交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第六話 −静止した闇の中で− (03)




 学校からの帰り道、シンジはいつもと同じく、トウジ・ケンスケと共に歩いていた。

「どうしようか。明後日からの期末テスト?」

 ケンスケが、シンジとトウジに話しかけた。

「どないするかわかっとったら、苦労せんわい」

「僕は……腹をくくるよ」

「碇っ! おまえ前の学校じゃ、優等生だったんとちゃうか!?」

「仕方ないよ。こっちに来てから、勉強どころじゃなかったんだし」

 実際、生きるか死ぬかの戦いをしたり、別世界に行ってみたりと、シンジにとって本当に生活の変化が大きかった。
 しかし誰からも相手にされず、勉強する時間だけは十分にあった前の生活と比べると、今の生活には格段の手ごたえを感じていた。

「よーーし! こうなったら、碇んちで作戦会議や!」

「賛成!」

 トウジの提案に、すぐさまケンスケが同意する。

「なんで、僕の家なんだよ!」

「「ミサトさんに会えるから!」」

「そんなことだろうと思った」

 トウジとケンスケのはもった声に、シンジはガクッと肩を落とした。




「「お邪魔しまーーす」」

 シンジとトウジとケンスケの三人は、ミサトのマンションの中に入った。

「ほーーっ。センセ、なかなかいい家に、住んどるやないの」

 トウジとケンスケは、リビングにかばんを置いた。

「勝手に部屋に入らないでね。特にそこはミサトさんの部屋だから」

 シンジは、ミサトの部屋の入り口のふすまを指差した。

「シンジの部屋はどこや?」

「こっち」

 シンジは短い廊下を歩いて、二人を自分の部屋に案内した。

「シンジは、こないな狭い部屋に住んどるんか」

「もともと、物置だったから」

「向かい側の部屋は、どうなっとるん?」

「そっちは、アスカの部屋だよ」

「アスカって、惣流のことか? って、おまえら一緒に住んどるんか」

 トウジが、きょとんとした顔つきをした。

「あれ、言わなかったっけ?」

「ミサトさんに綾波だけじゃなく、惣流までもか〜〜っ!
 ななな、何て、うらやましいヤツっ!」

 後ろでケンスケが、歯ぎしりしながら(くや)し涙を流していた。




「しっかし、あの暴力女と一緒に住んどるなんて、センセもついてないの〜〜」

 シンジの部屋に三人も入るとかなり狭いので、三人はリビングルームへと戻っていた。

「そう言えば、碇。いつから惣流のことを、名前で呼ぶようになったんだ?」

「浅間山で、使徒と戦ってからかな?
 マグマの中で戦っていた弐号機を助けに、初号機でマグマの中に飛び込んだら、
 その日の晩にアスカが、特別に名前で呼ぶことを許すみたいなことを言ったんだ」

「マグマに飛び込むなんて、熱うなかったんか?」

「熱かったよ。弐号機は耐熱装備を着けていたけど、初号機は何もなしで飛び込んだから」

 あの時、シンジは無我夢中で飛び込んだが、全身で感じたマグマの熱さは相当なものだった。

「それでも俺は、一度でいいからエヴァに乗ってみた〜〜いっ!」

「ワイは遠慮しとくわ。碇の様子見とったら、大変そうなのが手に取るようにわかるしな」

 少年らしい(あこが)れと言うより、軍事オタクの興味心が丸出しのケンスケと、感情的なようでも地についた考えをするトウジでは、エヴァに対する思いはかなり対象的だった。

「それで、テスト対策どないするねん?」

「なんか、碇からエヴァの話を聞いたら、試験なんかどうでもよくなったなー」

 ガチャ

 その時、マンションの入り口のドアが開く音が、三人のところまで聞こえてきた。

「あーーっ! ジャージにメガネ! なんで人んちにいるのよっ!」

 部屋に入ってきたのは、アスカとミサトだった。

「この家は、碇んちでもあるんだろうが。別にええやないか」

 アスカの非難に、すかさずトウジが言い返す。

「ミサトさん、お帰りなさい。今日は早かったですね」

「アスカのテストが、予定より早く終わったのよ。
 私も今日は残業がないから、一緒に帰ってきたってわけ」

「あっ!」

 リビングで座っていたケンスケが、何かに気づいたのか席を立った。
 そしてミサトの前まで歩くと、ペコリと一礼する。

「ミサトさん、昇進おめでとうございますっ!」

「あ……ありがとう」

「え? なに? 昇進って……」

 シンジが、ケンスケに尋ねた。

「君たち、気づかないのかね! 葛城さんの襟章(えりしょう)の線が、二本になっていることを。
 一尉から三佐に昇進されたんですよ。そうですよね?」

「ええ、まあ……」

 ミサトが(ひたい)に冷や汗を流しながら、ケンスケに返事をした。

「そんなん気づくの、おまえだけや」

 トウジがボソッとした声で、ツッコミを入れる。
 しかしケンスケは、トウジのツッコミを気にも留めなかった。

「よっしゃあ! そうと決まれば……祝賀会だ!」







 シンジはポケットから携帯を取り出すと、ある番号に電話をかけた

 プル、プルルル…… ガチャ

『おかけになった電話は、電源が切られているか、電波の届かないところにおります……』

 ピッ

 シンジは電話が通じないことを知ると、携帯をポケットの中に戻した。

(どうしたんだろう、綾波)

 シンジは、レイの番号に電話をかけていた。
 これから皆でパーティーをするので、レイも呼ぼうと考えていたのである。
 しかし、何度電話をかけても、全くつながらなかった。

(やっぱり、ネルフで実験中なのかな……)

 ネルフの施設の中は、携帯がつながるようになっていたが、訓練と実験の最中は携帯の電源を切ることになっていた。



 トントントン……

 シンジはレイに連絡をとることを(あきら)めると、冷蔵庫から出した野菜を包丁で切り始めた。
 今日のメインの料理は、鍋である。
 足りない材料は、トウジとケンスケとアスカが、ミサトの運転する車で買い出しに行っていた。

「ただいまー」

 両手に買い物袋をもった、アスカが入ってきた。
 その後ろから、同じく買い物袋をもったケンスケと、缶ビールの箱を抱えたミサトが続く。

「シンジ兄ちゃん!」

「あ、ナツミちゃん!?」

「悪いなぁ、シンジ。家に電話したら、妹がどうしても来るゆうてな」

 トウジの後から、色白で長い髪をした女の子が入ってきた。
 トウジの妹のナツミである。

「シンジ、シンジ」

「なに、アスカ?」

「今日さぁ、ハンバーグ作ってくれない?」

「ごめん。準備に時間がかかるから、今日は無理だよ」

「えーっ! せっかく、ひき肉を買ってきたのに」

「また今度作るからさ。とりあえず、冷蔵庫に入れておいてよ」

「仕方ないわね」

 シンジは材料の下ごしらえを終えると、だし汁を入れた鍋に入れて火をかけた。
 そして一煮立ちさせたところで、リビングのテーブルに設置したホットプレートの上に置いた。

「それでは、葛城さんの昇進をお祝いして、カンパ〜〜イ!」

「乾杯!」

 ミサトのコップには、もちろん“えびちゅ”が注がれている。
 ミサト以外のメンバーは、ジュースの入ったコップで乾杯をした。



 シンジは乾杯をすますと、料理の続きをするため、一人台所に戻った。

「シンジ兄ちゃん」

「なに、ナツミちゃん?」

 シンジが厚焼き玉子を作りおえたとき、ナツミがシンジの元にやってきた。

「何か、手伝うことないですか?」

「それなら、これを向こうのテーブルに運んでくれるかな」

 シンジは厚焼き玉子をのせた皿を、ナツミに渡した。

 ピンポーン

 その時、玄関のベルが鳴った。
 シンジが玄関のドアを開けると、そこには手に花束を抱えたヒカリが立っていた。

「あのー、こんばんは」

「あっ、委員長……」

「ヒカリー! こっち、こっち!」

 リビングにいたアスカが、ヒカリを手招きした。

「何で、イインチョが来るんや?」

「アタシが呼んだのよ。ダサい男ばっかりだから。特にアンタがね」

「なんやと、コラ!」

 リビングに入ったヒカリは、ミサトの(そば)に寄ると、持ってきた花束を渡した。

「あの、はじめまして、洞木です。お邪魔して、すみません」

「いーのよ。もうこうなったら、何人来てもいっしょだから」

 ヒカリは、アスカの隣の席に座った。

「アスカ、本当に碇君と住んでいるんだ」

「そっ。作戦上、仕方なくね」

(何が作戦上だよ。でも、なんでアスカはこの家に来たのかな?)

 シンジは、アスカがこの家に住んだ理由を考えたが、結局わからなかった。

「お待たせ。おかずは、これで最後だよ」

 シンジは最後のメニューである鳥のから揚げをもって、リビングに入った。
 ミサトの酒のつまみにと考えていたが、トウジやケンスケも食べそうなので、多めに作っておいた。

「碇君、今日の料理は碇君が作ったの?」

 ヒカリが、シンジに尋ねた。

「うん。まあ、いつものことなんだけど」

「アスカから話を聞いたときには信じられなかったけど、本当だったのね……」

 ヒカリがアスカに、ちらりと視線を向けた。

「ほ、ほら。あたしってドイツ育ちだから、日本の料理をよく知らないでしょ?
 それに、適材適所っていうし……」

「ま、こないな暴力女に、きちんとした料理が作れるわけないよな」

「くっ……」

 今度はトウジがアスカの悪口を言うが、アスカは言い返すことができなかった。

「ね、アスカ。加持さんって方は来ないの? すごくかっこいいんでしょ?」

「加持さんねぇ……
 この三日間、いつ電話しても留守なのよね。私も会いたいんだけど」

松代(まつしろ)に出張とか言ってたけどねぇ、今頃、女の尻でも追いかけているんじゃないの?」

 子供の前ということもあってペースは抑えているものの、ミサトは三本目の缶を空けていた。

 ピンポーン

 玄関のベルが鳴ると、長髪を首の後ろで結んだ男が、部屋の中に入ってきた。

「よっ、こんばんは。 誰かのバースデーパーティでもしてるのかな?」

「加持さんっ♪」

「ゲッ! 加持ぃ〜」

 アスカは席を立つと、加持をリビングルームへと引っ張ってきた。

「いちおう、あたしの昇進祝いですけどね、だーれもアンタなんか呼んでませんよーーっだ」

「つれないなあ、葛城。お、鍋じゃないか。久しぶりだな」

「多めに作ってますから、加持さんもどうぞ」

 シンジは、空いていた箸と椀を加持に渡した。

「昔は冬によく食べたんだけど、日本に四季がなくなってから、自然と食べなくなったなぁ。
 ま、暑い時に熱い料理を食べるのも、それはそれで味があるけどな」

 セカンドインパクトの影響で、日本が常夏の国になってからというものの、鍋料理を食べる機会は自然と減っていた。
 しかし、大人数の食事には鍋は向いているし、暑さでまいらないように、クーラーも強めにかけておいた。

「アンタさあ、せっかく松代(まつしろ)に行ったのに、お土産(みやげ)の一つもないの?」

土産(みやげ)はあるよ。ほら、ワサビ漬けとサクラ肉」

 加持は手に持っていた袋から、わさび漬けとサクラ肉を取り出した。

「あたしは? あたしはお土産(みやげ)ないんですかぁ?」

 加持の腕に(つか)まっていたアスカが、甘えるような声で加持にねだった。

「アスカには、これ」

「わ〜〜い、嬉しい。ありがとう、加持さん♪」

 加持はアスカに、リボンでラッピングした小さな箱を渡した。

「おまえ、この兄さんには、あからさまにワイらと態度が違うなー」

「当たり前でしょ。月とゾウリ虫に、同じ態度が取れるわけないじゃない」

「ゾウリ虫って、ワシのことか?」

「そっ。あんたがゾウリ虫で、相田がミトコンドリアよ」

「兄さん、ダマされたらあきまへんで。
 この女、カワイイ顔して、ホントはとんでもない女や」

 トウジは加持の近くに寄ると、加持の耳元でアスカの悪口を吹き込んだ。

「ちょっと! 加持さんに何てこと言うのよ!」

「意地は悪いわ、口は悪いわ。
 おまけに性格の裏表の激しさといったら、そらもう……」

「やめてって、言ってるでしょ!」

 ドカッ!

 アスカの右ストレートが炸裂した。
 アスカの一撃を顔の正面で受けたトウジは、そのまま床へと沈んでいく。
 オロオロとしていたナツミが、慌ててトウジの下に駆け寄った。

「あの、えーと……」

 我に帰ったアスカは、自分に周囲の注目が集まっていることを知り、かすかに動揺した。

「変ねえ。トウジったら、ちょっとこづいただけなのに、倒れちゃって」

「思い切りどついといて、何言うてんねん! これがおまえの本性やろか!」

 アスカの言葉を聞いたトウジが、急いで上半身を起こした。

「知っていたわよ、うすうすとね」

「アスカの演技は、まだまだ甘いよ」

 しかし、大人たちの反応は別だった。
 加持もミサトも、特に非難するわけでもなく、当たり前のように受け止めていた。

「演技なんか……してないわ」

 アスカは横を向いて、加持とミサトから視線を外した。

「アスカ。もう無理して、いい子にならなくてもいいのよ。
 私と加持は、あなたのことはよく知っているんだから」

 ミサトの言葉に、アスカがハッとした表情を見せた。

「さあ、ケンカはここまで。みんな、席に戻ってね。
 せっかくのパーティーなんだから、ぱ〜〜っと楽しくやりましょ」

 ミサトの言葉で、皆は自分の席に戻った。
 アスカはしばらく大人しくしていたが、時間がたつにつれ、少しずつ調子を取り戻していった。
 夜遅くなってトウジとナツミ、そしてケンスケとヒカリが帰るまでの楽しいひと時は、シンジにとって忘れられない思い出となった。







 これは私。
 この物体が私。
 私を作っている形。

 でも、
 自分が自分でない感じ。
 とてもヘン。

 身体が溶けていく感じ。
 私の形が消えていく。
 私がわからなくなる。

 他の人を感じる。
 誰かいるの? この先に。

 あなた、だれ?
 アナタ、ダレ?
 アナタ、ダレ……





「どう、レイ? 久しぶりに初号機に乗った感じは?」

 初号機のエントリープラグに座っていたレイは、自分を呼ぶリツコの声で現実へと戻った。

「碇君のにおいがする……」

 レイは小さな声でつぶやいた。

「シンクロ率は前回同様、ほぼ零号機の時と同じ。変わらないわ」

「もともとパーソナルパターンも、零号機と初号機は酷似(こくじ)してますしね」

「だからこそ、シンクロ可能なのよ」

 マヤは端末を操作しながら、リツコの話に相槌(あいづち)を打った。

「そろそろ、あの計画が遂行(すいこう)できるな」

 リツコとマヤは、実験に立ち会っていたゲンドウに、視線を向けた。

「次は初号機パイロットによる、零号機シンクロ相互換テストだ。
 引き続き、頼む」

「はい」

 リツコの返事を聞いたゲンドウは、制御室を出て行った。

「ダミーシステムですか?
 先輩の前ですけど、私はあまり……」

「感心しないのはわかるわ。
 でも備えは常に必要なのよ。人が生きていくためにはね」

「先輩は尊敬してますし、自分の仕事はします。
 ……でも、納得はできません」

 マヤはリツコから視線を外すと、顔をうつむかせた。

「潔癖症ね。この先、(つら)いわよ。人の間で生きていくのが……」

 しかしマヤは、顔をうつむかせたまま、返事をしなかった。

「『汚れた』と感じた時、それがわかるわ」

 そう言い残して部屋を出て行くリツコの背中を、マヤはオペレータ席からじっと見つめていた。




 オエーーッ

 ミサトのマンションのトイレから、嘔吐(おうと)する音が、ドアの外に立つ加持の耳にまで聞こえてきた。
 しばらくして水を流す音とともに、真っ青な顔をしたミサトが、フラフラしながらドアの外に出てくる。

「ウプッ! き、気持ち悪い……」

「まったく、いい歳して()くなよ」

「調子にのって飲み過ぎたわ……」

 洗面所の前でかがみこんだミサトの背中を、加持が両手でさすった。

「俺と飲めるのが、そんなに嬉しかったのか?」

(なぐ)るわよ! 元気だったら、もう(なぐ)ってるけど」

 加持の言葉に反発したミサトは空元気を出したが、すぐに元の青ざめた顔に戻ってしまう。

「うっ……」

「少し外の風に当たった方がいい。ほら、いくぞ」

 トウジとナツミ、それにケンスケとヒカリは既に帰宅していた。
 加持は、シンジとアスカがリビングで寝息を立てているのを見ると、ミサトを背負ってマンションの外へと出て行った。




「あーあ、情けないの。アンタなんかに介抱されるなんて」

「昔もよく、こうして歩いてたよな。
 おまえ、しょっちゅう飲みすぎていたし」

 加持に背負われたミサトは、少しだけ元気を取り戻した。

「ねぇ」

「ん、なんだい?」

「あたしに振られた時、ショックだった?」

「もちろんさ、当たり前のこと聞くなよ」

 加持はマンションの前にあるベンチで、ミサトを下ろした。

「ま、俺が悪いんだろうな。浮気ばっかりしてたし」

「わざとしてたんじゃないの? 私に嫌われようとして」

「まさか。そんなことないさ」

 タバコをくわえていた加持が、口からフッと煙を吐き出す。

「ウソね。あんたは、どの()にも本気じゃなかった。
 もちろん、あたしにもね」

「まだ酔ってるな、葛城?」

「アンタは、あたしでも他の女の子でもなく、いつも違うものを見ていたわ」

 ミサトは見上げるようにして、隣に立っていた加持に視線を向けた。

「このままどこまで行っても、本気で愛されないんじゃないかと思ったら、すごく怖くなった」

「葛城……」

「あたしの父のこと、話したことがあったでしょ?
 家族を省みず研究に没頭して、いつも母さんを泣かせて、
 でも最後は、命を懸けて私をかばって死んでいったわ……」

 加持は以前に、ミサトから聞いた話を思い出した。
 南極で実験中に起きた突然の事故。
 怪我をして倒れていたミサトを、必死で運ぶ彼女の父親。
 金属のカプセルに入れられて、単身で事故現場を脱出するミサト。
 そして洋上で彼女が見た、大空を埋め尽くすほどに広がった四枚の光の翼──

「セカンドインパクトか……」

 タバコをくわえていた加持が、ポツリとつぶやいた。

「加持君。あなた少し、私の父に似ているわ」

 その声を聞いた加持が、ミサトの方を振り向いた。
 こちらを見つめているミサトの(ひとみ)の中に、自分の姿が写っていたような気がした。

「葛城……」

 加持はタバコを足元に捨てると、ミサトの隣に座り、彼女の(ほほ)に手を当てた。

「加持君……?」

 ミサトはもう、加持を拒絶しなかった。
 加持の顔が近づいてきた時、そっと目をつむって彼を受け入れる。
 そして加持の唇と、ミサトの唇が重なり合おうとした時──

「フケツ」

 すぐ近くから聞こえた声に、加持とミサトはハッとした。
 慌てて声のした方を振り向くと、冷たい視線で二人を見つめているアスカの姿が目に入った。

「二人の姿が見えないから(さが)してみたら、こんな所で……」

「「ア、アスカ!」」

「大人って、信じられない……。ほんと、フケツ……」

「ち、違うんだ! 葛城が気持ち悪いって言うから、介抱してただけだよ」

「そうよ。もう気持ち悪くて、ゲロいっぱい()いちゃったわ!」

 現場を目撃された加持とミサトが、大慌てでアスカに弁解する。

「ウソよっ! ぜーったいに、キスしようとしてた!」

「なに言ってんのよ。俺たち、こんなに仲悪いのに」

「そうよ。ほら、見て」

 ミサトが加持の(ほほ)を、手加減なしに思いきり(つま)み上げた。

「イテテテテッ! 本気でつねるなよ!」

「あ、ごめん」

「…………」

 しかし、この程度の芝居で誤魔化されるはずもなく、二人を見るアスカの視線は、いっそう冷めたものとなっていた。



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