交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第九話 −死に至る病、そして− (01)




「気が十分に練れたら、手のひらを上にして、そこに気が集まるようにイメージするんだ」

 妙神山の建物の一室に、シンジと横島と小竜姫の姿があった。
 椅子に座って目を(つむ)りながら集中しているシンジに、横島が指示をする。

「そう、その調子よ。そのまま集中を続けて、シンジ君」

 横島の隣にいた小竜姫が、シンジに(はげ)ましの声をかけた。

「なんか、手のひらが熱いんですけど」

「よし。次は集まった気が、小さな盾になるようにイメージするんだ」

「はいっ」

 シンジの手のひらの上に霊気が現れ、やがてそれが菱形(ひしがた)の形状に変化した。

「よし、できた!」

「やりましたね、シンジ君」

 シンジはついに、自力でサイキック・ソーサーを作ることに成功した。

「これが、サイキック・ソーサーですか……」

 シンジは神妙な表情で、自分の右手にあるサイキック・ソーサーを見つめた。
 横島が使っているのを今までに何度も見てきたが、同じ物が自分の手にあることに強い感慨(かんがい)を覚えた。

「これって、横島さんのと同じ効果があるんですか?」

「そうだ。今シンジが作ったサイキック・ソーサーでも、銃弾くらいは防ぐことができるし、
 雑魚の悪霊なら一発で倒すことができる。試しに、そこの的に向かって投げてみろよ」

 シンジは部屋の壁際にある、射的用の的に向かって、サイキック・ソーサーを投げつけた。
 シンジが投げたサイキック・ソーサーは、的に命中すると、そこで大きく爆発する。

「けっこう、すごい威力だろ?」

 自分の出したサイキック・ソーサーの威力に(おどろ)いたシンジは、黙ってコクコクとうなずいた。

「シンジ君の霊能力は、横島さんにかなり近いですね」

「霊能力の種類は、人によって違うんですか?」

 シンジが、小竜姫に質問をする。

「霊能力の発露には、個人差があるんですよ。
 道具を使うのが上手な人もいれば、式神を(たく)みに操る人、霊波刀など霊力を具現化する人など、
 さまざまです。しかし、師弟の間では、似たような能力をもつことが多いですね」

「そうなんですか」

 小竜姫から丁寧(ていねい)な説明を聞き、シンジは納得した表情を見せていた。

「シンジはたぶん、霊波刀までは使いこなせるようになると思いますよ。
 それに、ひょっとしたら……」

「ひょっとしたら?」

 横島が言いかけた言葉を、小竜姫が問い返す。

「いえ、何でもないです。まだ、確証が持てないんで」

「そうですか。何かわかったら、私にも話してくださいね」

 にっこりと微笑(ほほえ)む小竜姫に、横島はあいまいな笑顔で(こた)えた。




 翌日、シンジとレイとアスカは、ネルフ本部でいつものシンクロテストを受けていた。

「どお、シンジ君の調子は?」

 ミサトが、制御室のオペレーター席に座っていたマヤに声をかける。

「見ていてください」

 モニターに複雑なグラフが、次々と表示された。

「へぇ……すごいじゃない、シンジ君。これが自信につながるといいんだけどね」

「ミサトさん。どうでした、今の結果?」

 通信用のモニターの向こうから、シンジがミサトに尋ねた。

「は〜い♪ ゆ〜あ〜なんば〜わ〜〜ん!」

 ミサトがシンジに向かって、グッと親指をたてる。
 それを見たシンジの表情が、パアッと明るくなった。




 テストが終わったあと、レイとアスカは女性用の更衣室に移動し、プラグスーツを脱いで自分たちの制服に着替えた。

「参ったわねー。あっさり抜かれちゃったじゃない。正直、ちょっと悔しいわね」

 アスカは着替えながら、一人でブツブツとつぶやいていた。
 一方レイは、ただ黙々と着替えている。

「すごい! 素晴らしいっ! 強すぎるわ! あぁ、無敵のシンジ様!」

 アスカはおどけた表情をしながら、心にも無い()め言葉を並べた。

「お先に」

 先に着替え終わったレイは、さっさと部屋を出て行く。

 ガン!

 更衣室に残ったアスカは、レイがドアを閉じるやいなや、力まかせにロッカーを(なぐ)りつけた。




 シンジは、レイやアスカたちより一足早くネルフを出ていた。
 シンジは、家に向かうバスの最後尾の席に座ると、右手を開いてじっと見つめた。

(昨日、はじめて出来たんだよな……サイキックソーサーが)

 シンジはバスの運転手や他の乗客に見えないように、右手を座席の後ろに隠すと、ぎゅっと霊力を集めた。
 右手の手のひらが一瞬発光し、そこに小さなサイキックソーサーが出現する。

(できた!)

 シンジはサイキックソーサーができたことを確認すると、気を散じてそれを消した。

(そして、今日は……)

 シンジは始めて、通常のシンクロテストでトップの成績を出した。
 記録では、戦闘中のシンクロでアスカを抜いたことになっているが、それは横島がしたことなので、シンジは自分には関係ないことだと思っていた。
 ところが、今日シンジは、自分の力でアスカを抜き、三人のチルドレンの中でトップに立ったのである。
 知らず知らずのうちに、シンジの心の中から嬉しさがこみ上げてきた。

「よしっ!」

 シンジは、右手をギュッと(にぎ)り締める。
 その時、バスの前方の席に座っていた二人の子供の乗客が、シンジの声を聞いて後ろを振り向き、クスクスと笑った。
 それに気がついたシンジは恥ずかしさを感じ、子供たちから視線を外して顔をうつむかせた。







 仕事を終えたヒャクメは、ネルフ本部を出ると、横島との待ち合わせに使っている喫茶店に向かった。

「よっ、お疲れ」

「お疲れさんなのね〜〜」

 ヒャクメは横島の向かいの席に座ると、ミルクティーとショートケーキのセットを注文する。

「それで、何かわかったことは?」

「バッチリなのね〜〜。でも、ここでは話せないから、後にしましょうか」




 横島とヒャクメは、喫茶店で軽く食事を済ますと、店を出て近くの駐車場に停めてあったヒャクメの車に乗り込んだ。

「いつの間に車なんて買ったんだ?」

「つい、この前。移動するのに便利だし、中古で安かったから買っちゃったのよ」

 こっちでは気軽に空も飛べないしねーと、ヒャクメが付け加えた。

「あれから、MAGIは大丈夫か?」

 ヒャクメは車を郊外に向けて走らると、第三新東京市をぐるっと回る環状道路に入る。

「霊的障害が無くなってから、MAGIへのアクセスが問題なくできるようになったのね。
 今、いろいろなデータをダウンロードして、調べているところなんだけど」

 ヒャクメは、バックの中から一冊のバインダーを取り出すと、それを横島に渡した。

「これは?」

「初号機のシンクロテストの結果報告書。ただし、実施されたのは2004年よ」

 ヒャクメの話しぶりから、いつもの軽さがなくなり、真剣な口調となっていた。

「どれどれ……えっ!? 被験者って、まさか……」

 報告書の被験者の欄に目をとめた横島は、驚きのあまりシートから上半身を起こした。

「そう、碇ユイさん。シンジ君のお母さんね」

 横島は、むさぼるようにして、その報告書の内容に目を通す。

「実験中にシンクロ異常が発生。そして被験者消失か」

「横島さんがエヴァと始めてシンクロした時に、ユイさんと会ったのはそれが原因ね。
 体が消失しても、霊魂がエヴァの中に(とど)まり続けたんだわ」

「そういや、ユイさんと会ったときに、ずっと眠り続けたみたいなことを言ってたな」

「次に、これを読んでみて」

 横島は『エヴァンゲリオンのシンクロシステム確立とパイロットの選定方法について』というタイトルのレポートを、ヒャクメから受け取った。

「『……以上の実験結果により、パーソナルパターンの近似したパイロットほど、エヴァンゲリオン
 とのシンクロ率が向上することが判明した。よって、パイロットに適した人物は被験者の近親者、
 できれば被験者の子供であることが、最も望ましいと推察される』って、何だこの内容は!」

 横島は思わず、手にしていたレポートに向かって怒鳴(どな)ってしまった。

「ってことは、エヴァは母親を人柱にした上で、息子をパイロットに指名するシロモノなのか!?」

「ずばり、そういうことなのね」

 横島は助手席のシートを後ろに倒すと、そこにドサッと体を落とした。

(まい)ったな、こりゃ。
 探れば何か出てくるだろうとは思ってたけど、いきなりこんなもんが出てくるとはな」

「頭が痛いのは、私も同じなのね。久しぶりに、人間の(みにく)いところを見せつけられた気がするのね」

「たぶん、他のパイロットも同じなんだろうな。
 アスカはドイツに家族がいるはずだけど、レイちゃんは……」

「そっちも、調べてみるわ」

「頼むよ、ヒャクメ。特にレイちゃんは、公開された情報がほとんど無いんだ。念入りに頼むな」

「了解なのね、横島さん」




 翌日の学校の昼休みにシンジは、学級委員長のヒカリに呼び止められた。

「碇君。今日の放課後、時間ある?」

「うん、大丈夫だけど」

「綾波さんの家に、学校のプリントを届けて欲しいの。綾波さん、今日学校休んでるでしょう?」

 シンジはヒカリの依頼を二つ返事で引き受けると、学校の授業が終わるとすぐに、レイのマンションへと向かった。
 レイのマンションに行く道の途中でシンジは、花屋に寄って鉢植(はちうえ)の観葉植物を購入する。

「綾波、いる?」

 シンジはレイの部屋のドアを、強くノックした。
 しばらく待っても返事がなかったので、シンジはそっとドアを開け部屋の中に入った。

「綾波?」

 部屋の中は無人であった。
 以前の失敗を思い出したシンジは、念のため浴室のドアにも耳をあてるが、何の物音も聞こえてこなかった。

「いないのか。ネルフに出かけてるのかな?」

 シンジは今日ネルフに行く予定はなかったので、おそらくレイ個人の用事であろう。
 そう結論づけると、シンジは部屋でレイの帰りを待つことにした。

 シンジは持ってきたビニール袋を開いて、観葉植物の(はち)を取り出した。
 そしてプラスチック製の皿を台所の隅に置くと、その上に(はち)を載せて、その底面がつかるまで皿に水を注ぎ込む。
 相変わらずの殺風景な部屋だったが、鉢植(はちうえ)の植物を置くことで、わずかではあるが部屋に生気が感じられるようになった。

「これでよしと」

 シンジは部屋の中をぐるりと見回した。
 余計な物が何もない部屋だったが、よく見ると部屋の隅には綿ごみや紙くずなどが散乱していた。
 シンジは一瞬、レイもミサトやアスカと同じ、家事不能人間ではないかという疑いを持ってしまう。
 だがレイは、実験や検査などの予定が、シンジやアスカより頻繁(ひんぱん)に入っていたので、忙しくて部屋の掃除まで手が回らないだけかもしれないと、シンジは思い直した。

「しょうがないなー。綾波も」

 シンジはビニール袋を片手にもつと、部屋の(すみ)に散らばっている綿ごみや紙くずを拾い集めた。
 次にシンクの下を開けて雑巾を見つけると、それを水で濡らして床を()き始める。
 ちょうどベッドのある部屋から玄関まで()き終わったところで、レイが帰宅した。

「あ、お帰り。綾波」

 レイは玄関に立ったまま、四つん()いになって床を()いていたシンジを見つめていた。
 自分の部屋にシンジがいることに驚いたのか、きょとんとした表情をしている。

「委員長に頼まれて、学校のプリントを届けにきたんだ。
 ちょっと部屋を掃除したけど、部屋にあったものには特に手を触れていないから」

「あ、ありがとう……」

 レイの(くちびる)から、お礼の言葉が自然に出てきた。
 次の瞬間、レイの(ほほ)がサッと紅く染まる。

「それから、邪魔になるかもしれないと思ったけど、観葉植物をもってきたんだ。
 部屋の(かざ)りになると思って。
 世話はときどき水をあげるだけでいいから、そんなに手間はかからないと思うよ」

 シンジは自分のかばんからプリントを取り出してレイに渡すと、「それじゃ」と言い残してレイの部屋を出て行った。
 部屋に残ったレイは、プリントを自分のかばんにしまうと、制服を着たままベッドの上でうつ伏せになる。

「ありがとう……感謝の言葉、はじめての言葉。あの人にも言ったことがないのに」

 レイはベッドから起き上がると、両手で自分の胸をキュッと抑えた。



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