交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十三話 −フィフス・チルドレン− (03)




「このクラスも、人数減ったのー」

「しょうがないよ。疎開(そかい)でどんどん人が減ってるもの」

 授業の休憩時間に、トウジとケンスケの二人が、教室の後ろの方の席で雑談をしていた。

「センセは、今日は休みか」

「なんだか、昨日から調子が悪そうだったし。それに、綾波と惣流も最近は学校に来ていない」

「やっぱ、エヴァのパイロットしながら中学生続けるっちゅうのは、しんどいことなんやな」

 そのとき、窓から外の景色を(なが)めていたヒカリが、「あっ」と声を漏らした。

「どないしたんや、イインチョ?」

「今、外の道路に碇君の姿が」

「なんやて!」

 トウジが窓際に駆け寄ると、シンジともう一人トウジたちの知らない少年が、学校の敷地(しきち)を囲っている金網(かなあみ)の向こう側に見えた。

「ほんとだ。もう一人は誰だろう?」

「ワシ、ちょっと行ってくるわ!」

 トウジはシンジの姿を確認すると、ものすごい勢いで、教室の外に飛び出していった。




「ふうん。ここが学校か」

「ねえ、もういいだろ。僕はもう行くからさ」

 シンジは廃墟(はいきょ)で出会ったカヲルを、学校の校門まで案内した。

「シンジ君は、学校行かないの?」

「今日は、学校に行きたくないんだよ」

「君が行かないなら、僕も行くのやめたよ」

「なんでさ!? せっかく、案内してあげたのに」

「いーから、いーから」

 カヲルは気安げな感じでシンジに近づくと、シンジの肩にポンと手をのせた。

「それより、ネルフに連れてってよ」

「えっ!?」

「正式な配属(はいぞく)はまだだけどさ、早く会いたいんだよね。僕のエヴァに」

「わかったよ……」

 学校に背を向けたシンジが、カヲルと一緒に校門から立ち去ろうとした時、背後からシンジを呼び止める声が聞こえてきた。

「センセ。ちょっと待ってや!」

「トウジ……」

 シンジは一番顔を合わせたくない相手から、声をかけられた。
 シンジは思わず、その場から逃げ出しそうになったが、すかさず横島がシンジを呼び止めた。

(シンジ。逃げる前に、相手の話くらい聞いてやれよ)

(……わかりました)

 シンジは数歩進んでから立ち止まると、ゆっくりと背後を振り返る。
 しばらくすると、荒い息をしたトウジが、二人のいる場所にやってきた。

「や、やっと追いついたわ。シンジ、今日は学校に()んのか?」

「これから、僕たちネルフに行くんだ」

「ほっか。ネルフならしゃーないのー。ところで、この兄ちゃんは?」

「渚カヲル君といって、彼もチルドレンなんだ」

「ほんまか?」

「フォースチルドレンの鈴原トウジ君だね? 僕は渚カヲル。フィフスチルドレンさ」

(なんや、トッポそうな兄ちゃんやのー)

 トウジは胡散臭(うさんくさ)そうな目つきで、カヲルの顔をジロジロと見つめた。

「で、トウジ君は、シンジ君に何の用?」

「そや。シンジ、時間ちょっとええか? おまんに話があるんや」

「わかったよ。カヲル君、ごめん。ちょっと待ってもらえるかな?」

「僕はかまわないよ、シンジ君」




 トウジはシンジを、学校の校舎の裏側まで連れていった。
 そして、周囲に誰もいないことを確認すると、いきなりシンジの目の前で土下座(どげざ)をする。

「シンジ! いろいろとスマンかった!」

「ど、どうしたんだよ、トウジ!?」

 シンジは(あわ)てて、その場にしゃがみこむと、トウジの肩に手を当てた。

「ワシのせいで、シンジにいろいろと迷惑かけたさかい、こうして(あやま)らなんと気が済まんのじゃ」

「トウジ。謝らなくちゃいけないのは、僕の方だよ。
 僕がちゃんとエヴァで戦ってたら、トウジが大怪我(けが)をして入院することもなかったんだ」

「シンジが謝ることない。ワシはシンジに感謝しとるんじゃ」

「トウジ……」

 トウジは(ひざ)を地面につけたまま、頭を上げてシンジと向き合った。

「ワシが入院しとる間にミサトさんと加持さんが訪ねてきてな、シンジのこといろいろ話して
 くれたねん」

「……ミサトさんと加持さんが?」

「ほんで、ワシのことでシンジがオヤジさんと大喧嘩(おおげんか)して、ネルフを追い出されたいうこと聞いてな」

「……うん」

「次の使徒が(おそ)ってきたとき、シンジがネルフに戻ったのは、ワシが入院しとるからやったと
 加持さんから聞いて、ほんでワシはいたたまれのうなったんや。
 シンジに(はよ)う会いたかったんやけど、今度はシンジが面会謝絶(しゃぜつ)になるし、ワシも勝手に病棟(びょうとう)の外に
 出れへんよって、それで退院するまでずっと待っとったんや」

「そうだったんだ」

 シンジは、トウジの顔をじっと見つめた。

「ナツミだけでなく、ワシの命まで助けてもろうてなあ、ワシはセンセに一生頭が上がらんように
 なってしもうたんや」

「トウジ、いいからもう立ってよ」

 シンジはトウジの手を(つか)むと、土下座していたトウジを引っ張り上げて立たせた。

「僕は、もう少しのところで、トウジを死なせてしまうところだったんだ。
 だから、もうトウジに合わす顔がないと思ってた。
 僕はトウジに土下座してもらうようなことは何もしてないけど、トウジがまだ僕のことを友だち
 だと思ってくれてるのら、本当に(うれ)しいよ」

「なに言うてんのや! センセは友だちだけじゃなくて、ワシの命の恩人やて。
 これからも、よろしゅう頼むわ」

「う、うん」

 トウジが、シンジに向かって右手を差し出した。
 シンジは一瞬戸惑(とまど)ったが、やがてトウジの右手をガッチリと掴むと、その場で大きな握手(あくしゅ)をかわした。




「碇」

 司令室の一角で、詰め将棋の本を片手にもちながら一人将棋の盤面(ばんめん)と向き合っていた冬月が、不意にゲンドウに声をかけた。

「なんだ」

「フォースチルドレンはどうするのだ?」

「パイロットを続けさせる」

「なぜだ?」

手駒(てごま)が足りないのだ。最近、委員会の動きが(あわただ)しい。エヴァの量産を早める気かもしれん」

「だが、搭乗するエヴァが無いぞ?」

「三号機がある」

「あれは、使徒に汚染された機体ではないか!?」

「使徒は、同時に二体出てくることはない。
 次の使徒が出現したということは、前の使徒の殲滅(せんめつ)は完了している」

「三号機はコアこそ無事だが、修復はまったく進んでいないではないか!?」

「コアが無事なら、起動試験はできる。最後の使徒の殲滅までに、動けばいいのだ」

「そうか……」

 冬月は再び盤面に視線を戻すと、ピシリと音をたてて駒を打った。







 シンジとカヲルがネルフ本部に着いた頃、アスカは一人でシンクロテストを行っていた。

「シンクログラフ、マイナス12.8」

 制御室のオペレーター席に座っていたマヤが、アスカのシンクロテストの結果を読み上げる。

「起動指数ギリギリですね」

「ひどいものね。昨日より(さら)に落ちてるじゃない」

 マヤの後ろに立っていたリツコが、アスカのテスト結果を酷評(こくひょう)した。

「アスカ、今日調子悪いのよ。ちょうど二日目だし」

 リツコの隣に立っていたミサトは、結果を出せないアスカをかばおうとする。

「シンクロ率は、表層的な体の不調には左右されないわ。
 問題はもっと、深層意識にあるのよ」

 リツコは襟元(えりもと)に付けたマイクのスイッチを入れると、テストプラグの中にいるアスカに呼びかけた。

「アスカ、上がっていいわよ」

 テストプラグに座っていたアスカは、自分でも結果がよくないことを自覚していたのか、沈鬱(ちんうつ)な表情をしていた。

「アスカのプライド、ずたずたね」

 ミサトの言葉を聞いたリツコは、しばらく考え込んでから口を開いた。

「……弐号機のコア、変更もやむなしかね」

「どういうこと?」

 弐号機以降のエヴァのコアとパイロットとは、1:1の関係をもっている。
 エヴァのコアの変更とは、すなわちパイロットの交代をも意味していた。

「近いうちに、フィフス・チルドレンが来ることになったわ」

「なによそれ? タイミング良すぎなんじゃない?」

「委員会が直接送り込んできた子よ。見る?」

 リツコがミサトに、データの入ったディスクを見せた。

「もちろんよ」

 ミサトはディスクを受け取ると、制御室から出て行った。




 シンジは、かばんの中から眠っていた子猫を取り出すと、トウジに事情を話して一時的に預かってもらった。
 その後、カヲルと一緒にネルフ本部に移動したが、建物の中に入ってしばらくすると、カヲルが不意にいなくなった。

「おーーい。カヲル君。どこ行ったんだ?」

 シンジはカヲルの名を呼びながら周囲を探したが、カヲルの姿はみつからない。

「まいったなあ。守衛(しゅえい)のおじさんからも、勝手に出歩かないよう言われているのに」

 ネルフは原則として、部外者立ち入り禁止である。
 カヲルは「僕がシンジ君の背中に乗っかれば、そのまま入れるよ」と言ったが、さすがにシンジが嫌な顔をしたので、守衛所に寄って臨時の入館カードを貸してもらった。

「そういえば、カヲル君が身分証明書を見せたら、ずいぶんあっさりと入館させてくれましたね」

 ネルフの守衛も、中学生のカヲルのネルフ立ち入りを(しぶ)っていたが、カヲルが自分の身分証明書を守衛に見せると、急に態度が変わって入館の手続きを行った。

(あれは、国連が発行した身分証明書だ。前にワルキューレに、見せてもらったことがある)

「国連ですか? カヲル君は国連の関係者なんでしょうか?」

(少し気になるな。後でヒャクメに、あの少年の調査を頼んでみよう)




 シンクロテストを終えたアスカは、プラグスーツのままトイレに()け込んでいた。

「うーっ、気持ち悪い。女だからって、何でこんな目にあわなきゃならないのよ!
 子供なんて、絶対にいらないのに」

 アスカは気分の悪さを何とかしようと、洗面所で顔を冷たい水で洗う。

「どうして……急にうまくいかなくなったの!? この間まで、ちゃんとシンクロできてたのに」

 アスカは、手洗いに備え付けられた大きな鏡で、自分の顔を見つめた。
 そこには、中学生らしくもない、疲れた女の顔が(うつ)っていた。

「エヴァは、心を開かなければ動かないよ」

 聞きなれない声に(おどろ)いたアスカは、声のした方を振り向く。
 そこには、ポケットに手を入れたまま立っていた、渚カヲルの姿があった。

「誰!? 痴漢(ちかん)!?」

「チカンって何?」

 カヲルは、きょとんとした顔をしている。
 自分が痴漢扱いされていることが、カヲルは飲み込めていないようだった。

「痴漢は痴漢よ。でなきゃ変態(へんたい)でしょ!? 女子トイレを(のぞ)くなんて!」

「覗いたのは事実だけど、それは君のひとり言が聞こえたからだよ」

 カヲルはアスカの罵声(ばせい)にも(おく)することなく、悠然(ゆうぜん)としていた。

「もう一度言うよ。エヴァは心を開かなくては、動かないんだ」

 カヲルのその言葉に、アスカは一瞬目を丸くさせる。
 だが次の瞬間には、アスカの心に反発する感情が湧き起こってきた。

「何言ってるのよ、アンタ! なんでアンタにそんなことがわかるのよ!
 あんな人形に、どうやって心を開けっていうの」

「エヴァは人形じゃないよ。ちゃんと心がある。
 それにシンクロできないってことは、君が心を閉ざしているってことさ」

 アスカはそんな馬鹿なと思ったが、理性で反論する前に、感情の方が先に爆発してしまった。

「なんで初対面の変態に、そんなこと言われなきゃならないの!?
 それ以上、エラそうなこと言ったら、ただじゃおかないから!」

「アスカ!」

 そのとき、カヲルを探していたシンジが、女子トイレに駆け込んできた。
 アスカが(こぶし)に力を込めているのを見たシンジは、すぐさま二人の間に割って入る。

「なによ、シンジ! アンタ、この変態の知り合い!? アンタがここに連れてきたの?」

「と、とにかく、落ち着いてよ」

 シンジは、カヲルに(なぐ)りかかろうとするアスカを(おさ)えるため、彼女の手首を掴んだ。

「ちょっと、放してよ! 絶対、こいつを一発ぶん殴るんだから!」

「だから、それがマズいんだって。アスカ」

「放して!」

 アスカが勢いをつけて、シンジの手を(はら)いのけた。

「シンジなんかに、(さわ)られたくないのよっ!」

 アスカから拒絶の感情をぶつけられたシンジは、思わず動きが止まってしまう。

「あんたたち、そこで何やってるのっ!」

 そのとき、近くでアスカやシンジの声を聞いたミサトが、女子トイレに入ってきた。
 ミサトの一喝(いっかつ)でその場の(さわ)ぎは収まったが、次の瞬間、アスカの体がグラリと(かたむ)くと前につんのめった。

「アスカ!」

 シンジとミサトが、慌てて倒れかけたアスカの体を支える。

「貧血、起こしてるみたい。医務室に運ぶわ」

「手伝います、ミサトさん」

「いいわ。私にまかせて」

 ミサトはアスカの腕の下に体を入れると、片方の手を反対側の(わき)の下に回してから、ゆっくりと立ち上がった。

「渚カヲル君ね」

 ミサトは、(かたわ)らで立っていたカヲルに視線を向ける。

「はい」

「あなたはまだ、部外者のはずよ。すぐに出てってちょうだい。シンジ君、外まで送ってあげて」

 シンジはカヲルを連れて、トイレの外に出て行った。

(渚カヲル。過去の経歴は抹消(まっしょう)済み。生年月日はセカンド・インパクトと同一日。
 それ以外は、すべて不明……か)

 ミサトは先ほど自分の部屋で見た、カヲルのプロフィールの内容を思い出していた。

(委員会が直接送り込んできた子か。ただの子供じゃない。絶対裏に何かあるわね)

 アスカはミサトに肩を借りながら引きずられるようにして歩いていたが、しばらくすると足に力が戻ってきた。

「ミサト、もう離して。自分で歩けるわ」

「ダメよ。まだ顔が真っ青よ」

「大丈夫だって言ってるでしょ。こんなことぐらいで、私は負けちゃいられないのよ……」

 やつれた顔で懸命(けんめい)に立とうとするアスカを、ミサトが心配そうな目で見つめる。

「アスカ……」

 そのとき、ミサトとアスカがいる通路に、大きな警報音が鳴り(ひび)いた。

「使徒!? まだ来るの?」

 使徒襲来(しゅうらい)の警報を聞いたアスカの目に、みるみるうちに闘志(とうし)が宿っていった。



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