フェダーイン・横島

作:NK

第83話




「横島さん、今日はご協力ありがとうございました」

「いえ。でもあの程度なら、魔鈴さん一人でも大丈夫だったんじゃないですか?」

「いいえ、私は元々白の魔女ですから、あまり攻撃的な魔法は得意じゃないんです。ですから私自身はともかく、今回のように依頼の方が立ち会うとなると、その方の安全を保障できないですから」

 会話しながら夜道を歩いている一組の男女。
 箒を持ち、TVに登場する魔女のような格好をした魔鈴めぐみと、一見手ぶらな格好の横島である。
 この二人、とある除霊依頼を片付けて帰る途中なのだが、一体なぜこんな組み合わせが成立しているのか?
 それには西条が関与していた。
 あの雪之丞と九能市、タイガーがGS試験に合格した日、西条がみんなの合格祝いと称して一行を魔鈴の店である「魔法料理・魔鈴」に案内したのだ。

 実は魔鈴は暫く前に帰国し、横島の平行未来の記憶と同じ場所に店を開いていたのだが、妙神山に住んでいる横島は接点が無く、迂闊にも全く気が付いていなかった。
 横島が魔鈴の事を失念していた最大の原因は、アシュタロスの月での作戦が、横島達によって完全な霊破片培養技術を入手できなかった事で遅れていたためである。
 横島の記憶では魔鈴と出会ったのは月での事件以降だったため、まだその時期ではないだろうと思い込んでいたのだ。
 西条に紹介され、それとなく除霊方法に関する話題を振ってみると、既に魔鈴は自身の魔法料理による除霊方法の欠点を認識しており、いわゆる力押しの方法で除霊依頼を受けているとの事。
 どんな経緯を経て魔鈴がその事に気が付いたのかを、横島はあえて訪ねなかった。
 何となくその事を訊いてしまえば、なし崩しに面倒に巻き込まれそうな気がしたからなのだが……。

「それにしても、俺に依頼料の半額を払ったら儲けにならないんじゃないですか? 魔鈴さんは、そんなに高い依頼料を取ってるワケじゃないんでしょ?」

「ああ、その事は心配なさらずに。私の除霊方法は、この自分で作った魔法の箒を使う事がメインですし、高価な除霊道具は殆ど使いませんから。それに私の職業はあくまで魔法料理店のオーナー兼シェフです。生活の糧はそちらで稼いでいますから」

「はあ、それなら俺も一安心ですが……」

 遠回しに、そんなに助っ人を頼んで大丈夫か? と尋ねたのだが、魔鈴はニコニコとした顔で取り合わない。
 横島としても、良いお得意さまであるし、それ程付き合いに問題があるわけではないので、それ以上は突っ込まなかった。

『まあ、最初から魔鈴さんはこんな感じだったからな……』

 そう。西条によって横島を紹介された魔鈴は、彼が主に他のGSから要請を受け、自分達では手におえない依頼物件の助っ人をしている事を聞き、破顔した。
 本業はあくまで料理店経営と魔法研究であり、除霊に関しては副業である魔鈴にとって、強力な霊力と戦闘力を持った横島は願ってもいない助っ人となるからだ。
 横島の手を嬉しそうに握り今後の助力を依頼する魔鈴に対し、横島は正式な依頼であればいつでも受けると答えたが、なぜか一緒にいた小竜姫の視線と、心の内より無言のプレッシャーをかけてくるルシオラの意識に少しだけ焦っていた事は内緒である。
 とにかく、除霊に関して強力な助っ人を確保した魔鈴は、ここ数週間の間に3件ほど依頼をしてきており、その度に横島は同行していたのだ。
 おかげで横島除霊事務所の仕事量が、それまでに比べ一気に増えた(それでも普通に考えれば少ない)のだが、横島から見れば難易度がそれ程高くないため問題とはならなかったが……。

「でも魔鈴さん、どうして俺をご指名なんですか? あの程度の内容なら雪之丞や氷雅さんでも十分ですよ?」

「ですが、私は除霊が専門ではないですから、咄嗟に他の人に指示を出したりするのに慣れていないんです。その点、横島さんならご自分の判断で最適な行動を取ってくれますし、私も信頼できますから」

「……そうですか。まあ、そういう事なら仕方が無いですね」

 横島が言うように、晴れてGS資格を手に入れた雪之丞と九能市も、見習GSとして本格的活動を開始している。
 前回、前々回のGS資格試験を多くの関係者が目の当たりにし、また協会より伝えられる横島の実績を聞いて、横島除霊事務所への依頼は段段増えてきており、今では1ヶ月に5〜6件の依頼が舞い込むようになっているのだ。
 この依頼のほとんどは横島の監督の下、雪之丞と九能市が担当している。
 これは二人が、ある程度の仕事数をこなさなければ正式なGSになれないからである。
 ただ依頼が増えたといっても、この事務所にダイレクトに仕事を依頼する一般客は、GS協会と結びつきのある大企業か政府関係筋の人物ぐらいなのだ。
 横島一人であれば以前のままでも全然構わないのだが、見習であり一定の仕事数をこなさなければいけない雪之丞と九能市を抱えている以上、現状でも仕事量としては少ない。
 やはりもう少し仕事があった方が良いに決まっている。
 そんな時に魔鈴からの依頼が来るようになったのだが、なぜか彼女の依頼は横島を指名してくるため、横島としてはやや目論みが崩れた形になっている。

「あっ、俺はこっちに行かないと帰れませんから、ここでお別れっスね」

「そうですね……。ではまた何かあったらよろしくお願いします。それと、お店のほうにも顔を出してくださいね」

「わかりました。そのうち伺います。それでは」

 やや残念そうな表情の魔鈴に片手を挙げ、横島は十字路を右へと歩いていく。
 ずいぶん遅くなってしまったが、おそらく妙神山では小竜姫が食事の用意をして待っているだろう。
 仕事が終わった際に、融合している小竜姫の霊基構造コピーを通して、おおよその帰宅時間は連絡済である。
 本来は文珠を使って一気に事務所まで転移すればいいのだが、メドーサを取り逃がして以来、横島は万が一の監視を警戒してなるべく手の内を出さないようにしているのだ。
 したがって、こうしてごく普通に徒歩にて帰る途中なのである。
 横島としては、18歳になると同時に車の免許を取るつもりであるが、それまでは文珠を使わない限り自分の足と公共交通機関で移動するしかない。



「さて……そろそろ月神族から連絡があっても良い頃かな? アシュタロス程の頭脳があれば、例え途中までの技術情報でも検証して完成させられるだろうからな」

『そうね……。アシュ様の実力からいって、そろそろヒドラを完成させる頃ね』

『今回はできれば、魔力エネルギーを試射する前にアレを破壊したいですね』

「そうだな……。例え発射してもその途中で破壊できれば、それだけアシュタロスの力を削ぐ事ができる。そうすべく頑張るけど、問題は誰と一緒に行くかだが……」

『平行未来と同じように、美神さん、マリアと一緒というのが一番無難だけど……』

『でも実力から言えば、雪之丞さんや九能市さんの方が、戦力としては上かもしれませんよ?』

「ロケットの制御や操縦、状況分析の点でマリアは外せない。後一人をどうするかなんだけど……」

 周囲に誰もいない事を確認し、自分の中のルシオラ、小竜姫の意識と会話する横島。
 他人から見れば、なにやら独り言を言っている危ない人にしか見えない。
 そんな彼等が悩んでいるのは、月に行くメンバーの最後の一人を誰にするか、である。
 戦闘だけを考えれば、明らかに雪之丞や九能市の方が強いのだから。

「アシュタロスの奴は、おそらくメドーサとベルゼブルを派遣すると思うんだが、絶対とは言い切れないからなぁ」

『そうね。メドーサに施した調整を考えれば、彼女の寿命は残り少ないわ。あの執念を考えれば、九分九厘メドーサは月でヨコシマを待ち受けることを志願するはず』

『ええ、私もそう思います。ただ、元始風水盤の時のように、忠夫さんを足止めするためにメドーサを差向ける、という可能性も無いわけではありません』

「おそらくベルゼブルのクローンが、俺か美神さん、場合によってはエミさんや唐須神父の監視に就くだろうから、ヒャクメがそれを感知したらこっちも動かないといけないな」

 横島のぼやくような一言に、それぞれ自分の意見を言うルシオラと小竜姫の意識。
 全員が、今回の月での事件でメドーサが関与することを疑ってはいない。
 だが、実際にメドーサがどのような役割を果たすのかは、所詮推定に過ぎないのだ。

「意外性というか、予想外の事が起きた時に頼りになるのは、やっぱり美神さんなんだ。雪之丞達では、その点だけは未だ美神さんに劣っている」

『そうね……。そうするとやはり美神さんに決定かしら?』

「まあ、美神さんも平行未来の同じ時期と比べれば、格段に強いからね。一緒に行っても何とかなるとは思うよ」

『そうですね。あの時同様、竜神の装具を使えばかなりの戦力の筈です』

「取り合えず、第一候補は美神さん。第二候補は雪之丞、第三候補が氷雅さん、という事で対応しようと思ってる。後は状況次第だな」

『そうね、それしかないでしょうね。でもヨコシマ、前回みたいに生身で大気圏突入なんて止めてね。後で記録を見たけど、あの時生きていたのは奇跡みたいなものよ』

『ええ、私も見ていて心臓が止まるかと思いましたから……。忠夫さん、無茶はしないで下さいね』

「わかってるって。俺ももう一度、ダブルオー9やガ○ダ○の真似をする気はないからなー」

 そう言うと横島は会話を切り上げる。
 駅が近くなり人通りが目立ってきたからだ。
 さすがに危ない人だと指差されるのは嫌なので、以後黙ったまま(脳内での会話は続けていたが)彼は通勤電車の乗客となったのである。






「久しぶりだな……と言いたいところだが、なぜお前まで此処にいるんだ、ワルキューレ?」

「むっ!? 随分な言いようじゃないか、横島。久しぶりにあった戦友に言う言葉とも思えんぞ」

 魔鈴と一緒に除霊をした数日後、3月も後半に差し掛かったある日。
 横島は、いきなりそれぞれの所属世界に急遽招集され、数時間して戻って来た小竜姫、ヒャクメ、ジークに『お帰り』と言った後、その横に軍服姿で立っているワルキューレに不思議そうな表情を見せながら話しかけていた。

「彼女は魔界の最高指導部より、正式に使者に任命されてここに来ています。情勢が緊迫しているため、すぐに説明に入りたいのですが……」

 済まなそうな表情で口を開く小竜姫を見て、横島はいよいよ月に行く時が来た事を理解していた。

「魔界からの正式な使者ねぇ……。という事は、これまで神界からの依頼で動いていたけど、今回は魔界からの依頼って言うわけですか? 魔界からの依頼を受けるGSっていうのは、何かまずいんじゃないかな? どう思うジーク?」

「いえ、魔界からの依頼と言う事ではありません。事態はもっと複雑なんです」

 ほぼ全てを知っていながら芝居を続ける横島。
 小竜姫とヒャクメは事件が起きる事も内容もある程度わかっており、横島の力を信頼しているために、表情や態度の半分は横島に合わせた演技である。
 だがジークとワルキューレは、任務の内容故に表情も態度も真剣そのものだ。
 横島としてもジーク、ワルキューレの真面目な性格はわかっているので、からかう事を止めて態度を仕事用に切り替える。

「まあいいや。という事で詳細を教えてくれるかな? 時間、あまり無いんだろう?」

「理解が早くて助かる。どうしても人間の助けが要る。手を貸して欲しい」

「至急行って欲しい場所があるんです。その……言いにくいんですが…月なんですが……」

 真面目な表情で尋ねた横島に、仕事モードのワルキューレが単刀直入に助力を要請し、ジークが言い難そうに内容を告げる。

「……月? それはまた随分遠いな」

「今回の依頼はハルマゲドンを食い止める計画の一端なんです。月は、遙か昔から地球の様々なものに強い影響を与えてきた、強大な魔力の源です。しかし、地理的にはあまりに遠距離なので魔族も神族も手を出せない、いわば中立地帯なんです」

 知ってはいるが、ここは惚けて初めて聞くように演技しなければいけない横島が、怪訝そうな表情で尋ね返す。
 そんな横島に合わせて、簡単な状況説明を始める小竜姫。
 尤も、口から出る言葉とは裏腹に、その瞳は横島のそれとしっかり見つめ合っている。

「ところが、どういう手段を使ったのか、アシュタロスの手の者が月に侵入した。連中の目的は明らかだ」

「月の魔力を地球に持ち帰り、それを使って魔族の政権を握る……」

「そしてその後は、神族と人間の抹殺です。地球は滅びるかもしません!」

 小竜姫の後を受けて、ワルキューレ、ヒャクメ、ジークがそれぞれ説明を行う。
 横島はそれを黙って聞いていた……ように見えたが、小竜姫と霊基構造コピーを通じて会話をしていた。

『小竜姫様、これって少し無理がありますよ。こんな説明じゃ普通、突っ込まれて要らぬ事まで喋る事になりかねない』

『すみません……。それにしても、ヒャクメもわかっている筈なんですけどねぇ……。あんなに練習したのに』

『そーね。アシュ様の目的は確かに月の魔力の奪取だけど、本当の理由は冥界チャンネルを封鎖した後に、自分達が活動するための魔力エネルギーの確保ですものね』

『まあ、その事を知っているのは俺と小竜姫様、ルシオラ、ヒャクメだけだからなぁ。でも……すんません。ちょっと突っ込んでもいいっスか?』

『……はい、お手柔らかに』

 そんな脳内会話を行っていた横島は、先程からの真剣な表情のまま、真っ直ぐにワルキューレを見据えて口を開く。

「アシュタロスの部下が月に行ったという事はわかった。だが、なぜ人間の助けが要るんだ? そう言えば……その連中が月に行った手段がわからないと言っていたっけ。なる程、神界や魔界の技術力でも惑星間航行は難しいのか。それで月まで行くため、人類の宇宙船を使おうって言うんだな?」

「あっ…、いえ、確かにそれもありますが、それだけではありません」

「ふーん。でも聞いていると今回の事は、アシュタロス率いる魔族内武闘派の引き起こした事件だろ? ならば、魔界正規軍の精鋭部隊なり対テロ特殊部隊なりが出動し、すみやかに自分達の手で事態を収束させる事が重要だと思うけど……?」

 表情とは裏腹に、横島は正論でジークやワルキューレを追いつめて結構楽しんでいた。
 内心で少しだけ悪いかな、とも思っていたが、こんな穴だらけの理由では納得してやれないと思っているからだ。

「正直に言おう。魔族内部は和平派が多数を占めるとはいえ、武闘派のテロ行為を完全に抑えられるほどではない。それに現状に不満は持っているものの、取り敢えず中立という連中も結構いるんだ。そんな連中は、彼等が行動を開始するなり暴走すれば、自らの不満を晴らすためにアシュタロスの味方をする可能性がある」

「そうなれば最悪の場合、魔界は一気に内乱となります。それ故、和平派としても正面切って対立するような事はできないのです」

「ふーん。まあ、所謂政治のパワーバランスっていうヤツか。そう言うところは魔族も人間とあまり変わらないんだな。で、神界が動けない理由は何です?」

 魔界を二分する内乱に陥る事を心配するワルキューレとジークの説明に、まあ納得してやっても良いかな、という感じで頷く横島。
 だがそのまま視線をヒャクメに向け、神族側の説明をするように促す。
 その横島の視線を受け、エッと言う感じで見詰め返すヒャクメ。
 確か打ち合わせでは……この部分は自分の説明パートだったろうか?
 忘れていたヒャクメは、いきなりの事に台詞を思い出せず、あたふたとし始める。

「おほん…! えーと、神族としても魔族の、しかも六大魔王であるアシュタロスの部下とわかっている勢力と正面対決すると、開戦の口実を与える事になるかもしれません。可能性としては高くないのですが、リスクは可能な限り避けたいんです。ということで、この事件はあくまで『月』だけの問題として処理したいんです」

 すっかり自分の台詞を忘れ…、いや、台本に載っている自分の出番を誤って覚えているヒャクメに呆れながら、小竜姫がその部分の台詞を代わって口にする。
 チラリとヒャクメに一瞥をくれると、小竜姫の台詞を聞く横島。
 慌てて台本を思い返してみると、確かにその部分は自分の説明箇所だった事に気が付き、シュンと項垂れてしまうヒャクメだった。



「侵略を受けた『月』側の要請で、『地球の人間』が連中を始末する。表向きはこのシナリオを通したいんです」

 何とか取り繕った小竜姫に労いの意識を送りつつ、ジークの言葉を聞いた横島は首を傾げる。

「……月側の要請? おいおいジーク、俺をからかってるのか? 月には生き物はいないだろ。それとも……月に知的生命体がいるのか?」

「ああ、月には月神族――月の精霊達が住んでいるんですよ。彼等は神にも魔にも属していないんです。日本人には神話というか昔話で馴染みがあると聞いていますが……」

 地球人として極めて当たり前の反応を見せる横島に、ジークは人間の間で月に生物はいない事になっていると思いだし、慌てて月神族の事を話す。
 そしてガサゴソとどこからか、14万8千光年の彼方へ旅をする某アニメ番組で見た事があるような、通信カプセルを取り出しスイッチを入れた。

 ブン…! ボッ!

 その途端、カプセルから空中に発せられた光の中に浮かび上がる1人の女性。
 長い髪にSFチックなコスチュームの美女である。

「なる程……ホログラムというか立体映像通信か。結構進んだテクノロジーをお持ちで」

 僅かに眼を細め、誰に言うともなく呟く横島。
 これだけのテクノロジーがあるのに、どうして魔族撃退用の武器が無いのだろうと思ってしまう。
 月神族も魔力の元で生きる種族であり、そう言う意味では神族というより魔族により近いような気もするのだ。
 まあ、長年の平和な世界に浸りきって、敵と戦う必要もなかったのだろうが……。

『でもなぁ……。最低限、自分達を護るための装備ぐらい開発しておいて欲しかったよな。月神族の武器でメドーサ・クラスの魔族にダメージを与えるモノなんて、確か無かったような気がするぞ』

 そう思いつつも、静かに立体映像通信の美女を見詰める。
 取り敢えず、自分はまだ何も知らないのだから……。

『私は……月世界の女王、迦具夜――』

 迦具夜との通信を行いながら、漸くここまで来たか、と思い気を引き締める横島。
 多少遊んだモノの、横島はこの神魔族からの依頼を断る事など考えていなかった。
 全てはシナリオ通りとは言わないが、あくまで予想の範囲内の出来事だから。
 迦具夜と少し話した横島は、やれやれといった感じで回答を口にする。

「仕方がない。この依頼受けましょう。だが、月神族としてもせめて情報収集は行ってください。敵の映像なり情報を何とか入手して、我々の出発前に教えてください。闘うにはまず、敵を知らなければなりませんから」

『わかりました……。何とかご期待に添う情報を得るべく、全力を尽くしましょう。では、――到着をお待ちしています。私は……月世界の女王、迦具夜――』

 そう言いながら迦具夜姫の映像は薄れていき、ここに初めての地球外生命体とのコンタクトは終わりを告げた。
 横島はチラリと小竜姫の顔を見ると、視線を全員へと移す。
 小竜姫もその瞳で応えると、芝居を続けるべく気持ちを切り替えた。

「さて……面倒な依頼だが受けた以上、依頼は完遂しなけりゃいけない。正直言って、月へ行くとなると星条旗の国か寒い国の協力がなけりゃ、どうする事もできない。費用だっていくらかかるかわからないぞ。星条旗の国は国家のシステム上、安全面のチェックだけでも膨大な時間が掛かる。巻き込むとしたら寒い国だろうなぁ……」

「わかっている。必要な費用に関しては全て我々神魔族で用意する。だが――国レベルでの依頼はどうすればいい?」

「そうだな……世界GS協会を通して話すしかないだろう。それに今回の依頼も、正式に仕事として受けないと後々面倒になりそうだし」

「わかりました。その辺の事は私が何とかします。だけど、今回の仕事はさすがの横島さんでもに独りでは困難でしょう。誰かパートナーを見つけないと……」

 小竜姫の言葉に頷くと、横島はまず日本GS協会に行く事を提案した。
 場合によっては、西条を巻き込む方が効果的かもしれない。
 次にドクター・カオスとマリアに声を掛けないとなぁ、等と考えていたが、見張りを駆除しなければいけない事を思い出す。

「そういえば……アシュタロスもこれだけの事をしたんだ。神魔族が表立って動けないとなれば、当然人間に依頼する事ぐらいわかっている筈。能力の高いGSを監視、または暗殺しようとするんじゃないか?」

「その事に気が付くとはさすがだな。確かにこの妙神山はベルゼブルのクローン達に監視されている。だが、いかに連中でも結界がある以上、この中に入り込む事はできないし、盗聴や監視も不可能だ」

「まあそうだろうが……。ヒャクメ、ベルゼブルのクローンの動きは? それに数は?」

「妙神山の周りには3匹いますねー。後、美神さんの事務所に1匹、張り付いていますよ」

 どうやら横島達(雪之丞や九能市は同じ所に住んでいるため、外に出たそれぞれを監視できるように3匹のクローンが見張っている)以外では、闘いの巧さから美神を危険視しているようだ。
 そう考えた横島は即座に対処法に思いを巡らす。

「わかった。こっちの連中は氷雅さんと雪之丞に始末して貰おう。サポートはよろしくな、ヒャクメ」

「わかったのね」

「情報が漏れると面倒だ。美神さんを見張っているベルゼブルは俺が始末するよ」

 ワルキューレの答えに頷いた横島は、即座に監視を始末するべく決断する。
 確かにここを偵察する事はできなくても、ベルゼブルは結構厄介な敵だ。
 あの小ささにもかかわらず、スピードと高機動性は折り紙付きだし、暗殺に廻られると防ぐのが大変なのは、前回の美神暗殺作戦でワルキューレが苦戦した事からも、よくわかっているのだ。
 とは言っても、ヒャクメのサポートがあれば、雪之丞達なら倒す事自体はそれ程困難な事ではない。
 二人とも穏行の術は得意だし、その戦力は前回よりもさらに高くなっているのだから。
 駆けだしていくヒャクメの後ろ姿を見ながら、横島の頭は既に今回の作戦シミュレーションへと切り替わっていた。






「あら、どうしたの横島君? 連絡もなく突然来るなんて、何かあったのかしら?」

「先生、どうしたのでござるか?」

 唐突に事務所にやって来た横島に、驚きながらも尋ねる美神とシロ。
 特にシロは、朝出かける時に横島が何も言っていなかったために、突然の来訪に驚いていた。
 しかし横島は静かにするようにとゼスチャーで示しながら、黙って窓際へと歩いていく。
 そんな横島の姿に、かつて自分を狙撃しようとしたハーピーの事を思いだし、美神は僅かに緊張の表情を見せる。
 だが……次に見せた横島の行動に、美神の表情は再び怪訝そうなモノへと戻ってしまった。
 脇目もふらずに窓際へと進んだ横島は、持っていた鞄からスプレーを取り出すと窓を開けて、おもむろにそれを突き出したのだ。

 プシュー!

 「魔族コロリ」と書かれた胡散臭いそれは、まるで殺虫剤にしか見えない。
 横島が持っていたのでなければ、絶対に厄珍堂で売られている怪しげなモノと決めつけたであろう。
 だがそれは、横島が使う以上明確な効果を持っているモノだった。

「ぐわッ!!」

「なっ!? あれは……!」

 呆気にとられて横島の行動を見ていた美神の双眸が、叫び声と共に藻掻き苦しむ虫のような物体を認めて緊迫したモノへと変化する。
 それはかつて自分を襲おうとして横島、九能市、シロに退治された、ベルゼブルという魔族のクローンだったから……。

「先生っ!? それはいつぞやの魔族でござるな!?」

「ああ、ちょっと前からここは監視されていたらしい。俺も小竜姫様やワルキューレ達から今回の仕事を依頼されて、漸くその事実に気が付いたのさ。だから面倒な事になる前に駆除しに来たんだ。間に合って良かったよ」

「ちょっと、あれっていつかのベルゼブルのクローンじゃない! 横島君。詳しく説明してくれない?」

 あだ名の通り、まさに殺虫剤を掛けられてヘロヘロと墜ちていきながら、蠅の如く苦しみ悶え消滅していく魔族を見ながら、声を上げる美神とシロ。
 それはそうだろう。
 もしベルゼブルに美神達を殺す気があれば、少なくともかなりの被害が出る事は明白なのだ。
 こちらも襲ってくる事を知っており、待ちかまえているのならともかく、あの小さなベルゼブル・クローンに不意打ちを掛けられたらいかに今の美神でも防ぐ事は難しい。

「美神さん、今回の仕事はかなり危険ですよ。話を聞いたら協力して貰う事になりますが、それでも構いませんか?」

「うっ…! じょ、上等じゃない、私は美神令子よ。それに見合う報酬さえ貰えれば、大抵の仕事は受けるわ!」

「そうですか。実は今回……」

 美神の強気の態度に苦笑しながらも、まあそれでこそ美神さんなんだよなぁ、と思いながら説明を始める横島。
 こうして久々の月への有人宇宙飛行が開始されようとしていた。



 シュッ!   ズシュッ!!

「ぎえッ!? な…何が……?」

 妙神山を監視していたベルゼブル・クローンの1体は、突如として自分を貫いた針を認めて呆然とした。
 瞬く間に身体から魔力が抜けていき、地面へと落下する際にその目に映ったのは、魔界正規軍の防御用アーマーにも似た竜神族の鎧を身に着けた女性。
 それが監視対象の独りである九能市氷雅だと思いだしたベルゼブル・クローンは混乱した。

『いつの間に…外に出たんだ?』

 だがその答えを見つける事はできなかった。
 大きすぎるダメージを食らった身体は、既に8割方崩壊していたのだから……。

「九能市、終わったか?」

「あら雪之丞さん。ええ、1体倒しましたわ。そちらも無事に終わったようですね」

「ああ、横島が言うとおり穏行の術で姿を隠し、接近してきたところで五鈷杵から霊波刀をパイル状に伸ばして消し飛ばした」

 フッと穏行を解いて姿を現した雪之丞に頷くと、彼の首尾を確認する。
 雪之丞は、彼にしては珍しく小竜姫から貰った武器を使って敵を倒した事を、普段と変わらぬ口調で淡々と語った。
 バトルマニアの彼も、このような状況では密かに一撃で敵を倒す事の重要性を認識している。

「さて、残りは1体だな。ヒャクメからの情報で居る場所はわかっている。さっさと倒そうぜ」

「そうですわね。横島様から頂いたこの薬の威力を見てみたいですわ」

 そう言って嬉しそうに、「魔族コロリ」と書かれたスプレー缶を手にする九能市。

「俺が囮になるから、隙を突いて吹きかけろよな」

「了解ですわ」

 そんな会話を交わし、穏行の術で気配を断つ二人。
 横島から貰った『遮蔽』の双文珠を併用したその術は、完全に姿や熱量、気配、霊波動を遮断するため、魔族といえども見つける事はできない。
 この後、最後のベルゼブル・クローンも雪之丞と九能市の手で倒されたのだった。



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