたらぶち切れていたであろう……。

 あまりにアラレもない姿になってしまった一文字に、自分のジャージの上着を羽織らせてやる鬼道。
 大人しくそれに従いながら、チラッとチームメイトの方を見た一文字に対し、フンっと顔を背ける弓。

「ケッ……!」

 一文字もムッとした表情で応えるのみ。
 とてもチームとして勝利を喜び合う姿ではない。

「この二人……本当に凄いわ。――力を合わせればもっと凄いのに……」

 チームの人間関係を憂いているおキヌは、どうしたらいいのかわからず肩を落とすのであった。



「意外だな……。かなり荒っぽいけど、あのままあの一文字ってのが決めちまうとはな……」

「ああ、弓さんも破る方法を思いついていたみたいだけどな。でも確かに一か八かだったな」

「試合慣れというか喧嘩慣れというか……。でも、秦野さんの方も課題は多そうですわね」

「知っていたならなぜ教えなかったのでござろう? チームワークが無いのではござらんか?」

「シロ、戦っている最中に大声で教えたら、何をやるか敵にバレちゃうだろ? だから交代しろって言ってたんだよ」

 今の試合を批評していた横島は、シロの疑問に答えてやる。
 この辺、シロは六道女学院の1年生よりも下のレベルなのだ。
 納得したようにコクコクと頷くシロ。

「シロはまだその辺が甘いわね。まあ子供だから仕方がないか……」

「拙者は子供ではござらん!」

『各学年の決勝戦は1時30分から開始しますので、選手は遅れないようにして下さい―― 』

 そんな事をしているうちに午後の予定を告げるアナウンスが響き、クラス対抗戦午前の部は終わりを告げた。






 昼休みとなり、小竜姫が持たせてくれた弁当を広げてランチタイムと洒落込んでいる妙神山の一同。

『横島さん、この焼売美味しいですか?』

『当たり前ですよ、小竜姫様。小竜姫様の料理はどれも美味しいですからね』

『良いわねー。私はまだ料理ってあまり得意じゃないのよねー』

 食べながら脳内会話でバカップルを演じている横島。
 少し寂しそうに呟くルシオラの意識だが、平行未来ではルシオラの料理の腕前もごく普通のレベルであった。
 まあ、経験の差が出るために、レパートリーなどは小竜姫の方が豊富なのは確かなのだが……。

『ルシオラの料理も楽しみにしてるからな。食べられる日が早く来るといいよな』

『そうね。こっちの世界の私じゃ、多分料理なんてあまりしていないはずだけど頑張るわ』

『あっ、横島さん。こっちの春巻きは……』

 小竜姫は次々と弁当のおかずを指して美味しいかを尋ねてくる。
 そんな姿は新婚の奥さんのようだ。
 ルシオラの意識と小竜姫(霊基構造コピーを通してリンクしている)は全然別の話をしているのだが、どちらともきちんと話してコミュニケーションを成立させている横島も大したものである。

「ねえ……横島君って食事の時はいっつもあんなに静かなの?」

「うん……? あぁ、今日は小竜姫もヒャクメもいないからじゃねーのか? いつもはもっと話すけどな……」

 寡黙に食事をする横島の姿に何となく違和感を感じた美神が尋ねるが、雪之丞の答えは些かいい加減だった。
 実際は楽しく会話中なのだから……。

「それにしても〜〜改めて見ると、横島君達ってやっぱり凄いわよね〜〜。試合を見ている時の会話を聞いていると、確実に生徒達の弱点を見抜くんですもの〜〜」

 一緒に食べていた六道理事長が感心したように口を開く。
 おキヌ達の試合ばかりではなく、2年生や3年生の試合でも横島達の解説というかコメントはどれも有益で、六道理事長は密かにメモを取っていた。

「相手の能力を見極める事は大事な事ですわ。それを誤れば、最悪の場合自分が死んでしまいますから……」

「拙者はそれが甘いと言われるでござる」

 九能市の言葉に、本人の希望でドッグフードを食べていたシロが残念そうに話す。

「そうだな。シロももう少し駆け引きを覚えないとな」

 横島の言葉に尻尾が力無く垂れ下がる。
 わかり易い事、この上ない。

「いよいよおキヌちゃん達のチームも決勝戦ね。『おキヌちゃん効果』でもう少しチームが纏まればいいんだけど……」

「こればっかりは本人達の考えっていうか、感情次第だからなぁ……。反目しあっている弓さんと一文字さんがもう少しお互いを認め合えば、あるいは……」

「俺は難しいと思うけどな」

「横島君は〜〜何かアドバイスをしてあげないの〜〜?」

 六道理事長の言葉に、美神の視線も横島へと注がれる。

「だってあまり大っぴらにやったらまずいでしょ? 一応、特別審査員なんだし」

「それはそうだけど〜〜昼休みならいいんじゃないかしら〜〜」

「そうよね」

 えらく視線に力を込めてくる六道理事長と美神。
 二人が何をさせたいかわかってはいるものの、先程一度やっているだけに躊躇する横島だった。

「いいんですか、六道理事長? 不公正になりますよ?」

「あら〜〜試合中でないのなら、知り合いへのアドバイスぐらい問題ないわ〜〜」

「やれやれ……じゃあ食べ終わったら会ってみますか。でも俺はこの学校の中はわからないっスから、会えるかどうかわかりませんよ」

「大丈夫ですわ、横島様。私がご案内致します」

 重い腰を漸く上げた横島に、さっと九能市が近寄り問題ない事を告げる。

「えっ…? 何で知っているの、九能市さん?」

「来る以上、何かあったときのために構造を頭に入れるのは、忍びとして当たり前ですわ」

 そう言って豊満な胸(小竜姫やルシオラよりは確実に大きいし、美神と勝負できる)を張る九能市に、頼む、としか言えない横島だった。

「ま、いくら横島君でも女子校内だし、九能市と一緒の方がいいかもね」

 そんな美神の声に送られて、横島は九能市と一緒におキヌを探しに校舎内へと消えていった。



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