交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十話 −四人目の適格者− (05)




 昼食を食べたあと、シンジが屋上でケンスケと駄弁(だべ)っていたとき、突然シンジの携帯が鳴った。

「はい、シンジです」

「シンジ君! 今すぐレイとアスカと一緒に本部に来て! 大変な事が起こったの!」

 電話をかけてきたのは、オペレーターのマヤだった。

松代(まつしろ)で事故ですって! それじゃ、ミサトさんは!?」

「まだ連絡が取れていないわ。とにかくすぐに来て!」

「リツコさんも?」

「ええ。事故現場に、未確認移動物体を発見したの。おそらく、使徒よ!」

 携帯電話を握るシンジの手のひらに、冷や汗が浮かんでいた。




 松代での事故の報告が入って間もなく、ゲンドウと冬月が発令所に姿を現した。

「爆発事故の被害状況は?」

「不明です」

「救助および第三部隊をただちに派遣。戦自が介入する前に、すべて処理しろ!」

 副指令の冬月が、オペレーターたちに次々に指令を出す。

「未確認移動物体は?」

「本部に向い、接近中です」

「パターンオレンジ。使徒とは確認できません」

 オペレーターの青葉と日向が、ゲンドウと冬月に報告を上げた。

「第一種戦闘配置」

 ゲンドウの指示を、オペレーターたちがネルフ本部全体にすぐさま伝える。

『総員、第一種戦闘配置』

『対地戦用意!』

『エヴァ、全機発進!』

 本部に緊急招集されたシンジたちは、すぐさまプラグスーツに着替えて、エントリープラグに入った。
 エヴァはカタパルトで射出されると、地上ではなくリニアレールの路線に向かい、そこでリニアレールの台車に搭載(とうさい)される。

『至急リニアレールR132に連絡!』

『迎撃地点に、全機緊急配置!』

 エヴァを()せたリニアレールが、第三新東京市から長野方面に向かって走り出した。




 美神除霊事務所の一行は、旅館で豪勢な昼食を食べたあと、もう一風呂楽しんでから旅館を後にした。
 帰りはドライブも兼ねて佐久から山梨方面に向かっていたが、山梨との県境の少し手前で渋滞(じゅうたい)に捕まってしまう。

「あれ? こんなところで渋滞??」

 街中でもないのに、渋滞で車の流れが止まっていた。

「事故か何かあったのかしら」

「ところで、ここどこですか?」

 後部座席に座っていたおキヌが、今いる場所を(たず)ねる。

「ちょっと待って……えーと、野辺山(のべやま)ね。近くに電波天文台がある場所よ」

 美神はカーナビの画面を操作して、おキヌの質問に答えた。

「野辺山ですか。とてもすてきな場所ですね」

 森と畑が延々と広がり、はるかかなたに八ヶ岳を望む野辺山の地は、ここが日本であることを忘れさせるような素晴らしい風景だった。

「どうしたんですか、横島さん」

 助手席でボーッとしていた横島に、おキヌが声をかけた。

「いや。シンジは今頃どうしてるのかなって、ちょっと気になってさ」

 横島は助手席でくつろぎながら、遠くに広がる山並みにじっと見つめていた。




『野辺山付近で映像を捉えました。主モニターに回します!』

 JR小海線(こうみせん)の線路に沿って姿を現したのは、松代で起動実験を行っていたはずのエヴァ三号機だった。

「こ……これは、エヴァ!?」

 青葉やマヤの視線が、モニターに釘付けとなる。

「やはり、これか」

 発令所の司令席の隣に立っていた冬月が、重々しくうなずいた。

「緊急活動停止信号を発信! エントリープラグを強制射出!」

 ゲンドウの指示に従い、オペレーターたちが操作を行う。
 エントリープラグのカバーが外れて、エントリープラグが射出されようとするが、使徒のものと思われる菌糸状の(あみ)(はば)まれ、プラグは射出されなかった。

「ダメです! 停止信号およびプラグ排出コード、認識されません!」

「パイロットは?」

「呼吸・心拍(しんぱく)ともに反応はありますが、おそらく……」

 ゲンドウは両手を組んだ姿勢で考え込んだが、すぐに決断を下した。

「エヴァンゲリオン三号機は、現時刻をもって廃棄。目標を第十三使徒と識別する」

「し、しかし!」

 思いもよらないゲンドウの指示に、オペレーターたちの視線が一斉に司令席へと集まる。

「予定通り野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ!」




 初号機に乗って野辺山まで運ばれたシンジは、リニアレールを降りると、一足先に配置されていた電源車に初号機のアンビリカルケーブルを接続した。

(大丈夫かな、父さん……)

 ミサトと連絡が取れないため、現在はゲンドウが直接、使徒戦の指揮を執っていた。
 互いに連携が取れないほど、広い範囲にエヴァを分散させるゲンドウの作戦に、シンジは不安を隠せなかった。

(こんなバラバラな配置、ミサトさんなら絶対にしないだろうな)

 空中から落下してきた第十使徒戦を除き、ミサトは常にエヴァを集中運用していた。

「単独行動すると、各個撃破される恐れがあるからな」

 美神事務所での除霊でも、常にペアやチームを組んで行動していたが、その理由について質問したときの横島の答えがそれだった。
 また、個性豊かな能力をもつ事務所のメンバーは、単独で戦うよりも、チームを組んだ方が何倍もの力を発揮するという事情もあった。

『目標接近。全機、地上戦用意!』

 使徒接近の知らせに、シンジはグッと操縦桿(そうじゅうかん)を握り締める。
 だが、夕陽をバックに山間から現れたのは、黒い装甲をしたエヴァだった。

「目標ってこれなの!? これは……エヴァじゃないか!」

「シンジ、これはもうエヴァではない」

 オペレーターを介さず、無線を通じて直接ゲンドウが答えた。

「使徒だ」

 シンジは驚きのあまり、エントリープラグの中で目を大きく見開いた。

「そんな……使徒に乗っ取られるなんて」

 弐号機に乗っていたアスカも、やはり現在の状況に驚いていた。

「パイロット……パイロットは乗ってるのか、アスカ!?」

 弐号機は、最も使徒に近い場所に配置されていた。
 バズーカーを構えながら、建物の陰に隠れて使徒をやり過ごそうとしている。

「ここからじゃわからないわ。でも、乗ってたら何とかして助けなきゃ」

 ズンズンと平地を歩いていた使徒が、弐号機の目の前を通過しようとしたとき、突然立ち止まった。

(止まった!?)

 だが次の瞬間、弐号機に乗るアスカを強い衝撃が(おそ)った。

「キャアアアッ!」

 弐号機の操縦席を映していた映像が、突然砂にまみれた。
 同時にアスカの悲鳴が、初号機のスピーカーに流れる。

「アスカ!」

 シンジがアスカに呼びかけたが、アスカからの応答は無かった。

『エヴァ弐号機、完全に沈黙!』

『パイロットの心拍・呼吸を確認! 回収班向かいます』

『目標、零号機に向かって移動!』

 ゲンドウが、零号機に乗るレイに指示を出した。

「レイ。接近戦闘は避け、目標を足止めしろ」

「了解」

「聞いたな、シンジ。急げ」

「綾波っ!」

 初号機が、零号機のいる方角に向かって駆け出した。

「まだ撃つな! 僕が行くまで待ってくれ! エヴァ三号機には、トウジが乗っているんだ!」

(トウジ? 鈴原君が?)

 零号機の動きが、一瞬止まる。

「レイ、撃つんだ」

 零号機がパレット・ライフルを構えた。
 レイは照準の画像を拡大させて、エントリープラグが挿入されているか確認する。

(乗ってる。確かに乗っているわ)

 ズンという足音とともに、三号機が突然立ち止まった。
 そして上半身を前かがみにさせると、首を下に向けながら斜め後方にいる零号機をジロリと(にら)む。

 バッ!

 両手を地面につけた三号機が、手足をバネにして後方に跳躍(ちょうやく)した。
 三号機は空中でくるっと一回転すると、零号機に飛び掛って地面に押し倒す。

 ドロッ

 三号機の胴体から粘液(ねんえき)()み出てきた。
 その粘液は三号機の右腕をつたって、零号機の左腕に(したた)り落ちる。
 粘液の滴り落ちた箇所から葉脈のような筋が、ミシミシと音をたてて零号機の左腕に浮かび上がった。

「あっ……ああああっ!」

 零号機の左腕に広がった葉脈は、上腕部から肩に迫った。
 レイは左腕を押さえ、異物の侵入が引き起こす痛みに耐えている。

「零号機左腕に使徒侵入! 神経節が侵されていきます!」

「零号機、左腕部を切断!」

「しかし、神経接続を解除しないと」

 レイへのフィードバックを心配したマヤが、ゲンドウに再度確認を求めた。

「かまわん。切断だ」

 発令所からの操作で、零号機の左腕の付け根が爆破された。

「キャアアアアッ!」

 左腕がもぎ取られる痛みに、レイが悲鳴をあげた。

「綾波っ!」

 初号機の接近に気づいた三号機は、零号機から離れて初号機と向き合う。
 夕陽の光が、二体の巨人を真っ赤に染め上げていた。







「ちょっと、ヒャクメ。なにボーッとしてるのよ」

 ヒャクメはどこか遠くを見ているような視線で、ノートパソコンの画面と向き合っていたが、友人の鈴木カナミに話しかけられ、あわてて顔を上げた。

「な、何でもないのね〜〜」

「いくら、私たちに避難指示が出てないからって、緊張感なさすぎよ。
 発令所メンバーなんか、ものすごいピリピリしてるってのに」

 使徒が第三新東京市に近づいていないため、市民や非戦闘職員に対する避難指示は出ていなかった。
 しかし、第一種戦闘配置が発令されており、ネルフ本部は全体として緊張感に包まれている。

「今度はどこに現れたのかしら?」

「松代に出現して、現在こちらに向かっているわ。どうやら、野辺山で迎撃するみたい」

「よく知ってるわね」

「さっき、MAGIのぞいちゃった♪」

 てへへと笑うヒャクメを見て、カナミが(あき)れた顔をしていた。

「それって越権(えっけん)行為じゃないの!? ま、いいか。怒られるのはヒャクメなわけだし」

「いちおう、バレないようにはしてるのね〜〜」

「それにしても、ホントあの子たち大変よね。
 いくら、あんなすごいロボットに乗っていても、わけのわからない怪獣と戦わされてさ。
 14歳よ、14歳。まだ中学生だっての」

「私なんて今でも、戦えって言われたら、すぐに逃げ出しちゃうのね〜〜」

「誰もヒャクメになんか、期待してないっつーの。さて、私ももう一仕事、片付けるかな」

 カナミが席から離れた後、ヒャクメは自分にしか見えないノートパソコンの中の画面を見つめた。

(かなり、まずい状況ね。シンジ君、あなたに全てが掛かっているわよ)




『零号機、中破! パイロットは負傷!』

『回収班、急いで!』

 既に零号機のシンクロはカットされていたが、フィードバックの痛みが残り、レイは左肩を強く押さえていた。

「シンジ、聞こえるか。もう残っているのは、おまえだけだ」

 ゲンドウが、シンジに話しかけた。

「おまえが、使徒を倒せ」

 だがシンジは、三号機を攻撃することを(いま)だに躊躇(ちゅうちょ)していた。
 初号機の右手にもったパレット・ガンは、銃口が地面を向いたままである。

(どうする? どうしたら、トウジを助けられるんだ!?)

 三号機が、突然跳ね上がった。
 空中でクルリと一回転すると、足先を揃えて初号機をキックしようとする。

 ガッ!

 シンジはとっさに銃を投げ捨てると、両腕をクロスさせて、その飛び()りを受け止めた。
 初号機が受け止めた反動で、三号機は後ろに(はじ)かれたが、三号機は両手両足を使って地面に着地する。

(何とかして、三号機からプラグを抜き取るしかない!)

 シンジはそう決心すると、ジリジリと横へ動いた。
 一箇所に止まらずに、動いて敵の(すき)を見つけようとする。
 妙神山で組み手の稽古(けいこ)を積んだ成果が、今現れていた。

「トウジ! トウジ、答えてよ! 無事だったら返事をしてくれ! 何とかして助けるから!」

 四つんばいの姿勢でいた三号機が、右手をブンと大きく横に振った。
 三号機の右腕が、突然ゴムのように長く伸びて、初号機へと襲い掛かる。
 シンジは驚いたが、反射的に左腕を上げて、その攻撃を防いだ。
 三号機は伸びた右腕を戻すと、四つんばいの姿勢で初号機に飛び掛ったが、シンジは初号機を半身にさせて脇に動き、使徒の体当たりを避けた。

「シンジ、なぜ戦わない」

「僕にはできないよっ!」

「しかし、シンジ君。使徒を倒さねば、フォース・チルドレンも助けられないぞ」

 横から冬月が、会話に割り込んできた。

「友達が乗ってるんです! 先にトウジを助けないと!」

「おまえが死ぬかもしれんぞ、シンジ」

「友達を殺すよりはいいよ!」

 シンジのその言葉を聞いたゲンドウが、マヤに指示を出した。

「初号機とパイロットのシンクロを全面カット」

 マヤがゲンドウのいる司令席を見上げた。

「カット……ですか?」

「回路をダミーシステムに切り換えろ」

「しかし、ダミーシステムにはまだ問題が多く、赤木博士の指示がないと……」

「今のパイロットよりは役に立つ。やれ」




 初号機と使徒はにらみ合いを続けていたが、突然エントリープラグ内部のスクリーンに映っていた外部の映像が消えた。

「な、なんだ!?」

 それと同時にパイロット席の後方で、モーターのような物が回り始める。
 シンジは初号機とのシンクロが、完全にカットされたことに気づいた。




『信号受信を確認。管制システム切り換え完了』

『全神経、ダミーシステム直結完了』

『感情素子の32.8%が不明。モニターできません』

「かまわん。システム開放、攻撃開始!」

 初号機の両目が、カッと光を発する。
 初号機は前かがみの姿勢になると、両手を大きく上げながら、走って三号機との距離を詰めた。

 バコン!

 初号機が右腕で、思いきり三号機を(なぐ)った。
 その衝撃で、三号機が後方に弾き飛ばされる。
 初号機がすかさず駆け寄ったが、三号機が左腕を伸ばして足をなぎ払ったため、初号機は地面に尻餅(しりもち)をついた。

(どうなってんだ、これ。何もしていないのに、何で勝手に動くんだよ!)

 立ち上がった初号機に三号機が飛び掛かったが、初号機は三号機を受け止めると、そのまま三号機を投げ飛ばした。

「やめろおおおっ!」

 シンジがエントリープラグの中で、大声で叫んだ。

「くそっ、何でいうこと聞かないんだよ! 何をしたんだよ、父さん!」

「役立たずのパイロットは、(だま)って座ってろ」

「止まれっ! 止まってくれ!」

 シンジは両手の操縦桿を強く握り、ガチャガチャと激しく動かす。

(どうしたら、どうしたらいいんだよ! 助けて、横島さん!)




 渋滞待ちをしていた車の助手席で、突然横島がガクッと姿勢を(くず)した。

「どうしたの、横島クン?」

「いや、なんだか、急に眠気がおそってきて」

「眠かったら、寝てていいわよ」

「いえ、大丈夫です。まだ起きてます」




 フラフラと立ち上がった三号機を、初号機がすかさず殴りつけた。
 装甲板の一部が陥没(かんぼつ)し、そこから血がドバッと(あふ)れ出る。
 その映像を見たマヤは、口元を押さえてうっとうめいた。

「す、すごい……」

「これが……ダミープラグの力か」

 日向と青葉も、ダミープラグが動かす初号機の戦いぶりに、すっかり息を()んでいた。

 バゴン

 初号機が三号機の顔面を殴った。
 フラフラと後ろに下がったところで、今度は胴体を殴りつける。
 抵抗の意思は示すものの、既に三号機はサンドバッグ同然だった。

「止まれ! 止まれ、止まれ、止まれっ!」

 シンジは必死の形相(ぎょうそう)で、シンクロしない初号機を止めようとしていた。

「くそおおおっ! 父さん、やめて! やめてくれよ、こんなのっ!」

 シンジの泣き(さけ)ぶ声が聞こえているにも関わらず、ゲンドウは(まゆ)一つ動かさなかった。

「止まらない! 誰か、誰か僕を助けて!」

 そのときシンジの心に、誰かが(ささや)く声が聞こえた。

(信じるんだよ)

 突然聞こえてきた声に、シンジはハッとする。

(あきらめちゃダメだ。最後まで信じるんだよ)

(君は誰?)

(僕は君。もう一人の君自身さ)

 シンジの脳裏に、電車の向かい側の席に座っていた自分自身の姿が浮かび上がった。

(呼んだらいいよ。助け手の名を。君がもっとも信頼する人の名前を)

 シンジは一呼吸置いてから、心の中で思いきり(さけ)んだ。

(助けて、横島さん!)




 美神の助手席に座っていた横島の頭が、再びガクッと前に倒れた。

「もうダメッス。ちょっとだけ、寝かせてください」

「シートを後ろに倒しますね」

 横島を気遣(きづか)ったおキヌが、助手席の背もたれを自分の方に倒す。
 横島は背もたれに体をあずけると、すぐに軽い寝息をたてた。




 ドガッ!

 ついに初号機が、三号機を地面に蹴り倒した。
 初号機は三号機に馬乗りになると、三号機の胸部装甲板を(つか)んで、ベリベリと引き()がす。

 ──呼んだらいいよ。助け手の名を。君がもっとも信頼する人の名前を

 シンジは自分を導く声に従い、もう一度心の中で叫んだ。

(横島さん!)

 シンジは自分の背中から、スッと何かが入ってくるのを感じた。
 驚いたシンジは、思わず操縦桿から手を離してしまう。

(ん? ここはどこだ? エントリープラグの中か?)

「横島さんっ!」

 それは、絶望で押し(つぶ)されそうになったシンジの心に、一筋の光が差し込まれた瞬間だった。







「横島さんっ!」

(おいおい、シンジ。声を出したら、まずいだろうが)

 シンジは喜びのあまり思わず声を漏らしてしまったが、誰かに聞かれるかもしれないことに気づくと、すぐに口を閉ざした。

(横島さん! 今すぐエヴァを止めてください!)

(エヴァを止めるって……そういえば、シンクロしていないのに動いてるな)

 エントリープラグの中が薄暗くなっており、シンクロしていないことはすぐに気がついた。
 しかし体に伝わる慣性から、エヴァが動いていることを理解する。

(エヴァが……エヴァが僕のコントロールを離れて、勝手に動いているんです!
 それで三号機に攻撃を……)

(ダミーシステムか!)

 横島は状況を瞬時に理解した。
 セントラルドグマ大深度施設で秘密裏に開発されていたダミーシステムが、今実戦で使われているのだ。

(三号機にはトウジが乗ってるんです! このままじゃ、トウジが死んじゃいます!)

(わかった。エヴァを止めればいいんだな)

 横島はシンジと入れ替わると、すぐさま『停』『止』の文珠を使った。




 三号機に馬乗りになった初号機が、三号機の右腕を掴むと力まかせに引っ張った。
 三号機の右腕は(ひじ)から先がちぎれ飛んでしまう。
 しかし初号機は、三号機の右腕を投げ捨てたところで、突然動きが止まってしまった。

『ダミーシステム、活動停止』

『初号機、沈黙しました!』

「すぐにダミーシステムを、再起動させろ」

 ゲンドウの指示に従い、マヤがダミーシステムをリセットして再起動させようとする。

「信号の受信を確認できず。ダミーシステム反応しません!」

「もう一度、操作だ」

「ダメです! 一切の操作を受け付けません!」

「何が原因なのだ?」

 冬月がマヤに、トラブルの理由を(たず)ねた。

「応答がまったく無いんです。おそらく、電気的なトラブルではないかと」

「初号機が拒絶しているのではないのだな?」

「はい」

「弱ったな。あと少しで、使徒を殲滅(せんめつ)できるというのに」

 初号機が止まった隙に、三号機は残った左腕を使って、上に乗った初号機を横に払いのけた。

『!! 初号機、再起動します!』

「何だと!」

 横倒しになった姿勢から、初号機がゆっくりと立ち上がる。
 発令所のサブスクリーンには、先ほどまで泣き叫んでいたのとは打って変わり、見違えるように凛々(りり)しく、まさに(おとこ)の顔をしたシンジの姿が映し出されていた。




 横島は初号機を強制停止させたあと、続けてダミーシステムとの神経接続をカットした。
 続いて『同』『期』の文珠で、エヴァの素体に直接シンクロをかけて、初号機を再起動させる。

(横島さん! 三号機は使徒に乗っ取られたみたいなんです)

(わかった)

 三号機は胸部装甲板がなくなっていたが、装甲板の内部は(ねば)ついた菌糸状の物体で埋め尽くされていた。
 三号機のダメージはかなりのものだったが、未だ敵対行動を止めず、のろのろとした動きではあるが地面から起き上がろうとする。
 横島は残り少なくなった文珠を作ると、『分』『離』の念を込めた。

「いっけぇーーーっ!」

 文珠がぶつかった三号機は、機体全体が一瞬発光した。
 すると装甲板の隙間から、粘液上の物体がドロドロと地面に流れ落ちていく。

「やったか!?」

 三号機から(したた)り落ちた粘液は、地面に落ちると三号機から離れようとした。
 やがて全ての粘液が抜け落ちた三号機は、姿勢を崩して地面に倒れ伏してしまう。
 残ったのは、三号機から離れようとするアメーバ状の使徒だけとなった。

「これで終わりだな」

 横島は初号機の右手に、サイキック・ソーサーを作り出した。
 初号機がサイキック・ソーサーを三回投げたところで、使徒は完全に焼き尽くされてしまった。




「こっちにもいたぞ! 生存者だ!」

「急いで救護を回してくれ!」

「第三班は807のデータを消去しろ!」

 使徒の覚醒(かくせい)で大爆発が起きた松代の第二実験場では、ネルフの職員が負傷者の捜索と、事故の後始末に追われていた。

「葛城、気がついたか」

 ミサトがゆっくりと目を開けると、目の前に優しく自分を見つめていた加持の姿があった。

「加持……」

「生きててよかったな、葛城」

「リツコは?」

「無事だよ。君よりは軽傷だ」

 ミサトは顔を上げると、自分の体を確認した。
 (ほほ)にガーゼがあてられており、また左腕が()え木と包帯で固定されている以外には、怪我はなさそうだった。

「エヴァ三号機は?」

「使徒として処理されたよ。パイロットもろとも」

 その言葉を聞いたミサトは、ハッとして目を大きく見開いた。

「シンジ君は?」

「使徒を処理したのは、初号機だそうだ」

「うそ……!」

「葛城、落ち着け」

 あわてて上半身を起こそうとするミサトの肩を、加持が手で押さえた。

「あわてるな。また、例のイレギュラーが起きたらしい」

「本当なの?」

「ああ。現在、三号機パイロットを回収作業中だ。無事かどうかは、まだわからないがな」




 使徒を殲滅した後も、初号機はその場に残っていた。
 横島とシンジは初号機の中で、回収班がエントリープラグからトウジを救出する作業を見守っている。

(横島さん、僕は……)

 トウジの救出が遅れたことで、シンジはひどく自分を責めていた。
 今はただ、トウジの無事を祈るばかりである。

「シンジ君、横島さん、聞こえる?」

「ヒャクメか。通信使って大丈夫か」

秘匿(ひとく)回線を使ってるから問題ないわ。
 それに、レコーダーにも記録が残らないように、こっちで操作してる」

「で、トウジの様子はどうなんだ?」

「待って。今、回収班がハッチを切断したわ」

 防護服で身を包んだ回収班のメンバーが、エントリープラグのハッチを切断して中に入った。
 そして頭から血を流して、グッタリとしているトウジを、担架に乗せて運び出す。

(横島さん!)

「ヒャクメ。トウジはいったい……」

「横島さん、シンジ君。落ち着いて聞いて」

 ヒャクメは一呼吸置いてから、話を続けた。

「トウジ君は生きているわ。でも頭部裂傷、腹部と胸部を強打。意識不明の重態よ」

(ウソだ……)

 感情を高ぶらせたシンジは、強引に横島と入れ替わった。

「ウソだ……ウソだ、ウソだ、ウソだ!」

 エントリープラグの中でシンジは、声が枯れるまで、ひたすら叫び続けていた。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system