『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

思いつき番外編 (03)




 残暑が続いていた九月のある日のこと、横島は近くの駅で蛍と待ち合わせをしていた。

「遅いな」

 約束の時間になったが、蛍はまだ来なかった。
 どちらかというと横島は時間にはルーズな方だったが、蛍を街中で待たせておくと、通りすがりの男にナンパされる恐れがあった。
 以前にもそういうことがあったため、横島は蛍との待ち合わせの時だけは、約束の時間より少し前に来るようにしている。

 やがて、ゴーッという音とともに電車が到着した。
 駅のホームから大勢の人が出てきたが、その人波の中に浴衣(ゆかた)を着た二人の少女の姿があった。

「お兄ちゃん!」

 駅の改札を出た蛍が、横島のところに駆け寄ってきた。

「どう?」

 蛍は藍色(あいいろ)の布地に、ところどころ黄色の水玉模様がある浴衣を着ていた。
 蛍は横島の前で両手を横に上げて、浴衣の袖をひらひらとさせる。
 浴衣に染められている黄色い水玉が、まるで夜空に舞う蛍のように見えた。

「ああ。よく似合ってるよ」

「よかった」

 蛍が、くったくのない笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、横島さん」

 蛍の背後から、白地に赤い花の模様のついた浴衣を着た絵梨が、横島に話しかけてきた。

「いいね。二人とも、浴衣姿がバッチリだ」

 横島が、二人の服装を()めた。
 普段鈍感な横島が、女の子の服装にまで気を回すのは、極めて珍しいことである。
 横島に()められた蛍と絵梨は、二人で素直に喜んでいた。

「絵梨ちゃんの家で、浴衣の着付けをしてもらったの」

「そっか」

 蛍の浴衣は、蛍が日本に来たときに母親の百合子が買ったものだが、蛍はそれを一人で着ることができなかった。
 蛍が友人の舞奈と絵梨に相談したところ、絵梨がそれを引き受けたのである。
 実際は、絵梨の母親が絵梨と蛍の二人の着付けをしたのだが。

「あ、もう時間がないわ」

 絵梨は、携帯の画面で時間を確認していた。

「あれ、一緒に行くんじゃないの?」

 横島が絵梨に尋ねた。

「すみません。今日は両親と行く約束ですので」

 絵梨は横島にペコリと頭を下げると、蛍に手を振ってその場から離れていった。




 横島と蛍は、家の近所にある神社へと足を向ける。
 今日は、一年に一度の神社の祭りの日であった。
 さほど大きくない神社であったが、住宅街の真ん中にあるために、毎年多くの人が来ている。
 神社の境内と隣にある小学校の校庭には、今年も多くの屋台が並び、祭りに来た人で(にぎ)わっていた。

「わー。人がすごく集まってる」

 開放された小学校の校庭には、そこには若いカップルや子供づれの家族、あるいは大声で(さわ)ぎながら歩く少年たちや、ときどき黄色い声をあげる少女たちの姿で溢れていた。

「蛍。先に屋台を回ってから、お参りしようか」

「うん!」

「人が多いから、はぐれないように気をつけろよ」

「大丈夫!」

 蛍は、横島の左手をぎゅっと握った。

「えっ……!?」

「行こう、お兄ちゃん」




 人ごみをかき分けながら、横島は前へ前へと進んでいく。
 蛍は横島に引っ張られながら、横島の後をついていった。

 やがて横島は、ある屋台の前で足を止めた。

綿飴(わたあめ)、一つ」

 横島は屋台の主人に、金を払った。
 屋台の主人は、透明なプラスチックで覆われている機械の中に割り箸を入れた。
 するとその割り箸の先に、白い糸のような物が(から)みついていく。
 みるみるうちに割り箸の先の糸が(ふく)らみ、やがて大きな綿のような形になった。

「蛍。これ食べてみるか」

 蛍は横島から綿飴(わたあめ)を受け取ると、それを一口食べた。
 口の中で白い糸がとけて、ふわーっと甘味が広がっていった。

「おいしい!」

 甘いものに目の無い蛍は、ひときわ喜んだ。

「お兄ちゃんも食べる?」

「俺はいいよ」

 蛍が歩きながら綿飴を食べている間、横島は幾つかの屋台を回って、焼きそば・焼き鳥・フランクフルト・フライドポテトを買い込んだ。

「そこに座ろうか」

 横島と蛍は、人ごみの多い屋台から離れて、校庭の(すみ)にある平らな岩の上に腰を下ろした。

「お兄ちゃんは、こういうお祭りには何度も来ているの?」

 屋台で買った焼きそばを食べながら、蛍が横島に話しかけた。

「美神さんのところでバイトを始めるまでは、毎年近所で祭りがあれば、必ず顔を出してたな」

 美神の下で働き始めてからは、神社の祭りに出かける代わりに、正月に獅子踊(ししおど)りを舞ったり、宝船にのって七福神を召集したりしているが。

「本当は、仲のいい友達と来るのが一番楽しいんだけど」

「ううん、今日はお兄ちゃんと一緒でよかった」

「そっか」




 二人は神社にお参りし、賽銭を投げて鐘を鳴らした。
 その後、屋台のある場所に戻って、屋台巡りの続きをした。

「お兄ちゃん、これ何?」

 小さな金魚の入った底の浅い水槽(すいそう)のある屋台の前で、蛍が足を止めた。

「金魚すくいだよ」

「私、やってみる!」

 蛍はお金を払うと、真ん中に薄い紙が張られた丸いフレームの網を受け取った。
 蛍はじっと水面を見つめたが、やがて綺麗な色彩で他より大きな金魚を見つけると、それに狙いを定めた。

 トプッ

 蛍は網を水につけ、その金魚をすくおうとする。
 しかし、紙がその金魚の重量に耐え切れず、ビリッと破けてしまった。

「うそっ! もう終わりなの!?」

「残念だったね、お嬢ちゃん」

 屋台の男が、残念賞として水と小さな金魚が一匹入ったビニール袋を、蛍に渡した。

「よし、今度は俺だ」

「お兄ちゃん、頑張って!」

 横島は蛍の声援を受けながら、水槽(すいそう)の前に座った。
 右手に網を、左手に金魚を入れる金属の椀を手に取り、水の中の金魚の動きをじっと見つめる。

 サッ!

 横島は斜めの角度で網を水に入れると、水面近くにいた一匹の金魚をサッとすくい上げた。

 サッ サッ サッ

 横島は巧みな網さばきで、次々に金魚をすくい上げる。
 ちょうど15匹目をすくったところで、紙が破けてしまった。

「兄ちゃん、けっこうやるね。東京モンにしては、なかなかの腕前だ」

 金魚の屋台の主人が、すくい上げた金魚を水の入ったビニール袋に入れて、横島の隣にいた蛍に手渡した。

「お兄ちゃん、すごい!」

「だいぶ腕が鈍ってるなー。
 『金魚すくいの忠ちゃん』と呼ばれてた頃は、軽く20匹はいけたんだけど」

「ううん。でも本当にすごいよ!」

 金魚すくいを始めて見る蛍は、横島の腕前が、まるで神業のように見えていた。




「楽しかったね」

「そうだな」

 横島と蛍は射的をしたり、水ヨーヨーを買ってそれで遊んだりしながら、楽しいひと時をすごした。
 夜の九時で屋台が店を閉め始めたので、今は家へ帰る途中である。

「お兄ちゃん、さっき神社でお賽銭(さいせん)を投げたとき、何かお願いごとをした?」

「まあ、いろいろと。蛍はどうなんだ?」

「私は、また来年も、お兄ちゃんとこのお祭りに来れますようにって」

 横島は歩きながら、隣を歩いていた蛍にちらりと視線を向ける。
 夜の明かりに照らされた蛍の横顔が、一瞬ルシオラのそれと重なりあって見えた。

「どうしたの?」

 蛍が横島の顔を(のぞ)き込んだ。
 蛍の目と視線が合ったとき、横島の胸の鼓動がドキンと高鳴る。

「な、何でもないよ」

「ヘンなお兄ちゃん」

 二人はしばらく並んで歩いていたが、今度は蛍が横島に話しかけた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「手、握っていい?」

 横島は一瞬だけ戸惑(とまど)ったが、すぐに返事をかえした。

「いいよ」

「やったぁ!」

 蛍は自分の右手で、横島の左手を握る。
 蛍の柔らかで華奢(きゃしゃ)な指と、横島のややゴツゴツした指が(から)み合った。

「家に着くまで、このままだからね」

 無邪気な笑顔を浮かべる蛍を見て、横島は思わず苦笑した。

「しょうがないな、蛍は」

 秋の澄んだ月の光りが、夜道を並んで歩く二人を優しく照らし出していた。


(お・わ・り)



(あとがき)
 お祭りにいく話を書きたいなと思って書き始めたのですが、正直ヤマなし、オチなしの平坦な話と
 なってしまいました。

 本編の続きも進めたいのですが、しばらくは短編を書きたい気分です。


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