交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第八話 −使徒、侵入− (05)




 シンジたちが(はだか)でテストをしている頃、発令所で冬月と青葉が、シンジたちのいる一つ上のフロアの異常を点検していた。

「三日前に搬入(はんにゅう)されたパーツです。ここですね、変色しているのは」

 オペレーターの青葉が、コンソールを操作して画面を拡大した。

「第87タンパク(へき)か」

「工期が短縮されたからじゃないんですかね? 使徒が現れてからの工事ですから」

「気持ちはわかるがな。しかし、放っておくわけにもいかんだろう。明日までに処置しておけ」

「はい」

 そのとき、第87タンパク壁のシミが赤く光り、急速に広がっていった。




「実験を進めるわ」

 リツコの指示を受けたマヤが、コンソールのキーを幾つか叩いた。

「シミュレーションプラグを、模擬体経由でエヴァと接続します」

 シミュレーションプラグが、零号機と接続された。
 わずかにATフィールドが発生し、それがMAGIのモニタに視覚化されて映される。
 次の瞬間、実験室内に警報の音が響き渡った。

「どうしたの!?」

 リツコが驚きの声をあげる。

『シグマユニットAフロアに汚染警報発令!』

『第87タンパク壁が劣化。発熱しています!』

『第6パイプにも異常発生!』

『タンパク壁の侵食部が増殖しています。爆発的スピードです!』

 リツコが急いで指示を出した。

「実験中止! 第6パイプを閉鎖!」

「侵食が、壁伝いに進んでいます!」

「ポリソームを準備!」

 リツコは、レーザー光線の発射装置を備えたポリソームの発進を指示する。

「きゃあああっ!」

 レイの悲鳴が聞こえた。
 模擬体の腕が、レイの意思とは関係なく動き出している。

「侵食部が拡大! 模擬体の下垂システムを犯しています!」

 リツコが緊急レバーを引いた。爆発音と共に、模擬体の腕が切れて動かなくなる。

「レイは!?」

「無事です」

「全プラグ、緊急射出!」

 リツコは三人の乗ったプラグを、外部に射出させた。

「レーザー急いで!」

 発進したポリソームから、最大出力のレーザー光線が発射された。
 しかし、侵食部に当たる直前に、幾つもの赤い壁によって(さえぎ)られてしまう。

「ATフィールド……」

 リツコは、大急ぎで発令所に連絡をとった。

「ATフィールドの発生を確認しました。パターン青! 間違いなく使徒です!」

「使徒の侵入を許したのか!」

 冬月は、即座に決断した。

「セントラルドグマを物理的閉鎖! シグマユニットと隔離(かくり)させろ!」

 発令所上部の司令席にいたゲンドウが、受話器を取って誰かと話をした後、発令所のオペレーターに指示を出した。

「誤報だ。探知機のミスだ。日本政府と委員会には、そう伝えろ」

 ゲンドウは警報を止めさせた。

「場所がまずいぞ」

 司令席に近づいた冬月が、ゲンドウに話しかける。

「ああ……アダムに近すぎる」

「エヴァはどうする?」

「退避だ」

 ゲンドウがオペレーターに指示した。

「エヴァを地上に射出させろ。初号機が優先だ。その為には、他の二機を破棄してもかまわん!」

「しかし、エヴァが無いと使徒の殲滅(せんめつ)が……」

 その場にいたオペレーターの日向と青葉が、ゲンドウに問い返す。

「その前に、エヴァが使徒に汚染されたらおしまいだ。急げ!」

 日向と青葉が、コンソールを操作してエヴァを射出した。




「何者かが、保安部のメインバンクにアクセスしています!」

「使徒か!?」

「やばい! MAGIへのアクセスコードを探しています!」

「I/Oシステムをダウンしろ」

 ゲンドウが指示した。
 日向と青葉が、電源オフの操作を行うが……

「!! 電源が切れません!」

「使徒、さらに侵入! メルキオールに接触しました!」

 使徒が三台あるMAGIの一台、メルキオールに侵入した。
 MAGIのモニタ画面で水色で表示されていたメルキオールが、一部赤い色に変わる。
 日向と青葉、そして離れた場所にいたマヤが、コンソール操作で使徒のMAGI侵入を阻止しようとするが、すべて(はじ)かれてしまった。

「……ダメです! 使徒に乗っ取られます!」

 メルキオールの表示が、すべて赤色に変わってしまった。

「……!! メルキオール、自爆決議を提訴しました!」

 だがその提訴は、他の二台、バルタザールとカスパーによって否決された。

「こ、今度は、メルキオールがバルタザールをハッキングしています!」

 モニタ画面上のバルタザールの色が、急速に赤く変わっていった。

「ロジック・モードを変更! シンクロコードを15秒単位にして!」

 リツコが、MAGIの処理速度を遅くする指示を出した。
 そのため、バルタザールへの侵入が急に遅くなった。

「何とか時間稼ぎができたわね……急いで、次の対策を考えないと」




 その後、発令所で緊急の対策会議が開かれた。

「この使徒は、マイクロマシンと考えられます。細菌サイズの使徒が多数集まって群れをつくり、
 知能回路を形成するなど、爆発的な進化を遂げているものと推測します」

「進化か……」

「それで、MAGIに侵入した使徒をどうする?」

 冬月の問いかけに対して、ミサトが発言した。

「MAGIの物理的破壊を提案します。エヴァでMAGIを破壊すれば、使徒を殲滅(せんめつ)できるかと」

「無理よ。MAGIを捨てることは、本部の放棄と同じことなのよ」

 ミサトの提案に、リツコが反対意見を述べた。

「作戦部から、正式に要請しても?」

「ええ、これは技術部が解決すべき問題だわ」

 リツコが、ゲンドウの方を振り向いた。

「技術部から提案です。この使徒が進化を続けるのであれば、それを逆手にとって倒します」

「……進化の終着地点は、自滅。死そのものということか」

 ゲンドウの言葉に、冬月がうなづいた。

「こちらから進化を促進させるのだな。でも、どうやるのだ?」

「使徒がMAGIを狙っているのであれば、カスパーから逆ハックをかけて、自滅促進プログラムを
 送り込むことができます」

「カスパーが速いか、使徒が速いか……勝負だな」




 その頃シンジたちは、シミュレーションプラグに入ったまま、地底湖の上にプカプカと浮いていた。

「いったい、何がどうなっているんでしょう?」

(警報が鳴ってたよな。おそらく、使徒だ)

「でも、エヴァに乗らなくて大丈夫でしょうか?」

(そうだよなあ。でも、誰も迎えに来ないのは、どうしてだろう)

「どうしてでしょうね」

 横島とシンジは、しばらく考え込んだ。

(やっぱ、外の様子がわからないと、どうにもならないな)

「そうですね」

(よし、決めた! 外にでよう)

「えっ……で、でも、湖の上ですし……それに裸ですよ!?」

 泳げないし、裸で外に出ることを恥ずかしく思ったシンジは、横島の意見に抵抗する。

(泳ぐときは、俺に替わればいいさ。それに、こんなところに誰がいるんだよ)

 たしかに地底湖はもちろん、ジオフロント自体に人の姿はほとんど見られない。
 ちなみに横島は、裸に対する抵抗心はあまりなかった。

「やっぱり、恥ずかしいです……」

(ぐだぐだ言うな。替わるぞ)

 横島は強引にシンジと入れ替わると、ハッチを開けて外に出た。
 そして肺の中のLCLを吐き出すと(ちなみに横島は、これがかなり苦手である)、湖に飛び込んで岸まで泳いだ。

「うーっ、さぶさぶ」

 股間を片手で隠しながら、横島は(体はシンジだが)岸に上がった。

(これからどうするんです?)

「とりあえず、ヒャクメと連絡を取る。通信鬼!」

 横島の手の上に、通信鬼が現れた。

(この生き物は、何ですか?)

「通信鬼って言うんだ。別の通信鬼をもつ相手と会話できる。
 携帯と違って圏外は無いし、盗聴の心配もないから便利だぜ」

 横島は、通信鬼でヒャクメを呼び出した。

「ヒャクメ、状況はどうなっているんだ!?」

「大変! 今、使徒が攻めてきてるわ!」

「やっぱりそうか」

「でも、今がチャンスなのよ。それで横島さんには、急いでこっちに来て欲しいのねー」

「チャンスって、何がチャンスなんだ?」

「それは、こっちに来てから説明するわ」

「俺、いま裸なんだ。悪いけど、何か着替えを用意してくれ」

 横島はヒャクメから落ち合う場所を聞くと、文珠で姿を消してから、ネルフ本部に向かって駆け出した。







 ネルフ本部に入った横島は、姿を消したままヒャクメと待ち合わせしている部屋に向かった。
 誰もいないのに、幾つかのドアが勝手に開いたり閉じたりしていたが、本部は使徒侵入で大混乱していたため、誰も気づかなかった。

「ヒャクメ」

 ヒャクメが待っていたのは、折りたたみ机が幾つかあるだけの、殺風景な部屋だった。
 ヒャクメは姿を消していた横島の方を振り向くと、ニヤッと笑って、男性用のオペレータ服を渡した。

「シンジ君って体つきも華奢(きゃしゃ)で、けっこう可愛いのねー」

 姿を消しているにも関わらず、ヒャクメの目にはシンジの体が見えているらしい。

(わっ、わわわわっ!)

 シンジはひどく恥ずかしがったが、横島が表に出ているため、どうにもできない。

「バカなこと言ってないで、少し後ろ向けよ。これから着替えるんだから」

 ヒャクメが後ろを向いている間に、横島は急いでズボンをはき、シャツと上着を着た。
 その間に文珠の効果が切れて、姿が見えるようになった。




「それで、使徒は今どうなっているんだ」

 ヒャクメが、状況をかいつまんで説明した。

「ふーーん。使徒がMAGIの中に入ったのか。それじゃあ、エヴァじゃどうしようもないよな。
 リツコさんに任せるしかないか」

「でも、今がMAGIを調べる、絶好のチャンスなのねー」

「MAGIは、ヒャクメが調べるんじゃなかったっけ?」

 横島が、きょとんとした顔をした。

「それが、霊波を出してMAGIに侵入しようとしたら、悪霊に邪魔されたのよ」

「悪霊って、まさか!?」

「それがいたのよ。それも、とびきり強力なのが!」

「MAGIに悪霊か……そいつの正体はわかるか?」

「ええ。一度接触して、だいたいわかったわ。あの悪霊の正体は、赤木ナオコさん。
 MAGIシステムの開発者で……そして、リツコさんのお母さんだわ」

 その言葉を聞いた横島は、ひどく(おどろ)いた。

「なんだって! 何でそんな所に、リツコさんのお母さんが!?」

「理由はまだわからないわ。けれども、私はナオコさんに妨害されて、MAGIに入れなかった。
 しばらく様子を見るつもりだったけど、使徒に侵入されてMAGIが弱っている今が、絶好の
 チャンスなのよ」

「これから、MAGIに忍び込もうっていうのか。それじゃあ、俺やシンジを呼んだ理由は?」

「使徒から、私を守って欲しいのねー」

 ヒャクメが、横島の顔(実際はシンジのだが)を見て、ニコッと微笑んだ。

「わかった。一緒に行くよ」

 女性からの頼まれごとを、ほどんと断ったことがないのは、横島の美点かもしれない。
 もっとも、不純な動機が混ざることも、時折あったが。




 ヒャクメは机の上でノートパソコンを広げると、壁際のジャックにLANケーブルを差し込んだ。
 そして、ノートパソコンと線でつながっている吸盤のような物を、横島の額に貼り付ける。

(あの、これからどうなるんです?)

「さっき話したとおり、MAGIに侵入するんだ。電脳空間を伝ってな」

(僕はどうなるんでしょう?)

「当然、シンジも一緒に行くぞ」

(えええっ!)

「それじゃあ、出発するのねー」

 ヒャクメが、ノートパソコンのキーをポンと押した。
 次の瞬間、シンジは吸盤の中に吸い込まれ、そのままどこかに向かって押し出されていった。




 気がつくと、シンジは巨大な通路の中にいた。
 それも、地面の上ではなく、空中にふわふわと浮いている。

 シンジは周囲を見回した。
 通路はトンネルを上下に張り合わせたように、円筒状になっていた。
 灰色の通路の壁は、ずっとまっすぐ続いていて、出口は見えなかった。
 ふと背後を振り向くと、横島とヒャクメの姿が見つかり、シンジは一安心した。

「ここはどこです?」

「電脳空間の中さ。ヒャクメの力で、コンピュータネットワークの中に、魂で入り込んだんだな。
 ところで、いつまで裸でいるんだ?」

 シンジが自分の体を見ると、衣服を何も着ていなかった。
 (あわ)てたシンジは、両手で股間を隠す。
 その様子を見ていた横島が、大声で笑った。

「よ、横島さん! 何か着るものを貸してください!」

「心配するなって。何でもいいから、服を着たイメージをするんだ」

 シンジがイメージすると、いつのまにかワイシャツと学生ズボンを身につけていた。

「あっ!? すごいですね」

「けっこう便利なもんだろ」

 横島は向こうの事務所にいるときのように、ジャンバーにジーパン姿であったし、ヒャクメもネルフの女性オペレーターの制服ではなく、妙神山で会ったときと同じ、ピッタリと体にフィットしたうろこ状の紋様の服を着ていた。

「それじゃあ、行くぞ」

「でも、どうやって移動するんです?」

「空中を移動するイメージを、思い浮かべればいいんだ」

 シンジがイメージすると、宙に浮いたまま体が前後に移動する。
 横島とヒャクメが移動を開始したので、シンジは二人の後を追っていった。




 しばらく通路を進んで行くと、また別の通路と合流していた。
 分岐点が何箇所かあったが、先頭を進んでいたヒャクメは、迷わずに分岐した通路の一つを選んで進んでいく。
 やがて、大きなゲートを通過すると、シンジたちは巨大な空間へと出た。

「ここは、どこなんですか?」

「さっきまではネットワークの中を進んでいたけど、ここはもうMAGIの中よ」

 その空間はとても広かったが、大部分は薄いピンク色をした(かすみ)のようなもので、埋め尽くされていた。
 また、周囲の壁の所々に、シンジたちがくぐってきたのと同じゲートが幾つもあった。
 そのゲートの一つから、赤く点滅した群体がこの空間内に侵入し、ピンク色の(かすみ)に襲いかかっていた。

「あのピンク色をした(かすみ)のようなものが、MAGIにいた赤木ナオコさんの霊よ。
 もう、ほとんど悪霊になっちゃってるけど。
 それから、赤く点滅しているのが、使徒なのねー」

 ヒャクメが今の電脳空間の状況を、横島とシンジに説明した。

「それで、俺たちは何をするんだ?」

 横島が、ヒャクメに(たず)ねた。

「今の状態なら、攻撃されずに赤木ナオコさんの霊に接触できるわ。
 霊に接触したら、相手の真相意識にアクセスして、今後私たちを排除しないように暗示をかける
 けど、ただ、それには少し時間がかかるから、それまで使徒の攻撃から私を守って欲しいのね」

「いっそのこと、先に使徒を倒しちまった方がいいんじゃないのか?」

「それはダメなのねー。先に使徒をやっつちゃうと、霊の意識がこちらに向いて、接触するのが
 難しくなるのよ」

「でも、使徒はどうする?」

「今、リツコさんが、使徒殲滅(せんめつ)のプログラムを作っているわ」

「あの、僕はどうしたらいいんでしょうか?」

 エヴァも除霊道具も無く、丸腰だったシンジは途方に暮れた表情をしていた。

「心配するな。ほれ」

 横島は文珠でパレットガンそっくりの銃を作ると、それをシンジに投げ渡した。

「使い方はパレットガンと同じだ。ただ、弾丸の代わりに、霊力が発射されるからな」

 シンジが銃を構えて引き金を引くと、霊力でできた弾が銃口から飛び出した。

「準備はいいな。よし、行くぞ!」







 リツコとマヤとミサトは、唯一使徒の侵入を免れたカスパーのある場所に向かった。
 その場所に着くと、リツコは床にある(ふた)を開けて、ロックを解除する。
 すると、カスパーのカバーが外れて、中の構造がむき出しになった。
 三人がカスパーの内部を(のぞ)き込むと、中にMAGIの裏コードが書かれたメモが、びっしりと内部の壁に貼り付けられていた。

「これなら、意外と速くプログラミングできますね、先輩!」

 マヤの言葉を聞いたリツコが、ポツリとつぶやいた。

「ありがとう、母さん。これで確実に間に合うわ」




 リツコとマヤの作業が始まった。
 マヤは、カスパーの内部から出したケーブルに、ノートパソコンを接続してプログラミングをする。
 一方リツコは、MAGIの内部に入り、MAGIに直接ノートパソコンを接続した。

「……なんか、大学の頃を思い出すわねえ」

 ミサトは二人の作業を見守っていた。
 リツコたちの作業の邪魔にならないよう、注意しながら話しかける。

「そう?」

「あのさ……少しは教えてよ。MAGIのこと」

「長い話よ。そして、その割には面白くない話。人格移植OSって知ってる?」

「ええ。たしか……第七世代の有機コンピュータに、個人の人格を移植して思考させるシステム」

「母さんが開発した技術なのよ」

 キーボードを叩きながら、リツコが答えた。

「じゃあ、お母さんの人格を移植したの?」

「そう」

「それで、MAGIを守りたかったんだ」

「違うと思うわ。母さんのこと、そんなに好きじゃなかったから。科学者としての判断ね」




 その頃、電脳空間の中では、横島とシンジとヒャクメの三人が、カスパーの中心部に向かって前進していた。
 三人は、横島を先頭にして、ヒャクメ、シンジの順番で並んで進んでいく。
 その三人を使徒の群れが発見し、次々に横島たちに(おそ)いかかってきた。

 タン!

 シンジは、文珠で作った銃を使徒に向けると、引き金を引いた。
 霊力でできた弾丸が使徒に向かって発射されたが、命中する寸前でATフィールドによって(さえぎ)られてしまう。

「攻撃が効かない……!?」

 国連軍や兵装ビルの攻撃が使徒にまったく効かなかった様子を、シンジは今までに何度も目にしてきたが、いざ自分がその立場に立ってみると、ATフィールドがどれだけ脅威(きょうい)なのかを強く実感した。
 シンジは、エヴァに乗っていない自分が、無力であることを痛感する。

「シンジ! ATフィールドを(おそ)れるな!」

 横島は両手にサイキック・ソーサーを作ると、近づいてきた使徒に向かって投げつけた。
 一つ目のサイキック・ソーサーがATフィールドを消滅させると、二つ目のサイキック・ソーサーが命中して使徒を破壊する。

「霊力で、ATフィールドは突破できる! 連続して攻撃するんだ!」

 シンジは銃を構えると、三発の弾を放った。
 二発の弾がATフィールドに当たって、フィールドを消滅させる。
 残りの一発が使徒に命中し、相手を倒した。

「その調子だ。頑張れ!」

「はいっ!」

 横島とシンジは、次々に接近してくる使徒の群れを迎撃し、殲滅(せんめつ)していった。




 発令所では、皆の視線がMAGIのモニターに集まっていた。

「バルタザールが乗っ取られました!」

 モニター内のバルタザールを示す表示が、すべて赤く染まっていた。

『人工知能により、自爆決議が決議されました』

 MAGIによる合成音声が、ネルフ本部内に響き渡った。

『自爆装置は、三者一致の二秒後に起動します。
 自爆範囲はジオイド深度マイナス280、マイナス240、ゼロフロアーです。
 特例582発動下のため、人工知能以外によるキャンセルはできません』

 さらに使徒は、バルタザールからカスパーに侵入を始めた。

「なんて速度なんだ!」

 今まで水色だったカスパーの表示が、みるみるうちに赤色に変わっていった。




 電脳空間の中では、横島たち三人がカスパーの中心部に到達していた。
 赤木ナオコの霊に接触したヒャクメが、両手を前に伸ばして霊波を出し、霊の深層意識にアクセスする。
 ヒャクメを守っていた横島とシンジは、近づいてくる使徒を片端から攻撃していた。

「ヒャクメ! あとどれくらいかかるんだ?」

 横島が霊波刀で、何十匹目かになる使徒を斬って捨てた。

「このままじゃMAGIの方が持たないぞ!?」

 侵入してくる使徒は、どんどんと数を増やしていた。
 広かったこの電脳空間も、今は半分以上が使徒で占められている。

「ヒャクメさん!」

 ズダダダダッ!

 横島の(すき)をついてヒャクメに近づこうとした使徒を、シンジが銃で撃った。
 霊力でできた弾を食らった使徒は、その場で四散してしまう。
 シンジも、横島ほどの数ではないものの、かなりの数の使徒を倒していた。

 だが、横島やシンジの懸命の努力にも関わらず、使徒の群れはますます数が増えていた。
 そして、この空間を占めていた赤木ナオコの霊を攻撃し、その領域を(うば)いつつあった。

「横島さん!」

 ヒャクメが、横島を呼んだ。

「使徒に攻撃されて、霊の力が弱まっているわ!
 一気に勝負をつけるから、十秒だけ使徒の侵攻を食い止めて!」

「わかった!」

 横島は『護』の文珠を生成すると、自分たちを中心として、大きな結界を張った。




『自爆装置作動まで、あと10秒』

 合成音声が、自爆までの時間を告げた。

「リツコ急いで!」

 ミサトが(あせ)りの声をあげる。

「まだ余裕があるわ」

「でも……」

 その時、自爆のカウントダウンが突然停止した。
 MAGIのモニターを見ていたマヤが、カスパーに異常が発生したことに気がつく。

「先輩! 使徒の侵入が、突然止まりました!」

「これで、もう大丈夫ね。マヤ、準備はいい?」

「はいっ!」

「キーを押して」

 マヤがノートパソコンのEnterキーを押した。




 横島は文珠の結界で、使徒の侵入を防いだ。
 しかし使徒からの圧力が強く、10秒以上はとても持ち(こた)えられそうにない。

「ヒャクメ!」

 ヒャクメは伸ばしていた手を下ろすと、横島の方を振り向いた。

「終わったのねー」

 その時、結界の中に侵入しようとする使徒の圧力が、突然(ゆる)んだ。
 横島が結界の外に目を向けると、赤く点滅していた(おびただ)しい使徒の群れが、急速にその数を減らしていく。

「リツコさんのプログラムが、間に合ったみたい」

「よし。それじゃあ、俺たちも引き上げようか」

 シンジは突っ立ったまま、使徒が次々に死んでいく様子を(なが)めていた。
 横島はシンジに声をかけると、三人(そろ)ってMAGIの中から退去した。




「もう歳かしらね。徹夜が(こた)えるわ」

「お疲れさま」

 ぐったりとした様子でパイプ椅子に腰掛けていたリツコに、ミサトがコーヒーの入ったマグカップを渡した。
 リツコはそのマグカップを受け取ると、コーヒーを一口飲んだ。

「ミサトの()れたコーヒーをこんなにおいしいと思ったのは、これが始めてだわ」

「なによぉ、失礼な言い草ね」

 リツコは、もう一口コーヒーを飲んだ後、MAGIについて語り始めた。

「死ぬ前の晩に、母さんが言ってたわ。MAGIは三人の自分なんだって。
 科学者としての自分、母としての自分、女としての自分……その三人がせめぎあっているのが、
 MAGIなのよ。人の持つジレンマを、わざと残したのね」

 リツコは、いつものようなもったいぶった話し方ではなく、しみじみとした口調で言葉をつないだ。

「私は母親にはなれそうにないから、母としての母さんはわからないわ。
 科学者としてのあの人は、尊敬もしていた。でもね、女としては、(にく)んでさえいたのよ」

「リツコ……」

 ミサトは、いつもと違う親友の様子に戸惑(とまど)いを感じたが、ときどき相槌(あいづち)を入れながら彼女の話に耳を(かたむ)けた。

「カスパーにはね、女としてのパターンがインプットされていたの。
 最後まで、女でいることを守ったのね」

 そう語るリツコの表情は、ひどく切なさを感じさせるものであった。




「シンジ、遅い!」

「ご、ごめん」

 シンジは、二人分の着替えの服をもって、地底湖に戻った。
 すっかり待ちくたびれていたアスカは、八つ当たりの言葉をシンジに浴びせる。

「碇君は、何も悪くないと思うわ」

 そこに、二人の様子を見ていたレイが、口を挟んできた。

「ハン! 優等生はこれだから……」

 アスカはレイに言い返したが、自分が言い過ぎたことに気がつくと、そこで口をつぐんだ。
 アスカはちょっと気まずい思いをしながら、シンジは少しビクビクしながら、レイはいつもの表情でネルフの本部に戻っていった。




【あとがき】
 バトルと最後のシーンが少し物足りなかったので、速報版から加筆しています。
 これで第八話は終了で、次話はレリエル戦になります。


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