縁(えにし)
作:男闘虎之浪漫
[下]
宴が終わった後、横島はいったんルシオラの部屋へと向かう。
「お疲れ様、ヨコシマ」
「ふーっ。宴会もいいけど、服装が堅苦しくてリラックスできないんだよな」
自分の部屋に入ると、ルシオラの言葉使いが変化した。
横島が魔王の正装を脱ぐのを、侍女にまかせないで自分で手伝った。
結婚したばかりの妻が、夫の世話を焼くようにも見えないこともない。
「ルシオラ」
「なに?」
「カプリのことだけど、どう思う?」
ルシオラの頬がピクッと動く。
横島の“次の仕事”のことを考えるとやむを得ないのであるが、今の雰囲気を壊すことには抵抗を感じていた。
「そうね。悪い人じゃないと思うわ」
「いや、そういう意味じゃなくて、アスモデウスから何か言われてないかとか、そういうことさ」
ルシオラは止まってしまった手をもう一度動かしながら、横島の問いに答えた。
「親善大使というところかしら。もともとアスモデウスは、横島の魔王就任に賛成する立場だったしね。
今のところ、隠れた目的をもっているようには見えなかったわ。
念のため、しばらく監視する必要はあると思うけど」
「親善大使か。それなら、今晩はいつもより期待できるかな?」
横島の頬(が緩(みかけるが、服を脱いで上半身が裸となったところで、ルシオラが横島の背中をピシャリと叩(いた。
「イテッ! なにすんだよ」
「鼻の下が伸びきってますわよ、魔王様」
「いいじゃないか、ちょっとくらい期待したって。義理で寝る女を抱いたって、疲れるだけなんだから」
横島のために少しだけ弁護すると、彼に心を開いて接する夫人が、まだほとんどいないという実情があった。
多数の女を抱える身分となって、しばらくの間、横島は有頂天になっていたが、やがて自分を心から受け入れている女がほとんどいないことに気がついた。
それに加えて、第三夫人のベスパと冷戦中である。
もともと女好きだからさほどの不満はもっていないが、何か満たされないものを感じているのは事実であった。
「はい、準備できました」
ルシオラは、長着を着せ袴(をはかせてから、羽織(の袖を通らせた。
横島は、最近和服に凝(っている。ここ数日の間、プライベートな時間は、ほとんど和服で過ごしていた。
「ルシオラ」
「何?」
「愛してるよ」
横島はルシオラの手を掴(むと、グッと引き寄せて唇を重ね合わせた。
「じゃ、行ってくるから」
「…………バカ」
「明日の晩、楽しみにしてるよ」
その言葉の意味に気がついたルシオラは、自分の頬(がカーッと熱くなっていくのを感じていた。
カプリは椅子に座って、横島の訪れを待っていた。
(夜伽(を務めるなんて、いったい何年ぶりだろう……)
カプリは夫と死別して魔界に戻ってからは、ずっと孤閨(を守ってきた。
前夫への義理立てという意味もある。
だが、彼女に言い寄ってくる魔族の男たちに対して、好意をもてなかったという理由の方が大きかった。
その自分が、魔王の後宮に入り、新しい主人が来るのを待っている。
(寂しかったから……かな?)
自分はもう小娘ではない。一人寝の寂(しさも、よくわかっている。
だが自分が後宮入りの命令を承諾したのは、それだけでの理由ではないように思えた。
(やはり、魔王様が人間……。いや、人間だったからかしら?)
彼女の中では、やはり人間であった前夫の存在が大きかった。
共に生きた時間は、わずか20年間。
数え切れないほど多くの歳月を生きてきた彼女にとって、夫と過ごしたのは、ほんのわずかな時間にすぎない。
しかしその時間は、彼女の中で大きく光り輝いていた。
「カプリ様。魔王様がまもなく、こちらに御越しになられます」
物思いにふけっていたカプリは、侍女の呼ぶ声で我に返った。
慌(てて背筋を伸ばすと、緊張した姿勢で横島の来訪を待った。
「やあ、ゴメン。待たせたね」
数分後、羽織(・袴(姿の横島が、カプリの部屋に入ってきた。
「魔王様。そちらにお掛けください」
カプリ自らが椅子を引き、横島を座らせた。
「カプリは気がきくね」
手にした扇子を広げてパタパタと顔を扇(ぎながら、横島が微笑を浮かべる。
「いえ、さほどのことでも」
そう答えながら、カプリは横島の服装をじっと見つめた。
どことなく東洋風のイメージがあるが、カプリの記憶にはこの服装は覚えがない。
「この服が気になる?
これは和服といって、俺の生まれた国の民族衣装さ。
この城と一緒で、ほとんど俺の趣味なんだけどね」
「いえ……よくお似合いだと思いますわ」
「そうかな。無理にお世辞は言わなくてもいいよ。ルシオラには、貫禄不足だってよくからかわれるし」
横島と正夫人のルシオラとの仲のよさは、想像以上かもしれない。
カプリは、自分の胸に対抗心が湧いてくるのを感じた。
「魔王様、入浴はお済みですか? それとも、お酒をおもちしましょうか?」
「風呂にするよ」
「お背中をお流ししましょうか?」
「あ、いや。すぐに上がるから、先に寝室に行っててくれないかな」
「わかりました」
カプリは薄着の着物に着替えると、寝室のベッドに腰掛けて横島が来るのを待っていた。
横島が風呂場に向かってから15分ほどしかたっていないのに、寝室で待っていたカプリは、手に汗をかくほど緊張していた。
(私、ドキドキしている。もう一度、こんな気分になれるなんて……)
計算が徐々に狂いつつあった。
当初は、魔王としても男としてもまだまだ経験の浅い横島を、彼女がゆっくりとリードしていく予定だった。
それなのに、横島よりもずっと多くの歳月を生きてきたカプリの方が、小娘のようにそわそわとしてしまっている。
「お待たせ」
横島はそれまで着ていた和服ではなく、バスローブ姿で寝室に入ってきた。
そしてベッドに座って待っていたカプリの横に、並んで座る。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
カプリに向かって頭を下げる横島に、カプリは初々しさを感じた。
「…………」
それから二人は数十秒の間、固まってしまったかのように、二人は見つめあっていた。
(どうしよう。やっぱり、こちらからリードした方がいいのかしら)
そう考えたカプリが、横島の手をギュッと握り締めたとき、横島が話しかけてきた。
「カプリは本当に気配りがうまいんだね」
「ありがとうございます」
「それに優しい」
横島が、カプリの手を握り返した。
「でも、だから聞いておきたい。なんで俺に、そう気を使うのかな?」
「それは……」
当たり前のことではないかとカプリは答えようとしたが、横島が言葉を続けた。
「俺が人間出身だということは皆知っているし、力だって魔王を名乗るのがおこがましいほど低レベルさ。
でもカプリは、そんな俺にあれこれと気を使ってくれる。なんでだい?」
カプリは迷った。今、何を言っても、横島へのおべっかに聞こえるかもしれない。
だが自分をわかってもらいたい。カプリは本音を語ることにした。
「魔王様の言われることはわかります。
たとえ地位が高くても、実力が伴わない限り、たいていの魔族は心から従うことはありません。
でも私は、力だけを誇るような魔族は、好きではないのです」
横島は苦笑した。確かに力だけで比較すれば、横島の実力は目の前にいるカプリにもかなわないのが現実である。
「なんつーか、いい意味で人間くさいね、カプリは」
「はい、人界で暮らした経験もありますから」
カプリは横島の顔を見つめて、にっこりと微笑んだ。
(可愛い……)
カプリの笑顔に見とれた横島は、カプリが着ている薄着に手をかけて脱がせた。
やがて薄着の下から、カスタード色の肌が現れる。
カプリの肌から立ち昇った甘い匂いが、横島の鼻腔を刺激した。
「カプリ……」
横島はカプリをベッドの上に押し倒すと、彼女の上にのしかかっていった。
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
夜半過ぎ、カプリはふと目を覚ました。
カプリは上半身を起こすと、彼女の傍(らで眠っている横島の姿を見つめた。
軽く口を開けながら眠っている男の寝顔を見ながら、彼と情を交わした時の様子を思い起こした。
人間の歳で数えてもまだ若い横島には、技巧も何もない。
ただ貪(るように、カプリの体を求めていた。
だが今のカプリには、それで十分であった。
彼女の前夫も、同衾(を始めた頃は、ひたすら彼女の体を貪(り、己の欲望を吐き出すだけだった。
それでも彼女は、ひたすらに彼女を求める夫の心に満足感を覚えていた。
(また、こんな気分をまた味わえるなんて──)
アスモデウスに後宮入りの話が持ちかけられた時から、何かしら運命のようなものに引かれていると感じてはいた。
しかし、前夫と死別して魔界に戻ってから、自分の人生をどこか達観(しながら生きていた彼女にとって、ここまで心を揺(さぶる出会いになるとは予想もしていなかった。
今、自分の隣で寝ている男が、前夫と同じ様に自分を愛し、満たしてくれるかどうかはわからない。
しかし横島のもつ優しさや率直さは、彼女に大きな期待を持たせる一因となっていた。
「好きになってもよろしいですか、魔王様?」
窓から月明かりの射し込む中でカプリは、熟睡している横島の髪をそっと撫(で続けていた。
【あとがき】
ようやく[下]を書き終えました。
いろんな意味で初トライの作品ですので、仕上がりは今一つという感じがしなくもないのですが、
今の作者の筆力ではここまでかな、というところです。
カプリというキャラクターに対して、きちんとしたイメージ造りが出来ていないのも、
遅筆&自信のなさの一因かもしれません。
『カプリさん祭り』はこれで終わりではありませんので、もう何作か書いていく中で、
彼女の位置付けというものを、しっかりしていきたいと思います。
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