フェダーイン・横島

作:NK

第79話




 薄暗い照明と、壁や床のデザインがどこか生物の一部のような印象を与える違和感のある空間…………。
 そこにガックリと力無く跪いている1人の女性。
 よく見れば薄紫色の長い髪と格好から、南武グループの秘密実験場から強制送還魔法陣によって辛くも逃げる事に成功したメドーサであると知れる。
 右手上腕部には包帯のようなモノが巻かれており、未だ動かせるまでに治っていないのかダラリと下げられたままの姿は痛々しい。
 跪き俯いたメドーサの正面には、魔神の顔を象ったレリーフが壁に設置されている。
 そう、ここは南米にあるアシュタロスの秘密基地なのだ。
 不意にレリーフの眼に光が灯ると、低いが威圧感のある声が室内に響き渡った。

『報告せよ、メドーサ』

「は、はいっ! ……申し訳ございません。南武グループからの霊破片培養技術データの受領に失敗した上、彼等の研究施設や技術データも神族、魔族の体制派と人間共の捜査機関によって押さえられてしまい、入手不可能となってしまいました」

『成る程、やはり邪魔が入ったか……。だが、これあるを予想してお前を派遣したのだがな、メドーサ』

「はっ! 確かに予想通りかつてアタシを倒した人間とその仲間が現れましたが、それだけではなく人界駐留の神族や魔界正規軍士官まで行動を共にしておりまして……」

 メドーサから聞かされた報告に少しだけ考え込むアシュタロス。
 どうやら神族と魔族の指導部は、人界での共闘体制を作り上げたらしい。
 要するにメドーサは多勢に無勢だったと言いたいのだと思い、少し険のある言葉を叩き付けるアシュタロス。

『ほう……。だがなメドーサ、お前の力は人界駐留の神魔族など遙かに凌駕するレベルに調整してある。人界に限って言えば、そのような連中が束になったところでお前に勝てはしないはずだ。それを任務に失敗し、手傷まで負わされてノコノコと逃げ戻ってくるとはな』

「くっ! 確かにその通りですが、かつてアタシを倒した、今回こんな姿にしてくれたヤツの霊力は、アタシと同等かそれ以上でした。戦闘技術に関しても……です。2度、1対1で闘いましたが、自らの命を削ったパワーアップをしてさえ、勝つ事はできませなんだ……」

『何だと? ……ふむ、今のお前を上回る霊力を持つ相手か……』

 そして再び考え込むアシュタロスの脳裏に浮かぶのは、1000年前の平安京で自分を出し抜き時間の彼方へと吹き飛ばしてくれた1人の青年の姿……。
 あの時、自分の創った菅原道真の怨霊を倒し、自分と短時間ではあるが対等に渡り合うだけのスキルを持った、竜神族の力を持つ神族とも人間とも思える敵。
 自分のこれまでの経験でも、そのような神族が人界に駐留し、魔族との揉め事に一々首を突っ込むとは思えない。
 それこそデタントが崩れる原因となってしまう。
 と言う事は、今回の敵はやはり人間なのだろう。

『メドーサよ、その相手の姿を再現する事は可能か?』

「えっ…!? あっ、はい! 私の記憶を元に土偶羅がデータ処理を行えば可能かと……」

『よかろう、すぐに取りかかれ。命を削ってパワーアップしたお前を倒した敵の姿を見てみたい。土偶羅、直ちに出頭せよ!』

 数分後、呼び出された土偶羅はメドーサの頭に何やら電極のようなモノをペタペタと貼り付けると、メドーサに問題の敵の姿を思い出すように告げる。
 メドーサの頭に思い起こされる敵のイメージをデータとして抽出し、土偶羅の高速演算機能によって処理された結果が立体映像としてアシュタロスのレリーフの前方に浮かび上がる。
 レリーフの光り輝く眼を通して、その映像を黙って見詰めているアシュタロス。
 そこには僧衣こそ着ていないが、仏像に見られるような密教戦士のごとき甲冑を着込み、輝く木刀を持った戦士の姿が映し出されていた。

『……やはり、こやつだったか。フフフ……やっと見つける事ができたな。漸く確たる証拠を掴む事ができた。メフィストの生まれ変わりも必ずこの世界にいるはずだ』

 心の底から嬉しそうに呟くアシュタロスの言葉を聞きながら、相手の正体に思い当たった土偶羅が思わず声を上げる。

「で、では平安時代にアシュ様と闘ったというのは、この男なのですね?」

『その通りだ、土偶羅よ。こいつともう1人の下級神族が、私を未来へと吹き飛ばしてくれた張本人だよ。再び会う事を楽しみにしていたが……願いが叶ったな』

「確か……6,000マイト近い霊力を持っていたと伺っておりますが……、メドーサを退けたと言う事はその倍近い力を持っているのかもしれませんな」

『そうだな土偶羅。中級神族に匹敵するとは思っていたが、その中でも人界に本来駐留しているはずのない中位レベルの存在だろう。我が計画の障害となる事は確実だ。メドーサ、この者は確かに人間なのだな? 神族ではないのか?』

 アシュタロスと土偶羅のやり取りを唖然として聞いていたメドーサだったが、アシュタロスの問いかけにハッとすると少し考えてから口を開く。

「はい、確かに人間です。竜神族の小竜姫の弟子で、既に師を上回る強さを持っていますが、私が何度か闘った感触ではその霊波動は人間のものでした。竜気も感じはしましたが、ヤツは竜神族の甲冑や装具を身に付けている事が多く、ヤツ自身が持っているのかどうかはわかりません」

『そうか……。1000年前のあの時、確かに竜気を感じたために人間か神族か判断が付きかねていたが、漸くその正体が見えてきたな。しかし、元が人間だとすればあの能力は驚くべき事だ』

「今のメドーサを退けるだけの霊力を持つ以上、現在調整中の3人では勝てませんな」

『いや、1対1では勝てなくてもある程度の能力差であれば、最後は数の力が物を言うのだ。しかしかなり厳しい調整を行う必要があるだろうな。メドーサ、この者の名前は何という?』

「横島……横島忠夫でございます、アシュ様」

『わかった。土偶羅よ、直ちにこやつの情報を収集せよ』

「わかりました!」

 アシュタロスの命を受け、横島忠夫に関する情報収集を行うべく退出する土偶羅。
 その後ろ姿をレリーフの光が明滅する眼が黙って見詰めている。

「あ…あのう……アシュ様?」

 何やら考え始め、黙り込んでしまったアシュタロスに、怖ず怖ずと尋ね掛けるメドーサ。
 かなりおっかなびっくりの口調だが、尋ねようとしているのは自らの処遇である以上、仕方がないだろう。

『何だ、メドーサ?』

「ア、アタシは……どのような処分を受けるのでしょうか…?」

『その事か…。今回は貴重な情報を持ち帰った事で不問としよう。それより……このままでは間もなくお前の命は尽きるが、こやつに恨みを晴らしたいか、メドーサ?』

「はいっ! アシュ様に許していただけるのなら、もう一度だけ闘う事をお許しください。今度こそ必ずヤツの息の根を止めて見せます!」

『よかろう、横島抹殺のために再調整を受ける事を許可しよう。だがメドーサよ……今度こそ最後のチャンスと覚えておけ』

「わかっております! ありがとうございます、アシュ様!」

『では再調整を受けに行くがよい。そうすれば今暫くは生きている事ができるからな』

 アシュタロスの言葉に頷いたメドーサは、立ち上がると部屋を出ていった。
 後には眼を明滅させたレリーフだけが残る。

『やはりメドーサ、マンティア、デミアンを倒したのはあの男……。横島というヤツだったか。だがそれはお前がこの時代にいる証拠となる。見つけたぞメフィスト……』

 そう呟くと低い声で笑い続けるアシュタロス。
 それは500年間探し続けた自らの作戦における切り札を見つけた嬉しさから。
 これで自分の長年の野望が叶うのだ。

『中級神族に匹敵する力を持つ人間か……。長く生きていると、いろいろ面白いものに出会えるな。まあ、私の邪魔をしようというのなら、容赦なく踏み潰すだけだが。まあいい……パーティーの準備を急がせるとしよう……』

 その言葉を最後にレリーフの眼から光が失われ、再び部屋は沈黙に支配されたのだった。






「メドーサに逃げられたのは、やっぱりまずかったな……」

『でもあの場合は仕方がなかったわ。グーラーさんが危なかったし、ガルーダを放置してもおけなかったから……』

「そうですね。でも、とうとうアシュタロスに横島さんの事が知られてしまったでしょう……」

 妙神山の一角、普段は誰も来ない崖の上に佇む横島と小竜姫。
 ジークとヒャクメは、南武グループの事件を報告するために各々の世界へと戻っているため、今ここにはこの2人と雪之丞、九能市、シロしかいない。
 シロはいつも通り美神の事務所に行っているし、雪之丞と九能市は修業場で修行中。
 よって、久しぶりにルシオラも交えて3人が何の心配もなく話し合えるのだ。

「アシュタロスの事だ。必ず俺の事を調べようとするだろうし、消そうとして何らかの手を打つかも知れない」

『そうね。1000年前は小竜姫さんの魂とだけ共鳴する事で、ヨコシマを神族のように見せかけて上手く誤魔化したけど、さすがにメドーサの報告を受けたらヨコシマが人間だってわかってしまうわね』

「しかし、さすがのアシュタロスも横島さんの魂と、私達の霊基構造のコピーが意識を持ったまま共に存在し、共鳴できるなんてわからないはずです」

「ああ、その事だけはまだアシュタロスに知られるわけにはいかない。それがヤツに対する最後の切り札なんだからな……」

『メドーサもそこまではわかっていないはずだけど……。でもアシュ様の事だから、色々な手でヨコシマの事を探ろうとするはずよ。これからの戦いではなるべくこちらの手の内を見せない方が良いと思うわ』

 ルシオラの意識の言葉に素直に頷く横島と小竜姫。
 さしあたって横島が実力を出さざるを得ないとすれば、おそらく月で起きる事件だろう。
 しかし、月と地球の距離が横島に味方する。
 いかにアシュタロスでも、あれだけの距離を隔てて横島の戦いを監視する事はできないはずだ。

「普段から注意するに超した事はないってことか……。まあここ暫くは、アシュタロスが何かやるにしても偵察とか小競り合い程度のものだろうけど」

「月での事件以外は、わざわざ横島さんが出る事もないでしょうからね」

『近いうちにヨコシマが大勢の前に出るとすれば……、雪之丞さん達のGS資格試験の時ぐらいね』

「ああ、ルシオラの言うとおり、流石に見に行かないわけにはいかんだろう。もう来週だけどね」

「もうすぐヒャクメが戻って来ます。そうすれば監視がついてもすぐにわかりますよ」

 小竜姫の言葉に頷くと、横島は弟子達の修行成果を見なければならない事を思いだし、もう少しこの時間を楽しみたいと後ろ髪を引かれながら踵を返した。
 小竜姫もわかっているのか、黙って後ろからついてくる。

『シロさんは来年かしらね?』

「そうだなぁ……。もう少し教えなけりゃいけない事があるし、それが順当ってもんだろう」

 おそらく自分も受けたいと言い出す、もう1人の弟子を思いだし苦笑しながら頷く横島。

「そういえば……タイガーさんも試験を受けるといっていましたよ。楽しみですね」

「そうですか。まあタイガーもかなり強くなりましたからね。組み合わせ次第ですが、資格を取るだけの実力はあるでしょう」

 様々な事が頭を過ぎるが、取り敢えず来週に迫った弟子達の一大イベントに思考を集中させる。
 さて、今回は誰が優勝するかな、等と考えながら横島の顔は微かに笑っていた。



 シャッ! シャッ!

 九能市の手から放たれる投げビシ。
 それは跳躍した雪之丞目掛けて吸い込まれるように飛んでいく。
 無論、その表面は幾層にも霊力でコーティングされていた。

 キンッ! パキッ!

 だが雪之丞は両手の前腕部だけに霊力を集約させ(両前腕部だけに魔装術を展開させた状態)、九能市が放った投げビシを弾き返した。

「甘いぜ、食らえっ!!」

 着地と同時にお返しとばかりに放たれる霊波砲。
 それは雪之丞得意の連続攻撃だ。

 ドドドドドッ!

 唸りを上げて九能市に殺到する幾筋もの霊波砲。
 第1チャクラしか廻しておらず、神族のボディアーマーを着ていない状態では、それら全てを躱す事など九能市の卓越した体術を持ってしても不可能だった。

『全てを避ける事は不可能。ならば致命傷を避ければいい』

 一瞬でそう判断すると、自分に直撃する弾道コースのモノのみを狙って霊波弾を放ち迎撃する。
 九能市の撃った霊波弾は、霊波砲と同様に掌に集めた霊力を高速回転させながら圧縮したものだ。
 したがって、雪之丞の連続発射させた集束霊波砲よりもエネルギー密度は上。

『ゲッ!? 俺の霊波砲を吹き飛ばすとは……!』

 自分の攻撃を粉砕し、なおも向かってくる霊波弾を見ながら内心で驚く雪之丞。
 尤も顔には出してはいない。

「オラアァァァァアッ!!」

 可能な限りの霊力を集束させ、自らの右拳に集めると眼にも留まらぬ速さで正拳突きを放つ。

 バシュッ!!

 その拳は見事に九能市の霊波弾を相殺して消し飛ばした。

「雪之丞、覚悟!!」

 だが飛び散った霊波弾の後ろからヒトキリマルを身体の後ろに廻し、一気に勝負を決めるべく九能市が真っ直ぐに突っ込んでくる。
 霊波弾を雲に見立てた月影の術の応用版だ。

『これは横島が得意な変移抜刀霞斬り!』

 九能市の意図を正確に悟った雪之丞は、このまま受ければ自分が負けるだろうと判断する。
 ほぼ無意識のうちに右手を上げ、掌から霊波砲が放たれた。

「無駄ですわ! 霊波砲などステップして……えっ!?」

 ズガアァァァン!!

 九能市の眼が驚きで大きく見開かれる。
 なぜなら、雪之丞が放った霊波砲は走っている九能市の直前、足元に着弾したからだ。

 思いも掛けない攻撃を受け、一瞬、九能市の足が止まる。
 さらに爆煙が雪之丞の姿をほんの僅かな時間だが見失わせた。

 ゾクッ!!

 次の瞬間、九能市は背筋に冷たいモノを感じた。
 それは本能が察知した危険。
 慌てて霊波シールドを強化して前方に霊力を集中させる。

 ドゴオォォオン!!

 辛うじて間に合ったシールドに雪之丞の放ったサイキックソーサーが直撃し、一撃で九能市の張った霊波シールドが崩壊した。
 さらにシールドとサイキックソーサーの霊力がぶつかり合った事で、眩い閃光が発生し思わず腕で眼を庇ってしまう。
 それは隙となり、そのような勝機を見逃すほど雪之丞は甘くなかった。

「貰ったぜ、九能市!!」

 ドスッ!
 カラン……

 常人には真似できない、九能市と同じぐらいの素早い動きで後ろに回り込んだ雪之丞が霊力を込めた手刀を振り下ろす。
 それは九能市の腕を強打し、彼女の手からヒトキリマルを落とさせる。

「し、しまっ……」

 ドカッ!

 手を伸ばして拾おうとする九能市だったが、雪之丞がヒトキリマルを蹴り飛ばす方が早かった。
 単純に手と足のリーチの差だったが……。

「チェックメイトだ、九能市!」

 そして九能市の眼前に突き出される雪之丞の霊波刀。
 それは彼が滅多に使わないが、小竜姫から貰った五鈷杵の形をした神族の武器だ。

「ふう……今回は私の負けですわ」

 諦めたかのように大きく息を吐くと、両手を上げて降参の意志を告げる。
 それを見て刃を消して五鈷杵をしまう雪之丞。

「危なかったが何とか勝ったな。だが、魔装術を使わず、チャクラも第1しか廻さないっていうのは、こんなにも闘い難いとは思わなかったぜ」

「頭の中でのイメージはいつもの動きを想定しますから、身体や技が付いてこない感じでしたわ」

 力を抜いた2人は、今回の闘いの感想を述べ合う。
 今回、GS資格試験を想定して神族の甲冑や装具、魔装術の使用を禁止され、さらに廻す事のできるチャクラは第1まで、という状況下で試合を行っていたのだ。
 最近、強力な魔族を相手に能力全開で闘う事が多かったため、その感覚の差に(あまりにも身体が動かない事や、使える術の威力が弱い事)戸惑いながらの闘いだった。

「それはそうだ。チャクラを全開にすれば身体もまた影響を受け、身体能力が上がるからな。今みたいに制限された状態だと、いつもの25%ぐらいだから自分のイメージっていうか、考えと身体の動きにタイムラグがあるように感じたんだ」

 考える2人に突然掛けられる声。
 先程から黙って試合を見ていた横島が声を掛けたのだ。

「ああ、確かにそんな感じだったぜ」

「ありがとうございます、横島様。いきなり本番でこの状態で闘ったなら、思わぬ不覚をとったかもしれません……」

「流石に氷雅さんは俺の意図を見抜いたようだな。これでGS資格試験への対策は万全だ。後はあくまで相手の霊力に合わせた闘いをするだけさ」

 この制限状況下での修行の意味を説明した横島は、弟子2人の動きに満足しながら2人に今日の修行の終了を告げた。
 GS資格試験まであと3日。
 後は本番までゆっくりと休ませた方がいいと判断しての事だった。






「平成○年度 ゴーストスイーパー資格取得試験 一次試験会場」

 という看板がかかったどこかの私立大学の講堂に大勢の人々が集まっていた。
 それぞれ幾つもの列を作って受付に書類を提出し、注意事項の紙と受験票を貰っていく。

「何だか懐かしいな……。たった1年前の事なんだが」

「そーだな、俺にも随分昔の事のように思えるぜ……」

「でも……たった1年前の事なんですのね」

 そんな人の列を見ながら、感慨深そうに呟く横島と、それに応じる雪之丞、九能市。
 横島に弟子入りしてこれまでの常識を覆すような能力を手にし、並のGSでは決して経験しないような強力な相手との死闘を繰り広げ、瞬く間に過ぎ去ったこの1年間だった。

「さあ、もう2人には今更言う事なんてないけど、決して油断はしないでくれよ。世の中には絶対って事はないからな。後、あんまり相手に大怪我させるなよ」

「わかってるって。じゃあ行ってくるぜ!」

「今回は必ず資格を手にして見せます。どうか見守っていてくださいね」

 横島の言葉に送り出され、雪之丞と九能市は受験生達の群れの中に姿を消した。
 その後ろ姿を見送っていた横島は、フッと小さく笑うと踵を返して第2試験会場の観客席へと向かった。



「よーし、次のグループ!」

 審査員の指示でゾロゾロと舞台の裾から姿を現す受験生達。
 その中に雪之丞と九能市の姿も見える。
 何やら番号も17番と18番で続いており、傍目では仲が良さそうにも見える。
 どうやらタイガーは別のグループになったようだ。

「ちっ! つまんねーな。早く試合になんねーかな」

「何事にも順序というものがありますわ。まったくそういうところは変わりませんね……」

 前回の格闘家のような格好ではなく、革のズボンに革ジャン、さらに肩にはプロテクターという出で立ちの雪之丞。
 どうやら昨年横島が見せた悪しきコスプレ魂を受け継いだらしい。
 それはTVでやっていた、世紀末に光をもたらす拳法の達人といった格好だ。
 片や九能市は昨年同様、タイトなレオタードの上に上着を羽織っており、違いと言えば前回は臍のかなり上ぐらいだった上着の裾が長くなって、腰の辺りまである事ぐらいである。
 ブツブツ言う雪之丞を窘める様は、まるで姉か年上の恋人といった感じだ。

「仕方がねーだろ。それが楽しみなんだからよ」

「それは知っていますけど、小竜姫様や横島様から言われた注意を忘れては駄目ですわよ」

 そうキッパリと言う九能市の前に、チッと舌打ちしながらそっぽを向く雪之丞だった。

「まあいいさ。それで、どのぐらい霊力を出すつもりだ?」

「そうですわね。取り敢えず貴方は70マイトぐらい出せばいいんじゃないかしら……。私は60マイトぐらいで充分でしょうし」

「そうだな。一次審査はチャクラを廻す必要もないから気楽なモンだ」

『諸君の霊力を審査します。足元のラインに沿って並んで、霊波を放出してください!』

 そんな事を話しているうちに審査員の声が聞こえ、雪之丞と九能市は本当に無造作に霊力を放出した。
 だが2人にとっては何でもないレベルでも、その煽りを食った同じ組の受験生達は堪らない。
 このGS試験は霊波計を使ってはいるが、審査員達が個々の受験生の霊力を正確に検出して審査しているわけではない。
 特定の受験生の方に向ければ、ある程度は個人の霊力を測定できるが周囲の影響を排除できはしない。
 したがってこの2人の霊力によって、このグループは全体の霊力値が上へと引っ張られてしまい、相対評価の形で普通であれば合格するような受験生も失格となってしまったのだ。

「つまんねー。早く終われよな……」

「雪之丞さん、不謹慎ですわ!」

『よーし、そこまでだ! 17番、18番、合格だ!』

 雪之丞が心の底から退屈そうに呟き、九能市がそれを注意した時、審査員が終了の合図を告げる。
 当然の結果として雪之丞と九能市は一次審査を合格し、二次試験会場へと向かう事になった。
 煽りを食らって不合格となった受験生達の恨めしそうな眼差しを受けながら……。



「ああ、エミさん。こんにちは。そういえばタイガーも受験するんでしたね」

「まあそういうことなワケ。横島君の所も2人受けるんだったわね」

「ええ、雪之丞と氷雅さんです」

 観客席の一角に座っている小笠原エミを見つけた横島が声を掛け、その横に腰を下ろすとエミも返事を返してくる。
 さっさとこの第2試験会場にやって来ているのは、自分の弟子達が第1試験で落ちるなどとは全く思っていないのだろう。
 まあ、当然ではあるが……。

「オタクの2人ははっきり言って現役一流GSレベルなワケ。今回の受験生達は可哀想ね」

「何言ってるんですか。エミさんの所のタイガーだって、すでにGSとして十分な実力を持っているはずですよ。恐山との修行で格闘戦も相当強くなったと聞いていますし……」

 横島がそう応酬するとエミもニヤリと笑ってみせる。
 そう、今回の試験はどう考えても雪之丞と九能市が圧倒的な強さを見せる事、疑い無しなのである。
 タイガーも組み合わせで最初にこの2人と対戦しない限り、資格を取る事自体はほぼ確実だ


「そう言えば横島君、令子のヤツの修行はどうなの?」

「もう少し修行を積めば、第3チャクラも完全に制御できるようになりますよ。そうですね……後1年ぐらいかな」

「ちっ! そうしたらほんの少しだけど令子に霊力で負けちゃうワケ」

「元々の基礎霊力差はほんの数マイトですけど、その差が単純に3倍になりますからね。でもおそらく殆ど差なんて感じられませんよ。美神さんとエミさんはタイプが違うから直接比較もできないでしょうし」

「まあそーなんだけどね。でも感情面で何となく納得できないのよ」

 美神が今でも2週に一度、横島に念法の修行を受けている事を知っているエミが尋ね、横島もありのままを答える。
 エミとしてもこれ以上自分が伸びるには長い時間が掛かる事を承知しており、年齢を考えると伸びる余地があまり無い事も知っている。
 美神同様、コツコツと時間が掛かる事を承知で、横島に教わった念法修行を続けているのだ。
 それでも美神の事が気になるのは、彼女の中でライバルとして位置付けられているからだろう。

「話がはずんでいるみたいですねー」

「おっ、ヒャクメ。遅かったじゃないか」

 試験開始の数分前になって、横島の隣にヒャクメが姿を見せる。
 先程までは確かにいなかったので、おそらく転移してきたのだろう。

「私は会場の周囲をチェックしていたのねー。怪しい仕掛けはなかったわ」

「ありがとな、ヒャクメ。さあ、そろそろ試験が始まるから観戦といこうか」

 横島は右側にエミ、左側にヒャクメと、周囲の男達が見ればかなり羨ましがる状態である。
 エミはメドーサが復活した事を西条から聞いていたので、ヒャクメと横島の会話の意味を理解して黙っていた。
 確かに復活したメドーサが裏切り者の雪之丞や、自分をかつて倒した横島に復讐しようとする可能性が無いわけではないのだ。

「横島君も大変ね」

 だからその一言でエミは試合会場へと眼を向けたのだった。






「よお、流石に1回戦から当たる事はなかったみてーだな」

「そうですわね。雪之丞さん、貴方の相手はどんな方ですの?」

「4番コートだったな。……あん? あの野郎は―――?」

 九能市に尋ねられた雪之丞が自分のコート番号を書いた紙を見て、その方向に眼を向けると……。
 そこには上半身裸で筋骨隆々とした巨漢が佇んでいた。

「確かアイツは……去年美神の旦那に瞬殺されたヤツだったな」

「あら、ならば敵ではありませんわね」

「多分な。それよりおめーの方はどうなんだよ?」

「あそこで神通棍を持っている人みたいですわ。得物を使う者同士、久しぶりにヒトキリマルの錆にできそうな方で嬉しい♪」

「……や、やりすぎねーようにな」

 少しだけ怖い眼差しで微笑む九能市に、関わり合いになってはいけないと強く思った雪之丞はそう言い残してさっさと自分の闘うコートへと歩き出す。
 ウフフフ……と笑みを浮かべながら、こちらも自分のコートへと歩き出す九能市。
 やはり人間の性格は、短期間ではなかなか変わらないのかも知れない……。

「最初の試合がそれぞれの結界内で始められます。注目すべきはどこでしょう、解説の厄珍さん?」

「そーあるな、去年の試験は魔族が絡んできて大変だったある。それを横島忠夫という規格外の人間が制したわけあるが、今年はその弟子が受験するある!」

「第4コートの伊達雪之丞選手と第8コートの九能市氷雅選手ですね?」

「伊達選手は去年問題となった白竜GS所属でなければ、GS資格を問題なく取れていたあるし、九能市選手も2回戦で横島と当たらなければ資格取得は間違いなかったあるよ」

「そうですね。両名共に去年の試験後、横島除霊事務所に弟子入りしたと聞いています。今回はいわば雪辱戦ですからね」

「特にあの九能市のねーちゃんがたまんねーあるよ!」

 好き勝手な会話を繰り広げているアナウンサーと厄珍の方をチラッと見て苦笑する横島。
 エミもその視線を追って苦笑する。

「ははは……。なかなか好き勝手に言ってるっスね。氷雅さん、怒らないと良いんだが……」

「あの2人を怒らせると面倒な事になりそうね。厄珍を少し黙らせるワケ」

 そう言って鞄から呪いのわら人形を取りだし、ケースに入れた毛髪を仕込んだカートリッジをその頭部にサクッと突き刺す。
 そしてグルンとそれを手の中で回転させた。

「おゴッ!?」

 ゴンッ!!

 エミの動きと同時に厄珍がいきなり頭を机にダイブさせ、派手な衝撃音と共に気を失い沈黙する。
 それを横目で見ながら、さり気ない動作でカートリッジを抜いて仕舞い、わら人形も鞄に放り込む。

「静かになったワケ。さあ、ゆっくり観戦しましょう、横島君」

「は……はあ、わかりました」

 横島はエミを怒らせると意外に怖いと言う事を知ったのだった。


 PS.タイガーも無論、二次試験会場に姿を見せていた。忘れたわけではないぞ……。



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