交差する二つの世界
作:湖畔のスナフキン
第ニ話 −やさしさのかたち− (04)
シンジは初号機のエントリープラグから救出されると、ただちに病院に運ばれた。
診察を受けたが、特に身体的には異常がなかったので、翌日には退院できた。
トウジとケンスケの二人は、ネルフの関係部署にそのまま連行された。
こちらは保護者が引き取りに来るまで、こってりと油を絞られていたようである。
次の日の朝、シンジが目を覚ますと、横島の気配が消えていた。
「横島さん……今日はいないんだな……」
一晩ぐっすりと眠ったお陰で、シンジの体調はかなり回復していた。
昨日ずっと感じていた腹部の違和感も、今はすっかりなくなっている。
シンジは午前中に精密検査を受けたあと、昼過ぎにネルフ本部にあるミサトの執務室に向かった。
「シンジ君、座って」
シンジは、ミサトの机の前にある椅子に腰掛けた。
「どうして私の命令を無視したの?」
今日のミサトは、自宅でおちゃらけている普段のミサトとは別人のようであった。
発令所で作戦指揮をしている時の緊張感を、そのまま維持している。
「独断で民間人二名をエントリープラグに入れ、さらに退却の指示を無視して攻撃の続行。
初号機の内部電源の回復という奇跡が起きなかったら、いったいどうなっていたと思うの?」
実際のところ、横島が内臓電池を回復させなくても、ギリギリのタイミングで使徒は倒せていた。
戦闘直後にリツコがMAGIにシミュレーションさせたところ、カウントゼロと同時に使徒が沈黙したという結果を算出している。
「すみません……」
「すみませんで済む問題じゃないわ! 私はあなたの作戦責任者なのよ。
あなたは私の命令に従う義務があるの! わかる!?」
ミサトの声には、強い怒気がこもっていた。
「……わかります。ミサトさんにとって僕はただの部下で、ただのパイロットですものね」
「なんですって!」
「僕と同居するって言ったのも、監視しやすいからですか?
同情されていると思っていた僕がバカでした」
シンジがどこか覚めた目つきで、ミサトの顔を見つめた。
「ちょっと! なに言ってんのよ!」
「もういいじゃないですか。勝ったんですから」
パンッ!
ミサトは、シンジの頬(を平手で叩いた。
「あなた! 自分の任務を何だと思って──」
ミサトは激高しかけたが、ギリギリのところで爆発しそうな感情を抑(えた。
「……もういいわ。家に帰って休みなさい」
「はい」
シンジは顔をうつむかせながら、ミサトの部屋を出ていった。
(勝てばいい……か)
勝てばいいという論理は、軍隊に準じた組織のネルフでは通用しない。
しかし、それはあくまで大人の論理であり、軍人としての十分な教育も訓練も受けていない今のシンジが、理解できるはずもなかった。
それにもう一つ問題がある。
シンジは気がつかなかったが、ミサトの指示に従っていた場合、はたして使徒に勝てたであろうか。
使徒の情報は決して十分ではなかったが、手持ちの情報でMAGIにシミュレーションをさせても、銃火器中心のミサトの作戦では使徒に有効なダメージを与えることができず、シンジと初号機をいたずらに消耗させる結果が出ていた。
「どっちが子供なのかしらね」
シンジがいなくなった部屋で、ミサトは大きなため息をついた。
ミサトのマンションに戻ったシンジは、すぐに自分の部屋に入った。
そしてリュックサックを用意すると、その中に着替えや身の回りの小物を詰め込み、すぐさま外に出ていった。
横島が目を覚ますと、そこは映画館だった。
スクリーン横の時計を見ると、時刻は6時30分であった。
映画館の中の人影はまばらで、ほとんどの人がまだ眠っていた。
「うーーん」
両腕を上げて体を伸ばすと、数回首を振った。
映画館の狭い椅子の上で寝ていたためか、体がひどく強張っている。
(おい。起きろ、シンジ)
(……あ、おはようございます)
(いったいどうしたんだ? こんなところで寝ていたなんて)
(……)
(とりあえず、朝飯でも食おうか)
オールナイトの映画館を出たシンジは、早朝から開いていた喫茶店に入った。
そしてモーニングセットのトーストをかじりながら、横島に昨日からの出来事を話しはじめる。
(……それで、ミサトさんのところを飛び出したってわけか)
まだ朝の七時を回ったばかりであるが、店内には数人の客がいた。
周りから変に見られるといけないので、シンジと横島は声を出さずに会話をしている。
(まあ、それだけ露骨に言われれば、反発したくなるよな。それで、どこか行くあてはあるのか?)
(ミサトさんのところに戻れとは言わないんですか?)
(俺はネルフの人間じゃないからな。別にシンジが、どこで暮らそうと構わないよ)
(行くあてはありません。ただ……、今は戻りたくないです)
横島はしばらく考えこんでいたが、やがて口を開いた。
(それなら、少し俺につきあわないか? 行ってみたい場所があるんだ。
ただ、数日はこの街に戻れないと思うけど)
(大丈夫です。今はこの街にいると、辛(いだけですから……)
シンジは銀行のATMでありったけの現金を引き出すと、書店で時刻表や旅行ガイドなど何冊かの本を買った。
次にインターネット喫茶に入ると、パソコンで移動ルートの検索をはじめた。
「行き先は、旧東京でいいんですね?」
(この世界では旧東京なんだよな〜〜。なんか時代の流れってのを感じてしまうな)
シンジはインターネットの検索で、電車の路線と出発時刻を確認した。
電車に乗り遅れなければ、第三新東京市から数時間で到着できる。
「でも、行っても何もないですよ?」
(まあ、いろいろと調べてみたいことがあるんだよ)
シンジは新箱根湯本駅から電車に乗り、旧東京へと向かった。
なるべく目立たないよう、特急や急行ではなく各駅停車の電車に乗車する。
カタン カタンカタン
電車が新箱根湯本を離れるにつれて建物が少なくなり、周囲が田園風景へと変わっていった。
「ところで、なぜ旧東京に行くんですか?」
シンジが横島に尋ねた。
(知り合いを探すためさ。俺が1995年の時代から来たってことは前に話しただろ?)
「ええ」
(セカンドインパクトで人口が半分まで減ったといっても、
俺の知り合いは殺しても死なないような連中ばかりだからな。
できれば、この時代の俺に会えればいいんだが)
「この時代の横島さんですか?」
(俺が今19歳だから、この時代で生きていれば、まだ39歳だ。
セカンドインパクトで死んでいなければ、まだくたばるって歳でもないだろ?
自分のことは自分が一番よくわかっているから、いろいろと好都合ってわけさ)
(ここが、東京か……)
横島は廃墟と化した東京を、呆然(と眺(めていた。
セカンドインパクト後に海面が上昇し、東京はその大半が海の底に沈んでいる。
海面から突き出しているビルの群れが、荒廃した街並みをいっそう際立たせていた。
「横島さん、大丈夫ですか」
目の前の光景に衝撃を受け、言葉を失っていた横島に、シンジがそっと声をかけた。
(あ、ああ。すまないな、シンジ)
「僕にとっては、生まれた時からこの光景が当たり前だったんですが、横島さんは違うんですよね」
(っていうか、今でも住んでいる街だからな。その場所が、こんなに荒れ果ててしまうとはな……)
横島はシンジと入れ代わると、持ってきた荷物を背負い、来た方角とは別の方向に向かって歩き始めた。
(どこへ行くんですか?)
「俺が元の時代で勤めている事務所。他にも行ってみたい場所はあるが、まずはそこからさ」
横島は一時間ほど歩いたあと、ビル街の一角で立ち止まった。
この周辺一帯は、かつての東京でも海岸線から遠い場所にあり、セカンドインパクト後の海面上昇でも海に飲み込まれてはいなかった。
しかし周囲には人影がまったくない。おそらく、街ごと放棄されたのであろう。
「ここに間違いないよな」
横島は周囲の建物や道路を、もう一度確認した。
「やっぱり、事務所の建物じゃないな……」
そこには、横島がバイトの時代から通っていた美神除霊事務所があるはずであった。
だが、人工幽霊付きのレンガ造りの建物の代わりに、コンクリートの雑居ビルがそびえている。
念のため建物の中にも入ってみたが、荒れ果てた部屋のどこにも、除霊事務所の痕跡(は見られなかった。
(どうしたんですか、横島さん?)
シンジは、今は体の制御を横島に渡している。
「いや、ここに元の時代で俺が勤めていた除霊事務所があったはずなんだ。
だが今調べてみたら、全然その跡が残っていない」
(妙な話ですね)
「セカンドインパクトの前に取り壊したのかな? とりあえず、別の場所に行ってみよう」
横島の目の前には、教会の建物があった。
この周辺も放棄されており、辺りには人の住む雰囲気はまったくなかった。
「……お邪魔します」
教会のドアをくぐると、そこは礼拝堂であった。
床にはホコリが積もっているものの、中は特に荒れた様子は見られない。
ステンドグラスの窓から陽光がうっすらと差し込んでおり、礼拝堂の中は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
(立派な教会ですね。カトリックですか?)
「どうもそうらしいな」
(横島さんの知り合いって、神父さんなんですか?)
「そう。ただ俺の知り合いの神父は、カトリックから破門された人なんだ。
こんな立派な教会の神父をしているわけがない」
(やはり、何かヘンですね?)
「もしかすると……。いや、まだ結論を出すのは早いな。もう一箇所だけ寄ってみよう」
(今日は旧東京で泊まりですね)
その日の夜、横島は元の時代で自分が住んでいた部屋に入った。
他の場所と同様、無人のまま長期間放置されていた。
念のため表札を見ると、まったく知らない人の名前が書かれていた。
「あそこも違っていたな」
横島がぽつりと声を漏らした。
「あの場所は六道家の屋敷のはずだった。
俺みたいな人間ならばともかく、六道家がそう簡単に引越しをするはずはない」
だが横島が行った場所には、廃棄された工場の敷地が広がっているだけであった。
(あの……、今日横島さんが足を運んだのは、知り合いの人がいた場所だったんですよね?)
「そう。そのはずだったんだ。でも全部空振り」
(それって、いったい……?)
「一つだけ思い当たることがある。ただそれを確かめるには、別の場所に行かないといけないな」
(近くですか?)
「いや、ちょっと遠い。それに山に登るから、行って戻るだけで数日はかかるな」
(しばらく第三東京に戻るつもりはないですから、何日かかっても構いませんよ)
「そっか。まあ、今日は歩き回って疲れたし、寝るとするか」
横島は、電車に乗る前に新第三東京市で買った寝袋の中にもぐり込んだ。
「そうそう。もし俺が明日いなかったら、悪いけどこの場所まで移動してくれないかな」
横島は地図を広げると、群馬県内のある場所を指し示した。
(大丈夫です)
「んじゃ、お休み」
次の日の朝、シンジが目を覚ますと横島はこちらの世界にいなかった。
シンジは横島の示した場所に電車で移動すると、街で横島がメモした品物を買い揃えた。
大きめのリュックサックやテント・シングルストーブなど、主に登山用品である。
その日の晩は、近くの無人駅のベンチの上で、寝袋に包(まった。
(……以前は、いつも一人だった)
シンジはずっと一人だった。
周囲に人の姿が、全くなかったわけではない。
だが前の学校ではクラスメートと深く交わることはなかったし、同居していた叔父夫婦とは他人も同然だった。
(今も一人だ。でも、一人でいても、あまり寂(しさを感じない)
それが横島のお陰であるということを、シンジはわかっていた。
セカンドインパクトの前の時代から来たという、不思議な同居人。
閉じこもりがちなシンジの心を開いただけでなく、使徒との戦いでは、誰よりもシンジの力になってくれた。
(なぜ横島さんは、僕に親切なんだろう? 僕は父さんにも必要とされない、無価値な人間なのに……)
実際のところ、ゲンドウやミサトをはじめ、ネルフの人間はシンジを必要としていた。
だがそれは、碇シンジという一人の少年の人格に価値を見出したのではなく、エヴァのパイロットであるサードチルドレンを必要としているだけであることは、シンジにもわかっていた。
(横島さんだけが、僕という人間を見てくれている。でもそれはなぜ?)
理由もよくわからないまま、一つの体に二つの魂が入っているのだ。
仲良くしなければ、お互いやっていけないということぐらいは、シンジにもわかる。
だが横島のシンジに対する態度は、そういう打算からくるものだけではなかった。
(わからない。でも……)
それはすごく心地よい。シンジの心は、そう感じていた。
次の日の朝、こちらの世界に来ていた横島とシンジは、目的地に向かって出発した。
樹木がほとんど生えていない岩山の小道を、荷物を背負った横島が進んでいく。
(すごい場所ですね)
右手には切り立った崖があり、左手には深い谷が広がっている。
山登りに不慣れなシンジは、横島に体を譲っていた。
(ここは何という山なんですか?)
「妙神山。俺の時代では、GSの修行場があった場所だ」
昼過ぎに、横島は目的地に到着した。
だがそこには建物も何もなく、ただ荒地が広がるばかりであった。
「やはりな……」
横島は文珠を使って霊的な存在がいるかどうか調べてみたが、神族や魔族がいる気配はまったくなかった。
(どういうことなんですか、横島さん?)
シンジが横島に尋ねた。
「あのな、シンジ。俺は最初、時間移動でここにやってきたと考えていた。
だが、俺が過去にいたことを示す手がかりは、何一つ残っていない」
(……確かにおかしいですね)
「おそらく、俺は時間移動ではなく、時空移動したんだ。この世界は、たぶん“平行世界”なんだよ」
(平行世界??)
「パラレルワールドってやつさ。つまり、自分のいる世界に似た別の世界が存在するってこと。
この世界は、俺のいる世界から見ると平行世界なんだ」
(そんなことってあるんですか?)
「俺も知識でしか知らなかったけどな。
ただ、この現実を目の当たりにすると、そう考えるのが一番納得がいくんだ」
(僕はよくわからないですけど、横島さんのいた世界とは違うのかもしれません)
「ここに来てはっきりしたよ。この場所は神族や魔族の拠点で、人界との接点だったんだ。
だが神族も魔族も、姿どころかその気配すら感じられない」
(神族と魔族ってなんですか?)
「人間以外にそういう連中がいるんだ。
普通の人間とは桁外れの霊力をもっているんだけど、その連中の気配すら見つからない。
おそらくこの世界には、神族や魔族がいないんだろうな」
(そうすると、横島さんの知り合いはこの世界にはいないんですね)
「そういうこと。あてが外れたから、これからどうするか一から考え直さないといけないな。
とりあえず、山を下りるとしようか」
【あとがき】
プロローグでエヴァのSSを書き始めた経緯に触れたのですが、なぜGSとのクロス作品に
したのかについて、少し補足します。
もともとアニメはほとんど見ていなかったいうことについては以前にも書いた通りなのですが、
あるGSのSSを読んでから、ナデシコに急速に興味をもつようになりました。
有名どころですのでご存知の方も多いかと思いますが、“Action”の『GS横島 ナデシコ大作戦!』
(325.K−999さんの作品)です。
この作品を読んでナデシコのSSにはまり、同じHPの『時ナデ』に一生懸命に読みふけったり
しましたが、それ以上に『GS横島 ナデシコ大作戦!』にはまりました。
すっごく新鮮だったんですよ。横島が別の世界にいって、そこで縦横無尽に活躍するという
設定が。生身で活躍するだけでなく、エステバリスに乗って霊波刀やサイキック・ソーサーで、
敵をバサバサとなぎ倒すという展開に、何ともいえない痛快さを感じました。
実はひそかにGSとナデシコのクロスSSの構想を練っていたんですが、『GS横島 ナデシコ大作戦!』
に並ぶだけの作品にはなりそうになくて、やむなくすべてお蔵入りにしました。
その後、エヴァにはまった時にかつての思いが甦り、『エヴァの世界で横島を活躍させる作品
を書こう!』という決心をして書き始めたのが、この作品です。
シンジ君成長物語など他にも触れたいテーマが幾つかあったので、単純に横島が大暴れする
という話にはならなかったのですが、シンジに代わって横島が使徒を倒すという場面が、今後
も何度か出てくる予定です。
それから、この話の中で妙神山が群馬県にあるという設定になっていますが、これは私の
オリジナルの設定です。実はこのネタは他の作家さんのアイデアを拝借したのですが、GSの
原作では、日々の生活にもことかくような貧乏な横島が東京からすっと行けるような場所にある
ようなので、関東地方にあると考え、群馬県にあるという設定にしました。
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