『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第八話 −六道女学院 編入試験(2)−




「それでは横島蛍さん、始めてください」

「は、はい!」

 蛍は前に進み、先ほどまで横島がいた円の中央に立った。
 それらしいポーズを構えるが、どうやって気を出したらよいか、さっぱりわからない。

(どうしよう……)

 蛍は、困惑した表情を浮かべた。

「固くなってるなー。鬼道、ちょっとアドバイスしていいか?」

「かまわんで」

 横島は蛍に近づくと、アドバイスをはじめた。

「蛍。気を出すといっても、難しく考える必要はないんだ」

「で、でも……」

「何でもいいから、一つのことに意識を集中するんだ。そうすれば、自然と気が出てくる」

「私……できるかな?」

「大丈夫だって。蛍にはできるよ」

「うん。やってみるわ!」

 横島が蛍の(そば)から離れ、鬼道の横に立った。
 蛍は両手の(こぶし)(にぎ)り締めると、軽く目を閉じる。

(意識を集中。意識を集中……)

 しかし、何に意識を集中したらよいのだろうか?

(一つのこと。一つのこと……)

 フッと心に(ひらめ)くものがあった。

(お兄ちゃん!)

 蛍はずっと(した)っていた横島の姿を、心に思い浮かべた。

(お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……)

 ザワリ

 蛍の意識が横島のイメージに集中していくにつれて、蛍の体の気が少しずつ強まってきた。

「よし! 気が出てきた」

「頑張れ、蛍!」

 ゴゴゴゴ……

 鬼道が手にしていた霊波計のカウンタの数値が、徐々に上がっていく。

「10……20……30……」

 霊波計のカウンタは、30を少し回ったところで止まった。

「よし、そこまで!」

 終了の声を聞き、蛍はふうっと力を抜いた。

「どのくらい出ていた、鬼道?」

「31マイトだ。これだけ出てれば、まあ十分やろ」

 ペタリと床に座り込んだ蛍のところに、横島が駆け寄った。

「すごいじゃないか、蛍! けっこう気が出ていたぞ」

「そうなの!?」

「やればできるじゃないか」

 横島が、蛍の頭を手でなでる。

「エヘヘヘ」

 蛍は少し照れながらも、大人しく頭をなでられていた。

「まだ正式に決まったわけじゃないが、たぶん実技の方は大丈夫やろ」

「これで試験は終わりか?」

「試験はこれで終わりや。ただ、もう少ししたら、二年生の実技の授業が始まるんだが」

「それって、理事長に頼まれた実技指導の件か?」

「そうや」

「仕方ないな〜〜。蛍、俺はちょっと次の授業を手伝わないといけないんだ。先に帰っていいぞ」

 蛍は、その言葉を聞いて、驚いた。

「えっ! お兄ちゃんが授業を!?」

「たまに現役のGSが、実技指導をすることがあるんだ。まあ俺は、今回が始めてだけど」

「私、お兄ちゃんの授業を見てみたい!」

「見せるほどのものでもないんだけどなー。鬼道、蛍を見学させてもかまわないか?」

「まあ、見てるだけならかまわんやろ」







「ねえ、おキヌちゃん。聞いた?」

「何かあったんですか、一文字さん?」

「今日の実技の授業でさ、現役GSの実技指導があるって話しだよ」

「ひょっとして、美神お姉さまからしら?」

 弓が口をはさんできた。

「でも美神さんは、そういう予定があるとは言ってませんでしたけど……」

「それじゃあ、誰が来るのかしら?」

「まあ、知らない人が来るのも、刺激があっていいけどね。私は格闘技ができる人がいいなー」

 魔理は(こぶし)(にぎ)り締めると、ぶんぶん振り回しはじめた。
 魔理の格闘技の腕は一段と上達しており、近接戦闘で彼女と対等に闘える人間は、弓を除くとクラスの中には誰もいなくなっていた。




「よーし、みんな集まれ」

 授業を開始するチャイムが鳴ると、鬼道はクラスのメンバーを集めて、体育館の床に座らせた。

「みんな聞いているかもしれんが、今日は特別に現役GSによる実技指導がある。
 最初に理事長が紹介するから、みんなちゃんと聞くんだぞ」

 鬼道が体育館の入り口に向かって手招きすると、六道理事長とともに、一人の若者が中に入ってきた。

「えっ!」

「ウソッ!」

「まじっ!」

 おキヌと弓と魔理が、驚きの声をあげた。

「皆さ〜〜ん。突然ですが〜〜今日の授業はですね〜〜現役GSによる実技指導を行うことになりました〜〜」

 その場に集まった生徒たちが、ざわざわと騒ぎはじめる。

「美神除霊事務所所属で〜〜、若手のGSでは〜〜実力ナンバー1の横島君です〜〜」

「ど、どうも。横島です」

 女子高生たちの視線が、横島に一斉に集まる。

(ちょ、ちょっとおキヌちゃん。横島さんって、あんな感じだったっけ?)

(以前と比べると、ずいぶん落ちついてますわね)

(横島さん、この一年でずいぶん大人になったんですよ)

 おキヌと弓と魔理が、小声で会話をかわした。

「それでは鬼道先生〜〜あとはよろしくね〜〜」

 あとのことを鬼道にまかせて、六道理事長は体育館を出ていった。

「簡単に横島君のことを紹介しておく。
 現在GS協会で確認している能力は、霊波砲と霊波刀とサイキック・ソーサー、それに文珠だ。
 近接戦闘から後方支援までこなせる、万能型のタイプだな」

「文珠ですって……」

「記録だけのことかと思っていたわ……」

 横島のことを詳しく知らない生徒たちが、ガヤガヤと(さわ)ぎ始めた。

「先生、しつもーん!」

 女子生徒の一人が手をあげた。

「何だ?」

「文珠を使えば、何でもできるって本当ですかーー?」

 六道女学院では、除霊に関係する様々な知識も学習する。
 一口に霊能力といってもその内容は千差万別であるが、中でも『文珠』は、古文書にもわずかな記録しか残されていない稀少(きしょう)な能力であった。

「それは、本人の口から聞いた方がいいだろう」

 再び生徒たちの視線が、横島に集まる。

(き、緊張するな〜〜)

 横島はゴクリとつばを飲み込んだ。

「えーと、文珠はですね、先ず使う前に念を込めます。
 すると用途に応じた字が浮かぶので、その文珠を投げると効力が発揮されます」

「たとえば、どんなことができますか?」

「いろんなことができるけど。うーん、何がいいかな?」

 しかし鬼道が、そのやり取りをさえぎった。

「横島、文珠の見せ場は後にしよう。先に格闘訓練を行う。横島君が相手になるが、誰か希望者はいないか?」

「はーい、はいはい!」

 真っ先に、魔理が手をあげた。

「あたいにやらせてください!」

「一文字か。よし、頑張ってこい」




 魔理が軽い柔軟体操をして体をほぐしている間に、弓が隣に座っていたおキヌに話しかけた。

「ねえ、氷室さん。あのコはいったい誰かしら?」

 弓が入り口近くの壁際で、一人ぽつんと座っている少女を指差した。

「あっ、蛍ちゃん!」

「おキヌちゃん、知ってるの?」

「ええ。横島さんの妹なんです。私も最近会ったばかりなんですが──」

 おキヌは、蛍が復活したルシオラであるということは、話さなかった。
 ルシオラをよく知る人以外には黙っていて欲しいと、横島からも頼まれている。

「へえー、横島さんに妹がいたんだ。でもどうしてここにいるのかしら?」

「なんでも、うちの学校に編入するみたいなんですよ」

 蛍は鬼道の隣に立つ横島を、じっと見つめていた。

「ふーん」

 弓が軽いあいづちを打ったとき、準備のできた魔理が、格闘訓練用のフィールドの中に入った。
 魔理は上に袖の短い体操着を着ており、下にはブルマをはいていた。

「おい、横島。ブルマに見とれて、不覚を取るなよ」

「大丈夫だ。さっき物陰からじっくり見たから、少しくらいなら我慢できる」

 鬼道が横島の頭を、スパーンと平手で(たた)いた。

「アホかっ! 少しは場所をわきまえんかい!」

「しゃーねーやろ。煩悩(ぼんのう)充填(じゅうてん)していたんだから」

 ブツブツ言いながら、横島もフィールドの中に入った。

「ルールは、急所攻撃と武器の使用以外は何でもあり。
 ダメージを減らす結界を張っているから、少しくらいムチャしてもかまわんぞ。
 それから横島は、文珠の使用は禁止な」

「文珠はダメか。まあ、何とかなるだろ」

「それでは、始め!」

 開始の掛け声とともに、魔理が横島に向かって突っ込んでいった。速攻で勝負を決めるつもりらしい。
 魔理は自分の間合いにまで踏み込むと、右手に霊力を集めて(なぐ)りかかった。

「せやっ!」

「おっ!」

 横島はその一撃を横に飛んでかわすと、クルリと後ろを向く。

「戦術的撤退(てったい)!」

 横島は、そのまま走って逃げ出した。

 ダアーーッ

 二人の闘いを見ていた鬼道と生徒たちが、いっせいにずっこける。

「こらっ、横島! 少しはまじめにやらんかい!」

 鬼道が横島にツッコミを入れた。

「ま、待ちやがれ!」

 魔理は(あわ)てて、横島の後を追いかけた。
 しかし横島は走りながら後ろを振り向き、魔理が自分の後を追いかけ出したのを確認すると、急に立ち止まって背後を振り返った。

「サイキック猫だましっ!」

 パーン!

 横島の後を追いかけていた魔理の目の前で、閃光(せんこう)炸裂(さくれつ)する。

「わっ!」

 魔理は思わず、目を手で抑えてしまう。
 横島はその(すき)を逃さなかった。

「それっ!」

 横島は魔理の腕を(つか)み、足払いをかけて床の上に押し倒すと、咽喉元(のどもと)に霊波刀を突きつける。

「勝負あり! それまで!」




 魔理は、あっけに取られた表情をしていた。
 しかし負けたことがわかると、おとなしく元いた場所へと戻り、床の上に座った。

「それでは今の試合について、横島君からコメントしてもらいます」

「お、俺が話すの!?」

 しかし鬼道は、黙って横島にマイクを渡した。

「えーとですね、魔理さんは真正面から攻撃してきました。力押しするタイプですね。
 こういう時にこちらも正面から向かっていくと、力と力のぶつかり合いになります。
 試合の場合は終われば休めますから、正面から全力で戦うこともありますが、
 実際の除霊の現場では、いつ何が起こるかわかりません。
 そういう場合はゲリラ戦法というか、とにかく相手の勢いをかわしながら戦うと、
 ある程度、余裕をもって戦うことができます」

「一文字。おまえにはいつも、よく考えて戦えって言ってるだろ。何も考えずに戦うから、あっさり負けたんだ」

「……アタマ悪いんで」

「よし。じゃあ、次にいこうか。立候補者はいないか?」

 弓とおキヌが、小声で話しはじめた。

(おキヌちゃん、どうするの?)

(わ、私では、とても横島さんの相手になりませんよ。弓さんこそ、どうなんです?)

(どうしようかな? 雪之丞から横島さんのことは少し聞いているけど、自分で試してみたい気もするし……)

 弓は少し考え込んだ。

(やっぱり、やってみるわ。現役のGSと手合わせできる、いい機会ですもの)

(あまり、無理しないでくださいね)

 誰も名乗りでないことを確認すると、弓がさっと手をあげた。

「よし、次は弓だな。気張っていけよ」

「はいっ!」




 横島と弓の二人が、格闘訓練用のフィールドの中に入った。

「それでは、始め!」

 開始の掛け声と同時に、弓は水晶観音を発動させた。

「げっ。もう水晶観音を使うのか」

「横島さんが相手ですから。手加減している余裕はありません」

 横島は右手に霊波刀を、左手にサイキック・ソーサーを出現させて構えた。
 二人は距離を保ったまま、じりじりと円を描くように移動する。

「仕掛けてこないんですか?」

「水晶観音は、雪之丞の魔装術より厄介(やっかい)そうだからね」

「それでは、こちらからいきますわ!」

 弓は立ち止まると、両手で印を組んだ。

「弓式除霊術、『千手砲(せんじゅほう)』!」

 水晶観音から伸びている六本の腕が、位置を変えながら立て続けに霊波砲を放ち始めた。
 手が高速で動いているため、無数の腕が生えているように見える。

「ちっ!」

 横島は巧みに体を動かして、霊波砲の攻撃をかわした。
 直撃しそうな攻撃は、サイキック・ソーサーで受け流す。

「さすがですわね!」

 しかし弓は、攻撃の手を緩めなかった。
 機関銃のように霊波砲を連射しながら、横島を徐々に格闘フィールドの(すみ)へと追いやっていく。

「や、やべっ。後がない!」

 横島の表情から、余裕がなくなってきた。

(あともう一息!)

 弓は最後のスパートをかけるため、大きく息を吸い込んだ。

「今だ!」

 横島は、弾幕が薄くなる一瞬を待っていた。
 すかさず弓に向かって、サイキック・ソーサーを投げつける。

「はっ!」

 弓はとっさに、六本の腕でガードする。

 ドーン!

 弓はなんとか攻撃を(こら)えきったが、その(すき)に横島が一気に間合いを詰めた。

「それっ!」

 ザン! ザシュッ!

 横島は霊波刀の出力を最大に引き上げると、水晶観音からのびている腕を霊波刀で斬り落とした。

 ダン!

 さすがにダメージが大きかった。弓は床の上に膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。

「それまで! 勝負あり!」




「ケガはない?」

 倒れた弓を起こすため、横島が手を貸した。

「さすがですわね、横島さん。水晶観音の防御力には自信があったんですけど」

「まあ、雪之丞の魔装術で慣れているからね」

 弓がみんなのところに戻ると、横島が試合のコメントを話し始めた。

「えー先ほどの試合についてですが、正直に言って苦戦しました。
 連続霊波砲をしのぎきれるかどうかが、勝負の分け目だったと思います。
 その点では、弓さんは勝ちを急ぎ過ぎたのか、最初から飛ばし過ぎたかもしれません。
 もう少しで勝てるというところで、息を切らしてしまいました。
 戦う時には、ある程度ペース配分を考えることも必要かと思います」

「まあ、弓も頑張ったと思うが、まだまだ上がいるってことだな。もう時間がないから、次がラストになるが──」

「せんせー! 横島さんの文珠を見せてください!」

 一人が手をあげてそう発言すると、他の生徒たちも「見たい、見たい」と口々に(さわ)ぎはじめた。

「しょうがないな。横島、いっちょ派手なヤツを頼むわ」

「それじゃあ、『爆』でもやるか。練習用の式神はあるか?」

「レベル400でいくぞ」

 横島は、体育館中央の魔法陣の中に入った。

「レベル400ですって!」

「そんな強い式神と戦って、勝てるのかしら?」

 生徒たちの授業で使うのは、最大で150前後。
 弓や魔理など戦闘力に秀でた生徒であっても、レベル200以上を使うことは、ほとんどない。

「なあ、鬼道。このフィールドの結界、大丈夫だよな?」

「結界の出力を上げておいたから、少しくらい暴れても大丈夫や」

「よし、それならいくか」

 鬼道がフィールドの中に人の形に切った式神ケント紙を入れると、練習用の式神が姿を現した。

「よし、はじめ!」

 鬼道が開始の合図をする。

 キエエェェェー!

 開始の合図と同時に、式神が叫び声をあげながら横島に向かって突っ込んでいった。
 その式神に向かって、横島は手にしていた文珠を投げる。

 カッ!

 文珠が式神に触れると、閃光を発した。そして次の瞬間、激しい爆炎が舞い上がる。

 ドーーーーン!

 たちまち結界の中は、文珠の爆風で埋め尽くされた。

「えっ!」

「何それ!」

「す、すごい……」

 やがて爆風が収まると、そこには無傷な横島の姿と、そして燃え尽きたわずかな灰だけが残されていた。
 おそらく式神が霊力を失って元の紙に戻ったあと、残った紙までもが文珠の爆炎で燃やされてしまったのであろう。

 戦闘を終えた横島が魔法陣から出てきた時、体育館の中がシーンと静まりかえっていた。
 その場で見ていた生徒たちは、驚きのあまりポカンと口を開けている。

「ハハハ……、ちょっと派手過ぎたかな?」

 横島はポリポリと、頭を手でかいた。




 何とかボロを出さずに授業を終えた横島は、見学していた蛍と一緒に六道女学院を後にした。

「お兄ちゃん、すごいっ!」

 蛍はキラキラと澄んだ眼差しで、横島を見つめる。

「そ、そうか? 見ていておかしくなかった?」

「そんなことないよ。とっても格好よかった」

 横島は、大勢の人を相手にして教えるということは初めてであったが、悪い気分はしなかった。

(シロの時もそうだったけど、こういう仕事も悪くないかもな。鬼道が熱心に教師をしているわけだ)

 横島はGSとしても十分にやっていけるだけの実力を持ちながら、教師の道を選んだ鬼道の気持ちが、少しだけわかったような気がした。



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