フェダーイン・横島

作:NK

第108話




『この状態では、私であってもヨコシマを倒すだけの攻撃を放つ事は難しい……。中途半端な攻撃では防がれるか、弾き返されるかのどちらかだ。さて……どうするか?』

 傷ついた左肩を押さえながら、少し蹌踉けた足取りで後ろへと下がるアシュタロス。
 さすがのアシュタロスも、霊力の大半を冥界チャンネル封鎖に使わざるを得ない状況下では、横島を倒すことは難しい。
 先程の魔力砲を跳ね返す力がある以上、今の自分ではあの出力を超える攻撃を放つ事は不可能。
 それがわかっているため、アシュタロスは動くに動けない。

「一つ教えてくれないか? おまえのその力の源は何だ? 何がおまえをそこまで駆り立て、力を発揮させるのだ?」

「それは……欲望! そして執念さ!! この世界で良い女と愛し合い共に暮らしていきたい、手に入れた幸せを失いたくない! そんな様々な出来事を積み重ねてきた俺の人生を、そして俺が楽しく遊ぶための世界を失わないために、俺はお前を倒す!」

 どうにも正体が掴めない横島を分析するために、物は試しと尋ねてみたアシュタロスは返ってきた答えに思わず目を丸くする。
 まさか、このような世俗にまみれた答えを口にするとは思わなかったのだ。
 尤も、平行未来の横島の魂が融合しているため、煩悩からくる欲望が極端に抑えられているが、無くなったわけではない。
 単に普段は封印し心の奥底に閉じこめているだけで、解禁となったルシオラや小竜姫との夜の修行の際、自分の全てを解き放っている時の横島は、そりゃあもう体力、精力共に凄まじい。
 中級中位神魔である小竜姫やルシオラさえ、1対1では圧倒されてしまうほどなのだ。
 だからといって、ルシオラも小竜姫も夜の修行では一歩も引かず、堂々と迎え撃っているので、相乗効果でお互いが高められていくのだが……。
 まあ、平行未来のこの頃のように、美人を見ると飛びかかるような方向で発現される事がないため、他のみんなからは普通だと思われているのだ。
 したがって、先程横島が告げた回答は、正しく彼の本音というか本心であった。

「納得いかねーって顔だな。だがな、人間最後の最後に力を出す理由ってのはそういった執着心だって事ぐらい、魔族のお前なら知っている筈だぜ?」

「………………そうだったな」

 横島が言っている事はおかしな事でも何でもない。
 アシュタロスとしても、願いを叶える代わりに人間からエネルギー結晶の素材たる魂を得てきたのだから、人間の持つ欲望、執念の凄まじさは良く知っている。
 だが、目の前の男の口から、そんな事を聞くのには違和感があった。
 少し考えたアシュタロスだったが、不意に横島が自分の問いかけに律儀に回答した意図を理解して苦笑する。

「どうした、アシュタロス? 柄にもなく忌々しそうな表情をしてるじゃねーか」

「ふっ……。私がわかっていないと思っているのか? おまえも話しながら霊力の回復に努めていたのだろう? だが……おまえはどうやら常識外のレベルで使った霊力を回復できるようだな。一体何者だ?」

「お前の事だから、とっくに見当を付けてるんじゃねーか? まっ、お前のダメージが結構大きかったみたいだから、俺もこうやって十分霊力を回復できたってわけだ。さて、そろそろ再戦といこうか……」

 お互いの腹を探り合いながら、アシュタロスは僅かだが回復させた魔力を練り上げ、横島は最大霊力レベルで創っておいた文珠を左手に出現させる。
 眼を細め酷薄な笑みを浮かべ、文珠に文字を込めようと集中する横島。
 こちらもどこか楽しそうにニヤリと唇を吊り上げ、最大レベルの魔力砲を放つアシュタロス。
 それは、ほんの一瞬だがチャンネル遮断に用いている魔力をも使った一撃。
 自分が遮断に使っている魔力を振り向けられないと侮っている横島に対し、その固定観念の隙を突いたそれこそ必殺の奇襲。
 横島の決着を付けよう、という意気込みに応えた、現状でアシュタロスが放てる最強の攻撃だった。

『小竜姫、悪いけど共鳴を解除! ルシオラ、魔・人・共鳴!』

『わかりました。頑張ってくださいね、忠夫さん、ルシオラさん』

『了解! いくわよ、ヨコシマ』

 心眼によってアシュタロスの両手に魔力が集まる様を見ながら、その威力が尋常ではない事を察知した横島は、頭の中で瞬時に会話をしつつ一旦「神・魔・共鳴」を解除する。
 だが、竜神の甲冑を着込み、先程までの自身と同程度の霊力を込めた飛竜を持っているため、ベスパや土偶羅はおろか、アシュタロスですらその事に気が付きはしなかった。
 そして、即座にルシオラとだけ再び魂を共鳴させ、さらに双文珠を2つ創り出し、次なる作戦に備え身体に魔力を満たす。



 ドウッ! ……グアアアッ!!

「「横島君!」」

 美神とエミは、明らかに先程までとは異なる威力の魔力砲を目の当たりにし、思わず横島の名前を叫んでしまう。
 その言葉が終わるのと共に、全てを引き裂き、捻り潰すような凶暴なエネルギーが横島の姿を包み込み、豪快な爆発が起きる。
 呆然と爆発を見詰めるしかない2人。

「……やったのか? アシュ様の勝ち……?」

 一方、ベスパもアシュタロスが放った20万マイト程の威力を持つ攻撃に、思わず勝敗が決まったと考え呟くが、心配など欠片もしていないような姉と小竜姫の表情を見て、横島が生きている事を知った。
 だが、一体どうやって横島はあの強烈なエネルギーを防いだのだろう?

 ザア…アアッ……

「!!」

 爆発がまるで引き裂かれるように左右に分かれ、中から腕をクロスさせて顔を守るように佇む横島の姿が浮かび上がる。
 その姿を見て、あり得ない事だと驚愕するアシュタロス。
 今自分が放った一撃は、いかに横島が6万マイト近いの霊力を攻防に使用できるとはいえ、絶対に防げるはずのないだけのパワーを乗せたはずだ。
 しかも、横島に比べればかなり甘いものの集束させた魔力砲であるため、防御するにはピンポイントに10万マイト以上の霊力を集約する必要ある。
 それが、全くの無傷で姿を現したのだから、アシュタロスの驚きも当然だろう。
 だが、この事から導かれる結論は、横島は自分と互角かそれ以上の力を持っていると言う事。
 アシュタロスの優秀な頭脳(理性)はこの結論を肯定していたが、感情はそこまで物わかりが良くなかった。

「バカなっ!? アシュ様の波動を跳ね返した……!? それに、あの格好は……?」

 ベスパも自分の眼が信じられなかった。
 姉達の様子から生きているだろうと考えていたが、まさかあそこまで無傷だったとは……。
 しかも、あの格好はまるで……。



「漸く眼が覚めたみてーだな、アシュタロス。辛い現実から逃れるために、覚めない夢を見続けているお前がこの世の新たな支配者になろうってか? 現実ってやつを認められたか?」

 自分の事を驚愕の眼差しで見詰めるアシュタロスに、冷たく言い放つ横島。
 それは、アシュタロスが漸く横島を対等の敵と認めざるを得なかった事への、痛烈な皮肉だ。
 決め台詞を吐いた横島の姿は、首から上以外アシュタロスに瓜二つ。
 横島は平行未来同様、『模』の文珠でアシュタロスの力を、能力をコピーしたのだ。
 だが、平行未来でのあの時と異なるのは、今の横島は念法を完全に修めているため霊力の制御や使い方が段違いである。
 そして、アシュタロスの力をスムーズに使うために、反発するであろう神気(竜気)をその身から一時的にゼロ近くまで下げ、己を魔人とした。
 竜神の甲冑に込められた竜気も、『魔力』『変換』の双文珠を使って魔力に切り換えるという徹底振り。
 飛竜も既に意識下に納めている。
 その甲斐あって、今だけだが横島は完全に魔神の持つ膨大な魔力を我が物としていた。

「おまえ、その姿は…………」

「そうだ。文珠でお前の思考を、記憶を、能力をコピーし我が物としたのさ。文字通り、これで俺はお前の全てを手に入れたわけだ」

「成る程……、だから今の攻撃も防げたわけか。だが、その作戦では能力は互角でも、私の状態をシミュレートしているだけの筈。だから、お前が私に与えたダメージは全ておまえ自身に跳ね返るぞ」

「そんな事は承知の上さ。だが、お前も一つ気が付いていないぜ。俺の文珠が『模』しているアシュタロスは、たった今、40万マイトまで霊力を上げたお前だ。お前を模倣した今の状態なら、人間である俺でも40万マイトの霊力を完全に操れるんだぜ。いや……俺ならさらに2倍ぐらいは上げられるか……」

 横島の言葉を聞いて、相手の弱点を見つけ出したと思い良くなったアシュタロスの顔色が、再び一気に青ざめる。
 彼は、横島が告げようとした事を理解したのだ。
 普通の人間であれば、いかにアシュタロスを『模』したところで、あまりに強大な魔力を満足に制御する事ができないため、結局その能力の使用に大幅な制限がついてしまう。
 だが、横島は元々自分の身に余る強大な力を制御し、自在に使いこなす術を神魔族以上に身につけている。
 したがって、自分が40万マイトの霊力を振るった先程の状態を『模』され、その感覚を理解されてしまえば、横島はその範囲で自分と同等、いやそれ以上に上手く魔力をコントロールしてみせるだろう。
 何しろアシュタロスは、魔力そのものは凄まじいまでの量を持っている。
 それを相手との攻防に使うか否かは、それこそアシュタロスと横島の裁量次第。
 冥界チャンネル遮断など行う必要がない横島は、『模』したことで手に入れた力を躊躇なく使ってくるだろう。

『本当に……喰えない奴だ……』

 横島の考えを読んだ、と思っていたアシュタロスは、横島の二段構えの計略に密かに舌を巻いていた。
 そしてこの南極での戦いで、この男が本気で自分を倒そうとしているのだと理解する。
 そこまで思考したアシュタロスは、忌々しげな顔で吐き出すように言葉を紡いだ。

「そうか……それがおまえの狙いだったのか。だから正面から力任せに攻撃を仕掛けてきたと、そういう訳か……」

「その通りさ。俺としてはどっちでも良かったんだ。お前が人界からいなくなりさえすれば、俺達の負けはないからな。まあ、あんたが頑固だったから、ここまでやらざるを得なかったけどよ。でもおかげで勝ちが見えてきたよ。フルパワーの一撃で一瞬でお前を仕留めれば、その瞬間に模倣は解けて俺は無傷。死ぬのはお前だけってわけさ」

「私はおまえを侮っていたようだ。こうなれば、結果がどうなるにせよ、私も奢りを捨て全力を以ておまえと戦うしかないようだな」

 ゴゴゴゴゴ…………

 横島は話しながらも、ごく自然に霊力を練り上げ強大な力を両手に導いていく。
 それは普段の彼と全く変わらない、手慣れた感じのする動作だった。
 何しろ、横島は冥界チャンネルの遮断に力を割く必要がないため、攻撃や防御にフルパワーを使えるのだ。
 いかにアシュタロスでも、今の状態で先程と同レベルの攻撃を受ければ、身を守るためにチャンネル遮断を放棄しなければならない。
 自分の身を守れば冥界チャンネルが復活し、神魔族を封じ込めようとし続ければ自分が死ぬ。
 まさに進むも地獄、戻るも地獄、といった状況である。

「チェックメイトだ、アシュタロス! 俺に倒されて人間界から退場するか、神魔の最高指導者によって捕縛されるか、好きな方を選べ!」

 高らかに宣告する横島の声に、今や焦りの表情を浮かべて身構えるアシュタロス。
 だが、このまま座して死を待つほど潔くなど無い。
 こちらも集められるだけの魔力を腕へと誘導していく。
 文字通り、最強・最悪なトドメの一発を放とうと睨み合う超越者2人。
 戦いは、いよいよ決着を迎えようとしていた。






「やれやれ……、何とか計算通りにいったわ。最初に計画を聞かされた時は結構心配したけど、上手くアシュ様が乗っかってくれたわね」

「ええ、これで横島さんはアシュタロスと互角の霊力を手に入れました。どうやら、これで勝負が決まりそうですね」

 ベスパが動けないよう牽制していたルシオラと小竜姫は、相変わらず注意の大半を監視対象へと向けていたが、予定通りの展開にホッと安堵の表情を滲ませた。
 横島が先に霊力を枯渇させて動けなる危険性も十分にあった作戦だけに、ポーカーフェイスで心情を悟られないようにしていたとはいえ、2人ともかなり心配していたのだ。
 一応、さらなる奥の手もあるのだが、これで決着が付けばそれにこしたとこはない。
 戦いである以上、勝敗に関しては最後の最後までわからないが、状況としては少なくともパワーで押し切られる事だけはなくなったと言える。
 そして、これで横島が密かに狙っているもう一つの目的を達成しやすくなったのだ。

「……信じられない、アシュ様を人間が追いつめるなんて」

 最早、援護しようという目的を忘れ、呆然と戦いを傍観するだけに成り果てたベスパが小さく呟いた。
 目の前で繰り広げられている光景は、まるで悪い冗談みたいだ。
 まさか、まさか…自分の創造主たるアシュタロスが、魔神の威を捨て去り、本気になって戦う姿を目撃する事になるとは……。

「いくらアシュタロスが、冥界チャンネルを遮断するために力の大半を使えないとはいえ……」

「人間相手に、真剣に戦う姿を見る事になるとは……。信じられないワケ」

 先程同様、『同』『期』の文珠を手に、呆れたような口調で呟くエミと、これまた呆気にとられた表情を見せる美神。
 2人が抱いた思いは、人間であればごく普通のもの。
 目の前で繰り広げられている、信じられないような展開を目の当たりにした当然の感情といえる。

「でも……これで勝機が大分見えてきたわ。アシュタロスは見たところ、それ程戦いに長けているというわけじゃないようだし……」

「令子、アンタの言う事は正しいワケ。これで勝敗は…………そういえば、最初に見た土偶みたいなのはどこにいったワケ?」

 エミは美神の意見に同意しようとして、そう言えばこの場にはもう1人(?)意志を持った存在がいた事を思い出した。
 エミの言葉に、『ああ、そんなのもいたわね』と思い出した美神が頭を動かし周囲を捜す。
 確か、最初にアシュタロスが立っていた上のフロアにいたはず、と記憶を引っ張り出す。
 この時、2人は忘れかけていた存在が、戦局に大きな影響を与えるキーなのだとは考えてもいなかった。



「うむむ……これはまずい! ヨコシマの戦闘力は予想以上だ。いくらアシュ様といえども、ハンデを負った状況で奴と戦うには無理がある」

 美神やエミに忘れ去られていた土偶羅は、その状況を利用してひたすら横島のデータを収集していた。
 幸い、アシュタロスを相手にしているため、横島も全力を出さざるを得ない。
 そのため、これまで情報を集める事ができなかったのが嘘のように、横島の各種能力が次々と明らかになっていく。
 土偶羅は戦闘を見守りながら、集めた情報を解析して冷静に、現状はアシュタロス不利、と判断した。

「どうやら本当に人間……いや、ヒトであることは間違いないようだな。アシュ様が推理されたように、奴は自分の中に存在する神気と魔力、そして自分の霊力を共鳴させているのに間違いない。だが……一体どうやってその力を維持しているのだ?」

 最後に疑問を口にしつつ、だが、と土偶羅は忌々しげに舌打ちする。
 アシュタロスは、自分の平安京での横島との戦いも含め、少ないとはいえ集められたデータを基に、彼がどうして強大な力を発揮できるのかを推測していたのだ。
 そして、万が一の時は横島の霊波長を突き止め、ジャミングする事まで検討がされていたが……。
 横島の放つ霊波長は逐次変化しており、当初考えていたジャミングはできそうにもない。
 このまま戦いが推移すれば、最悪の場合アシュタロスが破れる事もあり得る。
 無論、アシュタロスが人間界で使える範囲であっても、魔力を全開にすれば膠着状態になるのは見えているのだが……。

「むむむ……っ! ベスパは裏切ったルシオラと小竜姫に挟まれて、動く事はできんようだな。このままではアシュ様が危ないが、戦いに関してはワシではどーにもならんし……。やはりこれしかないか?」

 呻くように呟くと、土偶羅は決心して壁際に据え付けられていたコンソールへと歩み寄った。
 そして腕を伸ばしスイッチを押すと、床から円筒形の柱のような物が音もなく迫り上がり、上部がパカッと左右に開きレバーのような物が現れる。
 これこそ、アシュタロスが持つ物の予備として設置されている、パピリオの眷族を通して制御下に置いている戦略原子力潜水艦へのミサイル発射指令スイッチなのだ。

「こーなったら、勝てば官軍なのだ! 我らは魔族なのだから、この世界が滅ぼうが、人間共が全滅しようが、一向に構わないではないか! そう、汚名こそ我らの勲章なのだ!」

 そう言いながらも、横島と小竜姫の超加速による反撃に備え、自分とスイッチを守るように強力な霊波バリアーを展開させる。
 この辺は、かなり用心深い性格なのだ。
 全ての準備を整えた事を確認すると、土偶羅はレバーを掴みいつでも引けるようにしてから、自分の主の方へと顔を向けた。



「チェックメイトだ、アシュタロス! 俺に倒されて人間界から退場するか、神魔の最高指導者によって捕縛されるか、好きな方を選べ!」

 高らかに宣告する横島の声に、今や焦りの表情を浮かべて身構えるアシュタロス。
 だが、超越者同士の戦いは唐突に第三者の一声で止まった。

「そこまでだ、ヨコシマ! そしてルシオラも小竜姫も動くな! ワシが手をかけているのは、核ミサイルの発射装置だ。逆らったらどうなるか、分かっているな?」

 その声を耳にし、注意を向けたルシオラの意識によって状況を確認した横島は、ピクッと眉を動かした。
 そして既に戦いの観客となっていた面々も、事態の急転に付いていけずに慌てて声の聞こえた方向に眼を向けていた。

「あっ! 影が薄かったんで忘れていた土偶!!」

「核ミサイル!? あんたっ! 忘れられてた存在で、なに戦いに介入してるワケ!! 身の程を弁えるワケ!!」

「ガーン! か、影が薄いだ…と……!?」

 一流のGSほど敵の前で自分の弱みは見せない、と以前美神が言っていたように、事態に驚きつつも言葉の鞭で反撃する事を忘れない美神とエミ。
 思わぬ反撃に一瞬呆然とし、ヨロヨロとふらつく土偶羅。
 心に深い傷を負ったようだ。
 その隙に、アシュタロスへ止めの一撃を放つ事を止め、横島は即座に状況の確認と対応策の検討を行う。

『土偶羅め、良い具合に出てきてくれたな。だが、本当にあれは核ミサイル発射を命じるものなのか、ルシオラ?』

『平行未来でも、この世界でも、私はここのシステムについてはそれ程詳しくないのよ……。でも、そんな底が浅い嘘をアシュ様や土偶羅様がつくとも思えないわね』

『取り敢えず……私の本体が攻撃をかけてみましょう。何らかの防御手段を講じているとは思いますが、出力レベルがわかるでしょう』

 共鳴はしていないが会話は可能な小竜姫の意識がそう言うのと同時に、ベスパの背後を抑えていた小竜姫の姿が一瞬消え、澄んだ金属音がしたと思ったら再び元の位置に姿を現した。
 その一瞬の早業を認識できたのは、横島とルシオラ、そしてアシュタロスのみ。
 直ぐ傍にいたベスパさえ、小竜姫の動きを把握する事はできなかったのだ。

「やはり……霊波バリアーを周囲に展開させていますね」

 小竜姫の呟きは、土偶羅の周囲にかなり強力な、彼女でさえも破壊する事が困難なレベルのバリアーがある事を仲間に知らしめる。
 おそらく、ルシオラの集束霊波砲でも貫通は無理だろう。
 しかし、アシュタロスを模している横島の攻撃であれば、十分に破壊できるレベルだと思われた。

『さて……どう動く、土偶羅?』

 横島が心の中で呟いた時、漸く何が起きたのかを理解した土偶羅が狼狽する。
 自分の身を守っている霊波バリアーに対する信頼が弱いのだろうか?

「き、き、貴様っ! 今、ワシを攻撃したな!? 今度お前達の誰かがワシを襲ったら、躊躇無くレバーを引くぞ!!」

「……えっ!? 攻撃…って………土偶羅様?」

 慌てふためき、少し腰が引けた状態で虚勢を張る土偶羅ではあるが、依然この場の主導権を握っている事に変化はない。
 ベスパの方は、小竜姫の動きを全く把握できずにキョトンとした顔で周りを見回している。
 既にこの場は、ベスパの能力では全てを把握できないほどの戦場となっていた。

「よかったな、アシュタロス。主人思いの良い部下じゃないか。そのおかげで命拾いしたってワケだ」

「……ふんっ! どうにも納得いかないが、おまえの言うとおりだ。本意ではないが、せっかくの状況を利用しない手はない。土偶羅の言うとおり、抵抗を止めないと奪った核ミサイルを世界各地に向けて発射するぞ」

 不本意だという表情を隠そうともしないアシュタロスだったが、流石は魔神である。
 即座に横島を脅迫し始める。
 だが、横島はニヤリと口の端を吊り上げると、一度は停止した魔力の練り上げを再開する。
 瞬く間に横島の両腕に、先程のアシュタロスと同レベルの魔力が集約され、全てを灰燼に帰すエネルギーを放つ準備が終わった事を周囲に知らしめた。

「き…貴様っ!? これが見えんのか? 核ミサイルを発射すれば、お前達人間の世界は壊滅的打撃を受けるのだぞ!」

「小僧……。貴様、何を考えている?」

 どのような結果が引き起こされるか分かっていながら、不敵な笑いと共に戦いを続けようとする横島。
 そんな横島の姿に、土偶羅はレバーを引く事もできずに狼狽え、アシュタロスは探るような目つきで油断することなく尋ねた。
 どう見ても、横島の態度はハッタリには見えなかったからだ。
 まさか、人類が壊滅的打撃を受け、地球が核の冬になっても構わないと思っているのだろうか?

「撃ちたければ撃てよ。どうせ、抵抗を止めたところでお前が美神さんから魂の結晶を奪うだけだ。そうすれば、お前は人類や神族は皆殺しにしようって考えているんだろ? それなら、せめてお前を倒し道連れにした方がお得ってものさ。さあ、殺し合いを再開しようぜ、アシュタロス」

 凶暴な笑みを浮かべて言い切った横島は、躊躇することなく両腕に誘導したエネルギーをアシュタロス目掛けて放った。
 それは見事に集束され、電柱ほどの太さを持つ魔力砲となってアシュタロスに迫る。
 真剣な表情で、必死になってそれを回避するアシュタロス。
 超加速ほどではないが、それでも美神やエミの眼では消えたとしか思えないほどのスピードで横へと跳躍する。

『ヨコシマめ、やはり頭の回転も相当なものだ。普通なら、あの脅しに少しは考え込むものだが、即座に従った場合のシミュレートを行ったようだな。いかに私でも、今の状態では奴の攻撃を防ぎきれん。あそこまで集束された30万マイトの魔力砲の前には、一瞬で上半身を消滅させられてしまう』

 何とか躱したアシュタロスだったが、横島は追撃して接近戦を挑もうとはせずに、再びアッという間に魔力を練り上げ集約させると魔力砲を放つ。
 横島といえども、迂闊に接近戦を挑んでしまえばいらぬダメージを負う。
 彼としても取り得る戦闘方法は、遠距離からの大出力砲撃戦しかないのだ。

 ドゴオオォォォオン!!

 先程の攻撃に続いて、部屋の壁が大きく破壊され吹き飛ばされる。
 既に謁見の間は、両者が放った霊波砲や魔力砲によって床も壁も所々大きく抉られており、正に廃墟というべき有様となっている。
 再開された戦闘を呆然とした表情で眺めていた美神達と土偶羅だったが、全人類を人質にした悪魔の脅迫に何ら怯むことなく魔力砲を放つ横島に、畏怖と呆れを含んだ複雑な表情を見せていた。
 確かに横島の言っている事は正論である。
 大人しくしたところで、所詮アシュタロスの要求を呑む事などできない。
 そうすれば、おそらく人類は滅亡し、神族や現体制に従う魔族も壊滅的な打撃を受ける。
 だが、普通の人間であればこの脅迫をはねのける事は至難の業だろう。
 この状況で弱みを見せようとしない横島は、一流のGSと言ってよかった。






「さすがヨコシマね。土偶羅様やアシュ様の脅迫にも、全く屈しないわ。恐ろしいほど冷静ね……」

「ええ、例えどうなっても、アシュタロスに魂の結晶を渡すわけにはいきませんからね。それに……あの動きはさすがです」

「そうね。素晴らしいわ……」

 自分を抑えているルシオラと小竜姫の会話を聞き、ベスパは訝しげに眉を寄せ戦っている2人を見詰めた。
 横島が強大な魔力砲を放ち、アシュタロスがこれを何とか躱す、という4度目の光景が繰り広げられている。
 確かに横島が押し気味であり、その表情は冷静さを保っている。
 アシュタロスは距離を詰めようとするのだが、接近戦をするわけにはいかない横島が巧みに動き回って間合いを保つ。
 変化と言えば、いつの間にか横島とアシュタロス、土偶羅がほぼ一直線に並んだ事ぐらいだろうか。

「……えっ!? いつの間にこんな位置に? ああっ! これは……まずい!! 土偶羅さまっ!!」

「気が付いたのねベスパ、ヨコシマの真の狙いに。でも、もう遅いわ。それと……そろそろ大詰めだから、貴女は暫く眠っていてね」

「なんだって!? うッ!!」

 ベスパが慌てて叫ぶが時既に遅く、横島が放った5発目の強力魔力砲はアシュタロスに躱されたが、そのエネルギーはレバーに手をかけたまま硬直している土偶羅へと迫っていた。
 その出力はこれまで放った中でも最強であり、40万マイトの魔力が込められた断末魔砲並の威力である。
 そしてベスパは、前にいるはずのルシオラの声が真横から聞こえてきた事にギョッとした表情で振り向こうとするが、すかさず首筋に押し当てられた姉の掌の感触を感じると同時に、身体が痺れ意識を手放した。
 ルシオラは、崩れ落ちるベスパを抱き抱え、そっと床に寝かせる。
 だが、こうしている間にも戦いは進んでいき……。

「おわっ!? ま、まさか……計算してこの状況を? 狙いはワシかあぁぁぁっ!? ギャアアッ!!」

 ズドドドドッ!! ドゴオオン!!

「土偶羅!? ……しまった! 思わず奴の攻撃を避けたが、まさか……これがヨコシマの本当の狙いなのかっ!?」

「ナイスっ! 横島くん!!」

 部下の悲鳴と爆音に慌てて眼を向けたアシュタロスだったが、自分が避けた魔力砲の莫大なエネルギーによって、霊波バリアーを破壊された土偶羅は粉々に破壊され消滅した。
 無論、魔力砲のエネルギーは発射装置をも跡形もなく消し飛ばしている。
 核ミサイル発射装置を上手く破壊した横島に、賞賛の声を送る美神。
 普通であれば、横島が上手く計算して核ミサイル発射を目論む土偶羅を倒したと思うだろう。
 だが、アシュタロスは今の一撃がそんな単純な事ではなく、自分が横島の本当の目的を見抜けなかった事に気が付いてギリリッと歯を軋ませる。
 アシュタロスは確かに見たのだ。
 土偶羅がエネルギーに飲み込まれ消え去っていく瞬間に、横島がニヤリと会心の笑みを浮かべた事を。
 そして、瞬時に恐ろしい結論を導き出していた。
 
「貴様……まさか私の計画における土偶羅の重要性を知っていたのか!?」

「何の事だ? 俺は確かに土偶羅を絶対にこの手で破壊してやろうと思っていたが、それはルシオラを死ぬような目に合わせてくれた事への報復だ。さあ、復讐すべき一人目は死んだ。次はお前だ、アシュタロス」

 そう言い放つ横島だったが、これはあくまで表向きの理由に過ぎない。
 アシュタロスはそんな戯れ言で騙されはしなかった。

 土偶羅魔具羅はその外観に似合わず、実はアシュタロスの考えている宇宙創造、つまりコスモプロセッサ作戦における3つの鍵の一つなのだ。
 コスモプロセッサの正常な作動に必要なもの……。
 それは魂の結晶、完成型の宇宙のタマゴ、土偶羅魔具羅、そして装置としてのコスモプロセッサである。
 平行未来にて特命課課長となった横島は、改めてアシュタロスの事件を詳しく検証し、その詳細を理解していた。
 実は「土偶羅」は、コスモプロセッサの作動に際し、演算器であり制御装置の役割を果たす。
 宇宙を組み替えるためのあらゆる可能性を秘めた打ち手の小槌が「宇宙のタマゴ」であり、エネルギー源が「魂の結晶」である。
 アシュタロスの誇る宇宙処理装置・コスモプロセッサは、その全てが揃わなければ正常に作動しはしないのだ。

 その事を理解している横島達は、今回の南極戦において第一に冥界チャンネル封鎖の解除(結果としてのアシュタロス殲滅を含む)、第二に土偶羅の完全破壊を作戦目的としていた。
 なぜなら、上に挙げた3つの鍵のうち、どれかを破壊すればアシュタロスの天地創造は不可能になる。
 装置としてのコスモプロセッサはどこにあるのかわからない。
 魂の結晶は未だ美神の魂と融合している。
 宇宙のタマゴは全てを破壊し尽くす事が困難。
 そんな現状で、最も確実に破壊できるのは土偶羅なのだ。
 何しろ、土偶羅はコマンダーとして前線に出てきているのだから……。
 この局面で土偶羅が核ミサイル発射を楯に姿を現したのを見て、横島は内心で小躍りするほど喜んだ。
 この状況なら、アシュタロスに不自然さを見抜かれることなく、土偶羅を破壊できるから。
 そして、横島は作戦通り土偶羅を最大出力の魔力砲で、文字通り跡形もなく吹き飛ばす事に成功したのだった。

「貴様……一体何を、どこまで知っている? 貴様の正体は何なのだ…?」

「一応ヒトだよ。人間を甘く見すぎたな、アシュタロス。土偶羅は完全に破壊した。取り敢えずこれでお前の真の目的、唯一絶対の王になるって計画は達成できないぜ!」

「アシュタロス、そろそろ観念したらどうです?」

「アシュ様、この世界は神族のものでも、魔族のものでもありません。それを破壊する権利など、いかに魔神でも持っていません!」

 達成感に満ちた表情で宣言する横島の左右に、構えを取った小竜姫とルシオラが並び立つ。
 ベスパが意識を失った以上、もう戦いを邪魔する者はいないため、愛する者と共に戦おうというのだ。
 アシュタロスは自分の作戦を見事に滅茶苦茶にした横島、小竜姫、そして自分が生み出し捨てたルシオラの姿を睨み付けていたが、やがて俯くと低い笑い声を漏らし始めた。
 凄まじい速さでこれまでの情報を全て総合し、横島達の正体を分析していたのだが漸く一つの回答を得たのだ。

「……? 何がおかしい、アシュタロス?」

「フフフフフ…………、確かにお前達は良く戦った。私の作戦をものの見事に妨害してくれたよ。忌々しいが、私は自分の負けを認めよう。それに、漸く君の正体も見当がついたよ。どうやら君は、時間逆行者だったようだね。違うかな? 君は明らかに土偶羅の完全破壊を狙っていた。つまり、私の目的における土偶羅の重要性を知っていた事になる、ベスパですら知らない重要性をね。これまでの経緯で、そんな事を示唆する出来事は何一つ無かった筈だ」

「…………バレちまったか。まあ、未来の記憶を持っているのは俺だけじゃねー。ルシオラや小竜姫も持ってるけどな」

 ルシオラも未来の記憶を持っていると聞かされ、アシュタロスの顔が驚きに彩られる。
 自分の娘と、目の前の敵との関係が予想以上に深いものだと気が付かされたのだ。

「成る程……。コスモプロセッサの事も知っているというわけだな?」

「ああ、あれを起動されたらさすがにマズかったからな。だが、これで美神さんから魂の結晶を奪う意味は無くなったはず。観念しろ、アシュタロス」

「……そうはいかない。確かにこの場では負けを認めたが、私も黙ってやられっぱなしでいる気はない。せめてもの腹いせに、君達が帰る世界を道連れにしてあげよう」

 暗い笑みを浮かべながらスッと手を後ろに回すと、アシュタロスは右手にコード付きのスイッチを握りしめ見せつけた。
 どこから取り出したのかは不明だが、今はそれを突っ込む時ではないだろう。

「……それは、もしかして核ミサイルの発射スイッチか? もう一つあったっていう事か」

「ご名答! なに、これは天地創造を君達によって失う事になった私の、ほんのささやかな意趣返しだよ。ハニワ兵、出ろっ!!」

 スッと目を細めた横島が、記憶にあるソレを睨み付け尋ねる。
 小竜姫をルシオラも、一気に表情を硬くした。
 苦笑しながら頷くと、アシュタロスは自分と横島達の間に大量のハニワ兵を呼びだし防壁を築く。
 そして、横島達の前進を止めるとテレビのスイッチでも入れるかのように、ごく自然な動作でそれを押した。
 目の前にうじゃうじゃと群がるハニワ兵が邪魔な上、それは何気なく、且つスピーディーなものだったため、さすがの横島も反応する事ができなかった。

「ハニワ兵なんぞ呼び出して、どうするつもりだアシュタロス? これで俺達を倒せるとでも?」

「いやいや、そんな失礼な事は考えておらんよ。こうなった以上、私も謙虚になろうと思ってね。大幅に狂った計画の練り直しをするため、一旦逃げさせて貰うよ」

 そう言って用済みのスイッチを投げ捨てると、クルリと踵を返し意識を失っているベスパを担ぎ上げる
 もはや、ベスパだけが彼に残された唯一の駒なのだから。
 ハニワ兵によって近寄る事のできない横島達を尻目に、アシュタロスは背中を見せながら悠々と歩み去っていく。

「……くっ! 待て、アシュタロス!」

 アシュタロスを追おうとして前に踏み出した横島だったが、それを見たハニワ兵が標的を押し潰すような勢いで殺到してくる。

「…ちっ! 邪魔だっ!!」

 横島は面倒そうに呟くと、前方に向けて膨大な魔力を迸らせた。
 それはまるで濁流のように群がるハニワ兵を飲み込む。

「ぽ…ぽぽ―――!」

 ズガアアァァァアン!!

 横島が放った上級上位魔級の魔力は、空中に飛び上がっていたハニワ兵全てを吹き飛ばし、一瞬で掃討を完了する。
 そして爆発が収まるや否や、アシュタロスを補足しようと周囲を探査するが、既に魔神の姿はなく気配も感じられない。
 舌打ちする横島の腕を、両側から小竜姫とルシオラが抱き締める。

「横島さん、残念ですが今は、アシュタロスと決着を付ける事は諦めるしかありません!」

「そうよ、ヨコシマ! 早くパピリオに言ってミサイルを止めなきゃ」

 横島としてはこのままアシュタロスを逃がしたくなかったが、小竜姫とルシオラの言葉にやるべき事を思いだし、西条達の所へ戻るべく美神達の方へと向き直った。
 そう、自分達が帰る世界を死の世界にするわけにはいかないのだから。
 無論、既に意味が無くなった『模』の文珠を停止させ、元の姿に戻る事も忘れない。

「横島君! 核ミサイルが発射されたって、本当かしら?」

「とにかく、ミサイルを何とかしないと私達の負けなワケ!」

 事態の進展に付いていけず、取り敢えず目前の驚異に反応して走り寄ってくる美神とエミ。
 横島としても、今は余計な説明をしている暇はないため、それはありがたかった。

「とにかく、西条さん達の所へ戻りましょう。ルシオラが対処方法を知っています。我々が帰る場所を無くすわけにはいきませんからね」

 その言葉と共に横島は、『転』の文字が刻まれている文珠を取り出す。
 外でパピリオと戦っている西条に『位』の文珠を持たせているため、瞬時にこのバベルの塔から脱出できるのだ。

「次に会った時は……決着を付けるぞ、アシュタロス……」

 そう呟きながら横島は文珠を発動させ、彼と周りに集まった女性陣は一瞬にして廃墟と化した謁見の間から姿を消したのだった。




(後書き)
 漸く原作の「GSの一番長い日!!」が終了しました。
 原作を読んで、土偶羅ってアシュタロス編の最初から登場しているけど、コスモプロセッサの制御をやるってことは、以外に重要なファクターだったんだな、と思ったのがこの話の基でした。
 さて、本当はこの南極戦で終わりにしたかったのですが、コスモプロセッサも登場させたいな、ということで続きます。
 しかし、続きのストックは殆ど無いため、次章の投稿は少し間が空きますのでご了承下さい。


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