『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第九話 −六道女学院 登校初日−




 蛍は、自分の部屋でスカーフを結んでいた。
 結び終わった後、鏡に写してうまく結べているかどうかを確認する。

「ほたるーー、準備できたか?」

「待って。すぐに行くわ」

 蛍は、六道女学院指定の学生カバンを手にすると、部屋を出てリビングルームに向かった。

「お待たせ、お兄ちゃん!」

「ほ、蛍!」

 リビングルームに入ってきた蛍の姿を見て、横島は一瞬固まった。
 大樹は新聞を広げて読んでいたが、制服姿の蛍を見て、手にしていた新聞をバサリと落としてしまう。

「どう、似合う?」

 蛍はアイドルさながらに、その場でクルリと一回転した。

「蛍は素材がいいから、何を着ても似合うわね」

 しかし、冷静なコメントをしたのは百合子だけだった。
 横島と大樹の親子は、(ほう)けたような顔をしながら、制服姿の蛍にじっと見入っている。

「ほら、忠夫。何か言うことないの?」

「か、可愛い……」

 横島は、ゴクリと(つば)を飲み込んだ。

「ほら、何ボサッとしてんの。蛍は初日だから、校門まで送っていくって言ったでしょ?」

「あ、ああ。わかってるって」

「それじゃ、いってきまーーす!」

 横島と蛍の二人は、元気良く部屋を出ていった。




 横島は蛍に付き添って、六道女学院の校門までやってきた。

「あとは受付に行って、鬼道のところに案内してもらえばいい。一人で大丈夫だよな、蛍?」

「うん」

「横島さん、おはようございます」

 ちょうどそこに、登校してきたおキヌが校門のところにやってきた。

「おはよう、おキヌちゃん」

「蛍ちゃんの付き添いですか?」

「ああ。今日だけだけどね」

「横島さん。私が蛍ちゃんを案内しましょうか? 横島さんも、急がないと遅刻しちゃいますよ」

「いっけね! 一時限目に間に合わなくなっちゃう。じゃあおキヌちゃん、あとはよろしく」

「いってらっしゃい」

 にこやかに手を振るおキヌの姿を見て、蛍は少しだけ面白くなさそうな表情をしていた。

「ヒューヒュー、朝からお熱いね!」

「一文字さん!」

「朝から校門の前で()い引きとは、おキヌちゃんもやるもんだね!」

「もう、やめて下さい。横島さんは、妹さんに付き添ってきただけですよ」

「へー、横島さんに妹がいたんだ。……ひょっとして、このコ?」

 魔理が、おキヌの隣に立っていた蛍を指差した。

「蛍ちゃんっていうんです。今日から、一学年に編入するみたい」

「はじめまして。横島蛍です」

「一学年ってことは、あたしらの一つ下だね。あたしは、魔理っていうんだ。一文字魔理。おキヌちゃんの友達さ」

「よろしくお願いします」

 蛍は魔理に向かって、軽くお辞儀をした。

「この学校で分からないことがあったら、私かおキヌちゃんに聞いたらいいよ。いつでも相談にのるからさ!」

 姐御肌の魔理は、そう言って蛍の肩をポンと叩いた。

「私は蛍ちゃんを、鬼道先生のところに案内しますから」

「じゃあ、先に教室に行ってから」

 おキヌは魔理と別れると、蛍を連れて校舎の中へと入っていった。




 ホームルームの時間が始まった。
 鬼道は自分が担任する1年B組の教室に、蛍を連れて入っていく。

「みんな、今日からこのクラスに入る転校生を紹介する」

「横島蛍です。よろしくお願いします」

 壇上にたった蛍は、クラスメートに向かって軽く頭を下げた。

「横島は海外で生活していたんだが、事情があってこっちの学校に通うことになった」

「へえー、帰国子女なんだ」

 話を聞いた生徒たちが、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

「それじゃあ、簡単に自己紹介を」

「両親が商社の海外駐在員で、今まで両親と一緒にナルニアという国で暮らしてましたが、
 今度こちらの学校に、通うことになりました。趣味は料理で、特技はとくにありません。
 それから兄が一人いて、GSをやってます」

「うちの学校に入れるくらいだから、霊力はそこそこ持ってる。
 今はこれといった能力はないが、潜在力はかなりあるから、油断しているとみんな痛い目にあうぞ。
 それから横島の席だが──」

「先生! 私の隣が空いています」

「おっ、星野か。とりあえず次の席替えまで、そこの席でいいな」

「はい」

 蛍は、クラス中央の一番後ろの席に着席した。

「みんな、仲良くしてやってくれよな」

 鬼道はホームルームを終えると、クラスを出ていった。

「横島さん。私、星野舞奈(ほしのまいな)っていうの。よろしくね!」

 蛍の右隣に座っていた女の子が、話しかけてきた。
 身長は150センチほど。丸顔でぱっちりとした目をしており、可愛らしい雰囲気をした少女である。
 髪は肩で短く刈り(そろ)えており、前髪をヘアバンドで押さえていた。

「こちらこそ、星野さん」

 しばらくしてチャイムが鳴り、一時限目の授業がはじまった。




 あっという間に、午前中の時間が過ぎていった。
 四時限目の授業の終わりのチャイムが鳴ると、多くの生徒が教室を出て、学食や購買へと向かっていく。
 蛍が持ってきた弁当を机の上に広げたとき、舞奈が蛍に話しかけてきた。

「横島さん、一緒にお弁当を食べない?」

 特に断る理由もなかったので、机を向かい合わせにして二人で弁当を食べることにした。

「横島さんって、お兄さんがGSしてるって言ってたよね」

「そうだけど?」

「ひょっとして、美神除霊事務所で働いてない?」

「えーっ! なんで知ってるの!?」

「やっぱりそうだったんだ。舞奈のカンが当たったわ!」

 舞奈は嬉しそうな顔をしながら、ポンと手を(たた)いた。

「ということは、横島さんのお兄さんは、横島忠夫さんね」

「どうして、名前までわかるの??」

「いちおう理由があるんだけどね。聞きたい?」

「うん。教えて欲しいな」

「私の実家は霊符を作って売っているんだけど、以前から美神さんの事務所は大お得意様だったのね。
 一枚何百万もする高いお札も、バンバン買ってくれてたから」

 蛍は、舞奈の話しに興味を引かれた。

「でも最近、高いお札が売れなくなってきたの。
 それでうちのお父さんが、お札の卸し先の厄珍堂ってお店でそれとなく聞いてみたら、
 横島さんの名前が出てきたってわけ」

「でも、どうしてお兄ちゃんの名前が?」

「横島さんのお兄さんの腕前が上がって、強いお札がなくても除霊ができるようになったからみたい。
 お父さんに聞いたら、何とかっていうスゴイ能力があるって言ってたわ」

「……私、全然知らなかったわ」

 蛍は驚きの表情を見せた。

「お兄さんって、仕事のことは、家ではあまり話さないの?」

「私、ずっと海外で暮らしていたし、お兄ちゃんもそんなに仕事の話はしないから」

「そっか。よく考えたら、横島さんの家は普通の家庭だもんね。
 家で霊能やオカルトの話しはしずらいかもしれないわね」

 やはり霊能やオカルトの話は、GSどうしならともかく、一般人には理解し難い内容である。
 六道女学院に通う生徒たちは親もGSであることが多いが、一家の中で本人だけに霊能力がある場合、同じような問題を抱えていることが多かった。

「でも横島さんの場合、お兄さんが腕利きのGSだから何でも相談できるわね。
 私は兄弟がいないから、ある意味うらやましいなー」

「ひょっとして、うちのお兄ちゃんって有名人?」

「そんなに有名じゃないけど、知っている人は知っていると思うよ。
 若手GSでは、実力ナンバー1だしね。私はピートさんの方が好きだけど」

「ピートさん??」

 蛍は不思議そうな顔をした。

「あっ、知らないんだ。バンパイヤー・ハーフでね、すっごい美形なんだよ。
 うちのクラスでは男性はピートさん、女性は美神さんがダントツ人気ね!」

「へえー。そうなんだー」

「まだまだ、この業界のことを知らないのね。いいわ、また今度ゆっくり教えてあげる!
 それから横島さんって呼び方だと少し堅苦しいから、蛍ちゃんって呼んでいいかな?」

「私も舞奈ちゃんって呼んでいい?」

「うん! よろしくね、蛍ちゃん」




 その日の授業が終わると、学校からアパートに帰ってきた蛍は、一人で夕食の支度をはじめた。
 やがて夜の七時過ぎには、大樹と百合子が会社から帰宅してきた。

「ただいまー」

 さらに夜の七時半には、バイトを早めに切り上げた横島も家に帰ってきた。

「おっ、いいにおい。今日の晩飯は?」

「えっとね、肉じゃがに青椒肉絲(チンジャオロースー)よ。今日の夕食は、蛍が作ったの」

 すぐにちゃぶ台に料理が並べられ、家族(そろ)っての食事となった。

「いただきまーす!」

 横島はすぐさま、器に盛った肉じゃがを口に運んだ。

「う、うまい! こりゃうまいぞ」

 横島はあっという間に肉じゃがの器を空にすると、今度は青椒肉絲(チンジャオロースー)に手を出した。
 複雑で濃い味つけを口の中でよく味わったあと、ご飯を猛烈にかきこんだ。

「ほんと、蛍は料理が上手ね。これだけの腕なら、どこの家に嫁に出しても恥ずかしくないわ」

「蛍の料理は、どこに行っても通用するな。しかしなあ、嫁……結婚式……ウェディングドレス……
 クーッ! 俺は絶対に、娘を嫁になんか出さないぞ!」

 大樹は感情のツボを突かれたらしく、急に両目から涙を流しはじめた。

「もう、しょうがないわね。はい、お父さん」

 蛍は持っていたハンカチで、大樹の目をぬぐった。

「ううう……。何て優しい娘なんだ、蛍は」

 大樹は、すっかり感極まった様子である。

「そうそう。学校はどうだったの、蛍?」

「うん、楽しかったよ。お友達も一人できたし。舞奈ちゃんっていうの」

「そう、よかったね」

 蛍は新しい高校生活に対して、胸いっぱいに希望を(ふく)らませていた。



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