フェダーイン・横島

作:NK

第104話




 話は横島が妙神山へと空間転位した暫く後へと戻る。
 美智恵はこれまで続けてきた美神の特訓を中止させ、関係者を司令室へと呼び集めていた。
 集まったのはヒャクメ、雪之丞、九能市、シロ、西条、おキヌ、そして美神。

「これまでアシュタロスに対抗するため、令子に対しては過酷とも言える特訓を行ってきました。しかし、妙神山での修行などで令子のパワーは、ほぼ限界まで引き出されています。残る方法は霊波の『質』を変える事だったけど―――現段階では、それはまだ困難です」

「あの――、霊波の質を変えるって………どういう事なんでしょうか?」

 美智恵の説明に、バツの悪い顔で尋ねるおキヌ。
 無論、シロも良く分かっていなかったが、質問する段階にも至っていなかった。
 雪之丞と九能市、それに西条は何となく答えが分かっているように見える。

「簡単に言えば、横島さんが修めている念法がそれに近いですね。念法の基礎は、自分自身の霊体が発する霊気をチャクラによって整流し、いかに無駄なく練り上げて強力なエネルギー(霊力)を生み出すか、というところにあります。パワーが同じであっても、念法を修めている横島さんなら7倍強い霊力を生み出せるのは、皆さんご存じでしょう?」

 ある程度全てを理解しているヒャクメが、わかっていなさそうな2人に説明を行う。
 実はヒャクメ、お得意の千里眼で妙神山での攻防戦をトレースしており、内心は気が気でない。
 だが、横島に託された自分の役割を果たすためにここにいるのを思いだし、努めて冷静なふりをしていた。

「成る程、拙者が先生に教わった事でござるか!」

「ああ、横島さんの念法の事ですね……」

 イメージが掴めたおキヌとシロが大きく頷くのを横目に、美智恵は説明を再開する。

「令子も横島君に念法の修行を受けていたため、初期段階はクリアーしていました。だけど、横島君が言っていたようにチャクラを全て制御するためには、時間があまりにも無いため、念法によるこれ以上のパワーアップは断念せざるを得ませんでした」

 残念そうに言う美智恵だったが、念法の修行を日々している雪之丞や九能市にとって、それは当たり前の帰結である。
 無茶な特訓を行えば、早く修められる物などではないのだ。

「他にも、生と死の境界まで追い込み、霊体そのものの強化と霊気を流す経路を爆発的に大きくする等、幾つかの方法は考えたのだけど、令子は既にある程度完成されているため、結局は無理だったの」

「それって、霊体そのものやチャクラ、それらをひっくるめて人間の霊的機構を全て組み直すっていう方法ですからねー。そんなに簡単にはできませんよ」

 ヒャクメの指摘に、美智恵は苦々しそうに頷いた。
 彼女とて、それがいかに困難なことか十分理解していたのだ。

「だがよ、美智恵の旦那。その方法でどのぐらい強くなれるんだ? 俺が思うに、最低でも横島ぐらいになれなきゃ無意味だと思うけどな」

「そうですわね……。横島様は念法以外の何かも修めています。それで数万マイトもの霊力を一時的に発揮できるようですが、それだけの力があってもアシュタロスには、力比べでは絶対に勝てない、話にならない、と言っていましたもの」

 美智恵の説明に首を傾げながら自分の見解を告げる雪之丞。
 横に座った九能市も、頷きながら彼の意見を肯定する。

「拙者がかつてアルテミス様をこの身に降臨させた時、アルテミス様の力全てを使いこなせたとしても、せいぜい発揮できるのは1万マイトぐらいだと先生は言っておられたでござる」

 先輩の言葉を、自分自身の経験から補足説明するシロ。
 シロの場合、降臨というか憑依に近いため、アルテミスが人間界で本来発揮できる霊力以上のパワーを揮う事はできない。
 犬飼の事件の時、横島がシロに念法を教えたのは、いかに無駄なく効率的にアルテミスの力を使わせるか、を考えたためだった。

「ええ、私も横島君にヒントを与えられていたんだけど、なかなかその真意を理解できなかったの。だけど、漸く新しいアプローチを思いついたわ。それは霊力の完全同期連係! 早い話が合体技よ」

「「合体技!?」」

「ええ、令子のパワーに他人のパワーを上乗せするのです! 霊波長がシンクロして共鳴すれば、理論的には相乗効果で数十〜数千倍のパワーが獲得できます。そうですよね、ヒャクメ様?」

 驚く一同を尻目に、美智恵はそう言って視線をヒャクメへと向けた。
 釣られるように一同の視線もヒャクメへと注がれる。

「さすがは隊長さんですねー。いつから気が付いたんですか?」

 苦笑しながら答えるヒャクメ。
 だがその表情は、よくそこまで辿り着いた、というものだ。
 無論、気が付くように横島が誘導していたのだが、その事を差し引いても大したモノではないか。

「私もこの時代に来て、令子を強化するためにあらゆる資料に眼を通し、そして考え抜きました。そして辿り着いた結論は、横島君こそが私が考えていた理想形なのだということです」

 確信に満ちた表情の美智恵を見て、もはや誤魔化す事はできないと悟ったヒャクメは溜息を吐く。
 そして、この展開を読み、ヒャクメに自分の秘密の一端を明かしても良い、と言っていた横島に感心していた。

「隊長さん、貴女はどこまで分かっています?」

「確信したのは、オカルトGメンにあった『フェンリル事件』のファイルを読んだ時です。西条クンの報告では、念法の最終奥義は神憑き(神魔の降臨)だと推定していたけど、横島君の力を考えると本来人界に現れるはずのない、上位の神族を降臨させているとしか思えない。でも、それは現実として考え難いでしょう?」

「そうねぇ……。確かに今回のような事件でもない限り、人間界にそれほど高位の存在を常駐させるとは思えないわね」

「横島君の親しい神族とすると、小竜姫様やヒャクメ様か……。可能性としては斉天大聖様も考えられるが…………」

 ヒャクメの問いかけに答える美智恵の言葉によって、西条や美神もこれまでの事を思い出しながら考え込む。
 確かに、シロがアルテミスを降臨させた際、金色のオーラを纏っていた。
 それは横島が超常的な霊力を発揮する時の姿と同じである。

「細かい理屈はわからねーけど、もし横島と共鳴するとしたら、その相手って小竜姫のことじゃないのか?」

「そうですわねぇ……。もしそうならば横島様の性格を考えると、何らかの方法で小竜姫様の力を上乗せしているように思うのですけど」

 理論面ではいささか出来の悪い雪之丞が自分の考えを口にし、九能市も方法は分からないが同じ考えだった。
 だが、2人とも自信があるわけではない。
 なぜなら、横島が全力を出した場合、人間界限定だが小竜姫よりもはるかに巨大な霊力を発揮する。
 単純にシロの場合と比較する訳にはいかない。

「そういえば……平安時代に行った時、横島君はかけがえのない存在として、小竜姫以外にももう1人、魔族の女性がいるって言っていたっけ!?」

「ええ、貴女から聞いたその事が、私に横島君の事を気が付かせてくれたのよ。ヒャクメ様、横島君は何らかの方法で神族…いや、小竜姫様のパワーと、その魔族の女性のパワーを上乗せ、つまり霊波長をシンクロさせて共鳴させているのではないですか?」

 美智恵の言葉を聞いて、おおっというざわめきが一同から漏れる。
 確かに、横島の霊力は人間の数百倍のパワーを誇っているのだ。
 念法で1,000マイトを超える増幅ができるとはいえ、それ以上の力をどうやって得ているのか知っている者は、人間側にはいなかった。
 だが、今の美智恵の説明はその回答として十分可能性のあるものだったのだ。

「見事ですね、隊長さん。私の口から詳しい事は言えませんが、確かに横島さんの、人間界で中級上位神族や魔族に匹敵する力を生み出す方法は、貴女の想像通りです。本来なら横島さんが説明すべき事でしょうけど、念法の奥義というか、横島さんがそもそも念法を修めた本当の理由は、霊力と魔力を完全に共鳴させ莫大なパワーを生み出し、それを制御するためでしたから。それに横島さんは、神族の力と魔族の力のどちらか一方とだけシンクロ、共鳴させることもできますよ」

「やはり……。でも、どうして魔族の力まで使えるのですか?」

「人間は本来、陽と陰、2つの属性を併せ持つ存在です。もし横島さんが神族の力のみを使うのであれば、それはもうヒトとはいえないでしょう。方法はどうであれ、陽と陰、2つの力を併せ持つからこそ横島さんはヒトとして存在できるのです」

『そして……さらに陽としての男性である横島さんと、陰として女性の小竜姫、ルシオラさんの霊基構造を併せ持つことでね……』

 最後の言葉だけは口には出さず、心の中だけで呟くヒャクメ。
 ヒャクメが語った種明かしを聞き、雪之丞と九能市は理屈ではなく感覚としてその事を納得していた。
 シロも同様である。
 美神とおキヌは、明かとなった横島の女性関係に呆然とし、西条も横島の特異性を改めて実感してしまう。

「それで先生。横島君の事はよくわかりましたが、それを令子ちゃんにどうやって応用するんですか?」

 西条の問いかけは、美神を含めたその場にいる全員の疑問だった。
 方法は不明だが、横島のやっている事を試そうにも、それには美神と親和性の高い神族か魔族の協力が必要となる。
 だが、その神魔族達は妙神山でアシュタロスの移動妖塞と戦っているのだ。

「西条クン、なにもシンクロし、共鳴する相手が神族や魔族でなくてもいいのよ。彼が令子に『竜の牙』と『ニーベルンゲンの指輪』を持ってきてくれた際、私に最後のヒントをくれたわ。令子、貴女のライバルである小笠原エミさんだけど、貴女と殆ど同じレベルの霊力を持っているそうね」

「え、えぇ……。悔しいけど、エミも横島君に念法の修行をつけてもらっているから………っ!? ま、まさか!!」

「そうよ、令子。偶然かも知れないけど、横島君は貴女が強大な敵に立ち向かうための、最強のパートナーを与えてくれたのよ」

「しかし……人間である以上、どんなに頑張って霊波長を同期させようとしても、僅かなブレは不可避なのでは?」

 愕然としている美神を横目で見ながら、西条はこのアイディアの最大の欠点を思いついて尋ねた。
 そう、どんなに頑張っても人間である以上、他人と完全に霊波長を同期させることはできない。

「ええ、確かに西条クンの言うとおり、このアイディアのカギはどこまで霊波を同期させ、共鳴を引き起こせるかなのです。だけど、それをクリアするための切り札も、私達は横島君から貰っていたのよ」

「『文珠』ね……。力の方向を完全にコントロールする能力……!」

「ええ。さらに言えば、貴女達は念法を修行しているから、普通の霊能者より霊波や霊気を捉えるイメージ力がずっと高いのよ」

 立ち直った美神が、漸く整理できた考えをまとめ、切り札の名前を呟くように告げた。
 何しろ、身を守るためにという事で横島自身から数個の文珠を与えられていたのだから、ここまでパズルのピースが合わされば、彼女の頭脳を持ってすれば容易にわかる事だろう。
 先程から黙っているおキヌは、そのあまりの横島の用意の良さに眼を見開いて呆然としている。
 まさかとは思うが、横島や小竜姫はこの事を見越して美神達に念法を教えたのだろうか?
 西条はそんな疑念を持ちつつも、対抗策が分かった事に密かな安堵を感じていた。

「西条クン、至急小笠原さんを呼んでくれないかしら? 人間がアシュタロスに対抗するには、それしかないわ。今後、令子と小笠原さんには、それを想定した訓練を受けてもらうことになるでしょう」

「わかりました。でも、小笠原君が素直にこちらのお願いを聞いてくれますかね?」

「私が説得します。アシュタロスに対抗する方策が見つかった以上、できるだけ早く訓練を行わなければなりません。もう時間がないのです」

 美智恵の毅然とした態度に腰を浮かせかけた西条だったが、それを遮るかのように美神の声が響いた。

「ちょっと待ってよ、ママ! 前から不思議に思っていたけど、どうしてやたらと時間を気にするのかしら? 霊動実験室を使った特訓でもそんな事を言っていたけど、最初は1ヶ月って言っていたのを、横島君と話した後は2ヶ月にしたり……?」

「れ、令子ちゃん、それは……」

 これまで何となくおかしい、と思っていながら心の奥に閉じこめておいた疑問というか不信が、この時遂に表で出てきたのだ。
 自分が知る母親とは明らかに異なり、妙に冷徹に振る舞う美智恵に当惑しながらも、ここ2ヶ月近く従ってきたのだがもう限界だった。
 母親は自分に何かを隠している。
 それが堪らなく嫌だと感じてしまう。
 だが、美神のその問いかけに、事の真相を知っている西条は表情を変え諫めるような口調で言いかけたものの黙ってしまった。
 そんな西条の態度から、美神は西条も隠された何かを知っているのだと確信する。

「どうやら……西条さんも知っているみたいね。当事者である私を除け者にするなんて許せないのよねっ!」

 拗ねたような美神の言葉に、バツの悪そうな表情を見せる西条だったが、それでも口を噤んだまま腰を下ろしてしまう。
 だが、代わりに口を開いたのはヒャクメだった。

「じゃ、この辺で もう話したらどうです、隊長さん! 今まで隠していた事――――」

「!! ……そう言えば横島君も予期していたそうですね……」

「何の事です?」

 そろそろ話してしまえ、というヒャクメの言葉に一瞬だけ狼狽えた表情を見せた美智恵だが、西条から横島が知っていると聞かされた事を思いだし納得した。
 だが、全く話の流れに付いていけないおキヌは、首を捻りながら尋ねるしかない。
 雪之丞も怪訝そうな表情をしていたが、九能市はその答えを察したようで憮然とした表情で美智恵を見ていた。

「実は、今回の事件に関して、世界GS本部はある決定を下したんです」

「その決定とは―――美神令子の暗殺……!」

「い゛っ…!?」

 淡々と語るヒャクメの言葉を受け、美智恵は覚悟を決めてこれまで隠してきた事実を娘へと告げる。
 西条が目を背け、ヒャクメが溜息を吐く中、美神の驚きの声が妙に甲高く響き渡った。






「暗殺ってどういう事ですか!? 私達の仕事は美神さんを守る事じゃないんですか!? でなきゃ――でなきゃ、私―――こんな仕事やめますっ!! こんな制服なんか――っ!!」

「お、落ち着いて、おキヌちゃん!!」

 『き〜っ! こんなものっ!!』と、涙を浮かべながらオカルトGメンの制服上着を脱ぎ捨てようとするおキヌを押さえつけ、宥める美神。
 本来であれば、暗殺されようとしている美神の方がキレルのであろうが、こういう事は先にキレた方が勝ちなのだ。
 おキヌを宥めながらも、自分を取り戻した美神は母親が告げた内容の有効性を認めざるを得なかった。

「私も以前、朧気にだけど同じ事を考えたわ。よく考えてみて、おキヌちゃん。それが一番安全な方法なのよ」

「えっ?」

「そう、だからあんなに時間を気にしていたのね、ママ。でも、私だってそのぐらい思いつくわ。きちんと話してくれればいいのに……」

「…………令子」

 美神の言葉に驚き、動きを止めるおキヌ。
 美神の頭脳を持ってすれば、本来もっと早く確信していても良かったはずだが、母親の登場などで無意識に思い出さないようにしていたのかも知れない。
 だが、彼女も遂に自分の考えを口にしてしまった。
 いや、自分の中で考えたくない、と思っていた事をきちんと考え理解しただけなのだろう。
 横島に言われていたが、そこまで考えていた娘に対し、大したことのできない自分が本当に無様だと思えてしまう。
 思わず娘の名前を呟くが、今の自分は指揮官に徹しなければいけないと思い返し話を再開する。

「ヒャクメ様の話では、アシュタロスの妨害霊波が有効なのは約半年、長くて1年だそうです。その間に令子が捕まらなければ全ては解決します。時間移動が封じられている以上、最も安全と考えられるのは令子の暗殺なのです」

「確かにな。死ねば美神の旦那の魂は転生するんだろ。つまり、魂はしばらく行方不明。いつ、どこに戻ってくるかわからねえ。最も簡単にアシュタロスのヤツの勝利条件をゼロにする方法だぜ」

 黙って聞いていた雪之丞は、美智恵の話を聞いて納得したように頷いた。
 彼は極めて冷徹に今話された作戦を検討し、その方法が人道的か否か、という事を無視すれば負けない事への最短距離だと理解したのだ。
 確かに、冷静にアシュタロスの勝利条件を考えれば、その方法が最も確実かつ簡単で、犠牲も少なくて済む。
 ただし、それを知ったアシュタロスが怒りにまかせて、人界の無差別破壊を行う可能性はあるのだが、究極の魔体の存在や核兵器ジャックの事を知らなければ、いかにアシュタロスでも短期間に全人類を抹殺する事などできないと考えるのが普通である。

「そんな……!」

「僕も納得できません!! そんな非人道的なやり方、認めるわけにはいきませんよ!!」

「おキヌさん、1つだけ勘違いしていますわ。私達の最優先目的は美神さんを守る事ではありません。人界に侵攻してきたアシュタロスに彼の目的を達成させず、敗北に追い込む事です。無論、そのために美神さんを犠牲にしなくても良い方法があれば、それを最優先にすることは当然です。しかし少なくとも、世界GS本部や各国の指導部は違うと思いますよ」

「伊達君や九能市さんの言う通り、人類全体の命運が掛かっているのよ……! 最も確実で、被害が少なくなると考えられる作戦を取るのは当たり前です。しかし……私だって素直に納得しているわけではないわ!」

「皆さん! ちょっと静かにして下さい!!」

 政治の暗部を知らされたおキヌは顔色を青ざめさせて黙り込むが、それを受けるように西条が倫理的な面から世界GS本部の決定を非難した。
 だが、雪之丞同様、忍びとして極めて現実主義的な九能市が、おキヌの考え方の間違いを指摘する。
 彼女の言うとおり、作戦としてならたった1人殺す事で、極めて容易に完全敗北を阻止できるのだ。
 この誘惑に勝てる政治指導者は稀だろうし、異議を唱えても対案が無ければ無責任と罵られる。
 平行未来で特命課・課長を務めていた横島は、このように大の虫を生かすために小の虫を殺す、というやり方を否定はしない。
 ただ、最後まで希望を捨てずに、そのような事をしなくても勝てる方法を考え続けるだけ。
 日頃から横島に師事する雪之丞と九能市も、知らず知らずのうちに影響を受けていたのだ。
 まあ、九能市は忍びなので、そういう作戦もあると容認してしまうところがあるのだが……。

 だが、そんな雑然となった司令室内の雰囲気を、緊迫したヒャクメの声が斬り裂いた。
 ヒャクメの様子に、その場にいた全員が視線を集中させる。

「……どうしたの、ヒャクメ?」

「何者かが……いえ、魔力は感じないけど…どうやら魔族がこの施設内に侵入したみたいです。締切が近いんで数日前から潜入している暗殺部隊と戦闘を行いながら、この部屋に向かっています!」

「「「なんだって!?」」」

 ヒャクメの報告に、即座に魔装術を展開し五鈷杵を握る雪之丞と、ヒトキリマルを帯に差し、手裏剣を取り出す九能市。
 雪之丞と九能市は侵入者を迎え撃つために、制御可能なチャクラを全開にし、さらに身に着けている竜神の装具や甲冑の力を解放する。
 霊力的には及ばないが、シロも少し遅れて雪之丞達同様、戦闘態勢を整えた。
 一方、美智恵と西条は拳銃を抜いて戦闘態勢に入ったが、それは美神を暗殺するために潜入している暗殺部隊から美神を守るためである。
 もし侵入した魔族が強力且つアシュタロスの手の者であれば、潜入部隊が奪われる前に美神を殺そうとする事が明白だからだ。

「ヒャクメ、敵は今どこだ!?」

「もう、壁を隔ててこの部屋の前にいるのねー! それより、隊長さん! あそこなのねー!」

 雪之丞の問いに答えながらヒャクメは、天井の一角を指さし美智恵に注意を促す。
 その声に反射的に振り向き拳銃を構えた美智恵は、天井の一角がガタンと外れ、マスクをした特殊部隊隊員が銃を構えたまま逆さまに現れたのを見ると同時に、銃の引き金を躊躇無く引いた。

 ドドンッ! ドンドンッ!!

 銃声が響き渡り、お互いに数発を発砲した後に天井から呻き声を上げつつ暗殺者が落下する。
 美智恵の方は怪我をした様子もなく、美神も無事だった。

「隊長さん、まだ3人ほどこの部屋に…!」

「その通りだ!!」

「「「…!?」」」

 さらに潜んでいる暗殺者の場所を告げようとするヒャクメの声を遮る、落ち着きのある低い男の声。
 さすがの雪之丞、九能市、シロも目の当たりにした銃撃戦に意識を向けていた。
 西条と美神親娘は、どこから現れるか分からない暗殺者へ注意を向けていた。
 そのため、一瞬ではあるが侵入した魔族への対応を忘れていたのだ。

 ドギャッ!!

「ぐわああッ!!」

 ドム ドムッ!

「ぎゃッ!」

「ぐっ!!」

 聞き慣れぬ声に振り向いた一同は、いきなり床板が吹き飛び、鋭利な触手のようなものに貫かれた特殊部隊隊員の姿を目の当たりにする。
 無論、その手にサブマシンガンを持っている以上、美神を暗殺しようと床下に潜んでいたのだろう。
 さらに、間髪を入れず銃声が轟き、壁のパネルを突き破った銃弾によって、その場所からやはり銃を持った隊員が転がり出てきた。

「この部屋だけでもこんなにいたが……、どうやら全て把握していたようだねヒャクメ君」

 この惨劇を作り出した者は、静かに入り口に佇んでいた。
 紫がかった体色に緑色の長髪。
 体格はガッシリとしており、かなりの長身だ。
 そして、その存在が人間ではない事を示す2本の角が側頭部から生えている。
 明らかに魔族と思われる男が、特殊部隊隊員の格好をして拳銃を構えているのは妙な光景だ。
 銃口から硝煙がたなびいている事から、やはり暗殺者を撃ったのはこの魔族なのだろう。

「な…何者!?」

 いち早く我に返った美智恵が誰何する。
 この辺は流石と言えるだろう。

「!! お…お前は―――!!」

「ア…、ア…、アシュタロス――――!!?」

 だが魔族が答える前に、その顔に見覚えのある2人が正体を大声で告げる。
 美神はその前世であるメフィストの記憶によって、ヒャクメは神族調査官であるため六大魔王の顔ぐらいは知っているため、その正体を正確に看破したのだった。
 ヒャクメとしては魔族侵入を感知はしていたが、差し迫った驚異である暗殺者へ注意を向けていたため、顔までよく見ていなかった。
 アシュタロスが霊波を隠していなかったら、おそらく霊波動ですぐにアシュタロスだと分かっていただろう。

「「「「な……何ィ……!?」」」」

 敵の黒幕が自ら乗り込んできたという事態を知り、驚愕と共に絶叫する西条、美智恵、雪之丞、九能市。

「いやいや、感心したよヒャクメ君。暗殺部隊は1人を除いて霊波迷彩服を着ている。君の注意を1人に引き付け、残りを伏兵にしようという計算なのだが、霊波にのみピントを合わせるという失敗をせず、きちんと把握していたようだね。私がヘマをしたのとは大違いだ」

「お…お褒めにあずかって光栄ですけど……ヘマって何ですか?」

「いや…部下にはメフィストの霊的特徴しか伝えなかったんだよ。おかげでみすみす目の前にしながら、あくまで候補の1人として対処してしまっていたんだ……。それに、ヨコシマの事もあったしね……」

 ヒャクメの千里眼を褒め称えたアシュタロスに、何とか恐怖を押し殺して尋ねるヒャクメ。
 そんなヒャクメに対し、自嘲気味に笑ったアシュタロスは自分のミスを告げる。
 だが、ルシオラの作った計算鬼によって、最も確率の高い候補者として上げられていたのだからそれ程致命的ではなかった筈である。
 おそらく3姉妹に対してではなく、自分が分かっている事は他人もわかっているだろうと、説明を省いた自分自身を嘲っているのだろう。

『先生…!』

『何があっても、動いちゃダメよ! 今、対策を考えています』

 ヒャクメが勇気を振り絞ってアシュタロスと会話をしている陰で、西条と美智恵は小声で対処法を話し合っていた。
 だが、美智恵といえども下手に動けば全員死ぬとわかっているため、動きようがない。

「なあ、九能市……。あいつってそんなに魔力が大きいか?」

「よほど見事に穏行しているのか、それとも本体ではないのか……? 確かに魔王とは思えませんね」

「だよなぁ……。どう見ても六大魔王ってレベルじゃねえよなぁ」

「あれなら……拙者達でも勝てるのではござらんか?」

 一方、美智恵から少し離れた場所では、雪之丞、九能市、シロといった横島の弟子3人組がヒソヒソと相談をしていた。
 横島やヒャクメのように心眼を持っているわけではないが、修行を積み修羅場を潜ってきた3人はそれなりに相手の霊力を推し量る事ができる。
 ヒャクメが言うからには、目の前の敵は確かにアシュタロスなのであろうが、どう見ても勝てない相手には見えない。
 この前戦った大魔球1号の方が、余程強力だったと思わざるを得ない。

「まあ、手を抜いてあんな連中に任せたのは失敗だったよ。おまけに……メフィストに続く不良品まで出してしまったしね。もうあいつらは来ないから安心してくれ。さあ―――もう諦めて結晶をよこせ、メフィスト…………!」

 一方的に喋ると、アシュタロスはスッと右手を前に出し、その掌に魔力を集める。
 無論、聞いている美神達にはアシュタロスの言っている事が半分も分かっていなかった。
 何しろ、アシュタロスの言っているのはルシオラの事なので、まだ美神達は全く知らないのだから……。
 アシュタロスにしても、この部屋に突入する直前に土偶羅から聞かされた事であるため、ヒャクメですら内容を把握していないのだ。
 だが、集めた魔力を放つ事は叶わなかった。
 いきなり雪之丞、九能市、シロが三方向に散ったのだ。
 即座に反応し、手にした拳銃を連射するアシュタロス。

「ふんっ! やっぱりな!」

「ええ、当たりですわね」

 納得したような表情で雪之丞は五鈷杵から発する霊波ブレードを一瞬で伸ばし、九能市は手にした手裏剣を放つ。

「ふんっ! 生意気な事を……」

 無表情にそう呟いたアシュタロスだが、意外な事に雪之丞と九能市の攻撃を体術で躱してみせた。
 その隙にシロはおキヌの元へと駆け寄り、その身体を抱き抱えて物陰へと身を潜める。

『――!? こいつがアシュタロスなら、雪之丞君達の攻撃なんて役に立たないはず……。なぜ、そんなに警戒して躱す必要があるの? それに――なんで銃で攻撃を? そうか!!』

 いきなり雪之丞達3人が動いた時には、その軽挙を呪った美智恵だったが、そこまで考えついて唐突に雪之丞達が動いた理由を悟った。
 さすがに現役というか、横島と共に修羅場を潜ってきただけの事はあると感心しつつ、横に立つ西条に命令する。

「西条クン!! 奴を撃って!!」

「は、はいッ!!」

 先程までの慎重さをかなぐり捨てたとしか思えない美智恵の命令だったが、彼女を信頼している西条は躊躇わず懐から拳銃を抜いて発砲する。
 さすがのアシュタロスも、雪之丞、九能市の攻撃を捌きながらであったため、為す術もなくその身に銃弾を受けて後ろへと倒れた。

「ナイスっ!」

 雪之丞が西条に賞賛の言葉を掛けている間に、サブマシンガンを手にした美智恵がアシュタロスの元へと駆け寄る。

「ふ――む、全員判断が的確で素早いな。部下が苦戦したというのも頷ける」

 ムクリと顔を上げて起きあがろうとしたアシュタロスに、美智恵は容赦なくマシンガンをフルオートでお見舞いする。
 身体に次々と銃弾が叩き込まれ、その衝撃で再び床にへばりつかされるアシュタロス。

「令子! 西条クン! 結界で奴を封じるのよ!! 早く!!」

「え……は、はいっ!?」

 正体を見破られ、もはや騙す事はできないと考えたアシュタロスは、支配していた人間の肉体を見捨て、首から上のみがズルズルと抜け出し空中へと躍り出る。
 だが、即座に美智恵の指示で動いた西条と美神が、大量の札を惜しげもなく使って結界を形成し、アシュタロスの首とそこから伸びる長い尻尾のような全身を見事に封じ込めたのであった。

「な……なんなんです……?」

「アシュタロスの本体じゃない!! 首のパーツが人間の死体を操っていたんですねっ!!」

「やっぱり本体ではなかったでござるか。雪之丞殿と氷雅殿の言っていた事は、正かったでござるな!」

 あまりの展開に混乱気味のおキヌに、一緒に退避していたヒャクメが答えるように真相を叫ぶ。
 そして2人を守るように構えていたシロは、自分の先輩達がこの事を見事に看破していたことを誇らしげに讃えた。

「……困るね。こんな姿じゃ話し難いよ。今日は話し合いに来たのだが……」

「そのつもりなら、最初から手の内を見せればいいのよ! 安物の分身を、本人のように見せかけないでね。みんな、もう安全よ! 話があるらしいから、落ち着いて聞きましょう」

 そう言って銃口を上に向け、安全装置を掛ける美智恵。
 既に西条も銃をしまい、雪之丞達も自分の武器を収めてアシュタロスを囲むように位置を取る。
 ノロノロと近寄ってきたおキヌを心配そうな表情で見詰め、肩に手を掛けて落ち着かせる美神。
 その横にはヒャクメもいる。
 一同は、表面上何とか落ち着いて席へ腰掛け、結界で身動きできなくしたアシュタロスの首パーツとの会談に臨む。

「……知っての通り、私の欲しいのはメフィストの転生である美神令子の魂。正確には魂に含まれているエネルギー結晶だ。だが、残念ながら神・魔族の牽制にエネルギーを使いすぎて、直接君を襲う事が難しい。部下も役に立たたんし――――残り時間も少ない。そこでお願いがあるんだ」

「……お願い? なにかしら?」

「私の居場所を教えるから、そこへ来てくれないか?」

「な…………!?」

 その、あまりにムシの良いアシュタロスの申し出に、真面目な表情で聞いていた美智恵や美神が思わず声を上げる。
 それもそうだろう。
 どこのバカが、わざわざ魔王の本拠地に乗り込むというのか?
 後数ヶ月もすれば、神界と魔界とのチャンネルは開き、今度こそ神界と魔界の精鋭部隊がアシュタロスを拘束するのだから。
 人間側としては、幾重にも罠を仕掛けて美神を狙って来る敵を迎撃するのが一番の得策なのであり、本拠地を強襲する必要などどこにもない。
 その事を嘲るような表情で告げる美智恵だったが、アシュタロスはニヤリと笑う。

「必要はあるさ。母親の命を救うには、それしかないのだからね」

「なに!?」

 アシュタロスの言葉に眼を見開いた美智恵だったが、次の瞬間、首筋にチクリとした痛みを感じ、首を押さえながら膝を突いた。

「ママ……!?」

「隊長ッ!?」

「個人差はあるが……、死亡するまで8週間から12週間。血清は私しか持っていない。気が向いたら、この地図の場所に来てくれたまえ。……ああ、そうそう。人間達は君の邪魔はしないはずだよ。GS本部と世界各国の首脳には、私が核ミサイルを持っていると通達してある。邪魔したら、奪った潜水艦から各国の首都に核ミサイルを撃ち込むとね。だから安心して来たまえ」

「おだまり!!」

 そこまで告げ、空中から丸まった地図を出現させたアシュタロスだったが、それ以上喋らさないように美智恵が叩き付けた破魔札によって消滅した。
 首のパーツはあくまで伝令役らしく、せいぜい下級妖魔並の魔力しか持っていなかったのだ。
 だが、その後美智恵は倒れて意識を失い、そこに横島達がやって来たのだった。






「―――というわけなんだ」

「成る程……。アシュタロスも考えましたね。核兵器を奪って脅しに使うとは」

「ああ、この事が公表されたら令子ちゃんは、例えアシュタロスを倒せても表の世界で暮らせなくなってしまう」

「普通の人間にとって、魔王が世界を滅ぼすなんてピンとこないけど、核兵器が降りそそぐと聞けば一気に危機感が増しますからね」

 西条から説明を聞いた横島は、溜息を吐きながらも自分が知っている平行未来の記憶通りであったことに、密かに安堵していた。
 なぜなら、未だにアシュタロスは自分という未来を知っている者の存在に気が付いていないのだから……。

「美神さんのお母さんの件は大丈夫よ。受けた毒はベスパのものでしょ? 私達三姉妹は同じ細胞というかコアを基に創られたから、私も弱いけど毒を持っているわ。素材としての霊基構造は同じだから、そこから抗血清が作れます」

「ルシオラの言っている事は本当です。だから美智恵さんのことは心配いりませんよ。ドクター・カオスを連れてくれば、すぐにでも対処できます」

「わかった。運がよいのか悪いのか……、ちょうど小笠原君と一緒に呼んだところなんだよ」

「そうですか……。では来るのを待ちましょう」

 ルシオラの申し出と、横島のフォローによって、懸案が1つだけでも解決する目処が立ち、ホッとした表情を見せる西条。
 その様子を見て、ある程度平行未来での事を知っているジークやワルキューレもホッとしていた。
 小竜姫は、横島を信頼の籠もった眼差しで見詰めている。

「何だか騒がしいワケ! 人を呼びつけて置いて、出迎えにも来ないなんて態度悪いワケ」

「広い所じゃのー。家賃が高そうじゃな……」

「どうせ・私達には・縁がありません。ドクター・カオス」

「まあまあ、どうやら何かあったようだし……」

 その時、外から入ってきた一団が司令室に姿を現した。
 それはこの状況を切り抜けるための、人類側の切り札たる存在。
 横島の念法の弟子たるエミと、ヨーロッパの魔王・ドクター・カオス、そして唐巣神父の登場だった。



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