彼女が心を開いたら
作:男闘虎之浪漫
【公彦編】 (02)
「じゃ、先に帰ります」
「今日は急ぎの仕事もなかったけど、明日は予約が2件入っているから、
遅れないでちゃんと来るのよ」
「横島さん、夜道には気をつけてくださいね」
「大丈夫だよおキヌちゃん。俺みたいな野郎に襲いかかるようなヒマな奴はいないって」
その日は珍しく仕事の予約が入っていなかった。
稀(に急ぎの仕事を依頼されることもあるので、横島は美神の事務所で待機していたが、その日は営業時間を過ぎても何もなかったので、夕食(珍しく美神が作った)を食べて帰ることにした。
しかし、事務所のビルを出て駅に向かって歩き出した途端、横島は背後から声をかけられる。
横島を呼び止めたのは、美神美智恵だった。
「美神隊長……どうしたんスか」
「今日は、もう仕事は終わったの?」
「ええ。今日は珍しく、仕事の予約も急ぎの除霊もなかったので」
「横島君、ちょっといいかしら。少し話ししたいことがあるわ」
「まぁいいスけど……」
美智恵は横島を、事務所の隣のGメンのビルに連れていった。
(事務所で話さないということはGメン絡み……しかも、美神さんと一緒じゃないということは、
かなりヤバイ話かも)
横島は、幾分緊張した顔つきになる。
だが、その表情を見た美智恵は、横島に笑顔で話しかけてきた。
「そんなに固くならないで。大事な話しだけれど、Gメンの仕事の関係じゃないのよ」
「あ、そースか」
「プライベートなことなんだけれども、誰にも聞かれたくないからここを選んだの」
美智恵と横島の二人は、エレベーターで地下2階へと降りていく。
二人はエレベータを出た後、頑丈な鉄の扉を開き、IDカード・指紋・音声の複合認証で構成されている三つのゲートを抜けていった。
「ここはね、重要機密を話し合う時に利用する場所なの。
物理的にも霊的にも、外部から厳重に隔離(されているわ」
「はぁ」
オカルトには強くても、現代科学にはめっぽう弱い横島である。
ただ回りをきょろきょろするばかりであった。
「この部屋よ。横島君に会いたいという人がいるわ」
「はぁ、それじゃ失礼します」
部屋のドアを開けた横島は、中にいる人物の顔を見て驚(いた。
「隊長、ひょっとして……」
「そう、あなたに会いたいというのは彼よ」
部屋の中は応接室になっていた。
二人がけのソファが一つと、その向かい側に一人がけのソファが並んで二つ置かれており、そしてソファの間には木製の小さなテーブルがあった。
横島が部屋に入ると、二人がけのソファに座っていた男性が立ちあがる。
その男性は、顔に金属製のマスクを被(っていた。
「よく来てくれたね、横島君」
「……美神さんのお父さん」
部屋で待っていたのは、美智恵の夫であり、令子とひのめの父親である美神公彦だった。
「立って話すのも大変だから、ソファに座ろうか。美智恵、お茶をいれてくれ」
「はい」
横島は一人がけのソファに、公彦は向かいの二人がけのソファに座る。
美智恵は茶をいれるために、いったん部屋を出ていった。
「令子がいつも世話になっているね」
「そんな。俺の方こそ美神さんの世話になってばかりです」
「唐巣神父か他の誰かから、私の話しを聞いたことはあるかな?」
「ええ、少しだけですが」
1年と少し前に聞いた、公彦と美智恵の出会いのエピソードについては、よく覚えている。
「望んで得た力ではないのだが、私には極めて強い精神感受能力がある。
周囲の人間の思考が無差別に飛び込んでくるので、普段はこのマスクを被(っているのだが……」
「以前は悪霊まで引き寄せていたと聞いていますが」
「そうだ。もっとも、それが縁(で美智恵や唐巣神父とも知り合えたんだが……
横島君、ちょっと試してみたいことがある。失礼するよ」
公彦はマスクの留め金を外した。そして金属製のマスクを取り去りテーブルの上に置く。
「ふむ、思ったとおりだ」
「???」
そこに美智恵が茶を入れた人数分の湯飲みと、茶菓子を盆にのせて部屋に入ってきた。
「どうでした、パパ」
「予想どおりだよ。横島君の思考が全然読めない」
「俺の思考が読めない……ってどういう意味っス?」
「すまないね、説明なしに勝手に話しを進めてしまって」
公彦はマスクを被り直した。
「普段の私は、マスクがないと無差別に他人の思考を読めてしまう。
今までは美智恵だけが例外だったんだが、横島君も例外に入るんじゃないかと推測していたんだ」
「俺が……ですか?」
「美智恵が例外なのは私と美智恵が特別な体験をしたからであって、美智恵のGSとしての資質に
よるものではない。実際、令子は優秀なGSだが、美智恵と同じではなかった」
「はぁ」
「だが横島君には普通の人間にはない要素がある。君の霊体の中に眠っている魔族因子のことだ」
「……」
「私は学者だからね、未知の事実を信じるために検証をしたがるんだ。
だが現在の科学には、霊的な現象を測定する技術はない。そこで失礼だったが、このような方法をとらせてもらった」
「……で、俺が普通の人間ではないと言いたいんですか」
「いや、横島君の中にいるルシオラという女性の存在……それを確認したかったんだ」
「!?」
「横島君は、アシュタロス事件の後始末を終えた美智恵が元の時間に戻って、南米の
私のところで身を隠しながら、その後の数年間を暮らしていたことを知っていると思う。
そのことについて、あらためて説明したい」
公彦の隣に美智恵が、音をたてずにそっと座る。
公彦は両腕を組み直すと、肘(をテーブルの上においた。
「私たちは横島君が世界を守るために、大きな代償を払うことを何年も前から知っていた。
けれども何もしなかった、いや何もできなかったんだ。世界の滅亡を恐れるあまり」
「……」
「今日横島君に来てもらったのは、あの事件の時の事情を知って欲しいことが一つ。
それからもう一つは令子のことだ」
公彦に代わって、美智恵が話しはじめた。
「最初は私が話すわ。私が時間移動能力を使えるようになったのは、この人と一緒になってからなの」
美智恵は横に座る公彦に視線を向けた。
「時間移動は気をつけないとどこに飛ばされるかわからないし、横島君の文珠を知るまでは
雷に打たれなければ移動できなかったから、そう滅多には使わなかったけどね」
「最初に見た時、雷の直撃を受けるといきなり姿が消えましたから、びっくりしましたよ」
落雷とともに、幼い頃の令子を抱えて時間移動をする美智恵の姿を、横島はよく覚えていた。
「結婚して1年で出産したわ。育児をしながらGSの仕事をしていたんだけれど、
その頃に世界GS本部からスカウトされたのよ」
「そうだったんスか」
「その頃から魔族過激派の動きが活発になっていたのね。それで神族の上層部が、
世界GS本部に、魔族過激派の動向を調査するよう内々の依頼があったの。
そのプロジェクトメンバーに私が選ばれたわけ」
「それはつまり……」
「そう、私の時間移動能力が期待されていたってこと」
美智恵はお茶を一口飲むと、話を続けた。
「それから数年間、過去と現在と未来を往復しながら魔族の過激派の動きを調べたわ。
その結果、驚くべき事実が浮かび上がってきた……」
「アシュタロスのことですね」
「私たちは、アシュタロスが神・魔界の秩序転覆(を狙っていたこと、そしてそれを実現する鍵である
『エネルギー結晶』を執拗に探していたこと、それが令子の魂の中に含まれていたという事実を掴(んだの」
「実は、美智恵の調査には私も協力していたんだ。
私の能力を使えば、相手に直接接触しなくても多くの情報を得ることができる。
訓練して精神感受能力の範囲を広げたり、指向性をもたせて、特定の人物から集中して情報を
得ることができるようにしたのだよ」
「あの時はパパが手伝ってくれてとても助かったわ。知り合いに会ったりすると、事情を説明するのが大変になるし」
「だが、彼らの狙いがだんだん分かっていくと、私たち夫婦の心は沈んでいかざるをえなかった。
デタント崩壊の恐れがあるから、神族の護(りは期待できない。
アシュタロスから世界を守るには、有効かつ確実な手段は一つしかなかった」
横島は、アシュタロスとの戦いの時に、美智恵が漏らした言葉を思い出した。
「……美神さんの暗殺……」
「そうだ。しかしそれだけは、私たち夫婦には絶対飲めない案だった」
どこの世界に、娘の死を願う親がいるであろうか。
人一倍優しい気質をもつ横島には、美神夫婦の葛藤がよく理解できた。
「私たちは何度も話し合った。そして令子を優秀なGSとして育てることに決めたんだ。
いかにアシュタロスの力が強大であろうとも、自らが動くことは立場上ありえない。
配下の魔族と戦えるだけの力をつけさせることは不可能ではないだろうと、その時は考えていた」
「……」
「だがそれは、令子を普通の娘らしい生き方や、世間一般の幸せから遠ざけることでもあった。
父親として、それはつらい選択だった」
「パパだけのせいじゃないわ。私も同意したし、令子だって死なずに生き残れたんですもの」
「それからは美智恵が、令子の育児と教育に専念した。
私は自分の能力が令子に悪影響を及ぼすことを恐れ、南米の地で研究に没頭していた」
横島は、令子が自分が母子家庭で育ったと思い込んでいたことを思い出した。
「そういえば、横島君は幼い頃の令子を見たことがあるわよね。ハーピーと戦った時のことだと思うけれど」
「ええ。あの時はあんなに可愛い子供が、どこをどうしたら今の美神さんに成長するのかすごく不思議でした」
横島は苦笑いを浮かべた。
「ちょうどその頃からかしら。私が時間移動能力者であることに魔族が気づき、私と令子を狙うようになったのは」
「……ハーピーだけじゃなかったんですね」
「お陰で世界中を飛び回ったわ。それでも何とか追跡の手を振り切っていったん日本に戻ったの。
いくら令子をGSにするとはいえ、最低限の学歴は身につけさせたかった」
「私は日本と南米を往復する生活であったが、日本にいる間は家族の団欒(を味わうことができたよ。
令子はあまり私には懐(かなかったが、それからの数年間は幸せな時間だった」
「けれどもね、令子が中学生になってからのことだけれど、私たち母子が日本にいることが魔族に感づかれてきたの」
「私たちはじわじわと追い詰められていた。令子のことを魔族に気づかせてはならない……私たちは重大な決断を迫られた」
(参考:以前のあとがき)
夜華の小ネタ掲示板に投稿した時に指摘があったのですが、美神公彦が出演するSSは珍しいですね。
というより、準主役で登場するのは始めてかも。
公彦の性格は寡黙(で沈着である反面、人と接する時に若干の距離をおいてしまうタイプです。
様々な事情があるとはいえ、公彦は娘にも距離を置いてしまいます。
このことが後々まで尾を引く結果となるのですが、それについては続きをお楽しみに。
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